蛇足3.お市の重すぎる兄愛と連合艦隊の誕生。
美麗島(台湾)より帰国して名護屋に戻ってきた秀吉は輝ノ介とお市から呂宋へのイスパニア討伐の許可を貰うようにせっつかれた。
毎日、毎日、呼び出されて「まだ、準備ができぬのか?」、「わらわの頼みが聞けぬのかや?」と言われた。
秀吉も何とか説得して、お市は何とか中立まで戻したが賛同まで貰えなかった。
だが、輝ノ介はブレない。
輝ノ介は痺れを切らしたのか、慶次が向かったアユタヤ方面の海賊退治の状況を丹羽-長秀を呼び出して聞いた。
長秀の裁量で南蛮交易の護衛として300石級の帆船3隻が自由に動かせたからだ。
つまり、護衛として同乗し、船団が澳門に停泊中、ちょっと東に偵察に向かう。
偶然にイスパニア軍船に遭遇し、偶々追撃していると呂宋まで追い詰め、仕方なく艦隊戦を行い、その流れで呂宋を制圧する。
あるいは、満剌加の帰りの航路を東よりに取らせ、交易船団が呂宋島の近くを通過する。
奪ったキャラックには織田式の大砲を2門のみ換装させた。
他の大砲は6門を残してすべて降ろし、鋳造し直すか、欲しがった国に安価で下ろされた。
見かけ倒し、工芸品としての価値しかない大砲だ。
危ない橋を渡る事に変わりないが、火力差を考えるとできなくもない。
強く願われれば、護衛艦への同乗を断り切れないと長秀がグチを零した。
さて、現場で船長らが断れるだろか?
秀吉は降参して幕府に許可願を提出する事にした。
◇◇◇
秀吉もまだ諦めた訳ではなかった。
だがしかし、小一郎から信照の南海攻略の意図を知らされると慌てて、再度、輝ノ介とお市に延期を申し出るようになった。
もっと早く教えろと小一郎を叱ったが、小一郎も信照の意図を帰蝶から忠告で知ったばかりだと詫びた。
このままでは信照様にお叱りを受けると感じたのだろう。
二人の元に通って延期を頼むようになった。
何度も断られた。
そこに交渉材料となる情報が舞い込んだ。
秀吉はイスパニア艦隊に支援物資を運んでいた商船を美麗島(台湾)で捕らえ、多額の賠償金を分捕って解放した。
その商船の船長らに請求した損害賠償金は金貨4,000枚だった。
船を新たに購入するより安いが中古より少し高い金額であり、船の中にある資産と荷一切が戻ってくる事を考えれば、割安なお値段であった。
しかも金貨4,000枚の持ち合わせがなければ、天王寺屋から年利1割で貸して貰える。
この年利1割も破格の金利であり、天王寺屋が見込んだ商人に限って、返済期間中は最高で金貨500枚分の割引券が毎年名護屋府から発行される。
つまり、金利の400枚のみを毎年返すと金貨500枚の割引券と交換して貰える訳だ。
一言で言えば、日の本の間者になれと勧誘した。
解放されて澳門に到着した商人らは連れだって呂宋に向かって、賠償金の返却を申し出た。
イスパニアから取り戻さないと死活問題な商人らは必死に食い下がったが、良い返事が貰えない。
すでに澳門に残っていた他のポルトガル商人らは日の本で新茶を買った。
お茶レースで遅れを取っており、3ヶ月も遅れての挽回は不可能だった。
そうなると賠償金で失った何割かを取り戻さないとやって行けないのだ。
一方、間者になった商人は気楽なモノであり、呂宋で商材を探し、その長期取引から賠償金の返還を求めた。
こちらは簡単に応じて貰えて大喜びだった。
澳門で小さい船を購入し、定期的に呂宋との交易をさせる事にした。
人材は天王寺屋の澳門支店が調達した。
呂宋に訪れて情報を仕入れれば、名護屋府から褒美が貰える。
金貨4,000枚の借金はないに等しい。
逆に金貨100枚の差益が保証され、天王寺屋という大店と直接の取引ができる事になった。
早々に茶レースを諦めて、価格変動の少ない安い緑茶を持ち帰っても十分な利益が見込めた。
情報によっては他の珍しい商品も廻して貰えると約束を取り付けた。
災い転じて福となすと言うが、正にこれであった。
その船が日の本に戻って来ると、名護屋府に呂宋の状況を報告した。
9月末日、秀吉はその情報を元に輝ノ介とお市に遠征延期の交渉をした。
「幕府から許可が届いたのか?」
「まだでございます」
「遅い。催促の使者を出しておけ」
「・・・・・・・・・・・・」
「なんだ? また何か意見か?」
「輝ノ介様、呂宋への遠征を来年以降にして頂けるようにお願いに参りました」
「諄い。すでに決まった事だ」
まだ日程は決まっていない。
秀吉は呂宋への調査団は今秋中に送る予定を書いてあったが、本隊をいつ送るかは明記していない。
最速ならば、調査団と海上で合流し、その足で呂宋を攻める事ができる。
だが、名護屋で報告を聞いてから討伐隊を編成する事もできた。
編成が2年後、5年後であっても構わない。
もちろん、輝ノ介は最速で討伐に向かうつもりだった。
「呂宋のイスパニアは、現地に技術者を召喚し、現地にて船舶の造船を考えております。しばらく待てば、あちらの施設と技術者を手に入れる事ができるかもしれません」
「それがどうした?」
「大金を使わずに我らは施設と技術者を手に入れたいと考えております。どうか討伐をしばらく延期して頂きたくお願いに参りました」
「その技術者は熱田の技術者より優れておるのか?」
「そうではございませんが、得るべきモノがあるかもしれません。また、こちらの銭を使わずに施設を得る事ができます」
「話にならんな。劣った者を捕えてどうする。出航は決定だ」
輝の介に取り付く島がなかった。
こうなると、お市を味方にする事から始める。
前回はお市も悩んでいた。
イスパニアを討ちたいという自らの願望としばらく放置する事で家臣の領地が増えるという現実の狭間で葛藤していた。
南海の島々は西の満剌加に近づくほど国家として確立しており、呂宋島より東の島々は部族が住んでいるだけであった。
彼らには国家とか、島の支配者という意識が薄い。
イスパニア海軍は勝手に占領して武力で奪っていた。
何故か、欧州人は建前を重視する?
猫なで声で近づき、嘘八百でその島の住民を奴隷とする。
その奴隷を澳門などに売りに来る事もあるので、秀吉らも知る事になった。
様々な巧妙な罠で近づき、書類にサインさせて占領するなどの蛮行を行った。
例えば、文字が読めない人に「ここに船を止める許可を欲しい」と言ってサインをさせて、その書類が借財をした事を認める書類だったりする。
初めから存在しない借金の請求を行って、返済できない場合は人身売買で返済させる。
ヤクザか、マフィアのような手口だった。
信照の記憶にあるイギリスだと、地図の上にコインを置き、そのコインと同じ広さの港としての土地が欲しいと交渉し、サインを取り付けた。
すると、コインをナイフでリンゴの皮を剥くように細い糸上にして、島全部を囲って島を奪っている。
そんな面倒な詐欺をせずに、力で奪えばいいのに契約書を作りたがる。
契約書は神と同じ、神の契約だから我々は正当であるという理屈だ。
そして、イスパニア人の非合法なやり方を納得しない島民が暴れ、それを武力で打倒してから搾取し、略奪した。
色々な罠で島ごと譲渡を求めた。
苦しい島民が増えるほど、救世主として登場する日の本の価値が上がる。
日の本は解放軍だ。
島民は感謝して島の何割かを日の本に譲渡してくれるに違いない。
島民ごと奴隷として売られていれば、無人島をそのまま日本領とするのも問題ない。
奴隷になった者を買い戻して、島に連れ帰れば、感謝されても返せとは言われないだろう。
遅ければ、遅いほど、日の本の取り分が増えて行くのだ。
何故、そんな非道な事をするのか?
お市は疑問を秀吉に聞いた。
戦には銭が掛かり、将兵には褒美を渡さなければならい。
タダで戦争はできない。
お市は「うううぅぅぅぅ」と声を沈めて項垂れてしまった。
お市を説得するのには、もう一押しが必要だった。
お市が納得すれば、輝ノ介も強引に押し通るような真似はできなくなる。
信照への言い訳の為にもお市の賛同が必要だったのだ。
今回は織田家の利益という理由を武器に、信照の利益と言って、お市を味方にしようと考えていた。
「お市様、信照様も船の建造には苦労されております。軍艦を他国で造る事はあり得ませんが、商船ならば問題もございません」
「商船ならば現地で造った所で問題ないのじゃ。織田家の船を真似た300石舟を造っておるが、魯兄じゃが怒った事は一度もないのじゃ」
「ご理解頂きありがとうございます」
「南蛮船の技術者を捕えたならば、魯兄じゃは喜ぶであろうな」
「その通りでございます」
お市が子供っぽい笑顔を見せた。
我が意を得たり。
お市は頭も良く、言っている意味をすぐに理解してくれた事に秀吉は目頭を押さえた。
信照の事を言えば、お市は幼い頃の雰囲気に戻る。
奥州で初めてあった子供の頃のお市に戻ったような気がした。
あの頃は純粋さの塊であり、疑う事も知らぬ一切の汚れのない少女だった。
もちろん、あの頃から普通の少女ではなかった。
神に愛された少女は超人的な能力を持ち、神の加護を持つ強運の持ち主だった。
秀吉もその武将としてのお市に惚れた。
信照が主君の中の主君とすれば、お市は武将の中の武将、名将と思え、すべて賭けてお市に仕える事ができた。
16歳になったお市は幼さを少し残し、美しい美少女へと変わってきた。
黙っていれば、当代一の美女だ。
しゃべると残念美人になる事もあるが、概ねにおいて美少女だった。
どんな所が残念かと言えば、
野盗とか、悪党と聞くと、公務を放り出して目を輝かせて討伐に行ってしまう辺りだ。
その子供っぽい笑顔が秀吉は嫌いではない。
公家のように澄まして妖艶な色気を出すより、ずっと好きだった。
お市の武器に魔性の笑顔という得意技も得ていた。
少し幼さを残した上目使いで笑顔を送る。
うるうるとさせた瞳で『わらわは其方だけが頼みじゃ』と言われると、小一郎 (佐久柴-秀長、23歳)と正辰(楠木-正辰、23歳)などの若い者などイチコロであった。
一方、この純粋な笑顔は女性に慣れた好色な武将には物足りない。
体を寄せて、甘える声が耳元で囁く。
絶妙な流し目、溜息、怪しい指の動きで誘惑する。
好色な者ほど、簡単に引っかかった。
スケベ男ほど、タチが悪い。
だが、一度籠絡すると、後はお市に酌をして貰う為ならば、謀反も厭わないと言わせた。
魔性の女が育っていた。
そのお陰で秀吉は楽ができた。
信照から美麗島(台湾)行きを命じられた大友-宗麟も冷静になって来ると、何とか拒否する方法はないかと考え始めた。
そこに名護屋府に戻ってきたお市が宴席で宗麟を落としてしまった。
お市が耳元でささやくと、『必ずや、お市様の為にも美麗島(台湾)を取って参りましょう』とやる気になったと言う。
『わらわは皆が言う通りに褒めただけなのじゃ』
お市の後ろに控えている侍女達の教育の成果である。
彼女らは、甲賀衆、伊賀衆、飯母呂衆、羽黒衆の仮の姿であり、男共を意のままに操って来た術を習得した女達であった。
別に意図してそういう者が選ばれたのではない。
飛鳥井-家の娘として、宮中にも付いて来られる“くノ一”となれば、すべてにおいて超一流の者しかいなかったらしい。
彼女達が手取り足取り、様々な術をお市に教えた。
何と言っても筆頭侍女の千雨が肩身を狭くして仕えている。
「私、伊賀の下忍ですよ。どうして、上忍以上の方々に指示を出しているのですか?」
「仕方なかろう。わらわの一番の侍女は千雨なのじゃ。わらわに忍術を教えてくれたのも千雨じゃ。公家の作法を一緒に学んだ仲ではないか。最後まで付き合うのじゃ」
「お市様、後生です」
お市は千雨を解雇して、一人の少女に戻してやる気はなかった。
やっていることが信照と一緒だった。
千雨には、お市と同じ厳しい訓練と、女性としての技が教えられ、お市の手本として実践をお市の為に見せられた。
宗麟がお市と思って相手をしたのは千雨だった。
他の侍女も手伝って骨抜きであった。
それはともかく、千雨にとってすべての技が完全にオーバースキルだ。
軽自動車にF1のエンジンを積ませようとするようなモノだ。
その度に嘆き、叱られて怯えながら無理矢理にでも詰め込まれた。
一番偉いのにいつも叱られていた。
そのお陰で千雨でも宗麟くらいならば、男を喜ばす術もちゃっかりマスターしていた。
それを見せられて、お市もまた勉強させられた。
九州男児でも様々である。
一騎打ちで籠絡する事もあれば、宴席で籠絡する場合、あるいは薬などを使用する場合もある。
胡蝶の夢の中で本懐を遂げさせる技などもあった。
とにかく相手が最も欲する所を狙ったのだ。
もしも、お市が現代風にコンサートを開けば、九州中から強者の武将らが『お市、命!?』のシャツを着て、似合わないペンライトを振って汗だくになって応援するに違いない。
厳つい武将の『アイドルお市』だ。
一癖も二癖もある九州男児を借りてきた猫のように従順にする技に驚きを感じるより、秀吉は気味の悪さを覚えた。
むさい男共がお市の新たな親衛隊に変わっていた。
ともかく、秀吉は従順過ぎる北九州勢のお陰でスムーズに事が運んだ。
「秀吉、わらわはいつまでも奥州の時に会った幼女ではないのじゃ」
背中に冷たいモノが流れるような感じがした。
秀吉もお市に惚れている。
お市に女として魅力を感じていないと思っており、惑わされていないと何度も念じる。
自問自答する。
『(おらにはおねがおる。知朱殿がおる。おらには最高の女房のおねがおる。おらには最強の男の娘の知朱殿がおる』
妻と男の娘を何度も思い浮かべて呪文のような言葉を唱えて冷静になる。
お市の魅了に掛かっていない事を確認した。
偶に美女に声をかけられて鼻を伸ばすと、すっと知朱が現れて頬を膨らませる事を秀吉は思い出せた。
冷静になれた。
知朱が出て来ないのを見ると、秀吉はお市に魅了されていないと自覚できたのか、自信を持って顔を上げた。
「おらがお市様を騙す訳がございません」
「ほぉ、言うではないか。じゃが抜かせ。何の為に秀吉に護衛を付けていると思っておるのじゃ」
「おらを気遣っての事ではないのですか?」
「護衛だけならば、犬(前田-利家)だけで事足りるであろう」
お市は加藤-三郎左衛門に頼んで、秀吉や丹羽-長秀や小一郎などの右筆の為に護衛を借りた。
とびっきり頭のよい忍者を用意して貰った。
お市が部屋に引き籠もって居ても、何が起こっているかを知る為だ。
この名護屋府では、信照を真似て『引き籠もり姫』を演じていた。
信照は引き籠もっていても何でも知っていた。
真似っコであった。
秀吉の側にいる者は護衛ではなく、スパイ兼監視だったのだ。
秀吉が頭痛を覚えた。
今度は冷や汗が流れた感じではなく、本物の冷や汗が流れた。
「秀吉。呂宋の奴らは現地で船を調達したいと考えておる。本国やポルトガルに要請したのは事実じゃ。じゃが、イスパニア本国が許可を出したなどとは言っておらなんだ。間違いあるか?」
「間違いございません」
「何故、わらわに嘘を告げた」
「嘘ではございません。呂宋の方針に間違いございません」
「なるほど。わらわに勘違いして欲しかったのかや?」
「・・・・・・・・・・・・」
「秀吉。わらわを舐めるではない」
「申し訳ございません」
ここ数年のお市の成長が著しい。
男子、三日会わざれば刮目して見よと言う言葉があるが、お市は男子でもないが、見違えるように様々な能力が伸びて来ていた。
完全に輝ノ介が付いて来られていない。
「お市。どういう事だ。説明せよ」
「輝ノ介ももう少し勉強するべきじゃ。よく聞け。魯兄じゃは『戦わずして勝つ』を旨とする武将じゃ。魯兄じゃが南海で何をしたいかを考えよと、帰蝶義姉じゃから宿題を貰ったのじゃ」
「何故、そこで帰蝶が出てくるのだ?」
奥州から帰ってきたお市はお栄と里、帰蝶とで情報を交換するようになった。
お市は飯母呂一族と羽黒衆を抱えたので奥州の情報が自然と入るようになった。
お栄とお里は公家の情報を把握している。
帰蝶は尾張と美濃、そして、織田情報網の情報を把握できる立場にあった。
女の団結力が発揮された。
手紙などという面倒な事はしない。
そもそも見た事、聞いた事をすべて手紙に書く事などできない。
そこで忍びを毎月のように交換する事にした。
お栄とお里、帰蝶に送る忍びを二人ずつ用意し、向こうも二人ずつ用意してお市に送って交換する。
さらに、移動月は通り道でも情報を仕入れてくるようにさせた。
より精度の高い情報を互いに交換し合った。
お市が九州に行くと、九州の情勢が伝わるようになった。
このお陰でどこに居ても四人は信照の行動が把握できたのだ。
信長より正確な情報を知っていた。
光秀が原因で起きた東北の当主交代で暗躍した者など、信長も幕府も知らない事があったが、帰蝶からその事を匂わすお祝いの手紙が届けば、奥州の領主達は肝を冷やしただろう。
その情報はお市の羽黒衆が持ち帰った。
また、帰蝶はあの事件で肩身の狭くなった村雲流を多く抱える事になった。
京で暗躍していた鉢屋衆の一部が主君を失って路頭に迷い、偶然に知る事になった里の紹介で帰蝶の下で働く事になった。
久我家には忍者が配置され、間違って入ってきた曲者は捕えられるのは当然だ。
里は子猫を拾ったような感じだ。
これが運命的な出会いであったが、それはまた別の話だ。
助ける事になった鉢屋衆18人とその一族、本当は里が抱えたかったのだが、久我家にそんな財力もなく、お栄の伏見宮家も豊かとは言えない。
帰蝶に紹介し、少し貸して欲しいとお願いした。
山陰方面に詳しい者を得て、帰蝶も喜んだ。
(その鉢屋衆が優秀かどうかは別の話です)
「なるほど」
「わらわが知っている事は千代姉じゃも承知なのじゃ」
「また、何故、そこで千代女の名が出る?」
「わらわとお栄、里は千代姉じゃから忍者を借りておる。伝わっているのは当然であろう。御殿の事も承知しておるぞ。何か知りたい事があるらなば、教えてやるのじゃ」
「御殿・・・・・・・・・・・・!?」
「京の事もここで判るのじゃ。知らなかったかや?」
「俺のお庭衆は大丈夫か?」
「承知しておる。お庭衆が守っているのは公方様なのじゃ。その母御は千代姉じゃの部下で、わらわの仲間じゃ」
「・・・・・・・・・・・・女子とは恐ろしいな」
「言っている? 意味が判らないのじゃ」
「すべてが筒抜けな所が恐ろしいと思った」
「そんな事はどうでもいいのじゃ。どこまで話したのじゃ?」
「確か、『信照の意図を考えろ』の辺りだ」
「そうであった」
お市は信照の意図を考えた。
すぐに答えは見つからない。
考えて、考えて、考え抜いてもやはり判らない。
困ったお市は小一郎と正辰に聞いた。
二人はお市を導くようにヒントらしい言葉を添え続けた。
誘導したようなモノだが自分で考えるのと、答えを聞くのでは理解力に差が生まれる。
二人はお市の成長を助けたかったのだ。
「そして、わらわは気が付いたのじゃ。この半年で織田家とイスパニアの立場が入れ替わったという事じゃ」
「我らが勝ったからであろう」
「違うのじゃ。タダ勝ったのではない。圧勝したのじゃ」
「当然だ。当たり前の事を言うな」
「判っておらん。イスパニアの大砲は日の本の足下にも及ばなかったのじゃ」
半年前はイスパニアの戦力が判らずに戦を控える事を信照は考えていた。
今は日の本の戦力が上だと明らかになった。
イスパニアが勝つには、飛躍的な技術革新か、圧倒的な艦数を用意せねばならない。
だが、本国から遠い呂宋では届けるのも簡単ではない。
「だから、呂宋で造船して数を揃えるのであろう」
「わらわ達は敵の数が揃うまで待ってやるほどお人好しなのか?」
「そんな訳があるまい」
「その通りじゃ。日の本がいくら甘いと言っても戦力を揃え始めている敵を待つ訳がない。それくらいの事は敵でも判る。つまり、奪われる事が判っている呂宋で造船などする訳もないのじゃ」
「おぉ、なるほど」
秀吉はそう思わせようとしただけで、そうなるとは言っていない。
微妙に言葉を濁し、誤解させようとしていた。
冷や汗を流しきって開き直った。
「そこまで承知ならば、敢えて申します。出航を遅らせて頂きたい。すべては織田家の利益の為でございます」
「魯兄じゃの意図は判っておる。じゃが、魯兄じゃに大砲を向けた者は許せぬ。このまま脅せば、いずれは放棄する事になろう。戦わずして多くの島々を手に入れる事になる」
「その通りでございます」
「ならば、わらわは魯兄じゃに大砲を向けた者への怒りはどこに向ければ良いのじゃ」
「・・・・・・・・・・・・」
耐えよとは言えなかった。
耐える事ができるならば、お市は口に出していないと思えた。
秀吉は説得に失敗した事を悟った。
「少しだけ安心させてやろう」
お市がそう言うと、パンパンと手を二度叩くと後ろの襖が開いた。
そこには秀吉を支える水軍の皆がいた。
知多の佐治、熱田の九鬼、伊勢の志摩十三人衆、熊野の堀内、三河の渥美、里見の里見、津軽の安東、瀬戸の村上の頭領らがいた。
「秀吉様、すでに我らは名誉も褒美も十分に頂きました」
「一族が食ってゆく分には問題ございません」
「我らが領地は海でございます。土地ではございません」
「南海の関料となれば、さぞ儲かる事でしょう」
「秀吉様に付いて行くだけでございます」
「どうか我らの安住の地にお導き下さい」
「お市様に付いて行くと決めました。また、かかぁはおね様に世話になりっぱなし。我が身は好きなようにお使い下さい」
「褒美など要りません。お市様の戦い方は面白い。もう一度見させて下さいませ」
秀吉があんぐりと口を開けていると、お市がにこりと笑った。
「どうじゃ。後顧の憂いは断ってやったのじゃ。他の九州勢ならば、わらわがお願いするだけでどうとでもなる。褒美も銭もいらんと言ってくれるのじゃ」
「無茶をなさいますな?」
「無茶ではない。秀吉の部下も納得しておるのじゃ」
「本当に褒美が出せんかもしれんぞ」
「お市様から聞き申した。委細承知でございます」
香辛料などの珍しい品や木材などを売り買いするだけであり、空いている土地があるとは限らないとお市から説明を受けていた。
「海の通行料だけ頂きましょう。それで十分でございます」
「大海が我が領土でございます。広い分だけ楽しみも多いというモノです」
「海賊狩りで一儲けできるかもしれませんぞ」
家臣らはすでに説得済みであった。
秀吉は完敗だった。
参りましたと頭を下げた。
◇◇◇
10月になると信照が止めにやって来た。
秀吉とよく似た討論を交わしたが、すでに到着した時に経緯を知っていたので同じ事は言わない。
「細かい事は言わん。後、半年待てぬか?」
「魯兄じゃの狙いは判るのじゃ。周辺を調べて、完璧を期したいのじゃろう」
「その通りだ」
「じゃが、呂宋の次はどうするつもりなのじゃ」
「もちろん、待って貰う」
「その次は、そのまた次は? 長い遠征になるのじゃ」
「覚悟はしておる」
信照は海の怖さを知らないので恐ろしいと逆に思っていた。
だから、手を打っていた。
伊豆諸島、小笠原諸島と下ると、マリアナ諸島へと繋がる。
マリアナ諸島の南にグアム島がある。
小笠原諸島までは北条家の管轄なので、その最南端の島に補給基地を設け、グアム島まで下る。
そのグアム島の南にトラック諸島があったと記憶していた。
トラック諸島には、日本帝国海軍の旗艦は停泊した。
映画か、何かで見た記憶だ。
つまり、南の島々を掌握するのに都合の良い場所と思えた。
信照はすでに3隻の300石帆船を向かわせて海路の確保に入っていた。
島の位置が確定した時点で補給地を設営して物資の運搬を行う。
船が足りないのが悩みであったが、秀吉が使う補給船を使い、先に物資を運んでおく事ができる。
仮に呂宋から逃げた敵を追っても、呂宋に戻るのではなく、トラック諸島に戻るだけで補給が受けられるようにすれば、かなり楽になる。
信照は周辺の地図ができるまで待って欲しいと輝ノ介とお市に頭を下げた。
「一年、二年の長い遠征になるのは承知している。補給路の確保は絶対条件だ」
「魯兄じゃは慎重じゃな~」
「お市が無謀過ぎるのだ」
「輝ノ介、どうするのじゃ? わらわは構わんのじゃ」
「半年だ。半年しか待たんぞ」
「承知した」
お市が諦めると輝ノ介もあっさりと待つ事を承知した。
信照に口で勝てる気がしないからだ。
最初の約束も一年だったのでそこまで我慢すると妥協できた訳だ。
◇◇◇
1564年2月、呂宋(マニラ)陥落。
結局、輝ノ介とお市はその半年を待てなかった。
正月に敵の補給船団が来ると聞くと、呂宋から先に追撃しないのを条件に信照から許可を貰って出航してしまった。
トラック諸島への補給は一周しかできなかった。
討伐隊はアユタヤ船団に同行する振りをして南下した。
さらに先行する部隊が呂宋の南側へ迂回し、お市らは南の陸地に上陸すると、島を縦断して呂宋(マニラ)に潜入している草と合流し、筏で敵船に乗り込んで船を奪取する作戦を決行した。
念の為に準備されていた策の1つだ。
しかし、日の本の来襲が事前に察知され、敵の艦隊はほぼ全艦船が出航し、途中の島影に隠れて通過した敵に、背後から襲おうという作戦であった。
呂宋(マニラ)湾には補給艦10隻と護衛のガレオン3隻しか残っていなかったのだ。
ガレオン船1隻が逃亡、もう1隻が炎上し、輝ノ介とお市が乗り込んだ船のみ拿捕に成功した。
補給船の船員は半舷上陸だった為に出航に時間が掛かった。
炎上する煙を確認して、呂宋(マニラ)討伐船団が近づき、捕獲中の補給船が白旗を揚げた。
補給船を10隻も拿捕してしまった。
呂宋(マニラ)陥落を知った敵司令官は撤退を決めた。
セブ島など周辺の島々も放棄された。
敵を痛い目に合わせるという輝ノ介とお市の願いは空振りに終わった。
呆れたのは信照の方だった。
どうせ戦力的に絶対に失敗すると考えていた。
艦隊決戦でどれだけの敵が減らせるかと思っていたが、敵は減らずに補給船が手に入った。
足手まといにしかならない大量の捕虜も得てしまった。
船団の兵は捕虜を拘束する為に総出で上陸する。
お市らは約束を破って追撃する機会を失うという本末転倒な事態となった。
信照は美麗島(台湾)に捕虜を移し、返還交渉中は農地開拓に使う事を決めたが、大量の船を移動する為に船員が足りなかった。
ザブンザブンと大小の波が砂浜に押し寄せた。
信照はお市らの出航と同時に拠点を琉球の那覇に移し、そこで報告を聞いた。
日の本に残っている300石帆船をかき集めて、熱田に残っている船員と研修中の船員を連れて、呂宋(マニラ)に行く事になった。
準備の合間に家族サービスだ。
3月になれば、それなりに暑くなる。
泳ぐには早いが、水遊びをするのに不都合な事もない。
沖縄と言えば、やはり海水浴場だ。
織田-信実叔父上にこんな遠方の地の海で遊ぶとは?
そんな感じで呆れられた。
氷高や早川が子供達と戯れ、豊良が赤子に乳をやっていた。
真理、阿茶、福が漁師の舟に乗って魚を捕りに沖に出ている。
「若様、申し訳ございません。この重要な遠征にご同行できなくなるとは」
「謝る事はない。諦めていたから俺は嬉しい」
「情けなく思っております」
「そう責めるな。氷高と早川はお前の代わりに付いて行けると喜んでおる。それより無事に産んでくれよ」
「5ヶ月ほど滞在した後に熱田でお帰りをお待ちしております」
「なるべく、早く帰る」
信照は深い深い溜息を吐いた。
人材を育てても育てても、それ以上に必要とする状況が生まれる。
呪われていると思えた。
試験艦『日本丸(改)』の船長の加藤-延隆は遂に信照と大海原に出て行けると喜んでいるが、信照の予定には、呂宋(マニラ)に行く予定などなかったのだ。
どうしてこうなった?
呂宋(マニラ)周辺を掌握する為に秀吉を残す必要が出て来ると、右筆を昇格させて司令補佐官にするが、信照が同行しないと他の武将らが納得しない。
若い司令補佐官らが信照の代行である事を印象付ける為に巡業が必要になったのだ。
船が増えて計画が前倒しになるが、益々人材が足りなくなる。
信照は借金に追い立てられているような気分になっていた。
結局、信照は千代女の出産に間に合わなかった。
8年後、千代女が又々失敗した。
(信照の失敗でもある)
忙しい信照の為に二人目を作る予定はなかったのだが、視察中のオーストラリアでツワリを催した。
信照の旗艦である戦艦『大和』はアユタヤからトラック諸島の視察を終えると、オーストラリアの鉄・石炭などの採掘の視察を終えた後に帰国する予定だった。
知多の工業地帯はオーストラリアの資源に依存するようになり、多くの一万石級の輸送帆船が往復するようになっていた。
戦艦『大和』も一万石級の帆船であった。
戦艦と言われているが、大砲は前甲板に大型砲が一門しかない船だ。
10里 (40km)は飛ばないが、3里 (12km)を実現した主砲であった。
大砲の総重量が重い為に一門しか搭載できない上に製造費が掛かり過ぎて実用性が乏しく、威嚇の為だけに存在する旗艦であった。
後方は魚雷しか用意されていない。
それでも周りに護衛艦が守っているので戦闘力の有無は問題でなかった。
一方、信照達の家族の部屋がそれぞれに用意され、遊び場と勉強部屋、食堂、謁見の間、大広間、病院まで詰め込んだ海上の信照御殿であった。
信照は京の屋敷と熱田御殿、宮古島御殿、船上御殿をぐるぐると巡る生活が続いていた。
トラック諸島には連合艦隊の母港が建造され、中南米から来る海賊退治の基地となった。
最初は輝ノ介・お市が率いる5隻船団の補給基地であったが、太平洋は広すぎた。
5隻では周り切れない。
300石船3隻で一船団とした、五船団が作られて巡回させるようになった。
いつの間にか、船団と言わず巡視隊と言われるようになった。
トラック諸島に拠点を置いてから1年くらいは、イスパニア艦隊も頻繁に来襲して小規模な戦闘が起こったが、2年目に入るとイスパニアは方針を転換したらしく、一隻の海賊行為をする船が不定期に島々を襲うようになっていた。
太平洋の島々は拠点を除くと開発されていないので襲われても被害は小さい。
緩衝地帯的な役割で南海国に編入された。
オーストラリアと日の本を移動する輸送船団の補給基地の機能しかない。
輸送船には補助動力があり、無風の時はそれで移動する。
当然、大量の燃料を積んでいないので寄港地が必要だったのだ。
さて、イスパニアの海賊と巡視隊の鬼ごっこは続いた。
開発されていない島が襲われても取れるモノはすくない。
敢えて開発していない。
豊かさを求めて交易を盛んにする島も増えていったが、取り残された島の発展など知れていた。
そして、海賊達は発見されて撃沈された数も増えていった。
不毛な鬼ごっこが長く続いた。
なぜなら、南米占領などいう面倒な事を信照は避けた為だ。
それでなくとも人材不足で信照が国々や島々を巡って、指示を出さないといけない状況が続いた。
増え続ける領地に頭を抱えた。
一方、北米からインド洋を巡回する船団が新たに組まれ、輝ノ介が連合艦隊長官に、お市が副長となった。
3,000石級5隻で一船団となり、最終的に五船団を用意して、五五船団となる。
お市は相変わらす元気だ。
寄港地で信照と会えるように調整していたが、お市は子供を連れて船を駆け回っていた。
産むのも育てるのも海の上だ。
海の上は荒れる事もあるので妊婦にお勧めできないが、お市は例外であった。
輝ノ介は尻に敷かれていた。
お市の誘惑に負けた。
お市が輝ノ介を好きという事はなかったが、師匠として尊敬はしていた。
会得した色技を試すと、簡単に輝ノ介が落ちた。
一生の不覚と輝ノ介が嘆く。
最近はお市の貫禄も出て来ており、武術でも輝ノ介と互角と腕が上がっていた。
予想外の千代女の2度目のつわりに信照は慌てた。
帰るのも母体に危険だった。
予想外の休暇を取る事になったのだ。
「子供達と遊んでおけ。上の子は来年から神学校に入学だ」
「帰ると別れとあって、氷高が落ち込んでおります」
「京に居れば、もっと早くに独り立ちしておった。自分で育てる事も適わなかっただろう」
「その点、私は大丈夫です」
「虐待かと思ったぞ」
「頑張りました」
「可哀想だろう」
「もう一人前の技量は教えております。お市様にも負けぬ成長力です」
「時には甘やかせてやれ」
「それは殿が甘やかせているので問題ありません。神学校で仲間を見つけ、嫡男様を守れる忍者に育ってくれるでしょう。やはり、一緒に編入させましょう?」
「止めてやれ」
オーストラリアで予定外の五ヶ月という休暇を取った。
そこで信照に大きな変化が生まれた。
毎年、京に帰るようにしていたが信照が居なくても回るようになっていた。
やっと人材が追いついたのだ。
船上のゴロゴロタイムが陸地でも増えて行った。
それ以降、信照は京、熱田、宮古島、トラック諸島、オーストラリアを5年で巡回するようになり、少し後にハワイイが加わり、北米も巡回するようになった。
呂宋島より西は交易が盛んになり、海賊を取り締まるのが役目となった秀吉らが連邦国設立を宣言した。
独立していた国々や民族らが安全を買う為の南海諸侯連邦国に加盟した。
アユタヤ国は周辺国を吸収して巨大な帝国へと成長する。
日の本の暴れん坊らが大活躍して、小王へと昇格していた。
慶次が侍女と思われた女性に手を出して子が生まれていた。
その侍女が国王の末の娘だったので、どうやら王に担がれそうだった。
インドから援軍を頼まれて出撃中だ。
正妻がおり、側室が王女というのもどうなのだろうか?
国に居ない王様の誕生が近い。
イスラム商人が通行の安全を考えて、オスマントルコと南海諸侯連邦国の同盟が成立しそうになっていた。
南海諸侯連邦国の条件は、中東各所(ドバイ周辺)を1,000年間の借用地として貸し出す事だ。
砂漠地を欲しがるので向こうは首を傾げていた。
怪しまれた。
それでも悪い条件と思わないようで、前向きに調整が進んでいた。
部族の調整に時間が掛かりそうだ。
そこが連合艦隊の最西の寄港地になる予定だ。
信照がオスマントルコに行く話が上がったが、条件が合わず、行く事はなかった。
また、信照は北米と中央アジアに関しては放置する事にした。
謙信の死後にロサンゼルスの金山を開発して、財政立て直しを裏から少しだけ手伝いをしたくらいだった。
逆に明国は予想に反して活力に満ちて来ており、歴史が変わったと思ったのかと思い信照は首を捻った。
しかし、歴史の修正力か?
腐敗した臣下がさらに国の腐敗を加速して、突然に明国が滅びるなどは予想もしていなかっただろう。
晩年は銭もなくなり、ふて寝でゴロゴロする事が多かった。
そして、明国の崩壊や東西戦争を見る事もなく、信照は普通の寿命で満足して天寿を全うした。
国葬を嫌ったが、国葬されたのは当然であった。
女性ネットワークの話でした。
それは淡い恋ではなく、情熱的な愛でなく、見返りを求めない純愛だったのです。
信照は沢山の女性から愛されていますね。
深すぎる愛情に信照は答えられたのでしょうか?
それは謎です?
後半は信照の話です。
読者希望の子供の登場ですが、後ろ姿で我慢して下さい。
結局、南海国って、オーストラリアと日の本を結ぶ海路であって、イスパニアとの緩衝地帯として広い太平洋を得た国だったのです。
広いだけで中身がありません。
人口が増えてくれば、城壁や船を用意して対抗手段を考えたのでしょうが、途中でイスパニアが崩壊し、後進のイギリスとフランスは東西戦争以後は交易国などで平和な海に戻ります。
文化から取り残された島々が残る事になります。
◇◇◇
復元したガレオン船の価格は16億円だったそうです。
金貨の重さを31グラムとすると、現代の相場で金貨6,500枚となります。
いい加減な計算ですみません。
残り2話です。




