24
なんだか眠れない。
そっと部屋を後にすると、アルマ邸は静まり返っていた。
窓の外へ目を向けると、月に照らされ薔薇が咲き誇っていた。
ジーンが教えてくれた、確か夜に花開く「ムーンローズ」だ。
誘われるように庭園へ向かい、その花びらに触れてみた。
色は青く、鼻を寄せると何処か懐かし気分にさせてくれる香りがした。
明日には、職場に復帰して、寮に戻る。
思いのほかアルマさんにお世話になりすぎた。
彼女はいつまでもいていいと言ってくれたが、身体が回復した今ではじっとしている方が落ち着かなかった。
余計な事ばかり考えてしまうのだ。
例えばいつまでたっても会いに来ないルーベンスのこと。
以前は保護者のように執拗に心配されていた気がする。
もう私に興味がなくなってしまったのだろうか。
会いに来られない理由を憶測したり、嫌われたかもしれないと自己嫌悪する不毛な日々だった。
だから、明日はきっと自分から会いに行こう。
迷惑だと思われても家に押しかけるんだから!!
意気揚々とすれば、次の瞬間さらに嫌われたらどうしようと乱高下する気持ち。
恋をするまでこんな気持ちは知らなかった。
とうのルーベンスは私に眼中がないみたいだし。
「ルーベンスのばかっ」
「すみません」
零れ落ちた言葉に返答が聞こえ慌てて振り返る。
そこにはムーンローズと同じ青い瞳のルーベンスが立っていた。
灰色の毛が風になびいて彼は猫の姿をしていた。
「ルーベンス身体は大丈夫?」
「問題ありません。たいした怪我では無かったので。直ぐに来れずに、すいません。仕事が立て込んでしまって・・・・ルリコは大丈夫ですか?」
「私は平気。これを直してくれたのはルーベンスでしょう?」
首飾りを指すとルーベンスは「ええ」と微笑んだ。
「心配かけてごめんなさい。グレゴリからルーベンスがずっと捜していたことを聞きました」
深く頭を下げると、そのまま頭に手を置かれ撫でられる。
「あなたが無事で良かった。そうでなければ私は・・・」
そう言ったきり彼は黙り込んでしまう。
「ごめんなさい。何かわからないけど私、ルーベンスを傷つけてしまったの?」
ルーベンスは私に目を合わせないまま首を振るう。
「まさか、そんなはずありません」
「・・・・だったらどうして、そんな悲しそうな顔なの?」
「・・・すみません。やはり、帰ります。貴方の元気な姿が見れて良かった」
踵を返し離れようとするルーベンスを慌てて引き止めた。
「待って!ルーベンス、お願い。私が何をしてしまった教えて。このままあなたに嫌われて会えなくなるのはいやだ」
腕を掴み見上げると「嫌うなんてとんでもない」と彼は頭を振るう。
「私は、あなたに恐れられるのが怖いのです・・・・」
とルーベンスは声を絞り出した。
恐れる?何のことかわからず思わず首を捻る。
ルーベンスの目は伏せられ傷付いているようにさえ見えた。
「私がルーベンスを恐れるわけない!!」
思わず大声で言うとルーベンスは私を見つめ右手を握った。
「本当の姿を知ってもですか?」
「そんなものとうに知ってるわ!!」
ルーベンスの瞳は大きく見開らかれ、掴む手の力が強まる。
「貴方は知らないのです。本当の私の姿は人に恐れや嫌悪感を与える。貴方まで不快な気分にさせてしまうかもしれない」
「そんなことない!!その姿で何度も私を助けてくれたよね。私はちっとも怖いなんて思わなかった!!むしろか、か、かっこいいと思う!!」
赤面する私をルーベンスは突然抱き寄せた。
「本当ですか?」
彼の胸に頭が当たりその鼓動の速さを教えてくれた。
きっと私も同じくらいドキドキしている。
「本当よ。この姿は呪いだと言っていたよね。だったら、この呪いをといて本当のあなたの姿を見せて。お願い」
どうか、怖がらずに私に見せて欲しい。決してあなたを嫌いになるなんてことはないから。
ルーベンスは深く息を吐き、私から離れた。
そして瞬きをする。
すると、猫の姿が煙のように溶けていく。
ゆっくりと彼は人の姿になった。
銀色の髪は短く切りそろえられ、赤褐色の肌は魔術士にも関わらず、鍛え抜かれていた。瞳は鋭いが、目の青さは先ほどの姿と変わらない。
私は嬉しさで笑みをこぼした。
「この姿でまた貴方の笑顔が見れるとは思っていませんでした」
「ルーベンス、それは酷い!私が姿をみたぐらいで態度を変えると思っていたの?今だってこんなに、す、す」
「?」
「す、素敵なのに!!」
「ありがございます」とルーベンスも照れたように笑う。
鋭い目が細まるのを見て胸が苦しくなった。
頬が驚くほど熱い。
ルーベンスの両手は肩に置かれたままだった。
不意に顎に手を添えられる。ゆっくりとルーベンスの顔が近付いてきた。
経験値がゼロの私でもわかった。
これは、まさかの接吻というやつだろうか
緊張から目を開けていることが出来ずきつく閉じる。
そして、彼の服を掴んだ。
「いつまで見ているつもりですか、師匠」
ルーベンスの驚くほど低い声を聞き目を開けると、建物の陰からこちらを伺うアルマと双子の姿が見えた。
「ふふふ、涼んで居たらたまたま面白いものが観れたわ。後はごゆっくり」
と室内に消えて行く。
ルーベンスは少し、苛ついた顔をしたが直ぐに穏やかな笑顔に戻った。
「残念ですが、遅いですし今日は帰ります」
と玄関まで送ってくれた。
ルーベンスが見えなくなるまで見送り部屋に戻る。
もう今日はちっとも眠れる気がしなかった。




