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「へっくしゅん」
地下倉庫で一人在庫整理をしながら盛大にくしゃみをする。
グリフもテイラーも今日は上からの呼び出しでいない。
しかも今日の配達は中止って、何か起こったのだろうか。
魔術士たちの出入りもなく、建物が静まり返っていた。
一通り整理を終える頃に、二人は帰ってきた。
「しばらくの間、ここを閉鎖することになった」
そう言うグリフの表情は暗い。
「どうしてですか?」
「魔鉱石が紛失したそうだ」
「魔鉱石ですか?」
名前に聞いたことはあるが、一度も目にはしたことがない代物だった。
「この地下倉庫の奥に封印された扉があるのは知っているだろう。そこに保管されてあった」
「誰かが持ち出したという事ですか?」
尋ねるとグリフは唸って黙る。
「今その嫌疑が私達にかかっています」
テイラーは淡々と告げた。
「そんな・・どうして・・・」
封印された扉なんて触れたことすら無かった。ましてや開けることは、魔力の無い私たちには不可能だろう。
「問題は誰が持ち出したよりも、その使用用途です」
テイラーはそう言い考え込むように顎に手を当てる。
「そうですね、よくて国外への密輸。悪くて爆発物として使用されるきとでしょうか」
「爆発物?」
「ええ、使用者の技量によりますが。半径500メートルに爆発を起こすことは可能です」
「そんな、恐ろしい物がここにあったの!?」
「本来の用途は違いますから。というか、初日に説明したはずですが。聞いていなかったのですか?」
確かに初めての日に説明は受けたが、途中から頭がついて行かなくなり聞き流していた。
すいませんと言う私の肩をグリフは叩いた。
「とりあえずだ、当面は自宅待機ということで、頼む」
荷物をまとめて研究所を後にする。
背後の高くそびえる研究棟を振り返った。
ルーベンスなら何か知っているのだろうか。
でも、どうやって連絡を取っていいのかわからない。
あの森の小屋を訪ねてみようか、でも急に訪ねるのは迷惑かもしれない。
研究棟を旋回する青い鳥が見えた。グレゴリだ。思わず手を大きく振るう。
グレゴリはゆっくりと建物の影に降り立った。
「ルリ、ちょっと待ってて!!」
そして物陰に隠れて数秒で人間の姿で現れた。
「どうした暗い顔して?もしかして俺に会えなくて寂しかった?」
人間の姿と会うのは二度目だった。
青い髪に白い肌。鼻筋も通っているしイケメンと呼んでいいのかもしれないけど、なんだろう喋るたびに増えるこの「残念感」
「残念ってなんだよ。失礼なやつだな!!」
「ごめん、つい」
「まあいいさ、仕事も終わったことだし。ルリ、時間があるなら付き合ってよ」
と大きく伸びをする。
「グレゴリって仕事してたんだ」
半信半疑の目をしていたのだろう、グレゴリは不機嫌な声を出した。
「俺だって、たまには働いたりするもんさ。まあ騎士団の雇われ諜報員だけどな」
「諜報員?」
「そう、あんまり言うなよ密偵とかもしてるからさ」
そう声を潜める。
こんなお喋りで悪目立ちしそうな密偵って、想像しただけで可笑しい。
「なんだよ。その目は信用してないだろ!だったらルーベンスにでも聞いてくれよ!」
「どうしてルーベンスに?」
「だってあいつだって諜報ぶ・・・」
グレゴリは慌てて両手で口を押さえた。
「ルーベンスも諜報部なんだ。へぇ。」
「頼むから、今聞いたことは無かったことにしてくれ!!」
両手を合わせて懇願されるが、少し興味が湧く。
「どんな事してるか教えてくれたら、黙っててあげる」
そう言うとグレゴリの顔は真っ青になった。
「勘弁してくれ。本当にまずいんだ!!」
そのまま無言で満面の笑みを浮かべていると、渋々話始めた。
「今は、この国の領海のギリギリの所に他国の船が停船してるという情報が入ったんだ。俺はその偵察と・・・この先のことはとても言えねぇ!」
まあ十分か。教えてくれてありがとうと伝える。
本当はルーベンスが何をしてるか知りたかった。
彼のことを私は知らなすぎる。
私が知っている顔はきっとごく一部でしかないんだろう。
考え込み出した私に、グレゴリは気を取り直してと言う。
「今日、時間があるならちょっと付き合ってよ」
その言葉のまま腕を引かれどんどん進む。
「どこに行くの?」
「いいから。いいから」
ムカつくことに人間のグレゴリの足は長くて、自然と早足になった。
「ここだ」
着いたところは洋服屋だった。背中を押されるようにして店内に入る。
「天恵祭用に。適当に見繕って」
と言い私を店員さんに引き渡した。
「いらっしゃいませ、お嬢様。そうですね、お嬢様は小柄で黒髪。大変肌が白くていらっしゃいます。こちらはいかがでしょうか?」
と矢継ぎ早に告げると手に数着のドレスを渡された。
つい目が値札を追ってしまい、悲鳴が漏れた。
「すいません、ちょっと私には手が届かないです」
値札の数字は、私の一ヶ月の給料の5倍はした。
「構いません、試着だけでも是非」
店員さんの気迫に押されるまま更衣室に入る。
小心者の私はその中で一番値段の低いドレスに腕を通した。
赤いノースリーブドレスだ。刺繍やビーズが細かく施され、生地も肌に馴染むように柔らかい。鏡を見て悲しくなる。なんだろう、この服に着られちゃってる感。胸に空いた隙間がいたたまれない。
直ぐに脱ぎ去り、二着目に腕を通した。
クリーム色の飾りのないシンプルなドレスだ。スカートの部分がレースで何枚もの層になっている。
「開けてもいいか?」
聞いた瞬間にカーテンが引かれる。
「まだ、返事してない!」
私の声が聞こえないのか、グレゴリは固まっている。
「すげぇ、可愛くてびっくりした」
といい瞬きを激しくする。
「大変お似合いでございます」
店員さんの援護射撃も飛んでくる。
可愛いだの、今まで言われてこなかった私は狼狽えてしまう。
「いいよ、お世辞とか。すごく照れる」
と言いカーテンに手を伸ばす。
「すごく素敵です」
「とても綺麗です」
グレゴリの背後から突然声がきこえた。
見るとそこにはアルマ邸で会った双子がいた。
確か名前はジーンとペギー。今日もお揃いのチョッキを着ている。
二人を見た途端グレゴリはぎゃっと悲鳴を上げ、急用ができたのでと飛ぶように逃げ出した。
双子は何事も無かった様に話し出す。
「今日は主からの使いで参りました」
とジーンが厚い皮袋を取り出す。
「どうぞ」
受け取り中を覗き込む。
見たことのない花だった。
「なんですか、これは?」
尋ねるとペギーが答えてくれた。
「私たちの口からはお話出来ません。ただし、触れる時は注意が必要です」
「そんなものをどうして私に・・・」
「主はあなたが思う謎の力添えになると」
そう言い二人は丁寧なお辞儀をして去って行った。
「私が思う謎?」
試着室ということも忘れて考え込む。
どういう意味だろう。アルマさんが知っていて、私が知らない事。もう少しで何か掴めそうだけど・・・。
黙り込んだ私に店員さんは痺れを切らしたように言う。
「お嬢様様、いかがなさいましょう?」
「わ、すいませんすぐに脱いででます」
ドレスを脱ぎ試着室を出ると、店員さんは青白い顔をしていた。
「本当に試着だけして、ごめんなさい」
そう言いドレスを返そうとすると、手を抑え込まれた。
「お代は頂いたので、お持ちになってください」
「さっき一緒に来た人にですか?」
もしかして、グレゴリが払ってくれたのだろうか。何回払いで返せばいいか、頭を抱えたくなる。
「違います。銀髪の強面の男性でした」




