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【書籍化】魯鈍の人(ロドンノヒト) ~信長の弟、信秀の十男と言われて~  作者: 牛一(ドン)
第一章『引き籠りニート希望の戦国武将、参上!?』
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59.松永久秀の来訪。

(あき)()仮庵(かりほ)(いほ)(とま)をあらみ…………お市に付けられた権大納言飛鳥井 雅綱(あすかい まさつな)様の女官の声は、非常にリズムが良く、和歌というより自然に唄っているように綺麗な声で読み上げた。


「これなのじゃ」


バチン、お市の手が下の句を書いた札を(はた)いた。

わが衣手(ころもで)は露にぬれつつと、お市の叫びを無視して女官は下の句を二回読んでゆく。


ぱちぱちぱち、歌が詠み終わると下女の千雨(ちさめ)ともう一人の女官が拍手を送った。


「お市様、凄いです。圧勝です」

「そうであろう。もう犬千代(前田 利家(まえだ としいえ))では相手にならんのじゃ」

熱田局(あつたのつぼね)様、お見事でございます」

「そうであろう。でも、その呼び方は止めてくれぬか」

「お慣れになるまで無理でございます」


一枚も取らせて貰えず、犬千代が床を叩いて悔しがった。

昨日までお市といい勝負だったが、遂にパーフェクトで負けてしまった。

これでお代わりが2杯減った。

お市に勝つとこづかいが貰え、負けるとどんぶり飯のお代わりが10杯から一杯ずつ減ってゆく。

パーフェクトで負けると、一度に2杯も減ってしまう。

これで犬千代は3杯までしかお代わりができない。

食事をさせないなんて酷いことはしないぞ。

あくまでお代わりのみだ。

だが、どんぶり10杯飯の犬千代にとって死活問題だった。


「弥三郎、カモンなのじゃ」

「次は勝たせて頂きます」


女官が札を25枚ずつ配ってゆく。

お市の手札が25枚、弥三郎の手札も25枚だ。

百人一首は読み札が100枚あるので、空札という取られることのない札が女官の手元に残る。

違う札に触れると『お手付き』という失敗になり、敵陣から札を1枚貰うことになる。

先に自陣の25枚を無くすと勝ちだ。


「では、この3枚をお市様に送ります」

「貰い受けた」


すでに三敗している弥三郎が苦手な札三枚をお市に送った。

これは遊びを面白くする為のハンディだ。


「中々に面白い遊びをしているな」

「(近衞) 晴嗣(はるつぐ)もやりますか?」

「では、次は麿がさせて頂こう」

晴嗣(はるつぐ)も勝てば、酒一合でよろしいか?」

「何か貰えるのか?」


犬千代らが勝てばこづかいが貰え、慶次が勝つと食事に酒三合が追加される。

お市の褒美は菓子一個だ。

10勝以上しても何もでない。


「よし、勝ったのじゃ」


お市、弥三郎に5枚差の辛勝で勝った。


「次は千雨(ちさめ)なのじゃ」

「はい」

「その前に麿と一手、お願いする」

晴嗣(はるつぐ)か、相手になってやるのじゃ」


晴嗣(はるつぐ)は慶次と同じく、札の配置を覚え、歌が読まれた時点で取りにゆくスタイルだ。

和歌を覚えないお市の為に競技かるたを思い付いた。

旗屋 金蔵(はたや きんぞう)に頼むと、お試しの練習札を2日間で作って持って来てくれたのだ。

当然、俺の圧勝だ。

犬千代、弥三郎、千雨(ちさめ)は良い練習相手になった。

慶次はさらりと百首を覚えて、安定の強さを見せる。

最初は何とか辛勝したが、今ではまったく勝ち目がない。

慶次に勝てたら別枠でお菓子10個を進呈するルールに変更したが、お市は慎重で慶次を余り指名しない。

彦右衛門(滝川 一益(たきがわ かずます))は苦手らしく、ゲームがはじまるとどこかに消えてしまう。

慶次は無敵の強さではない。

最初の五文字をしっかり聞いてから水の流れのように美しく札を取るようにしている。

女官たちも慶次の取りにうっとりとする。

どうせ、俺の取りには品がないよ。


百人一首には決り字というものがあり、一文字、あるいは、二文字で下の句が判る札がある。

50枚の配置を全部覚えるなんて無茶はしない。

それをいくつか覚えて、狙い札のみ確実に取ってゆく。

お市は慶次の真似をして置かれている札をすべて覚えるつもりだ。

それでいて、がむしゃらに取ってゆくのがお市のスタイルだ。


一昨日、昨日まで束で圧勝できたが、今朝になると辛勝まで差を縮められた。

もう完璧に百首を覚えてしまったな。

勝ち負けになると、お市の記憶力はよくなるようだ。

次に和歌の先生が来た時が楽しみだ。


「ほほほ、負けてしまいました」

「一枚差の辛勝って何ですか?」

「お市殿の運は強い」


最後の一枚、 晴嗣(はるつぐ)は運命戦まで争った。

運よく、お市の札が読まれたので何とか勝ったが、先行逃げ切りで圧勝と思っていたお市の思惑を超えて、後半から怒涛の追い上げで一枚も取らせて貰えず、運命戦まで追い詰められた。

勝ったハズのお市が凄く悔しそうで晴嗣(はるつぐ)を睨んでいる。


晴嗣(はるつぐ)はライバル認定されたらしい。

慶次と俺もライバル認定されているが、一戦ごとに強くなってゆくお市に、俺はすぐに犬千代の仲間になりそうだ。


「中々に面白かった」

「そうですか?」

「売り物にされるつもりですか?」

「俺は考えていなかったのですが、(旗屋)金蔵(きんぞう)が絶対に売れると奨めるので任せることにしました」


練習用と仕合用の札を固い樫の木を薄く削って二組の札を作ると言っていた。

それもお試しと同じく、表面は漆で仕上げて白い文字で歌を書くらしい。

さらに、仕合用の読み札には美しい絵と裏面に金箔などを貼りつけた絵柄を施す。

貝合わせを楽しむ公家の姫様に売れると言っていた。


「なるほど、それは面白い。麿も一口噛ませて下さい」

「こづかい稼ぎですか?」

「材料が木と漆でしょう。公家はもちろん、武家や商人にぎょうさん売れそうですな!」

「では、広めるのは晴嗣(はるつぐ)に任せます」

「引き受けた」


近衛家の人は商魂も逞しいらしい。

2日も寺を訪ねなかったのは、伏せていたからと予想しているが、 晴嗣(はるつぐ)は敢えてそこに触れない。

すでにお勉強会が三日も流れた。

明日はできるそうだ!

山科卿のおっさんが毎日、明日の予定を告げにくる。

しかも能会の翌日からも元気に顔を出している。


宴会では、公方様と久秀(ひさひで)の呑み比べに参加できなかったことを悔いて、今更ながら参加させろと騒いで、酒一斗 (10升)をぺろりと呑んだらしい。

どんな酒豪だ!

それで翌朝から平気な顔で知恩院にやってくるのだから、ある意味で怪物なおっさんだ。


風呂場の話を晴嗣(はるつぐ)から聞かせて貰った。

俺はかなり無茶を言ったことが判った。

税を払えということは横領した一部を返せと言っているのに等しい。

国人衆から恨まれるぞ。


三好の話をしていると、久秀(ひさひで)が知恩院にやってきた。


「先日のお招き、ありがとうございました」

「こちらこそ、無茶なことを言って申し訳ございません」

「とにかく、話が前に進んだのは喜ばしいことです。税の事ならご心配なく、三好家が一部を負担すれば、それほど問題なく進むと思います。ただ、いつまでもと言う訳にいきません」

「判りました。蝮土の技術はすぐにでも提供致しましょう。もちろん、秘密は守って頂きます」

「それは当然でございます」


久秀(ひさひで)は助かったという顔をする。

やはり、当てにしていたのか?

尾張と美濃が良くなったのは、ひとえに石高が上がったことだ。

石高が上がれば、税を納めても痛くもない。

だが、作成に一年掛かり、その翌年の実った稲穂を見て、我も我もと賛同する。

足掛け3年越しの計画だ。


「残念ながら今年は間に合いません」

「それはちと辛ろうございますな」


三好は今回、今年、最悪は来年の税の一部を補填ですることになる。

どれほど横領しているか知らないが、相当な額になりそうだ。


「どうですか? お市と勝負をしてみては?」

「あの遊びでございますか?」

「1度でも勝てば、一万貫文を年3割、返却は5年後とさせて貰います。さらに来年も足りないようならば、さらに一万貫文を追加でお貸ししましょう」

「誠ですか! それは助かります」

「お市、新しい相手が見つかったぞ」

「わらわは誰でも受けて立つのじゃ」


年利30%と言えば、返却の5年後には3.7倍に膨らむ。

滅茶苦茶な暴利だ。

しかし、土倉の年利は100%を超えているので、俺の提示額が良心的に聞こえる。

ありがたがるのもその為だ。


土倉の問題もいずれ抜本的に対策を取らねばならない。

今の所、返済期日を過ぎたモノは織田家に申し付けるように沙汰を出し、質に土地や娘を取られないようにだけは施した。

久秀(ひさひで)は3度負けて、4度目に辛勝できた。

これでお別れだ。

俺は久秀(ひさひで)を見送る。


「重ね重ねありがとうございます」

「申し付け状を送っておきますので、魚屋(ととや)田中 与四郎(たなか よしろう))からお借り下さい」

「ありがとうございます。あっ、そうでございます。肝心なことを忘れておりました。儂は明日から丹波に入ることになっております。明後日の20日までに(波多野)晴通(はるみち)から何ら回答がない場合、八上城へ向かって進軍するように申しつかりました。帝に拝謁してからお渡ししようと思っておりましたが、それも叶わず、先に持って来させて頂きました」

「ありがたく頂きます」


内心、心の中で舌を出す。

久秀(ひさひで)の目的は俺とお市に祝いの品を渡すことだったようだ。

一緒に上洛した縁らしい。

久秀(ひさひで)は三好家と織田家の仲が良いことを何としても知らしめたいらしい。

お市の婚儀の針が進んでしまう。

こちらは迷惑だが、悪くない策だと思う。


「能に御招き頂いたお返しもしたいと思っておりましたが、殿(長慶(ながよし)様)から下知を頂きました。いつ戻れるか知れませぬ。お返しは随分と後になるかもしれません」


確かに、俺が尾張に帰れば、そうそう会う機会はなくなる。

能舞台の返礼は10年越しになるかもしれないな。

こうして、俺は久秀(ひさひで)の背中を見送った。


やっと完成!



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[一言] 年利30%と言えば、返却の5年後には3.7倍に膨らむ。 滅茶苦茶な暴利だ。 しかし、土倉の年利は100%を超えているので、俺の提示額が良心的に聞こえる。 ありがたがるのもその為だ。 ↑ 年利…
[一言] 南北朝時代に北朝の足利幕府が味方を作るために半済という公領や荘園の年貢を半分もらってもいいという前例を作り出したことによって朝廷の御料所や公家や寺社の荘園が押料されていったのでぶっちゃけ足利…
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