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【書籍化】魯鈍の人(ロドンノヒト) ~信長の弟、信秀の十男と言われて~  作者: 牛一(ドン)
第一章『引き籠りニート希望の戦国武将、参上!?』
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46.室町殿(花の御所)での宴会(1)

宴会は申の刻 (午後4時)からはじまり、()の刻 (午前0時)を超えることが多い。つまり、夕食の時間からそのまま宴会に突入する訳だ。

お供は20人と絞った。

兵を連れていっても外に連れ置かれるだけであり、他の兵とトラブルを起こすかもしれない。

どうせ中に入れないならば、数は絞った方がいい。

勝介(しょうすけ)は嫌そうな顔をしていたが、500人や1,000人も連れていけば、迷惑になるに違いない。

兵の半数には仮眠のみで待機を命じている。

イザぁというときは1里余 (4km余)しかないのだ。

すぐに駆けつけることができる。


織田家は主賓ということで上座の近くに席が用意されていた。

残念ながら護衛の慶次と千代女は廊下に弾き出され、勝介(しょうすけ)はずっと後方に席を設けられた。

慶次は凄く拗ねた顔をしている。

食事は出るようだが、酒は少量しか用意されていないと聞いたからだ。

まぁ、それが普通であった。

やはり護衛や付き添いまで歓迎してくれない。


メンバーは前回と同じく、公方様を正面に左右に御相伴衆(ごしょうばんしゅう)御供衆(おともしゅう)奉行衆(ぶぎょうしゅう)奉公衆(ほうこうしゅう)が並んでいる。

俺もその中に入れられた。

隣は管領代六角 義賢(ろっかく よしかた)の家臣進藤 賢盛(しんどう かたもり)が名代でやってきている。

淡海乃海(あふみのうみ)の西を支配地に置く進藤家は京に近いことで呼ばれたのだろう。

六角の両藤と呼ばれる家老だ。


「お屋形様が気に入ったと言われた。これからもよろしく頼む」

「こちらこそよろしくお願いします」

「京で随分と暴れておるようだな」

「ただの田舎者、不作法をしているだけでございます」

「織田のお蔭で儲けさせて貰っておると得珍保(とくちんのほ)布施(ふせ)-源左衛門(げんさいえもん)が申しておったぞ」

「巧くしてやられております」

「ふふふ、儂の懐は潤っておる。六角家も潤っておるから儂は構わん」


得珍保(とくちんのほ)と言うのは、保内商人の別名だ。

観音寺城の城下町を中心に京と若狭小浜湊、伊勢桑名、美濃などの販路を持っている商人の集まりだ。

鈴鹿越えの八風(はっぷう)街道を独占して、津島・熱田の商品を京に運んで儲けられている。

保内商人は六角家の傘下にあるので、こちらは手が出せない。

ありがたい、津島・熱田商人のお得意様だ。

但し、流通と販売の袖の下(そでのした)賄賂(わいろ))で稼いでいる俺にとっては完全なライバル商人だ。

俺は鎌倉街道 (桑名から京)を使って望月家と組んで流通を支配している。

要するに、望月家の運び人を使わないと大量に商品を売ってやらない。

望月家は護衛という名の手数料を稼ぎ、俺は人夫の人頭税を貰う。

海の堺ルートも同じで人頭税ではなく、船の貸し出し料 (レンタル料)で稼いでいる。

どちらで動こうと荷物が動くだけで俺は潤う。

とにかく、息が掛かった仲買人を雇って貰い、ゆっくりと商家の内側から乗っ取ってゆく。

あるいは店を起こしたという商人を支援する。

最終的に店そのものを俺の支配下に入れるのが俺の理想だ。

しかし、保内商人は六角の御用商人だから不当に販売量を減らすなんて悪戯(いたずら)ができない。

望月家が力を持つことは容認できても、保内商人の力が削られているなど知れたら六角 義賢(ろっかく よしかた)が怒り出すのは目に見えている。

そんな危ない橋は渡らない。

(進藤)賢盛(かたもり)の言いようから、伊勢と京の商人の一部が俺の傘下に入っていることを承知しているようだ。


さて、反対側は、管領細川 氏綱(ほそかわ うじつな)の名代は畠山 高政(はたけやま たかまさ)の家臣で、奉公衆の安見 宗房(やすみ むねふさ)が着席している。

管領(氏綱(うじつな))の扱いが微妙に低いのか、畠山家を低く見積もっているのか、いずれにしても六角より下と見ている。

織田の方が上って、不味くないか?

宗房(むねふさ)は飯盛山城主であり、暗殺された遊佐長教に代わって河内を支配し、頭角を現した。


「お噂はかねがねお聞きしております」

「上洛の際、通行を許可して頂きありがとうございました」

「ははは、こちらもよいものを見せて貰った。お市様はお越しにならないのですか?」

「市は酒を呑めません。私(俺)も呑めませんが、招待されて誰も来ないのでは拙いと思い。私(俺)だけ、来させて頂きました」

「確かに、その通りだ! だが、残念でなりません。お話ができると楽しみにしておりました」

「市とは、どこかで?」

「宿を訪ね、あいさつをさせて頂きました。愛らしいお声でした」

「お世話になりました」

「織田様とは仲良くしたいと思っております」


悪い人と思えないが、漁夫の利で偶然に河内が手に入るなどあり得ない。

言葉と違って、一癖も二癖もあるのだろうな?


そんなことを思っている間に公方様が来られて宴会がはじまった。

料理が出されて、酒礼ではじまる。

これは呑まない訳にいかない。

兄上(信長)は下戸だが、俺は違う…………と思う。

しかし、体が小さいので一献で顔が赤くなってしまう。

次に饗膳が運ばれて食事からはじまる。

色々と礼儀があって、素直に味を楽しめない。

お市を連れて来なくて正解だ。

適当な所で呼ばれると中央に出て、あいさつをする。


本日はお招きありがとうございました。

以上、終わり。

さぁ、帰ろう、帰ろう!


あいさつだけで退出の許可が貰える訳もない。

すべて前座に過ぎない。

七・五・五・三・三の料理が片づけられると、酒の肴が運ばれてくる。

(本膳に七菜、二の膳に五菜、三の膳に五菜、四の膳に三菜、四の膳に三菜と料理の数)

日を超すか、朝まで続く、二次会に突入だ。


 ◇◇◇


最近知ったのだが、どうやら澄み酒 (清酒)は尾張の専売ではなかった。

ちょっと残念!

目の前に黄金色に輝いた澄み酒 (清酒)が振る舞われる。

慶次の元にも届けられた。

器を振っている所を見ると、一合(180ml)も入っていないのだろう。

あの顔は臍を曲げた顔だ。

おぃ、何もするなよ!


盃に注いで貰ったので少しだけ口を付けた。

甘い!

僧坊酒(そうぼうしゅ)と言い、大和の興福寺などが作っている特殊なお酒だ。

水の代わりに酒で三度醸造することで、酒度(アルコール度数)を上げる。

布で濾した後に上澄みを掬って、黄金の酒を造っていた。

最後に火入れをして味を整える。

これをしないと保存している間に酒が酢になってしまうことがある。

安物の濁り酒と違い、甘い本物の清酒が完成する。


つまり、どうやら尾張の酒は僧坊酒(そうぼうしゅ)の代用品で二流酒だったらしい。

この水のように澄んだ酒は、

『上善は水のごとし、水はよく万物を利して争わず、衆人の恵む所に処る』

と老子の言葉を引用して広まったそうだ。

つまり、高い酒には手が届かないから、これを呑んで皆で満足しよう。


興福寺は大量生産ができないからライバルにならない。

むしろ、尾張の酒を一番買ってくれているのは寺々だ!

寺は酒屋を兼ねている所が多く、自分で造って売るより買って売った方が儲かる。

ウインウイン(持ちつ持たれつ)な関係になっていた。

これを知ったとき、俺は何か負けたような気がした。

そうだ!

濁り酒より、おいしいから買ってくれたのではなかったのだ。


だが、いいのだ。

こちらには酒度7割の樽入りで熟成させた蒸留酒が控えている。

余った消毒用のアルコールだけどね!

樽に入れていると木の香りが付き、黄金色の輝きを持つ。

この色が貴重らしい。

ウイルキー、ブランデー、ウォッカなどと何と呼べばいいのか判らないが、最高の切り札だ。

一匙で喉が熱くなる。


そして、決め手は焼酎だ。

米・麦・芋を材料に使った焼酎は、大量に造れる上に、なんと酒より安い材料費で酒度が高い酒を造ることができる。

ははは、酒の革命を起こしてやる!


えっ、米焼酎が安いのはおかしいって?

違いますよ。

酒を旨くする為に米の外皮を削って、中心部を酒用に使い、米粉を焼酎に回す。

一切の無駄なし!

今年から水車精米が完成したからできるようになりました。

尾張の酒は益々おいしくなりますよ。


俺が呑まない酒を慶次の目がじっと見ている。

仕方ない。

俺の前にあったお銚子を取って後ろに回した。

慶次がこっそりと入ってきて持って出ていった。


「申し訳ございません。これ以上は」

「通して貰う」

「お止まり下さい」

「邪魔と思うならば、切って捨てて構わんぞ」

「平に、平に、ご容赦を」


やけに外が騒がしい。

何が起こったのかと見に行った者が後ずさりして戻ってきた。

どたどたどたという足音を立てて数人の男が乗り込んできた。

公方様の側近らは太刀に手を掛けた。

しかし、入ってきた男らは丸腰だ。

おそらく、玄関先で太刀を置いてきたのだろう。


入口付近にデンと座ると、さっと身を整えて平伏する。

側近の一人がすぐに玄関に戻っていった。

この人騒がせな男には面識があった。


三好-長慶(みよし-ながよし)が家臣、松永(まつなが)-弾正(だんじょう)-久秀(ひさひで)、呼ばれもせずに勝手に参上致しました!」


顔を上げるとおっさん臭い(いかめ)しい顔を破顔してニコリと笑う。

どうやら第2幕が開かれたらしい。


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[一言] まさか異世界は本当に終了しました…
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