本気になるまでもない
「坊ちゃま……」
アンシーが泣きそうになっている俺を抱き上げようとするが、そこで邪魔が入った。
「痛ぇ……っ!
オイオイどうなっているんた。
屋敷が跡形もなく消えてるじゃないか!?」
男の喚く声が聞こえる。
その他にも呻き声もいくつか。
俺の「変換」で屋敷が突然消えた所為で、2階から落ちてきたのか。
地面に叩きつけられて、まだロクに動けない者も多いようだが、既に立ち直っている者もいるようだ。
その1人が、先程喚いていた男だった。
「あいつは……?」
「あれは寮に忍び込んだ、例の変質者です」
ああ、あの変態か。
そして怪我をしたアンシーを放置して、死なせた男──。
寮で捕縛した時は、マスクを被っていたから顔は知らなかったが、確かに公爵夫人と似ているな。
思えば身のこなしは悪くなかったから、転落のダメージもある程度は軽減できたのかもしれない。
「あれはもう廃嫡されている。
だからアンシーの好きなようにしても、構わないから」
「それは願ってもないことですが……」
俺が葬ってやりたいところだが、今はまともに動けないしな。
「アンシー、その身体の使い方、分かる?」
「はあ……なんとなくですが……。
これは一体……?」
「アンシーを助ける為に、作り変えるしかなかった。
だけどその所為で、人間とは言えない存在にしてしまった。
とてもじゃないが、許してとは言えない……」
「そんな……私の為に、唯一残った右腕まで使ってくださったのでしょう?
感謝こそすれど、許さないというようなことは有り得ません」
そしてアンシーは立ち上がり、
「そういうことでしたら、坊ちゃまの手足の材料を、今から作ってまいります」
と、彼女はあの変態達の方へと歩みだす。
これから彼女は、男達を皆殺しにするだろう。
それは彼女にとって、決して気分のいいものではないと思う。
たとえそれが、遺恨のあった相手だとしてもだ。
だけどアンシーに対して「無理をするな」とは、身動きのできない俺には言えないか……。
彼女は自身の恨みよりも、俺の為に戦ってくれるのだから。
「……あ?」
歩み寄るアンシーに対して、男達は怪訝そうな表情を浮かべた。
最初は何が起こっているのか、理解できなかったようだ。
だけど徐々に、目の前に有り得ないことが起こっていることに気付いて、その表情は焦りに満ちた物へと変わっていく。
そう、死んだはずの者が、歩み寄ってくるという、本来は起こり得ない現象に対する焦りだった。
「な、なんで生きているんだ!?
いや、まさかアンデッドか!?」
アンデッド──。
所謂死者が復活した魔物だ。
異世界ならそういうのも、実在するのだろうな。
しかし普通は、こんな都市の中には現れないし、そもそもアンシーの存在とは根本的に異なる。
「お覚悟を」
「あん?」
アンシーが男達へと、右手の指先を向けた。
直後、数人が倒れる。
「なんだぁ!?」
例の変態が喚く。
彼には何が起こったのか、理解できなかったのだろう。
だが、俺には分かる。
アンシーがやったことは単純で、指先からビームを撃ち出しだけだ。
無論、ただの人間には不可能なことだが、生まれ変わった彼女ならば可能である。
指先が変形し、銃口となったのだ。
そう、今のアンシーは、戦闘用のサイボーグメイドなのだから。
サイボーグとなったアンシーの身体は、現在の俺が変換可能な未来技術を限界まで再現したものだ。
だからその戦闘力は、おそらくは世界最強と言ってもいいだろう。
多分接近戦なら、俺が全力を出しても勝てないと思う。
遠距離からミサイルとかを連続して撃ち込めば話は別だが、それですら簡単ではないはずだ。
防御能力だって高いはずだからな。
たぶんバリアとかも使えるはずだし、加速して射程圏内からの脱出も可能だろうな。
そんなアンシーに、その辺の破落戸が勝てるはずもない。
おそらく上位の冒険者が、複数人いても無理だろう。
だから男達は、次々と倒されていく。
この様子なら、彼女の性能を完全解放するまでもないと思う。
実際、かなり手加減している。
ただしそれは、相手を殺さない為ではない。
「なっ、なんなんだよ、お前ぇぇっ!?」
混乱したように叫ぶ変態。
あの捕縛した時に見せた軽やかな動きも、今のアンシーには通用しなかった。
彼は隠し持っていた短剣をムチャクチャに振り回すが、アンシーは何事も無かったかのように、ヒョイヒョイと回避して近づいていく。
「それでは、おさらばです」
「ガハッ!!」
アンシーの手刀がその胸を貫いた。
彼女の全力なら、バラバラの肉片にすることも可能だったのだろうけど、それでは俺の「変換」に使う材料にできないから、かなり手加減したようだ。
本当なら、この世から完全消滅させたいくらいの、強い恨みがあっただろうに……。
さて、今の俺は魔力切れで「変換」を使えないので、男達の死体は「空間収納」に入れておこう。
結果、この場に残ったのは俺とアンシーと──、
「なんという……!」
そして消えた屋敷──その敷地の端で立ち竦む、執事の男だけだった。
ブックマーク・本文下の☆での評価・誤字報告・いいね・感想をありがとうございました!




