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【書籍化】魯鈍の人(ロドンノヒト) ~信長の弟、信秀の十男と言われて~  作者: 牛一(ドン)
第一章『引き籠りニート希望の戦国武将、参上!?』
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閑話.津々木 蔵人の失策。

俺の名は杉谷 善住坊(すぎたにぜんじゅぼう)だ。

甲賀五十三家の一つ・杉谷家の当主与藤次の子だ。

六角様に土地を頂いた恩があるが、一族郎党がすべて食えるほどの土地ではない。

将軍に仕えても銭を渋ると言う。

三好に流れる者もおれば、河内、武田などに向かう者も多い。

日ノ本に広がった一族を頼りに仕官先を探す。

俺もその一人という訳だ。


最初は美濃に行こうと思ったが、尾張の羽振りがいいらしい。

甲賀も伊賀もなく、尾張に行けば雇ってくれる。

那古野に行くと岩室家と滝川家が仕切っていた。

熱田は望月家だ。

伊賀忍も多いことに気づいた。


甲賀と伊賀は山を挟んでお隣さんだ。

顔見知りとまで言わないが、符号を交わす程度には慣れ合っていた。

酒を奢って色々と話を聞かせて貰う。


那古野では岩室家と滝川家と望月家の者を頭と認めれば仕官できるらしい。

銭が欲しいなら仕官せずに仕事を請け負うこともできる。

主な仕事は情報を集めることだ。


「割と楽だな」

「食うには困らん」

「面白みがない」

「ならば、調略はどうだ。駿河・遠江の領主を寝返らせれば、1,000貫が貰えるぞ」

「1,000貫だと」(※ 1億2,000万円)


桁が2つほど違う報酬に思わず、声が裏返った。

織田はそんなに気前がいいのか?

旨い話には裏がある。

俺のどこかで警戒感が深まっていった。


「うふふふ、三河の領主だと10貫にしかならない。そう言えば、三河でも鵜殿(うどの)家を調略した奴が1,000貫を貰ったという話があったな」

鵜殿(うどの)家と言えば、今川家から(今川)氏親の娘を貰った一門衆だろう」

鵜殿 長持(うどの ながもち)は話に乗った振りをして、織田の思惑を(今川)義元に報告したのかもしれん」

「なるほど」

「だが、それは織田も同じ、鵜殿(うどの)家も寝返っているぞと噂させることで、今川の結束に綻びを作っている」

「騙し合いか」

「そういうことだ。嘘でも寝返ったという証文を書かせれば、1,000貫が貰える。悪くない話だと思わないか!」


仕官すると、そういう旨い話は無くなるらしい。

織田の家臣に求めるのは、能力以上に忠誠心が問われる。

命令されたことを確実に行えることだ。

しかし、弱小の岩室家と滝川家の下で働くのは好かん。

望月家は名家ではあるが、神童と持てはやされている小僧のいる小城の中根城主では知れている。

だが、いい話を聞いた。


家督を継いだ織田信勝は忍びを抱えていないらしい。

特に狙い目が傅役から昇進した新家老の柴田家、津々木(つづき)家らが狙い目らしい。

その伊賀忍は一攫千金を狙っていた。

織田で手広く仕事を受けている。

伊賀忍から招待状を貰って、津々木 蔵人(つづき くらんど)に会った。


「おまえが善住坊(ぜんじゅぼう)か、中々の腕らしいな。期待しておる」


働き次第で仕官を許すと言われ、命じられるままに仕事を熟した。

伊賀の部下を3人ほど雇い、それらしくなってきた。

織田当主である信勝様の周りには忍びが少ないが、元岩室当主の命で警護が付いている。

ただ、織田の異常さに気づかされた。

織田は一体、どれほどの忍びを抱えているのか?


元岩室当主は多くの忍びを抱えているという。

前大殿の忍びらしい。

今は隠居して、影から支えている。

末森の警護にくる忍びから仕入れた情報では、禁所を守るにも忍びを雇い、信長様らも別の忍びを雇っている。

しかも、それは仕官した者のみだ。

仕事を受けて他国にいった者が含まれていない。

あの伊賀忍も今度は遠江の井伊の里に行ってくると言い残して出ていった。

井伊家は土豪の1つで100貫の仕事らしい。

周りが一緒に釣れれば、500貫になると言って出ていった。

(あざな)は『風』、本名は知らない。

正月を迎えた日、蔵人(くらんど)様が俺を呼びつけた。


善住坊(ぜんじゅぼう)魯坊丸(ろぼうまる)の腕一本を取って来い」

「お味方でございますが?」

「大殿に無礼を働いた。その報いだ。殺せとは言わん」

「腕でございますか?」

「足でも良い。詫びるようならば、指一本で許してやってもよい。信勝様に二度と逆らわぬと言わせて来い」

「畏まりました」


むぅ~~~~~、面倒な仕事を言いつかった。

この尾張には酒造所や鍛冶所など、忍びも迂闊に近づけない禁所がある。

その1つが中根南城だ。

尾張望月家の拠点だ。

津々木(つづき)家の使いとして一度入ったが、女の忍びがざっと20人ほどで固めていた。

腕の良さそうな側仕えもおり、迂闊に近づけない。

影に潜めていた数は不明。

狙うならば、熱田に移動する時か、村を徘徊する時か、そのいずれだろう。


「お爺殿、毎朝済まない」

「何を言う。馬に乗せて歩くだけだ。大したことはない。儂の大事な神官様じゃ」

「お市のおもちゃも作りたい。また、木工職人を手配して貰えるか?」

「おぉ、また新しい商品か」

「今度は、銭にならんと思うぞ」

「構わん、構わん、手配してやる」


馬に乗る魯坊丸(ろぼうまる)は無防備だ。

その手綱を握る老人も問題ない。

しかし、先頭を歩く側用人の二人は強者だ。

前からは無理か。

後ろには荷車や村人が付いてきており、こちらも中々に近づき難い。

城に戻ると呼び出される。

蔵人(くらんど)様がまだか、まだかと急かしてくる。


5日、転機が訪れた。

何を思ったのか、凧揚げに興じている。

織田の子息・子女が散開し、警備に穴が空いていた。

迂闊過ぎないか?

魯坊丸(ろぼうまる)の側には女中が一人のみだ。

いける!


行商人の格好に変装して、少しずつさりげなく近づいてゆく。

部下も後を付いている。

脇路ではあるが、街道を歩く分には疑われまい。

近づいた所で一気に距離を詰める。

邪魔をするようならば、女中を始末して魯坊丸(ろぼうまる)の腕を刎ねる。

そして、警護が現れる前に撤収する。

最後に変装を解いて城に戻れば完璧だ。


何ぃ?

殺気がまるでしなかった。

だが、背中にクナイが押し付けられている。

その気になれば、いつでも殺せる?

あり得ない。

どこから出てきた。


「おまえさま、もう少し殺気を殺すべきですな」


何を言っている?

俺は完全に殺気を殺していた。


「まだまだ、尻が青いのぉ」

「何者だ」

「名乗るほどの者ではないが、お仲間ということもあり、名乗ってやるか」


いけ好かない爺さんであった。


「まだ、爺ではないぞ。加藤三郎左衛門と言っても判らんか、元の名を三雲三郎左衛門と申す」

「猿飛び!?」

「その名は父の(あざな)だ。俺の(あざな)ではない。加藤家に仕えた時、加藤の名を賜った。故に、猿飛ノ加藤で『飛ノ加藤』でも名乗っておこう。同じような名前はいくらでもあろうが気にするな! 俺は親父ほどの達者ではない」


これで達者ではないだと! 馬鹿にしているのか?

嫌ぁ、今はそのようなことを考えている場合ではない。


「まさか、三雲家の子が」

「俺は親父殿と喧嘩して、家を飛び出した不良息子よ。杉谷 善住坊(すぎたにぜんじゅぼう)よ」

「某の名を何故?」

「織田に仕官した者の名は把握しておる。味方でなければ、今頃は海の藻屑よ。よいか、大事な若様を傷つけることは許さん」

「何故、三雲様が、望月家の下に?」

「上も下もない。あの若様が面白いからよ。皆、面白いから付き従っておる」


皆と言った瞬間、部下が倒れていることに気づいた。

殺していないと言う。

背筋が凍った。

三雲 定持(みくも さだもち)並の御仁が他にも身を隠しているというか?


「ご理解できたようだな」

「参った。若様には手を出さん」

「それはよかった。ご安心召されよ。お味方だからな」

「味方というならば、末森で雇っている伊賀忍にご注意を。あれは藤林の手の者だ」

「承知している」

「なるほど」


次の瞬間、加藤三郎左衛門の姿が消えていた。

鮮やか。

あのような化け物を相手に戦おうと言うのか?

信勝が阿呆に見えた。

寝首を掻こう思えば、いつでもできる。

生かされている事を蔵人に報告して納得してくれるだろうか?

無理だな。


俺は忍び部屋に手紙を残し、末森城の倉から鉄砲一丁と火薬を拝借して、そのまま尾張を後にした。

大工なら日当35文あるが、足軽の日当は良くて10文だ。

(10文で日当 6,000円~10,000円)

それに比べると、鉄砲1丁は10貫(600万円~1,000万円)もする。

これまでの代金には十分だろう。

〔※ 鉄砲は近い内に1貫(60万~100万円)程度に暴落します〕


今川に向かうと追っ手を差し向けられそうだな。

同盟国の美濃にするか。

蝮は曲者だから、その息子にでも取り入るか。

織田の内情を知っていると言えば、高く買ってくれるかもしれん。

そう思うと、俺の足は美濃へと向かった。


 ◇◇◇


津々木 蔵人(つづき くらんど)杉谷 善住坊(すぎたにぜんじゅぼう)が役目に失敗し、手紙を置いて出て行ったことを知った。

そして、手紙を読んで激怒した。


「何が生かされているだ。そんなことを言えば、某が信勝様に殺されるわ」


どれほど凄い忍びを魯坊丸ろぼうまるが抱えているかが書かれていたが、それよりも信勝様にどう言い訳するかで頭が一杯になってしまった。


「えい、おまえ達、何とかならんのか」

「我らでは足元にも及びません」

「無能な者らめ」


津々木 蔵人(つづき くらんど)は自分達がどれほど危険な火遊びをしたのか。

そんなことを考える余裕もない。

信勝から信任を失った瞬間、家老職から罷免されるのが見えていた。

周りがまったく見えていなかった。


 ◇◇◇


魯坊丸(ろぼうまる)は行商が引き返すのを見つけると加藤三郎左衛門を呼んだ。

加藤三郎左衛門は魯坊丸(ろぼうまる)の前で膝を突いた。


「加藤、怪我はしておりませんか」

「問題、ございません」

「いつも裏方の仕事で申し訳ない」

(あるじ)より賜った仕事でございます。これにやりがいも感じております」

「そうですか。加藤ほどの腕の者が守っていてくれることを感謝しております」

「勿体ないお言葉」

「大袈裟ですよ」


涙を浮かべる加藤三郎左衛門に、魯坊丸(ろぼうまる)にぱぁ(・・・)とした笑顔が美しい。

加藤三郎左衛門は『絶好調!』と叫びたいほど浮かれた。

周りの忍びが羨ましそうな視線が集まっていた。

加藤三郎左衛門は思う。

これほどの美しい若様はなく、これほど聡明な智者もいない。

忍びにこれほど、気安く声を掛け、気づかってくれた方が他にいただろうか。

天地人(てんちじん)、我、主君を得たり。

加藤三郎左衛門だけでなく、仕えている忍びは皆がそう思っていた。


『天下可無洪,不可無公』

〔天下に曹洪が居ないのは許されるが、公(曹操)が居ないのは許されない〕


魯坊丸(ろぼうまる)は忍び衆の光となっていた。

もう狂信者だ。

気さくに魯坊丸(ろぼうまる)が声を掛けるだけで信者が増えてゆき、その狂信者たちから織田信勝が敵認定されたのだ。

津々木 蔵人(つづき くらんど)、痛恨の失敗であった。


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