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断頭台のロクサーナ  作者: さくたろう/「悪女矯正計画」1&2巻発売中
第三章 蝙蝠は誰も愛さない

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その提案を、わたしは断る

 すでに夕刻を回っていた。辺りが暗くなっていく。レットの言うとおり、近頃死んだように静かだった街は、同じ街かと疑いたくなるほどひどい騒ぎだった。


 あちこちで爆発が起こり、至る所から銃声が聞こえる。


「さながら戦場ですね……」


「まさしく内乱よ」


 モニカが答えた。彼女は拳銃を両手で抱え込んでいる。


 レットはオリバーを背負い、ロキシーの手を握りながら走った。


 町外れの教会についたところで、レットはオリバーを降ろす。いつかルーカスと来た教会だ。あの時とは比べものにならないほど大勢の人間がいた。


 避難者だ。

 怪我人も多い。

 動ける者は、負傷者の手当てに回った。


 ロキシーも次々と運び込まれてくる怪我人を看病する。


「死なないで、死んではだめよ……!」


 流れ続ける傷口を押さえつけながら、そう必死で声をかけ続けた。



 ◇◆◇



 怒濤のような一晩が明け、街中での騒ぎも収まったようだ。教会へと運び込まれる負傷者ももういない。


 東の空が白み、ようやくロキシーたちもほっと息をついた。家の様子を見るために帰ろうとしたところで、レットに声をかけられた。


「ロキシー様、私も一緒に行きましょう」


 彼も一晩中怪我人を運び込み、疲れが見えるがそう言った。

 モニカは父と一緒に眠っている。だから二人で家に向かった。




 予想はしていたことだが、屋敷は荒らされていた。金目のものは持ち去られ、窓も花瓶も割られている。火を付けられなかっただけでもよしとするべきか。兵士の死体はどこかに消えていた。


 せめて床に転がった破片だけでもと、片付け始めるとレットも黙ったまま手伝う。


「本当に、生きていたのね?」


 確かに存在している彼を感じ、その背に声をかけた。


「はい」


「会いに来てくれて嬉しいわ」


「一番初めに、あなたに会いにいくと約束したでしょう? 帰還を決意して、真っ直ぐこの屋敷に向かいました」


 彼はロキシーを振り返り、笑いかける。


 約束なんて、とっくに忘れていると思っていた。あの列車での別れが、遙か昔のことのように思える。あれから、本当に色々なことがあったから。


「あなたが楔になってくれたから、こうして生きることができたんですよ」


 懐かしい記憶が蘇る。


「忘れて、黒歴史よ」


「忘れませんよ、あの時のあなたは本当に可愛らしかった。救われました、揺るぎのない事実です」


 レットはロキシーの前に来ると、そっと髪に触れ、目を細めた。


「背が伸びましたね。それに、お美しくなられた。どんな女性になっただろうと想像していましたが、それよりも遙かに素敵です」


「あなたは、あまり変わらないようね」

 

 見上げながら答える。少し日に焼けたくらいだろうか。

 レットがまた言う。


「ご結婚は?」


「してないわ――」するつもりもないことは黙っておく。「――あなたは?」


「縁談は数件、でも全て断りました」


「なぜ?」


「心に決めた人がいるからです」


 素直に驚いた。気が付きもしなかったからだ。


「あなたにそんな人がいたなんて……」


「ええ。ですが相手にもされていないような気がします」


「意外ね、片想いってこと? あなたなら、どんな女性だって好きになってくれるでしょう?」


「それが、そうはならない人がいるんですよ。百人中、九十九人が私に微笑み返してくれても、彼女だけは思うようにならない」


 そこまで聞いて、ようやく察しが付いた。彼が誰のことを言っているかなど明白だ。


 モニカ以外に、いないじゃないか。


 彼は女王と婚約していても彼女だけを愛していたんだから――。


「モニカは幸せ者ね」


「ばっ……馬鹿を言わないでください」


 彼が目を見張る。本気で焦っているようだった。そのまま両肩を掴まれる。


「私は、あなたのことを言っているんです」


「は……わ、わたし――!?」


 思いも寄らなかったことを言われ、思わず一歩後ろに下がった。肩から手が外れる。


 だって前の世界では、ロキシーが権力を振りかざし無理矢理恋人になったのだ。よもや彼から好意を告白されるとは思ってもみなかった。


「あなたと出会ってから、気が付けばあなたのことばかり考えていました」


「それってちょっと……ロリコンくさいわ」


 彼が一歩進んだので、ロキシーはまた後に下がる。


「二十歳と十二歳だと、確かにやや危険な香りがしますが、二十三歳と十五歳なら、そこまでおかしくはない。あなたが大人になるまで、きちんと待っていたんですよ。

 いつだって私の心に、あなたがいました。どうしてでしょう?」


「し、知らないわよそんなこと」


「ただの一人の女性とも、関係を持ちませんでした」


「戦争に行ってたからでしょ!」


 遂に下がりきれず、壁に背をつく。


「戦場にも女性はいますよ。その気になれなかっただけで。……ずっと考えていました」


 レットが再び目の前にくる。逃げ場がなくなったロキシーは、ただ見上げることしかできない。

 そして彼は、とち狂ったとしか思えない発言をした。



「ロキシー様。私と結婚してください」



「あ、あなたも頭に怪我でもしたんじゃないの!?」


 だが、がん、と頭を壁にぶつけたのはロキシーの方だった。これ以上後ろに下がれないというのに、逃げ出したくて仕方がない。


 レットの瞳に硬直した自分の顔が見え、それ以上見ないように思い切り目を閉じ叫んだ。


「他の誰と結婚をしてもいいけど、あなたとだけはしちゃいけないのよ――!」


 モニカに約束をした。彼女を裏切れない。


 すっと、目前から気配が失せる。

 目を開けると、気まずそうな表情をしている彼がいた。ロキシーから、一歩下がっている。


「すみません、そんな顔をさせてしまって。困らせてしまいましたね」


 昔、聞いたような台詞だった。

 どんな顔をしているのか自分ではまるで分からないが、少なくとも、困っているのはレットの方に思えた。


「なんと言えばいいのか――」


 頭をかきながら、彼は言う。


「どう結婚の話を切り出そうかとばかり考えていました。正直言って、断れたときの反応を、用意していませんでした」


「ご、ごめんね?」


 思わず謝ると、今度、彼は両手を広げた。


「では、友人としてのハグを」


「ハグ……?」


「はい、ハグを、友人として」


 彼は真顔で迫る。断れる雰囲気ではなかった。


(まあ、ハグならいいか)


 そう思って、その体を抱きしめた。

 思ったよりも遙かにしっかりとした体つきをしていた。レットの両腕がロキシーを包む。熱いほどの体温だ。男の人の匂いがした。


「はいおしまい!」


 と離れようとしたが、がっちりと体を包まれ抜け出せない。


 顔を上げると、彼の顔が再び近い。手がロキシーの頬に触れる。そのまま、更に近づく。


「ちょ、ちょっと!」


 慌ててその顔を両手で防いだ。


「何しようとしてるの!?」


「何って、キスを」


「友人でしょう!? キスはしないわ!」


「する人種もいます」


「わたしは違うわ!」


「すみません、つい」


 ついでキスをされてはたまらない。


「あなたは本当に可愛いですね」


 ははは、と憎たらしいほど爽やかに笑う彼に、からかわれているのだと気が付き、思い切りパンチをした。

 だがその手を取られ、また抱きしめられる。


「ロキシー様、もう二度と――」


 続いて発せられた言葉は囁くように小さく、ロキシーには聞き取ることができなかった。


ここまでお読みいただきありがとうございました。

第三章はこれで終わりです。


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