10 〜ルーベンス〜
ルリコは私の手を握ったり、時には頬に当てたりしている。何とも気まずい時間がすぎる。
昨夜襲われた彼女を心配していたが、元気そうで安心した。
守護の球から彼女の危険が伝わり、そのまま元の姿のままで行ってしまった。
彼女に馬乗りになる男を見て、私は怒りで我を忘れた。
騎士団からの話では男はその後捕らえたが、そばにいたはずの狗は消え、男は記憶がないと証言しているそうだ。
五分間が終わり、彼女は私を見上げ言った。
「ルーベンスに渡したいものが会るの。だから、また会える?」
「もちろんです。また必ず」
そう答えると彼女は花が咲くように笑ってくれた。
手を伸ばし首から下げられている守護の球に触れる。
術を練り直し注ぎ込む。
これは、彼女の身体を定着させるために必要なものだ。
定期的に術を施さないといけないし、このままで安定性がある保証もない。
彼女は私なしでは生きられるない、そうだろう?
このまま自分に縛りつけ、本当の醜い姿からも逃げられないようにしてはどうだ。
醜く薄汚い考えが頭を占める。
目を閉じ頭を振るう。
そんなことをして良いわけがない。彼女はただの被害者だ。
あの夜、水面に映る猫の姿を見て、この姿ならば誰かに受け入れられるのだろうかと思った。
ネコマドワシの花の鱗粉を浴びて獣の姿になっていた。
夜明けとともに消える単純な呪いだ。気にすることもない。
溺れる彼女を見つけたのはその直後だ。
引き寄せられるように水に飛び込み彼女を引き上げる。
虚ろな存在に身体を分け与えた。
目を覚ました彼女は、なにも知らないまま私に好意的な気持ちを向けてくれた。
保護するのは、一晩だけだ。その時はそう思っていた。
再び湖に戻り、異世界を覗きこむ。
そこで、愕然とする。彼女の肉体はもう生きてはいなかった。
彼女の遺体を前に何度も名前を叫び、泣く声が聞こえた。
そして、世が明けネコマドワシの呪いが解け、醜い男の姿が水面に映る。
「ルーベンス、大丈夫?なんだか思い詰めた顔してる」
彼女の手がそっと頬に触れる。
「すみません、考え事をしていました」
その手をそっと払い告げる。
「時間がないので、行きます」
呼び止める声が聞こえる。
振り返らずに進み、見えなくなる所まで歩いて獣の姿を解く。
彼女の手は綺麗で温かかった。
その手は、醜い自分が触れていいはずはないのだ。
最上階まで登り、会議場に入る。
すでに円卓のテーブルには六人の魔術士が着席している。
ルーベンスの姿を見て数人は侮蔑の視線を向ける。
「移民が」「化け物が」
囁く声に中央に鎮座する男が咳払いをする。
白髪に白いローブをまとうこの研究所の代表だ。
「皆に集まってもらったのは言うまでもない。魔鉱石の紛失の件についてじゃ。研究所外には出せぬよう結界を最上部から地下倉庫まで巡らしていた。だが、20の魔鉱石が消えた。由々しき事態じゃ」
魔術士たちは口々に憶測を囁き合う。
「地下倉庫に新人が入ったと聞く。そのコソ泥の仕業ではないのか」
発言したのはアルデイルという男だ。
でっぷりと太った身体からはいつも汗が滲み出している。
能力はルーベンスより劣るが、貴族出身ということで金にものをいわせ多くの支持者を従えていた。
同調するように他の魔術士も頷き合う。
ルーベンスは淡々と告げた。
「地下倉庫に勤められるのは、魔力が無い者のみです。その彼らに結界を破ることは不可能です。この場所の結界を破り、誰にも気づかれないうちに事を終える。それが出来るのはこの部屋にいる7人だけです」
言葉に反応したのはアルデイルだった。
「きさまは、私たちの中に犯人がいると言うのか!!」
唾を撒き散らし、顔を赤くて叫ぶ。
「ええ、あくまで憶測ですが」
ルーベンスはアルデイルが手引きしたものだと感じていた。
しかし、やり方は御粗末で、目的が見えない。
裏で誰かが手引きしている。
暫くはアルデイルを泳がして見るべきだ。
白衣の代表もそう考えてているのだろう。ルーベンスに目配せしてから、次の議題に移った。
暗い洞窟の奥で少年と黒い狗が身を寄せあっていた。
少年の身体は細く痩せこけ枯れ木のようだ。
「ルシ、やっぱり他の人間にやらせるのは辞るよ。だって雑に食い散らかしたんだろ?そいつ。まあ、この世界の人間が死のうがどうだっていいけどね」
ルシと呼ばれた狗は少年の額に鼻を寄せ何かを伝えた。
「へぇ、僕によく似た女の子が居たの?会ってみたいな。もし同じなら僕らの仲間になってもらおう。拒否するなら、殺しちゃってもいいよ」
少年は無垢な笑顔でそう狗に告げた。




