血を与えてみました。
クッキーを作ったあと、ベアトリスに
「このお菓子は日持ちするのですか?」
と聞かれた。
「湿気にやられなければ問題ないと思うが?
ひと月ぐらいは持つかなぁ」
「ひと月ですか……ここからではギリギリですね」
「何が?」
「このお菓子を王都まで持って行く時間がです」
「それなら、オピオで生産すればいいだろ?材料はバターと砂糖。
これはここからオピオまで運べばいい。
小麦粉はオピオで手に入る。
あと作るのはオヤジさんとこの庭に小屋でも立てて作ればいい」
トンと手を打つと、
「そうですね、その手がありました」
とベアトリスも納得だ。
「クッキー自体の重さはそれほどではありませんし、五枚程度を紙に包み木の箱に入れて運ぶ。
その物に重さはあまり無いでしょうから、馬車であれば半月もあれば着くでしょう。
それを王都の屋敷の方に納めて配る。
このお菓子は我がクルーム伯爵の屋敷でしか手に入らないとなれば、父上の発言力が高まります」
何か悪い考えをしているのかベアトリスの口角が上がっていた。
「あなた、ノワルさんと共にお父様の所へ行ってきます」
早速オヤジさんに聞きに行く訳か。
「ああ、気をつけて」
ベアトリスはノワルと共に飛び立っていった。
さて、俺はどうするかね。
バター制作以来、獣人の子の中でなぜか流行っている「シェイキング」。
それを見ながら家の周りを歩いていた。
「アリヨシ様」
「おお、ドリス。どうかしたか?」
「騎士団がありません。
暇です。
たまに獣人の戦闘訓練をするぐらいです」
涙を浮かべながらドリス言う。
「そうだなぁ、騎士団無いなぁ……作らなきゃいかんな」
俺が適当に言うと、
「やる気が無いですねぇ」
と言われてしまった。
確かにやる気がない。
「この前クッキー作っただろ?」
「はい、作りましたね」
「あのクッキーを使って親父さんの発言力を上げるって息巻いてたぞ」
「そうですか……騎士団はまだ先ですね」
残念そうなドリスであった。
ふと思いつく。
「ドリス、ドラゴンの血を浴びたアデラは強くなったのだろ?」
「ええ、そう聞いてます」
「それじゃ、ドリスがノワルの血を浴びたらどうなるのだろうな」
「そっそれは……興味がありますが、命が惜しいですね。
予想するに、野良の龍より強いノワルさんの血を浴びたほうが能力上昇が大きくなると思います」
「ノワルが協力してくれたら……の話だよな」
「そうなりますね」
二人で腕を組む。
「では、だったらノワルさんより強いアリヨシ様の血ならどうなるのでしょうか?」
ボソリとドリスが言った。
確かに興味はある。
「やってみるか?」
俺が言うと、
「えっ、いいのですか?」
とドリスは驚いた。
「人体実験のようで申し訳ないが、ドリスがいいのなら問題ない」
俺は頷く。
「しかし、血を流すなど可能なのですか?」
どうなんだろ?
「可能じゃないかな、ちょっと待ってろ」
俺は例のナイフを取り出すと、先を親指に押し当てる。
すると軽い痛みがして小さな血の玉が浮いてきた。
「まずはこれ舐めてみて」
俺は手を差し出した。
ドリスは親指を咥えるようにしての血を舐めとる。
わざわざ、親指に舌を這わせ俺を見るのはなぜ?
見た感じエロいから……。
すると、
「あっ……」
急にドリスが震えだした。
「大丈夫かドリス!」
「何かが私の中に入ってきます。
あっ、凄い。こんなの初めて!」
これも、聞く分にはエロいが、見てる俺は心配でたまらない。
ドリスは何かが入ってくるのを我慢し続けるように体を強張らせた。
いかんいかん……。
俺はドリスを抱え上げると、ベアトリスの家にあるドリスの部屋へ連れて行った。
鎧を脱がし、ベッドの上に寝かせる。
どのくらい経っただろうか、汗びっしょりになったドリスではあったが、呼吸が落ち着いてくる。
「これはきついですね……何度か意識が飛びました」
ドリスは苦笑いをする。
俺はドリスを撫でながら、
「悪かったな」
というと、
「いいえ、私も安易に『やる』といいましたから」
と言って俺を責めなかった。
「雰囲気変わったな」
筋肉がついたとかそういう所は無いのだが、骨や筋肉の密度が上がったような感じがした。
「私の中から凄い力を感じます」
ドリス自身も変わったことに気付いているようだ。
「握手をしよう。
ドリスは思い切り俺の手を握ってみて」
俺が右手を出すと、ドリスは右手で握ってきた。
あーこれダメな奴だ。
人の力じゃないなこれ。
「ドリス、凄く強くなっていると思う。
全力で握手をすると相手の手が千切れちゃうから気をつけてな。
少し体を動かして自分の力に慣れないといけないね」
「はい、でもどうやって?」
体を動かす……戦闘だよな。
「そうだなぁ……俺と模擬戦でもするか?」
「いいのですか?」
「まあ、いいんじゃない?」
俺は人の居ない森の中に移動し、木を倒して広場を作る。
「こんなもんかな。じゃあ、始める?」
「はい!」
嬉しそうにドリスが頷くのだった。
俺とドリスの模擬戦。既に結構な時間続いたんじゃないだろうか……。
それでも息を切らせないドリス。
的確に俺の攻撃を捌き、俺に当てようとしてくる。
「そろそろ終わりにしないか?
空が赤くなり始めた」
「はい。
でもすごいですね。
アデラ様に負けない気がします」
「ああ、今のドリスならアデラに負けないだろうな」
ベアトリスの屋敷に帰ると、ノワルが気付く。
「主よ、ドリスに何かしたか?
内包する魔力が格段に増えておる」
俺は実験の内容を話した。
「主、下手すればドリスは死んでおるぞ!
主の血に混じる魔力は多い。
我を進化させるほどじゃ。
それを少量とはいえ、直接人が飲んだ。
ひどい苦痛であったのではないか?」
「確かにドリスの顔は歪んでいた」
俺が言うと、
「であろうな」
ノワルが頷いた。
「まあ、ドリスはその苦痛に耐えきった。
じゃから能力も上がった。
上手く主の血が体に混じったのじゃ。
運が良かったな。
もう、やらぬ方がいいのう。
誰に血を分けるのかは知らんが次は死ぬかもしれん」
ノワルは首を振りながら言った。
興味本意による事故。
反省だ……。
ドリスは生きていたが、死んでいたらどうなっていたのか……。
俺の血は不用意に飲ませられないな。
しかし、ドリスの身体能力の上昇はすさまじく、エルフや獣人たちが相手にならない。
その結果、エルフや獣人たちが一目置くようになった。
そして、エルフと獣人の有志で、エルフの魔法兵と弓兵、獣人の歩兵び自衛団のようなものができあがる。
ドリスはその自衛団の団長として訓練をするようになるのだった。
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