閑話。魯坊丸を案じる母。
美濃から帰ってきた魯坊丸が城から一歩も出なくなった。
朝を食べると居間で眠り、昼を軽く摂るとまた眠った。
魯坊丸は「しばらく、『に~と』します」とか言っている。
何の事かしら?
おかしな言動は今にはじまったことではない。
生まれたときから変わった子と思っていたが、それでも愛おしいことには変わりない。
父上が熱田明神の生まれ代わりとか言うので、魯坊丸は現人神にされてしまっている。
あの小さな体でそれをすべて受け止めているのが不憫だ。
ふふふ、我が子ながら寝顔は凄く可愛らしい子だ。
二言目には『ぐうたらしたい』と口癖のように言っているが、遊び盛りの時期を大人に混じって過ごしているのだから可哀そうに思える。
「母上、兄上と遊んでよろしいですか?」
「魯坊丸は疲れております。今はそっとして上げなさい」
「ですが、母上」
「夕餉の後に遊んで貰いなさい」
「うぅ~~~判りました」
魯坊丸は夕餉を取ると、弟妹や末森から遊びに来ている兄妹と遊んでいる。しかし、疲れているのか、いつの間にかウトウトとして寝てしまう。
お兄ちゃんっ子の里はもっと遊んで欲しいのだろう。
眠ってしまった魯坊丸は女中に抱えられて部屋に連れられ床に付く。
弟・妹は沢山のおもちゃを考えてくれた魯坊丸ともっと遊びたいのだろう。
でも、もうしばらく眠らせてあげて欲しい。
千代女の話だと魯坊丸は日も昇らない内から山に行って、体力が尽きるまで厳しい修行をしているらしい。
日が昇る頃に下人の武蔵に抱かれて死んだように戻ってくる。
そして、虚ろな目で朝餉を頂くと死んだように眠る。
当然、登城する時間には熟睡しており、起きる気配も見せない。
しばらくすると、城から使いの者がやってくる。
『本日は体調不良の為、出仕を控えさせて頂きます』
千代女が使者の前ではっきりと申し上げた。
那古野から改めて出仕を促す使いが来ても、そのままふて寝を続ける。
肝の太さは息子ながら呆れてしまう。
殿(信長)を怒らせてもまったく平気なのだろうか。
ホント、(中根)忠良様が少しお気の毒だ。
酷い息子で申し訳ない。
ただ、(中根)忠良様はそんなことを気にされていない。
全幅の信頼というのか?
魯坊丸を主君のように崇めているのかもしれない。
もう、貴方が養父なのですよ。
日が暮れる頃に起き出すと、大量の手紙をわずかな時間ですべて処理する。
息子ながら、よくもあれだけの量を短時間で処理できるものだ。
私など、一枚の手紙を読むのすら大変だというのに!
魯坊丸は手紙を取ると、ちらりと見て放り投げて指示を出す。
付き合わされている千代女や右筆の方々が大変だった。
右筆の方々の働く居間は夜遅くまで明かりが灯っており、夜を通しての作業が続く。
朝餉を取ると仮眠を取って夕方に備える。
ご苦労さまと食事を取っている右筆の皆さんに声を掛けた。
とてもやりがいがある仕事と言ってくれた。
各国から送られてくる手紙を読むと、尾張に居ながら日の本のことがつぶさに判る。
そして、返書は幕府の御歴代様、宮様、守護の家老や要人への手紙を書くそうだ。
自分の書いた手紙を公方様、もしかすると帝が読むかもしれない。
そう思うと、これほど名誉なことはないと言ってくれた。
魯坊丸はよい人達に恵まれたと感謝した。




