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【書籍化】魯鈍の人(ロドンノヒト) ~信長の弟、信秀の十男と言われて~  作者: 牛一(ドン)
第一章『引き籠りニート希望の戦国武将、参上!?』
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57.幕府がいない方が朝廷の取り分が多くなる。

俺が完全に放心している間に能会がはじまった。

観世座(かんぜざ)観世 宗節(かんぜ そうせつ)と言う方を招聘(しょうへい)した。

公方様の父君であられる足利 義晴(あしかが よしはる)様が贔屓にした能楽師であり、公方様が元服された折りも呼ばれて、祝賀能を舞ったと聞いて、この方にした。


演目は『猩々(しょうじょう)』である。


酒を売る高風(こうふう)と海中に住む猩々(しょうじょう)という架空の者との出会いを描く、能らしい。

真っ赤な能装束で飾った猩々(しょうじょう)が酒に浮かれながら舞い謡う。


酒で儲かっている俺には相応しい演目だと思う。

俺もはじめての能だ!

見ていてもまったく判らん。

俺は自分の席に戻って、流れゆく能をぼっと眺めていた。


「魯兄じゃ、大丈夫かや?」

「大丈夫だ。ちょっと考え事をしていただけだ」

「そうなのか?」


お市に心配されるようでは全然駄目だ!


だが、(にわとり)の件が脳裏に浮かび、必要もない空算をしてしまう。

熱田から京まで卵を輸送するのにいくら掛かった?


「皆に迷惑を掛けたと反省しているのだ!」

「魯兄じゃでも反省するのか?」

「いつも反省だらけさ!」


卵だけの為に人夫を雇い、他の荷物を持たすこともなく、最速で持って来させた。

熱田に多大な迷惑を掛け、人夫の経費、関税を払った。

京で仕入れれば、どれほどの差額が発生したのだろうか?


「熱田の皆に頼んで(にわとり)の卵を送って貰った。熱田の衆は卵が食べられなくなって困っていたであろう」

「なるほど、それは可哀想なのじゃ!」


(にわとり)と卵の料理が使えることを知っていれば、若狭の小浜から銭に糸目は付けず、買い漁らせるような馬鹿なことを避けることもできた。

鶏がらスープにはじまり、卵とじスープまで解禁できた。

薄味を好む京人が喜ぶ、安上がりメニューが山ほどあったのに俺は何をしているのだ?


「お市も鶏がら汁に入った麺が好きであったであろう。あれを出してもよかったのだ」

「あれはさらさらとして美味いのじゃ!」


市場に売っていないと決めつけて、きちんと調査しなかった俺のミスだ。

どう過少に見積もっても1,000貫文は節約できた。


「俺が失敗していなければ、お市に新しい衣装を100着、あるいは、山盛りの菓子を買ってもお釣りがあったな!」

「それは駄目なのじゃ! 衣装も買って、菓子も買って貰わねば、わらわは困るのじゃ」

「買ってやる。山盛りではないが買ってやる」

「失敗していなければ、山盛りの菓子を買って貰えたのか?」

「さぁ、どうだろう」

「やっぱり、魯兄じゃは失敗してはいけないのじゃ!」


お市がぽんぽんと背中を叩いている。

能も見ないで俺たちは何をやっているのだろうね!


 ◇◇◇


俺がお市と阿呆なことをやっていると、隣からひそひそ声が聞こえてきた。

元関白近衛 稙家(このえ たねいえ)様が能会に出席するというには、裏の話があると思ったがやはりあった。

最初は公方様の呟きであった。


「こんな場所までやって来て、何のつもりだ!」

「それは察しておられるのでしょう」

「(近衞) 晴嗣(はるつぐ)に言伝では軽すぎ、正式に訪問するには重すぎると言ったところか?」

「お察しの通り! そう言えば、この観世座(かんぜざ)は、次に長尾 景虎(ながお かげとら)招聘(しょうへい)を受けておるそうですな!」

「今、まとめておる。近い内に取次が朝廷に向かう。急かすこともないであろう」

「此度の織田の上洛、次に、長尾の上洛と、幕府も少し潤ったのではございませんか?」


おぉ、話が見えてきた。

織田家が朝廷に献金を送るとき、一度、幕府に取次をお願いして献金を朝廷に送る。

帝への拝謁も同じだ。

幕府にお願いして取次が終わっているから朝廷に使者を送れる。

取次料は献金の一割から二割を引き抜いている。

それ以外にも公方様への拝謁の為に献金とお土産を送っている。


つまり、俺が帝に拝謁すると、幕府は一度の上洛で二度おいしい目ができるのだ。


「そろそろ、御所への貢献を増やして頂かないと、後ろ盾としても色々と不都合が出てきます」

「こちらも物入りでな!」

「そうでございましょう。ですから、今までは黙っておりました」


去年1月に公方様と三好の和睦が成るまで、公方様は京に居なかった。

銭のない公方様に無心するほど、朝廷も鬼ではなかった。

しかし、京に戻り、三好から幕府御領も返された。

少しだが収入が戻ってきた。

つまり、その分は御所に貢献しろと、稙家(たねいえ)様は公方様に要求しているのだ。


「状況がそれを許さん」

「その状況です。よい話が転がって来たではありませんか?」


お市の話か?

近衛家は織田家と三好家を結ぶのに賛成なのか?


「下らん」

「何もまとめよと言いません。前向きに検討するくらいの素振りはみせよと言っておるのです。のぉ、魯坊丸(ろぼうまる)!」


ちぃ、俺が耳を澄ましているのに気が付いていたか。

お市は!?

俺は咄嗟に振り向くと、お市はこっくりこっくりと舟を漕いでいた。

俺は目で合図を送った。


「お市様、一度席を外して、衣装を替えましょう」

「そうなのか?」


お市の退場を見送ってから俺は目を合わすこともなく呟いた。


「織田家としましては、いつ戦禍に巻き込まれるか判らない三好家に嫁がせる訳にはいきません。たとえ、公方様が仲人に立たれても、その前提は変わりません」

「手堅いのぉ!」

「お市の為です。無理も致します」

「三好が安定すれば、よいのか?」

「いいえ、それだけでは足りません。お市は尾張で贅を尽くして生活しております。普通の武家の娘と思って扱えば、その日の内に離縁して尾張に帰ってくるでしょう。三好様にはそうならぬ、覚悟を示して貰わねばなりません」


公方様が笑っている。


「くくく、今日のような贅を尽くした出迎えを毎日のようにせねばならんのだな!」

「そうお察し下されば、問題ないかと」

「大変な姫だな!」

「申し訳ございません。大変なじゃじゃ馬に育っております」


公方様は扇子を広げて口元を隠した。

俺はそれほど面白いことを言ったつもりはなかったが、お市の食生活を問い詰めただけで贅沢ぶりが窺われたのだ。

三好の負担を考えるだけで笑いが零れたみたいだ。


「ならば、天領や公家の御領の横領を止めさせて頂きたい」

「それができるくらいならば、苦労せぬわ!」

「織田殿はやっておりますぞ!」


おい、俺を睨むな!


織田家でも本当に解決している訳ではない。

帝の直轄地になっている御料所(ごりょうしょ)になっている『荘』には、肥料である『蝮土』を無償で提供し、豊作になった分だけ朝廷に納めて貰うようにした。

さらに開拓地を増やせば、昔に納めていた分くらいは軽く超える。

横領した土地を返せと言っていないから納得してくれている訳であり、完全に取り戻すのは無理だ。


「それは承知しております。昔に戻せとはいいません。開拓なり、何なりとして頂いて結構です。御料所(ごりょうしょ)から年貢が上がれば、面目が立ちます」


柔軟な対応に感謝だ!

しかし、公方様は難しい顔をされている。

簡単なことではないようだ。


「嘆かわしい。幕府の朝廷軽視は酷過ぎますぞ!」


稙家(たねいえ)様は歴代の公方様への愚痴を語る。

幕府は幕府の都合で朝廷を蔑ろにしてきたと言う。

応仁の乱以前は朝廷に権威を持たせない政策が取られ、応仁の乱以降は幕府の権威が失墜して、朝廷を守るとか言っていられない状態に落ちた。


あっ、なるほど!


幕府が京にいなかったから諸大名は幕府を飛ばして朝廷に直接献金を送っていた。

朝廷は献金を丸々貰えた。

しかし、幕府が京に戻ってきて取次が再開すると、朝廷の取り分が減ってしまう。


減った分を幕府が補填しろ!


要するに、減った銭を幕府が何とかしないと幕府の意義はない。

減った献金分以上の貢献を幕府がするか、御料所(ごりょうしょ)を復活させて年貢の総額を増やすか?

何もできないなら幕府などいらないとなる。


詰まらない面子に拘らず、利用できるモノは利用して、幕府の権威と朝廷への貢献を取り戻せと言っているのだ。

それでなければ、後ろ盾である近衛家の面目が立たない。

その文句を言う為に、わざわざこの能会に乗り込んできたのだ!

結局、銭の問題か!


世知辛い世の中だ。


やっと本編の能会です。

前座1話

能会1話

余談1話

の3話構成の予定が………思ったようにいきませんね。

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― 新着の感想 ―
[一言] 金!金!金!武家として・・・と言いたいところではありましても、無い袖はどうにもなりませんしな。
[一言] 猩々といえば現代のように七福神が固定化するまでは七福神に数えられたりもしていたので、毘沙門天の生まれ変わりを自称する長尾景虎とかけているのかと思ったり。 猩々の話は深夜アニメもされた七福神を…
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