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なんだか眠れない。

そっと部屋を後にすると、アルマ邸は静まり返っていた。

窓の外へ目を向けると、月に照らされ薔薇が咲き誇っていた。

ジーンが教えてくれた、確か夜に花開く「ムーンローズ」だ。

誘われるように庭園へ向かい、その花びらに触れてみた。

色は青く、鼻を寄せると何処か懐かし気分にさせてくれる香りがした。


明日には、職場に復帰して、寮に戻る。

思いのほかアルマさんにお世話になりすぎた。

彼女はいつまでもいていいと言ってくれたが、身体が回復した今ではじっとしている方が落ち着かなかった。


余計な事ばかり考えてしまうのだ。

例えばいつまでたっても会いに来ないルーベンスのこと。

以前は保護者のように執拗に心配されていた気がする。

もう私に興味がなくなってしまったのだろうか。

会いに来られない理由を憶測したり、嫌われたかもしれないと自己嫌悪する不毛な日々だった。


だから、明日はきっと自分から会いに行こう。

迷惑だと思われても家に押しかけるんだから!!

意気揚々とすれば、次の瞬間さらに嫌われたらどうしようと乱高下する気持ち。

恋をするまでこんな気持ちは知らなかった。

とうのルーベンスは私に眼中がないみたいだし。

「ルーベンスのばかっ」

「すみません」

零れ落ちた言葉に返答が聞こえ慌てて振り返る。



そこにはムーンローズと同じ青い瞳のルーベンスが立っていた。

灰色の毛が風になびいて彼は猫の姿をしていた。


「ルーベンス身体は大丈夫?」

「問題ありません。たいした怪我では無かったので。直ぐに来れずに、すいません。仕事が立て込んでしまって・・・・ルリコは大丈夫ですか?」

「私は平気。これを直してくれたのはルーベンスでしょう?」

首飾りを指すとルーベンスは「ええ」と微笑んだ。

「心配かけてごめんなさい。グレゴリからルーベンスがずっと捜していたことを聞きました」

深く頭を下げると、そのまま頭に手を置かれ撫でられる。

「あなたが無事で良かった。そうでなければ私は・・・」

そう言ったきり彼は黙り込んでしまう。



「ごめんなさい。何かわからないけど私、ルーベンスを傷つけてしまったの?」

ルーベンスは私に目を合わせないまま首を振るう。

「まさか、そんなはずありません」

「・・・・だったらどうして、そんな悲しそうな顔なの?」


「・・・すみません。やはり、帰ります。貴方の元気な姿が見れて良かった」

踵を返し離れようとするルーベンスを慌てて引き止めた。


「待って!ルーベンス、お願い。私が何をしてしまった教えて。このままあなたに嫌われて会えなくなるのはいやだ」

腕を掴み見上げると「嫌うなんてとんでもない」と彼は頭を振るう。


「私は、あなたに恐れられるのが怖いのです・・・・」

とルーベンスは声を絞り出した。

恐れる?何のことかわからず思わず首を捻る。

ルーベンスの目は伏せられ傷付いているようにさえ見えた。


「私がルーベンスを恐れるわけない!!」

思わず大声で言うとルーベンスは私を見つめ右手を握った。

「本当の姿を知ってもですか?」


「そんなものとうに知ってるわ!!」


ルーベンスの瞳は大きく見開らかれ、掴む手の力が強まる。

「貴方は知らないのです。本当の私の姿は人に恐れや嫌悪感を与える。貴方まで不快な気分にさせてしまうかもしれない」


「そんなことない!!その姿で何度も私を助けてくれたよね。私はちっとも怖いなんて思わなかった!!むしろか、か、かっこいいと思う!!」


赤面する私をルーベンスは突然抱き寄せた。

「本当ですか?」

彼の胸に頭が当たりその鼓動の速さを教えてくれた。

きっと私も同じくらいドキドキしている。


「本当よ。この姿は呪いだと言っていたよね。だったら、この呪いをといて本当のあなたの姿を見せて。お願い」


どうか、怖がらずに私に見せて欲しい。決してあなたを嫌いになるなんてことはないから。


ルーベンスは深く息を吐き、私から離れた。

そして瞬きをする。

すると、猫の姿が煙のように溶けていく。

ゆっくりと彼は人の姿になった。

銀色の髪は短く切りそろえられ、赤褐色の肌は魔術士にも関わらず、鍛え抜かれていた。瞳は鋭いが、目の青さは先ほどの姿と変わらない。


私は嬉しさで笑みをこぼした。

「この姿でまた貴方の笑顔が見れるとは思っていませんでした」

「ルーベンス、それは酷い!私が姿をみたぐらいで態度を変えると思っていたの?今だってこんなに、す、す」

「?」

「す、素敵なのに!!」

「ありがございます」とルーベンスも照れたように笑う。

鋭い目が細まるのを見て胸が苦しくなった。

頬が驚くほど熱い。

ルーベンスの両手は肩に置かれたままだった。

不意に顎に手を添えられる。ゆっくりとルーベンスの顔が近付いてきた。

経験値がゼロの私でもわかった。

これは、まさかの接吻というやつだろうか

緊張から目を開けていることが出来ずきつく閉じる。

そして、彼の服を掴んだ。





「いつまで見ているつもりですか、師匠」

ルーベンスの驚くほど低い声を聞き目を開けると、建物の陰からこちらを伺うアルマと双子の姿が見えた。

「ふふふ、涼んで居たらたまたま面白いものが観れたわ。後はごゆっくり」

と室内に消えて行く。

ルーベンスは少し、苛ついた顔をしたが直ぐに穏やかな笑顔に戻った。

「残念ですが、遅いですし今日は帰ります」

と玄関まで送ってくれた。

ルーベンスが見えなくなるまで見送り部屋に戻る。

もう今日はちっとも眠れる気がしなかった。


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