閑話. 丹羽氏勝の動向。
津々木 蔵人は織田 信勝の若衆 (男色)として与えられた。
信長に藤八(佐脇 良之)が選ばれたように、家臣の中で信頼のできる家が選ばれる。
(津々木)蔵人は家老山口 教継の家臣筋であった知多の土豪である津々木(都築)家から選ばれたようである。
信勝は(山口)教継の謀反によって空いた笠寺の寺部城を下賜し、信頼する津々木 蔵人を末森の家老に就任させた。
年寄の家老衆から反対もあったが、筆頭家老である守山の信光が不在、故信秀の信任が厚かった (山口)教継が離反した直後であり、強引に押し通した。
領主となった蔵人であるが、肝心の領地は今川方の手にあり、領地どころか、領民すらいない状態であり、末森城下の津々木邸宅のみを所有していた。
信勝が信長に対抗をして、家臣の次男・3男を末森城に集めて近習衆とし、侍100人の筆頭を蔵人とした。
『ハイル・信勝!』
そんな感じだ。
若き血潮の若侍は信勝に忠誠を誓う親衛隊のようであった。
一方、目眩を覚えているのは勘定奉行である。
信長が傭兵や農民などを足軽として重用したのに対して、信勝は地侍以上を重用した。
足軽と侍では雇う費用が桁違いだ。
人数は10分の一だが、掛かる費用は10倍以上であり、さらに馬の購入費と飼葉代もかさみ、末森の財政は火の車である。
しかし、那古野の足軽の総数が2,000人を越えたと聞くと、最低でも200人まで増やすと言い出していた。
中島郡に領地が増えたが、税収が増えた訳ではない。
むしろ、吐き出しの方が大きい。
熱田・津島からの税収が伸びているので何とか回せているという感じであり、末森に兵を増やす余裕などなかった。
◇◇◇
(津々木)蔵人は岩崎城の丹羽氏勝殿との交渉を任される大役を仰せつかった。
お市様の上洛で一時は丹羽の臣従を勝ち取ったのだが、今度は一転して窮地に立たされた。
お市の一つ下の妹であるお栄で話を付けて来いと言われた。
それが通じる相手ではない。
そんなことを言った瞬間に織田弾正忠家と岩崎丹羽家の停戦は破棄され、岩崎丹羽家との戦いが始まってしまう。
岩崎丹羽家は駿河今川家を頼るに違いない。
今、駿河今川家と戦うのは心もとない。
丹羽家を取り込んで、沓掛・鳴海・大高を奪還してからだ。
その為には (丹羽)氏勝殿を調略しなければならない。
蔵人は完全に袋小路に入っていた。
「これは津々木殿、ようお越し下さいました」
「これは(丹羽)左馬允殿、お久しぶりでございます」
岩崎城に入ると、本郷城の城主である左馬允に会った。
丹羽の分家であるが、一族の中でかなりの発言力があるお方だ。
氏勝殿と面会する前に嫌な方にあってしまったと蔵人は思った。
「今日は如何なる用事で来られましたのか?」
「先日のお市様の輿入れの話でございます」
「おぉ、お市様と言えば、権大納言飛鳥井 雅綱様の猶子になられたとか! お市様を迎えれば、これで丹羽家の格も上がると言うものですな!」
「誠にその通りでございます」
お市が飛鳥井家の猶子になったことは瓦版に載せていない。
公方様を仲介に三好家との婚儀のことは秘密になっている。
しかし、土田御前が女中らに言っており、どこまで秘密が守れているか怪しい。
すでに末森城には町の衆から祝いが届いていた。
蔵人は思う。
家格を考えずに、本気で左馬允殿が言っているなら無知で済まされない。
だが、このご老体が知らないハズもない。
蔵人は広間に通されると、当主の氏勝殿、先代の氏識殿、先々代の氏清殿が待っていた。
蔵人は逃げ場を失った。
内々の話もできなくなった。
「良い返事を聞かせて貰えるのだな!」
「そのつもりで来させて頂きました」
「輿入れはいつだ?」
「まったく決まっておりません」
「愚弄しに来たのか?」
「氏勝様には上洛して頂き、猶父となられた権大納言様に御挨拶して頂きたいとお願いに参りました」
氏勝は言葉を止めた。
先手を打って断れないようにしたが、その斜め上を蔵人が言って来たのだ。
その場の勢いで言った蔵人は冷や汗を流していた。
承知したと言われたなら、その金をどこから調達するのか?
まったくアテがない。
「上洛の費用は織田が持って頂けるのか?」
「半分はお持ち致しましょう。しかし、氏勝様が官位を頂く為の工作費用もあり、朝廷と幕府への献金は自らお出し下さい」
「無茶を言う!」
「最大の譲歩でございます。上洛は中々にできません。栄誉なことでございます」
「そもそも無茶を言って、断りに来たのではないか?」
「そんなことはございません。丹羽様にはお味方になって頂きたいと思っております」
蔵人は必死に食い下がった。
主命である。
決裂させる訳にはいかない。
「そもそも三好と婚儀するという噂が流れておるぞ?」
ここで本郷城の左馬允が口を開いた。
やはり知っていたのか?
だが、口先だけなら蔵人も負けていない。
「三好との婚儀は公方様が反対されております。公方様のご意見に従う織田弾正忠家ははじめからなかったこととしております。御母堂様がよろこんでおりますが、あくまで御母堂様の見解でございます。織田弾正忠家の総意は公方様に従うつもりでございます」
「つまり、はじめからなかったのだな!」
「その通りでございます。三好嫌いの公方様が引き受ける訳もございません」
「なるほど!」
「上洛のご準備ができましたら、またお呼び下さい」
これ以上居られるか?
蔵人は逃げるように出ていった。
しかし、信勝様に何と報告しよう?
◇◇◇
蔵人が逃げ出した後に、先々代の氏清が鼻で笑った。
「馬鹿にされたものよ」
「父上、申し訳ございません。わたくしめが至らぬばかりに格下に思われてしまいました」
「左馬允、織田東部をまだ荒らしておらんのか?」
「申し訳ございません。手筈に手間が掛かっております」
嘘であった。
丹羽家の西部を扱っている赤池城の丹羽十郎右衛門、浅田城の丹羽伝左衛門に命じたが、首を縦に振らない。
仕方ないので傭兵を100人ほど集い、村人を200人ほど見繕って、猪子石を攻めさせた。
左馬允は命からがら帰ってきた家臣の報告を聞いた。
壁を越えて着地すると落とし穴があり、丁寧に毒を塗った竹槍が仕込んであった。
進むと不規則な落とし穴が用意されている。
林の中は罠だらけで通る道がなかった。
最悪なのが竹のハサミだ。
踏むと足に食い付くように挟んでくる。
歯の所に毒針が仕込んであり、草履などを履いていた者は間違いなく毒針が刺さった。
さらに悪質なのが足を紐でくくり取り、吊るし上げる罠だ。
傭兵の一人でその罠に掛かると足元が紐で縛り上げられ、木の上まで引き摺り上げられたのだ。
「助けてくれ!」
「待っていろ! 今、助ける」
「以蔵」
「任せろ!」
木登りが上手な者が木を登ると、突然にがさっと落ちてきた。
助けるのを見越して、登る途中に毒針を仕込んでいた。
性格が悪い!
罠に掛かってぶら下がっている者を落ち着かせると、自分で縄を切らせて下で受け止める?
途端に地面が抜けた。
足元にあった板が割れて、落とし穴に落ちるようになっていた。
それなりの荷重が加わると落ちる仕掛けになっていた。
その落とし穴は竹槍ではなく、鉄の杭が仕込んでいた。
鬼の所業だ!
傭兵らは「やってられない」と引き上げてゆく。
死者10人と怪我人50人を預けた。
傭兵が去ってゆくと、家臣の手元には150人しか残らなかった。
だが、村を襲うなら十分な数と思った。
しかし、村を襲った者は50人以上の死者を出し、命からがら来た道を戻って来た。
左馬允は直属の家臣を5人も失った。
他にも兵12人、農民61人、傭兵18人の死者を出し、怪我人も100人以上もいる。
大打撃だ!
それでいて、織田の方の被害はない。
なるほど、赤池城の丹羽十郎右衛門、浅田城の丹羽伝左衛門が嫌がる訳だ。
単独で織田を攻めるのは悪手だ!
「殿、交渉は決裂したと同じと考えます」
「左馬允、お主の言う通りだ。上洛の金など出せるか? 今川に使者を送れ! 尾張に兵を進めてくれるなら、丹羽氏勝は臣従すると伝えて参れ!」
蔵人は首の皮一枚で交渉継続と思っていたが、丹羽氏勝はすでに戦う決意をしていた。
静かに法螺貝が鳴らされた。
蔵人と氏勝の会話がもっとおもしろくならない考えたが時間切れ!
後でももう一度考え直します。




