その提案を、わたしは断る
すでに夕刻を回っていた。辺りが暗くなっていく。レットの言うとおり、近頃死んだように静かだった街は、同じ街かと疑いたくなるほどひどい騒ぎだった。
あちこちで爆発が起こり、至る所から銃声が聞こえる。
「さながら戦場ですね……」
「まさしく内乱よ」
モニカが答えた。彼女は拳銃を両手で抱え込んでいる。
レットはオリバーを背負い、ロキシーの手を握りながら走った。
町外れの教会についたところで、レットはオリバーを降ろす。いつかルーカスと来た教会だ。あの時とは比べものにならないほど大勢の人間がいた。
避難者だ。
怪我人も多い。
動ける者は、負傷者の手当てに回った。
ロキシーも次々と運び込まれてくる怪我人を看病する。
「死なないで、死んではだめよ……!」
流れ続ける傷口を押さえつけながら、そう必死で声をかけ続けた。
◇◆◇
怒濤のような一晩が明け、街中での騒ぎも収まったようだ。教会へと運び込まれる負傷者ももういない。
東の空が白み、ようやくロキシーたちもほっと息をついた。家の様子を見るために帰ろうとしたところで、レットに声をかけられた。
「ロキシー様、私も一緒に行きましょう」
彼も一晩中怪我人を運び込み、疲れが見えるがそう言った。
モニカは父と一緒に眠っている。だから二人で家に向かった。
予想はしていたことだが、屋敷は荒らされていた。金目のものは持ち去られ、窓も花瓶も割られている。火を付けられなかっただけでもよしとするべきか。兵士の死体はどこかに消えていた。
せめて床に転がった破片だけでもと、片付け始めるとレットも黙ったまま手伝う。
「本当に、生きていたのね?」
確かに存在している彼を感じ、その背に声をかけた。
「はい」
「会いに来てくれて嬉しいわ」
「一番初めに、あなたに会いにいくと約束したでしょう? 帰還を決意して、真っ直ぐこの屋敷に向かいました」
彼はロキシーを振り返り、笑いかける。
約束なんて、とっくに忘れていると思っていた。あの列車での別れが、遙か昔のことのように思える。あれから、本当に色々なことがあったから。
「あなたが楔になってくれたから、こうして生きることができたんですよ」
懐かしい記憶が蘇る。
「忘れて、黒歴史よ」
「忘れませんよ、あの時のあなたは本当に可愛らしかった。救われました、揺るぎのない事実です」
レットはロキシーの前に来ると、そっと髪に触れ、目を細めた。
「背が伸びましたね。それに、お美しくなられた。どんな女性になっただろうと想像していましたが、それよりも遙かに素敵です」
「あなたは、あまり変わらないようね」
見上げながら答える。少し日に焼けたくらいだろうか。
レットがまた言う。
「ご結婚は?」
「してないわ――」するつもりもないことは黙っておく。「――あなたは?」
「縁談は数件、でも全て断りました」
「なぜ?」
「心に決めた人がいるからです」
素直に驚いた。気が付きもしなかったからだ。
「あなたにそんな人がいたなんて……」
「ええ。ですが相手にもされていないような気がします」
「意外ね、片想いってこと? あなたなら、どんな女性だって好きになってくれるでしょう?」
「それが、そうはならない人がいるんですよ。百人中、九十九人が私に微笑み返してくれても、彼女だけは思うようにならない」
そこまで聞いて、ようやく察しが付いた。彼が誰のことを言っているかなど明白だ。
モニカ以外に、いないじゃないか。
彼は女王と婚約していても彼女だけを愛していたんだから――。
「モニカは幸せ者ね」
「ばっ……馬鹿を言わないでください」
彼が目を見張る。本気で焦っているようだった。そのまま両肩を掴まれる。
「私は、あなたのことを言っているんです」
「は……わ、わたし――!?」
思いも寄らなかったことを言われ、思わず一歩後ろに下がった。肩から手が外れる。
だって前の世界では、ロキシーが権力を振りかざし無理矢理恋人になったのだ。よもや彼から好意を告白されるとは思ってもみなかった。
「あなたと出会ってから、気が付けばあなたのことばかり考えていました」
「それってちょっと……ロリコンくさいわ」
彼が一歩進んだので、ロキシーはまた後に下がる。
「二十歳と十二歳だと、確かにやや危険な香りがしますが、二十三歳と十五歳なら、そこまでおかしくはない。あなたが大人になるまで、きちんと待っていたんですよ。
いつだって私の心に、あなたがいました。どうしてでしょう?」
「し、知らないわよそんなこと」
「ただの一人の女性とも、関係を持ちませんでした」
「戦争に行ってたからでしょ!」
遂に下がりきれず、壁に背をつく。
「戦場にも女性はいますよ。その気になれなかっただけで。……ずっと考えていました」
レットが再び目の前にくる。逃げ場がなくなったロキシーは、ただ見上げることしかできない。
そして彼は、とち狂ったとしか思えない発言をした。
「ロキシー様。私と結婚してください」
「あ、あなたも頭に怪我でもしたんじゃないの!?」
だが、がん、と頭を壁にぶつけたのはロキシーの方だった。これ以上後ろに下がれないというのに、逃げ出したくて仕方がない。
レットの瞳に硬直した自分の顔が見え、それ以上見ないように思い切り目を閉じ叫んだ。
「他の誰と結婚をしてもいいけど、あなたとだけはしちゃいけないのよ――!」
モニカに約束をした。彼女を裏切れない。
すっと、目前から気配が失せる。
目を開けると、気まずそうな表情をしている彼がいた。ロキシーから、一歩下がっている。
「すみません、そんな顔をさせてしまって。困らせてしまいましたね」
昔、聞いたような台詞だった。
どんな顔をしているのか自分ではまるで分からないが、少なくとも、困っているのはレットの方に思えた。
「なんと言えばいいのか――」
頭をかきながら、彼は言う。
「どう結婚の話を切り出そうかとばかり考えていました。正直言って、断れたときの反応を、用意していませんでした」
「ご、ごめんね?」
思わず謝ると、今度、彼は両手を広げた。
「では、友人としてのハグを」
「ハグ……?」
「はい、ハグを、友人として」
彼は真顔で迫る。断れる雰囲気ではなかった。
(まあ、ハグならいいか)
そう思って、その体を抱きしめた。
思ったよりも遙かにしっかりとした体つきをしていた。レットの両腕がロキシーを包む。熱いほどの体温だ。男の人の匂いがした。
「はいおしまい!」
と離れようとしたが、がっちりと体を包まれ抜け出せない。
顔を上げると、彼の顔が再び近い。手がロキシーの頬に触れる。そのまま、更に近づく。
「ちょ、ちょっと!」
慌ててその顔を両手で防いだ。
「何しようとしてるの!?」
「何って、キスを」
「友人でしょう!? キスはしないわ!」
「する人種もいます」
「わたしは違うわ!」
「すみません、つい」
ついでキスをされてはたまらない。
「あなたは本当に可愛いですね」
ははは、と憎たらしいほど爽やかに笑う彼に、からかわれているのだと気が付き、思い切りパンチをした。
だがその手を取られ、また抱きしめられる。
「ロキシー様、もう二度と――」
続いて発せられた言葉は囁くように小さく、ロキシーには聞き取ることができなかった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
第三章はこれで終わりです。
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