16〜ルーベンス〜
遡ること数日前。
城下町の中心にある大聖堂の地下では、昼だというのに太陽の光も届かず蝋燭が焚かれていた。
心なしか肌寒さも感じる。
薄暗い通路を進み魔鉱石で出来た扉の前にたどり着く。
手をかざすと溶けるように扉は消えた。
一度、背後を振り返り入室する。
「よお。お前で最後だ」
黒い隊服を着た屈強な騎士が手を上げる。
彼は第二騎士団団長のハウリーと言う男だ。
現在、この国最強の騎士だといってもよい。
居るだけで威圧感を感じる。
「すみません。遅くなりました」
私はお辞儀をし、空いた席に着席した。
「全員揃った所で始めます。今回が最終確認となります。ルーベンス、結界は大丈夫か?」
「はい、半径25メートルは誰も近付けません」
そう告げるとルークは頷いた。
ルークは第三騎士団の団長代理を務める男だ。
茶色い髪に端正な顔立ち、人当たりも柔らかく軽薄にすら見えるが、その実は裏表のある腹黒い男だ。
その隣に控えるのが第三騎士団団長秘書のアリア。
無言のまま正面を見据える顔は凛々しくもある。
そして、私の正面に深く腰掛け物憂げに足を組むのはこの国の王である男だった。
比較的質素な服をまとい、今は思案するように瞼を閉じている。
両脇には第一騎士団のダンティスとローランドが王を守るように着席していた。
さて、と話し始めたのはルークだ。
「まず最初に。領海付近に停泊する船ですが帝国の物であると確定しました。そして、帝国艦隊の出港も確認されています」
「とうとう、おっぱじめようってことか。腕がなるぜ」
満足気に笑うのはハウリーただ一人だ。
「本当に始められたら困るんですけどね」
ルークはそう苦笑するが目は笑っていない。
そして、話を続けた。
「私たちが見守っていた鼠は見事罠にかかってくれました。鼠は裏でコソコソと帝国に繋がりを持ち、共闘でこの国を侵略し実権を持つことを持ちかけました。さて、帝国から信頼得るために貢物を用意しなければなりません。所望されたものは魔鉱石と王女の身柄でした」
ここまで身じろぎ一つしなかった王の眉がピクリと動ごき、睨むようにルークを見た。
この王も妹君の関する事となると目の色が変わるらしい。
王女は齢13歳の可憐な姫で、その愛らしさは帝国まで届いていたらしい。
そして帝国の総裁は変わった性癖持ち主であると、周知の事実であった。
ルークは王に向かって微笑む。
「私を睨まないでくださいよ。今回の作戦で姫君の安全は絶対条件です。諜報員の涙ぐましい努力により鼠とその一派が押しいるのは天恵祭だと判明しました。ここでぜひ王女には誘拐されてもらいます。」
「姫の安全が大事だと、貴様は言わなかったか」
王の額には青筋が薄っすらと見えた。
「王、落ち着いてください。最後まで話を聞いてくださいよ。あくまで、姫に扮したうちの秘書を誘拐してもらいます。彼女なら腕も立つし魔法の耐性もありますから」
「王女ににても似つかないし。身長も無理があるのではないか」
王はアリアを見て唸る。
「心配いりません。そのためのに彼に来ていただきました」
ルークや皆の目が私に注がれた。
「アリア殿を王女に仕立て上げるために、天恵祭当日の城全体に催眠をかけます。彼女を目にする人が多いほど、アリア殿は王女だと暗示が強まります」
「それは城を離れた後もか」
王の問いに私は淡々と答えた。
「はい、永続的に。来場した人々の催眠が解けない限り続きます」
そうかと言うと王はアリアを見つめた。
「王女の為に、すまない」
と深く頭をさげる。
アリアは驚きで目を見開らく。
王とは決して頭を下げないもの。
しかし現王は、王制から民主制に変革を求めた聡明な王でもあった。
「この務め必ず成功させて見せます」
アリアは確信に満ちた顔でそう告げた。
その後、一刻ほど話は続き解散となった。
それぞれ違う出口で地下を出る。
途中、ハウリーに捕まり「その顔面は第二騎士団にぴったりだ」と言われたが丁重に断った。
この後、師匠に呼び出しを受けていたので、アルマ邸へと足を向ける。
洋服屋を通過した所ででグレゴリが飛び出して来た。
どうやら彼は酷く慌てている様子だ。
「ルーベンス、いい所にいた!今ルリと天恵祭の服を見に来てて!でも、俺いろいろとまずいんだ!」
「何が言いたいのかわかりません。落ち着いてください」
「ああー、とりあえず俺は行くからこれで会計を済ませといてくれ!!」
そうグレゴリは言い私の手にズッシリと重い皮袋を握らせた。
言われるがまま店に入り会計を済ませようとするが、金額が半分以上足りなくて立て替えるはめになる。
店の更衣室の前でペギーとジーンがいた。
「兄弟子様、ごきげんよう」
「中にルリ様がいらっしゃいます。声をかけられますか?」
今の姿では会える訳が無い。
無言で首を振り、そのまま店を後にした。




