蛇足4.竹中半兵衛の遺産と信照の夢。
竹中-半兵衛-重治。
竹中-重元の子で織田家への忠誠を示す為の人質として神学校に神童と名高い息子の半兵衛を預けられた。
熱田明神の生まれ変わりと言われた信照との出会いは、強烈な化学反応を起こして、彼の運命をねじ曲げ、期待された名将・軍師としての才能は消えた。
歴史の表舞台に半兵衛の名が出てくるのは、信照が天下を統一した以降となる。
しかし、天才科学者にして、天才技術者でもある半兵衛の存在無しに、数々の兵器や製品は生まれなかった。
況して産業革命など・・・・・・・・・・・・。
彼がいなければ、信照が植えた苗が芽吹くのは、50年、100年先になっていたに違いない。
信照の晩年には、機関車が走り、空に飛行機が飛び、各都市に紡績工場などが造られ、補助動力のタービンエンジンが積まれた帆船が白い帆が上げてはためいていた。
だがしかし、町に自動車が走る事もなく、牛車や馬車が町を行き交った。
大量生産による大量消費という言葉も生まれていない。
信照の基本方針は『地産地消』であり、国を跨ぐ交易は贅沢品だ。
例えば、極東の生産物は主に穀物だ。
甜菜で作った砂糖を売って外貨を稼ぎ、小麦や米などを輸入しているが、最悪でも穀物だけで生きて行ける生産量を奨励した。
余裕がある分だけ牛や豚や鶏を飼い、さらに余裕があれば、玩具や競技などでの遊び贅沢を尊んだ。
信照は野球やサッカーやラクビーなどの競技を広め、日の本の国別対抗戦などを開催した。
(剣術、相撲、弓道、馬術などは信照が奨励しなくとも全国で競技会が広まり、全国大会も開催された)
それを支える器具や照明なども半兵衛の発明品だった。
様々な便利な道具が生活を向上させて行くが、軍事品や軍事物資がそのまま民間転用され難いという歪な文明開化を起こした。
あれはあれ、これはこれの精神だ。
そんな社会を維持できたのも半兵衛という存在なしに語れない。
信照が半兵衛を見出し、その周りに助手・鍛冶師・大工・医者・薬師・毒師などの数多の天才達を召喚しなければ不可能であった。
天才の天才による天才の町が熱田・知多であった。
◇◇◇
〔永禄7年 (1564年)〕
呂宋、美麗島(台湾)、アユタヤ (タイ)、トラック諸島を巡った信照が熱田に帰って来た。
半兵衛は最近の不便さに不満を述べた。
「信照様、この知多の工業地帯は我が物で間違いございませんな?」
「何を今更」
「ならば、私の実験が最優先でなければなりません。そうに間違いありませんな」
内容を述べず、詰め寄る半兵衛に困った。
そこに熱田の右筆である岡本-定季が横に来て耳打ちした。
要するに、知多が手狭になってきたのだ。
知多の研究所も製鉄所も造船所も工場も半兵衛が造ったと言って過言ではない。
信照の絵図を元に半兵衛が設計図に仕上げ、設計図にある部品や組み立てる工場を次々と生み出していった。
種を捲いたイザナギが信照とすると、産んだイザナミは半兵衛である。
半兵衛は才能があり過ぎて、飽きると次の事を始める。
残った研究所、製鉄所、造船所、工場などは弟子達が運営する事になっていった。
今、お熱なのが帆船に乗せる大型タービン機関とグライダーに積む小型ディーゼル機関と同じく、グライダーを改良したジェット機関であった。
一時は、どんな船体が高速移動に向くのかという造形美にこだわる時期もあったが、高速船と輸送船の形が決まると興味を失った。
ディーゼル機関の形はほぼ完成し、後は耐久問題を解決すると船に乗せる事ができる。
外輪船は一隻で飽きたようだった。
いくら回転数を上げても速度が上がらないので、スクリュー船に移行した。
高速船に積むのは高出力が得られるタービン機関であり、未だに爆発せずに試験を終えた船はない。
但し、ディーゼル機関は完成の域にあり、一部の連絡船に搭載されている。
12時間以上の連続稼働をしないならば、安全に使える。
無風の時の補助動力として搭載されており、これから造られる帆船には補助動力として搭載される。
弟子達は連続稼働30日を目標に改良に苦労している。
つまり、弟子達の改良製品の稼働実験の為に、半兵衛の実験場所が無くなった訳だ。
「昔ならば、工場で実験できましたが、工場が爆発すると周辺の工場にも被害が及びます」
「あぁ、それで実験場所を別に造ったのだったな」
「半兵衛殿が同時に色々な実験をされますので、実験場もかなりの数を用意しましたが、それでも足りない状況になっております」
以前は、知多半島が広く感じられて場所に困る事はなかったが、今では所狭しと工場や練習場や実験場で埋まってしまった。
海岸でも造船所が並び捲くっている。
埋め立てて、新しい土地を用意しないと、半兵衛の希望は叶わない。
「いっそ、オーストラリアに新しい町を作るか?」
「オーストラリアだと?」
日の本と違って資源が豊富だ。
その資源を採掘する為に移民団を派遣するつもりだった信照は、その開発に適任者を見つめた。
「半兵衛。今度こそ、半兵衛の町を造る事を許可する」
「嘘ではございますまいな?」
「設計から完成まで半兵衛に任せる。これならば、文句もないだろう」
「銭が掛かりますぞ」
「佐渡の金山が軌道に乗った。しばらくは銭に悩む必要もない。好きなだけ使え」
知多で生まれた製品は後で多額の利益となって還元される。
巨大投資と思えば、高い買い物ではない。
信照はそう思っていたが、完全な失敗であった。
実際、造船とライフル銃など売り上げは、信照を納得させる結果となった。
一世代前の兵器を海外が利益を得る属国に対して、日の本は一世代先の兵器を装備しており、属国に対して軍事的な有利を保った。
属国がライフル銃を揃えると、幕府は機関砲を保有している。
そんな感じだ。
船も同じであり、同じ形に見えても幕府の船は中に鉄で補強しており、大砲の精度も段違いの性能があった。
その船を貸し出しているのが信照の商会群であった。
信照は雪だるま式に富みが膨らんでいるような感じを受けていた。
しかし、半兵衛が造った工場都市は、その信照の富を使い果たし、さらに肥大化していた。
都市の存在を隠した為に、二重帳簿にした結果、信照の手で管理されていなかった事が最大の欠点だった。
信照は視察に行く度に知る新兵器が生む利益に目を細めて笑みを零している場合ではなかった。
毎年、予算を交渉する程度の手間を惜しむべきではなかった。
半兵衛の死と共に、帳簿を見た信照が頭を抱えた。
都市の開発と信照の収益がバランス良く使われていた。
山のような財産がすべて溶けてなくなっていた。
もちろん、投資した額は帰ってくる。
但し、帰ってくるのが50年後か、100年後という長期の試算ならばだ。
例えば、ジェット機の技術を持っているが、プロペラ機より上位の機体を発表していない。
信照自身が禁止していた。
いずれは、周りの技術レベルが上がれば、公開しても良いとなっているが、ゼロ戦ですらオーバーテクノロジーな状態でジェット機の技術を公開するなどあり得なかった。
時代が追いつくまで利益にならない。
信照は開発予算を半分に削り、オーストラリア南部だけで経済が回るように構造改革を断行すると、自らの予算を削って都市の維持を保った。
若隠居しようと考えていたが、公務を離れると食って行く銭がない。
また、予定変更だった。
借金のような人材不足を乗り切ると、本当に借金が追い掛けて来た。
経済観念のない半兵衛の所為だ。
半兵衛が一人で楽をさせるモノかと課題を残したのかもしれない。
信照は世界一に銭を稼ぎながら、自分で使える銭は一文もない状況がしばらく続いた。
太閤様の世界巡行がしばらく続き、収入と都市の浪費とバランスが合った所で息子に太閤職を譲った。
少しでも失敗すれば、赤字に転落しかねない遺産を貰った息子も大変だっただろう。
苦労から解放されたが銭はない。
望月の里でないない尽くし貧乏暮らしが始まった。
千代女を働かせてゴロゴロする駄目亭主となり、他の妻達は息子らの世話になると言って散って行った。
それでも信照は千代女と一緒に田舎暮らしを楽しんだと言う。




