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【書籍化】魯鈍の人(ロドンノヒト) ~信長の弟、信秀の十男と言われて~  作者: 牛一(ドン)
第一章『引き籠りニート希望の戦国武将、参上!?』
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90.清洲騒動(1) 信長が立つ。

轟々と降ったどしゃぶりの雨も止み、河の濁流も少し治まって来たことで那古野衆は土岐川(庄内川)を渡り、小田井城に集結する。


がしゃ、がしゃ、がしゃ、鎧が擦れる音を鳴らしながら兵が並んでゆく。

しかし、足元はぬかるんでおり実に歩き難く、転べば一瞬で泥だらけになる。

(いくさ)びよりとは言い難い。

ただ、古今東西でそれに文句を言って(いくさ)を中止したと言う話は聞いたことがない。

一昨晩の大雨が止み、河川の増水が引いたことを感謝する方がよかった。


「河の水が引いてくれて助かった」

「私はもう少し河川の増水が長引いた方がよかったと考えます」

「それでは渡河できんではないか?」

「できないのが良いのです」

「…………」

「渡河できぬのは我らのみではございません」


そう言われて信長も気が付いた。

清洲の援軍である岩倉勢も河が増水していると渡河ができない。

なるほど、信長も頷く。


「長門、性格が悪くなってきているぞ!」

「殿の教育の賜物でございます」

「ぬかせ!」

「できますれば、楽をして勝ちたいのですが?」

「それは聞けんな!」

「無理でございますか!」

悪童(あくとう)の策には乗れん」

「判りました」


このまま小田井城に留まり、援軍に行かない方が楽なのである。

ただ、その策は見送られることになる。

増田砦は清洲勢4,000人、さらに岩倉勢2,000人が加わって攻められたとしても陥落するとは思えない。

水捌けの悪い増田砦の空堀が水堀に変わる。

(いかだ)を組んで木板の壁に近づき、鉤縄(かぎなわ)と言う碇の形をした小さな(かぎ)を放り投げて縄を伝って登るしかない。

玉ねぎの皮のように剥がれる壁に押し潰されて、鎧を身に付けた兵らが堀の底に沈むのが目に浮かぶ。


「壁落としの罠が盛大に披露されそうだな!」

「はい、あれは厄介です」

「しかも一度なら許せるが、2、3度と壁が崩れてくれば、清州の連中もさぞ泡を食うだろうな!」

「向こうの士気が落ちた所で背後を突けるのが理想でございます」

「一方、各個撃破爽快であろうな!」

「終わった話でございます」


那古野の兵が土岐川(庄内川)を渡れないと言うことは、援軍である岩倉城の織田 信安(おだ-のぶやす)も五条川を渡河できない。

小田井から清洲まで1里 (3.9km)。

岩倉の渡河地点である迎島から清洲まで2里 (7.2km)。

わずか1里の差であるが、駆けつける時間にわずかに差が生まれる。

まず増田砦の背後から清洲勢2,500人を織田勢3,200人で蹂躙し、返す刀で援軍の岩倉勢2,000人を各個撃破して勝負を付けてしまうと言う策だ。


「残念だったな!」

「はい、残念ながらこの策は使えません」


河の水が引いたことで清洲勢が増田砦を襲う時刻に合わせて岩倉勢も接近してくる。

個々では有利な数だが、総勢になると信長が不利であった。

下手に清州勢の背後を取れば、清洲勢と岩倉勢に前後から挟撃される。

そもそも、それが向こうの狙いなのだ!


「長門、どう調理する?」

「予定通りで問題ないと思います」

「であるか!」


物見の報告では、増田砦を囲んでいる清洲の兵は2,500人であり、清洲城にまだ2,000人も残っている。

よくかき集めたモノだ!


そもそも信長がそうしたことを忘れていた。

昨年、信長は清洲の町を襲い、周辺の村を襲って火を付け回った。

事前に襲うことを通告してあったので被害はほとんどなかったが、家を失った者が難民になり、清洲城に入ったのだ。

さらに、信長は田に火を付けて回ったので、清洲の収穫はわずかしかなかった。

少ない食糧に難民の増加で兵糧がすぐに底を付いた。

清洲城は慢性的な飢餓状態となり、岩倉や守山の援助なしでは成り立たなくなっていた。

清洲は風前の灯であり、今にも消え掛けていた。


「それほど、魯坊丸(ろぼうまる)の策は魅力的か?」

「魅力的かどうかではございません。台所を預かる者として銭が掛からない方法が助かります。この度の上洛、そして、殿の上洛を考えれば、出費は避けたいのでございます」

「おまえも帰蝶も銭、銭とうるさい!」


林 秀貞(はやし-ひでさだ)らをはじめ、手柄が欲しい武将らは(いくさ)がしたくて堪らない。

その苦情はすべて信長に上がってくる。


一方、奉行衆や中小姓衆らは戦を避けるように要望する。

(奉行衆を統括するのは役方代の帰蝶、中小姓衆は奥方の所属で長門守の部下になる)

別に魯坊丸を支持している訳ではないが、銭を無駄に使わない為には魯坊丸の策を採用することになる。


信長は板挟みになってしまう。


「長門、どうして悪童(あくとう)は秀貞と仲良くできるのだ? どう考えても対極の二人であろう」

「私もそれが不思議に思っております」


古い戦が好きな秀貞、合理性の塊のような魯坊丸、どう考えても対立すると思うのだが、秀貞は魯坊丸を気に入っていた。

信長は首を傾げるしかなかった。


新五条大橋の手前で秀貞があいさつに来た。


「殿、ご武運を祈ります」

「秀貞、無理をするな! 足止めのみでよいぞ!」

「何をおっしゃる。信安など蹴散らして、援軍に駆けつけてみせますぞ!」


信安の岩倉勢が清洲に入る前に足止めする。

それが基本戦略であった。

信長の内訳は常備兵2,000人、那古野衆1,000人、熱田200人の延べ3,200人である。

その内、日の浅い常備兵1,000人を秀貞に預けて、那古野衆と合わせて信安の岩倉勢の足止めを行って貰う。


信安の岩倉勢は迎島で五条川を渡河して清洲に向かっている。

下之郷村(春日町)でもう一度渡河するか、清州の五条大橋を使うかのどちらかで五条川を渡って清洲勢と合流する。

(五条川を二度渡河するのは、それが近道であり、川沿いに迂回しても青木川を渡河する必要があった。しかも川の外側は道が悪い)


ならば、下之郷村付近で援軍を封じてしまうのが基本戦略であった。


信安の岩倉勢2,000人。

秀貞に預けた兵は2,200人。


互角以上で戦えるハズであった。


一方、信長は常備兵1,000人で増田砦を襲う2,500人の清洲勢と戦わないといけない。

数だけ見れば、信長の方が圧倒的に不利な状況であった。


「敵は烏合の衆だ! 我らの敵ではない。進め!」


信長は兵を鼓舞して新五条大橋を渡り、清洲の方へ進撃していった。


清州を素通りして増田砦に向かう信長に太雲(たうん)岩室 宗順(いわむろ そうじゅん))が姿を現わした。


「殿、一大事です」

「何があった?」

「東尾張の丹羽が清洲の信友に援軍を送って来ております」

「何だと! 丹羽が介入してくるのか?」

「それで (守山)信光様がこのまま策を継続するか、それとも丹羽を強襲して撃退した方がよいかと問い合わせて来ております」


信長が増田砦を襲っている清州勢と睨み合い、清洲勢の後詰めとして信光勢が清洲に到着する。

清洲城に残っている兵を信長に送らせて、城が空になった所で清洲城を信光勢が乗っ取る策であった。

もし、清州勢が入城を拒んだ場合は那古野氏が門を開けて信光を清洲に誘い込む。

その手筈であったが、丹羽氏が介入したことで時間的な猶予が失われる。

信長は目を閉じて考えた。


信光はただの後詰めではない。

大量の兵糧を持って清洲にやってくる。

喉から手が出る食糧だ!

門を開けて受け入れる公算が高い。

最悪、本丸に入城できなくとも斯波 義統(しば-よしむね)様の身柄が確保できれば、それでいい。


「太雲、策を継続する。信友の身柄はどうでもよい。武衛様のみお助けしろと伝えよ。もし、清洲入城を拒むのならば、合流して丹羽を先に叩く!」

「畏まりました」


太雲が急いで信光の元に走った。

時間との戦いだ!


「よろしいので?」

「長門、この千載一遇の機会を逃す訳にはいかぬ!」

「今川に降った丹羽が動くのはおかしいと存じあげます」

「判っておる」


信長の脳裏にも今川の影がチラついた。

えぇい、信勝は何をしておる。

こちらに参陣している訳でもなく、丹羽を好きにさせ過ぎではないか?

今川の思惑は読めない。

だが、ここで足を止める訳にもいかない。

信長は悩んだ。

だが、考えがまとまらぬ内に増田砦を半包囲する清洲勢が見えてきた。


「えぇぃ、儘よ! 長門、法螺を吹かせ!」


清洲織田家 (織田大和守家)の存亡を掛けた『清洲騒動』のはじまりであった。


≪織田騒動における位置関係と家系図≫

挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 画像の家系図部分はせめて引用元を明記するか自作した方がいいのではないでしょうか?
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