54.魯坊丸、やっと終わったよね。
8月1日に上洛して、すぐに謁見するハズだったが延期された。
一先ず六曜で先負・仏滅と続くので大安の4日となった。
見舞いに来た六角義賢の顔が青くなっていた。
色々と揉めているらしい。
総大将は辛いね。
特に兵糧が地味に痛いようだ。
浅井討伐のお礼として上洛戦前の軍議で8月末までの兵糧は六角が用意すると宣言した。
織田家としてはありがたかった。
しかし、1日当たり1,425俵 (42,750kg)が必要だ。
(一人5合として5万7,000人分)
義賢も三好と戦になれば仕方ないが、戦も無いのに兵糧だけ減ってゆく。
活躍できる場も無いので褒美も期待できない。
喧嘩沙汰も絶えない。
京で騒ぎを起こせば、三好の二の舞だ。
それが忙しくさせている。
義賢を安心させる為に兵を1日も早く終わらせて帰国させたい。
ちょっと無理をして4日に間に合わせた。
◇◇◇
(天文22年 (1553年)8月4日)
公方様を先頭に御所に上洛の報告に赴く。俺は花の御所に到着すると出発前に公方様に挨拶をした。
その後は官位の順位に従って進むのだが、何故か俺は公方様のすぐ後ろになっていた。
馬上でぐちぐちと文句を言っている。
「あの程度の蹴りくらい、その方ならば避けられるだろう」
「無茶言わないで下さい」
「余を誑かすのは止めよ。余はそんなに信用ならぬか?」
「何の事か存じ上げません」
「まだ、それを言うか」
どうやら公方様は俺がそれ相応の体術を身に付けていると思っているらしい。
持っていないと言っても信じてくれない。
う~ん、困った。
公方様の中で俺はとんでもなくスーパーチルドレンみたいだ。
聖徳太子に付き従った童子(鬼)じゃないぞ。
散々、各方面から文句を言われたのか、いつもの高圧的な態度が消えて妙に柔らかい。
それはそれで不気味だった。
「義藤よ。朕はそなたに期待しておるのだ。数々の失態、これ以上は朕を失望させるな」
「申し訳ございません」
「魯坊丸よ。体を労われ。無理はするな。此度の上洛を嬉しく思っておるぞ」
「そのお言葉だけで報われる思いでございます」
優しい言葉が心に染みるな。
一緒に参内した正五位下治部大輔の斯波-義統と従五位下左京大夫の六角-義賢にも帝が声を掛け、朝廷への忠義を求めた。
返事は書くまでもない。
それ以下は帝に代わって右大臣の近衛-晴嗣が声を掛ける。
この謁見が遅延されて一番得をしたのが、従五位中務少輔を持っていた京極-高吉と正五位左京大夫の土岐-頼芸であった。
遅れて京に入ったのに同行できる事になったのだ。
棚から牡丹餅。
なんと守護に返り咲いた。
頼芸が美濃に帰ってくるようなら迷惑この上ないが公方様の監視下で在京したままなら問題はない。
京で公方様をお助けしてくれればいいと妥協した。
頼芸も和議に応じた。
これで斎藤-利政は美濃守護代として名実共に美濃の支配者として認められた。
しかし、1つ困った事に山城守の官位を持っていなかった。
山城守は自称だったのだ。
当時、山城守は細川-晴元が所持しており、利政はその名を名乗れない。
保持している左近大夫は従六位上であり、このままでは参内できない。
内心焦っただろう。
慌てて五位下の官位を買って何とか間に合わせた。
「魯坊丸、そなたの犠牲で助かった」
「いいえ、利政様のお役に立ったならば、痛い目に遭った甲斐がありました」
「そう言ってくれると助かる」
「いいえ、本心でございます」
「それと高政の事は詫びておく。まだ納得できておらんのだ」
「ははは、気になさらず」
花の御所に戻ってくると利政から直に謝られた。
今回の上洛で帝と拝謁できる名誉を買う為に多くの武将が官位を買い漁った。
元服したばかりの四朗(六角-義治)が強引に正五位上右衛門督を買ったように、従五位下の『佐』までの官位が高値で売買されたのだ。
官位を買うには公家に頼むしかない。
だから、人脈と一族の血統がモノを言う。
高政は従五位下以上の官位を買えなかったので拝謁できない。
そう、高政は買えなかった。
だから、内殿に上がる俺を下で見送りながら高政が怖い顔で睨んでいたのだ。
一方、公家様も臨時収入で大いに潤っている。
参内が終わると多くの公家様が集まった。
京に公方様を連れ帰った俺はそう言う意味でも『福の神』だ。
それを見て怖い顔で睨む者や羨望の眼差しを向ける者、獲物を見つけたような野心的な者、只々呆れる者など様々だった。
一々、気にしていられない。
怖い顔と言えば、六角義治と信勝兄ぃも悔しそうな顔になっていた。
この二人は拝謁できたが右大臣の晴嗣から名前すら呼ばれなかった。
守護代ですらない二人が呼ばれないのは当然である。
その他大勢に含められて不満そうだった。
俺ばかり依怙贔屓されているとでも思っているのだろう。
代わってくれるなら全部やるぞ。
◇◇◇
御所から帰ると論功行賞に移る。
時間はたっぷりあったので既に内定しており、揉める事もない。
俺が臥せっている間に三好家の仕置も終わっていた。
六角家、斎藤家、織田家が公方方として参加し、立会いに朝廷から近衛家が出てきた。
宗滴は参加を避けた。
結論だけ言うならば、枠組みを変えずに山城、丹波、大和の三国が公方様の支配下となる。
近江と若狭を含めて五か国だ。
いつひっくり返るか判らないが足利家は五か国守護と同等の戦力を手に入れた事になる。
公方様も機嫌が良くなる訳だ。
摂津は三好-長慶に、和泉は十河-一存に残された。
大胆なのは大和を実効支配している松永-久秀と丹波守護代の内藤-国貞の子である永貞と後見人の松永-長頼を幕府の直臣として取り上げた事だ。
正確に言えば、誰に与えても争乱の種にしかならず、長慶から取り上げてしばらくは任せてみようと言う事になった。
久秀は大和守護代に、長頼は内藤家の養子となり苗字を内藤に変える。
二人とも大出世だ。
その下に奉公衆らの代官が入るので調整に大忙しになるけどね。
下の方が偉そうにするから大変だよ。
総大将の六角義賢は空白の大和守護の名を貰った。
公方様の直轄地なので手出しはできないが、興福寺などを支配下におけるのが旨みになるそうだ。
更に紀伊・河内守護の畠山-高政に文句を言わせない為でもある。
そりゃ、公方様と六角家を相手に文句も言えまい。
兄上(信長)と利政はどちらも守護代でありながら相伴衆に選ばれた。
山名、一色、畠山、細川、赤松、京極、大内などの錚々たる家柄しかなれなかった役職に任じられた。
相当に名誉な事らしい。
多くの者も褒美として役職を貰った。
奉公衆は代官として実入りがあるが、それ以外の武将は名誉のみだ。
俺なら「言葉はいらない銭をくれ」と一蹴だ。
だが、意外とそれをありがたがっているのが不思議な事に思えた。
論功行賞が終わると宴会に移る。
◇◇◇
酒豪の公方様は勢い良く酒を呑む。
羽目を外して転ぶなよ。
この席では公方様に忠誠を誓った長慶らも呼ばれている。
改めて細川氏綱に命じて長慶に摂津守護代職を与えた。
しかも長慶から河内十七箇所の代官職を奪わなかったのは得策だろう。
河内は長慶の影響力が大きい。
紀伊・河内守護の畠山-高政を抑える為にも有効と思える。
事情をよく知る六角家の苦心が見える。
「魯坊丸、何か褒美はいるか?」
「特にございません」
「山城守護代では不満か?」
「過分過ぎてお断り致しました」
いらないよ。
山城国で三好家から奪った土地を全部くれると言ったがお断りした。
割と少ない上に各所に散らばっている。
管理も大変そうだ。
しかも畿内は小さな紛争が山積みだ。
そんな京にずっと縛られるのは面倒なだけだ。
代わりに堺と大津と言い掛けて止めた。
堺は三好家の心臓であり、大津は六角家が喉から手が出るほど欲した近淡海の交易の要だった事を思い出したからだ。
どちらにも喧嘩を売るつもりはない。
「まぁよい。しばらく空けておくのでいつでも言え」
「御心遣いありがとうございます」
「そなたと余の仲ではないか。余は弟のように思っておる。何でも頼れ」
「勿体ないお言葉です」
どういう風の吹き回しだ?
公方様が妙に優しい。
気持ち悪いぞ。
宴会は続き、尾張の酒も多く持ち込まれている。
毎度ありがとうございます。
沢山呑んでくれると素直に嬉しい。
さて、花の御所でも役職と官位で座る席が変わる。
俺は官位だけ高いので尾張守護の義統様の上座に座るのは凄く居心地が悪い。
「ほほほ。麿は気にしておりませんぞ」
義統様は気さくな方だった。
俺の体調はまだ完全復帰した訳ではないので食事も消化が良い物のみを頂いていた。
そして、皆が泥酔する前に引き上げるつもりだった。
無事此れ名馬なり、平和が一番だね。
魯坊丸、最後にフラグを立てました。




