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【書籍化】魯鈍の人(ロドンノヒト) ~信長の弟、信秀の十男と言われて~  作者: 牛一(ドン)
第一章『引き籠りニート希望の戦国武将、参上!?』
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24.正徳寺の会見(1)<正徳寺に向かう>

天文22年 (1553年)2月20日早朝、尾張葉栗郡(のち美濃国羽栗郡)大浦郷の正徳寺(聖徳寺)に向かって信長が出発をした。

正徳寺は本願寺から代住持を招き、濃尾両守護から不輸不入(ふゆふにゅう)の印判を得ていた。

不輸不入(ふゆふにゅう)とは、要するに課税免除、治外法権のことだ。


正徳寺(聖徳寺)は美濃と尾張の境にあり、那古野城から北に6里 (24キロ)、稲葉山城から東南に5里 (20キロ)に位置する。

信長は土岐川(庄内川)を稲生(いのう)で渡ると、丘陵地帯の丹羽郡を北上した。

つまり、岩倉街道を使って最短で正徳寺(聖徳寺)を目指したのである。

これを聞いた帰蝶は呆れた。


魯坊丸(ろぼうまる)は大胆ですね」

「ははは、あいつに遠慮を期待する方が無理だ」

「ふふふ、そうですね。ただ、(織田) 信安(のぶやす)も生きた心地がしないでしょう」

「こちらは襲う気はないがな!?」


信長は嫌らしく、にやりと笑った。

悪戯好きの信長は岩倉城主の織田 信安(おだ のぶやす)が慌てふためいている姿を想像して楽しんだ。

困ったお方と帰蝶も笑った。


不仲になったと言っても織田 信安(おだ のぶやす)とまだ(いくさ)をはじめていない。

中島郡に所属する城主が信長と親しくしているだけであり、岩倉城の信安(のぶやす)の支配下から抜けていない。

ただ、その城主が危機に陥れば、信長が駆けつけるとの約束を取り付けたに過ぎない。

信安(のぶやす)がそれに怒って仕置をしない限り、信長と(いくさ)がはじまる訳でないのだ。

故に、正徳寺(聖徳寺)に行きたいのでとお願いされれば、信長に通行許可を与えない訳にもいかなかった。

信長が堂々と岩倉城の眼下を通り過ぎた。


岩倉城主である織田 信安(おだ のぶやす)の心情は穏やかでなかった。

誰かが会見に向かう信長の常備兵1,000人を襲えば、土岐川(庄内川)の北部の

林家の領地で待機する見送り部隊の那古野兵3,000人が襲ってくることになる。

準備もなく、信長と(いくさ)が始まる。

かと言って、陣触れを出して岩倉城に兵を集めれば、戦になるのは必定であった。

いたずらに刺激するなと家老衆から止められた。


信安(のぶやす)は問答する。

信長が襲って来ないのか?

会見は偽装ではないのか?

そもそも信長に勝てるのか?

もやもやとする一触即発(いっしょくそくはつ)な一日を過ごすことになる。


 ◇◇◇


岩倉を抜けると木曽川(広野川、黒田川)が見えてくる。

ここから大地は一段低くなり、信長の眼下に中々に眺めの良い川全体を見下ろす風景が広がった。

信長はそのまま川部の船着き場に向かった。

葉栗郡が木曽川の大きな中州(広野川や黒田川の間)のような場所であった。

その正徳寺(聖徳寺)はその東側に寺領も持っている。

門前町には700軒の民家があり、信長の到着を待ちわびていた。


木曽川(広野川、黒田川)は大きな湖のようなものであり、蛇のようにうねって無数の川となって分かれていた。

この辺りは水位も浅く、渡河できる場所も多い。

しかし、行軍の為に綺麗に揃えた衣装を濡らすのも味気ないので舟を用意した。

信長は丹羽郡の北の端の船着き場から木曽川(広野川)、飛騨川を舟で渡って葉栗郡の船着き場に入ってきた。


「殿(信長)、この出で立ちで行きましょう」

「帰蝶、儂は会見に行くのじゃぞ。町に遊びに行く訳ではない」

「判っております。ですが、我が父は必ず、殿(信長)のお姿を街道のどこかで見ているに違いありません。驚かせてあげましょう」


今日の出で立ちは帰蝶が用意してくれた。

髪は茶せん、湯帷子(ゆかたびら)を袖脱ぎにし、大刀・脇差をわら縄で巻き、太い麻縄で腰の周りに火打ち袋やひょうたんをいくつもぶら下げ、袴は虎と豹の皮を四色に染め分けた半袴だった。

町に行く時も、ここまで奇妙な出で立ちで出たことがない。


「まぁよい。好きにせよ」

「はい、好きにさせて頂きます」

「舅殿も大変な娘を持ったものだ」

「父が聞いたら、褒めてくれます」


帰蝶の言われるままの格好でやってきた。

1,000人が一度で渡れる舟もなく、三度に分けての渡河であった。

行列が再び動き始めると、帰蝶が用意してくれた干し柿を取り出す。

馬上を片胡坐で乗りながら、干し柿を美味そうに食って、少し粗暴そうな雰囲気をかもし出す。

門前町が近づくと、街道の脇に見物客が多く集まっていた。

きゃあ、きゃあ、きゃあ、行列の脇に人が詰め寄って若い女子は黄色い声を上げた。

噂の信長を見ようと集まり、押し合いへし合いの大騒ぎであった。


「あれが織田の御曹司様か」

「粗暴そうなのがいいわ」

「俺よりもか?」

「もちろん、信長様よ。きゃあ、カッコいいわ」

「それにしても、いい男」

「これが噂の那古野ぶりなのね」


派手に着飾る傾奇ぶりを『那古野ぶり』と呼ばれ、若い者が好んで派手な衣装を着はじめていた。

その創始者である信長は言わば、『神』であった。

若者は信長を崇め、娘達は見惚れていた。

鍛錬を怠っていない肉体は見事に贅肉が一つもなく、片肌を晒して女達をうっとりさせた。

信長が気まぐれに軽く手を上げてやるだけで卒倒する女子(おなご)も多くいた。

もちろん、好意的な者ばかりではない。

この『たわけ』ぶりに呆れている町人の方が多かっただろう。


「あんな阿呆では、織田は終わりだ」

「味方せん方がいいな」

「あんな馬鹿のどこがいいのか」

「服の着方も判らんのか」


この時代の風雲児(ふううんじ)を舅殿(斎藤 利政(さいとう としまさ))はどこかで見ているのだろうか?

そう思いながらも、信長は動揺する素振りを見せずに、正徳寺(聖徳寺)の門前通りを進んでいった。


 ◇◇◇


先に到着した斎藤 利政(さいとう としまさ)は寺から抜け出して、町はずれの小屋から信長の到着を待っていた。


「あれが信長の行列か」

「そのようでございます」

「ははは、見事な『たわけ』ぶりじゃのぉ」

「織田はもう終わりですな」

「彦四郎の目にそう映るか?」


彦四郎は名を稲葉 良通(いなば よしみち)という。

伊予国の河野氏が美濃に流れて土豪になったというがホントかどうかは判らない。

稲葉一族は尾張の林一族と同じ系統であり、武名に名を馳せていた家柄であった。

利政(としまさ)の側近の一人であり、高政(たかまさ)の傅役を任されていた。


「では、あの後の長槍も大したことがないと申すのだな?」

「長槍だと!?」

「人の三倍はありそうだな」

「間違いなく、三間半(6.4メートル)はありますな」


そう言いながら、(稲葉)良通(よしみち)の眉間にシワが寄った。

あの長槍を扱うのは難しい。

だが、見事な隊列であり、足軽達は今回の為にはじめて持たされたという感じがない。

長い間合いから味方の兵が叩かれる景色が脳裏に浮かんだ。


「(明智)光安はどう思うか?」

「私は長槍より、その後ろの鉄砲の数が気になります」

「鉄砲だと、あのようなおもちゃが気になるのか?」

良通(よしみち)殿、鉄砲は高価ですぞ。そして、武者と同じ強弓のような威力の玉を打ち出すのです。百姓が武者と同じ威力の玉を撃てるのです」

「それがどうした」

「今、見えるだけで100以上、まだ続きますな」


良通(よしみち)の眉間にシワがさらに寄った。

長い行列が続くのを見続けた。

鉄砲数はざっと300丁、弓が200丁だ。


良通(よしみち)の額に汗が流れた。

鉄砲はおもちゃだ。

だが、そのおもちゃが300丁も並ぶと無視できない。

300人の強弓の武者が並ぶ光景を思い浮かべる?

武者震いから良通(よしみち)は首を振った。

そんな馬鹿なことはない。


信長の行列は20騎ばかりの騎馬武者が前を進み、その後に信長が続き、長槍の足軽500人、鉄砲隊300人、弓隊200人が並んで歩いていた。

まるで騎馬隊、槍隊、鉄砲隊、弓隊と分ける様式は『建武の新政』を行った後醍醐天皇(ごだいごてんのう)を模したのかと思える。


「そう言えば、津島衆は信長のことを『第六天魔王(だいろくてんまおう)』(後醍醐天皇ごだいごてんのう)の生まれ代わりと呼んでいるそうです」


側人の一人がそう言った。


「ははは、織田は『第六天魔王(だいろくてんまおう)』と『熱田明神(あつたみょうじん)』の両方がいるのか? 忙しい家だのぉ」

「まったく、その通りであります」

「用は済んだ。戻るとするか」


利政(としまさ)は急いで正徳寺(聖徳寺)に戻ってゆく。

その態度は堂々としており、何者にも屈しないという意志が体から溢れていた。

だが、その顔に笑みはなかった。


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