揉めそうです
先日見た芋虫のことを思い出す。
「ベアトリス、グレートモスの布と言うのは有名なのか?」
ベアトリスは顎に手を添え考えるが、
「私は聞いたことがありませんね」
と言った。
帝国で流通し、王国では取り扱っていない布と言うことなんだろうな。
もう少しすれば砂糖の納入の時期。イーサの町に行ったとき、アデラに聞いてみるか。
そして定期の砂糖納入の日……と言っても大体なんだが。
俺はスレイプニルのウラノスに乗りイーサの街まで駆ける。
まあ、音速が出るウラノスだ、数分もしないうちに、イーサの町にたどり着いた。
ウラノスとともに税を払い町に入る。
そのままウラノスを連れ、騎士の駐屯地へ向かった。
「アリヨシと申します。アデラ様はいらっしゃるでしょうか?」
と、商人風に近くに居た騎士に繋ぎをつけてもらうと、早速アデラが迎えに来る。
「アリヨシ、いらっしゃい」
「ああ、砂糖を持ってきた。
そろそろ一ヶ月だからな。ところで獣人の子は居たか?」
「いいや、まだ見つかっていない。
ここを出てしまうと足取りを探すのは難しいな。
役場の奴等も奴隷にして売るよりは労働力として使う事を考えればいいのだが。
あの身体能力は兵士として十分に役に立つ」
「アデラ、俺もそう思う」
「だろ?
ただ、帝都の役人はそれを考えなかったみたいだな」
「でも、獣人の村に砦を作ろうとはしたんだろ?」
「あれは、中央の者が強引にやった事。
急に壁ができたことに危機感を覚えたんだろうな。まあ、砦なんか作ったとしても、あの規模じゃ囲まれて終わりだ。
この町に救援を求めて援軍を出すころには落とされてる」
アデラがため息をつきながら言った。
アデラは俺が連れたウラノスを見た。
「そういえば、それスレイプニルだろ?
初めて見た。
アリヨシはすごい馬に乗っているんだな」
ウラノスをまじまじと見ながら一周まわる。
「触っていいか」
なんと言ってもアデラは騎士だ、馬に興味があるってもおかしくない。
「好きにすればいい。
脅かして蹴られないようにな」
「馬の扱いはわかっておる」
アデラはウラノスを腹を触ったり、鼻筋を触ったりしていた。
ウラノスは我関せずで、無視している。
「乗っても大丈夫か?」
「さあ、わからん。
というか背中まで届くのか?」
俺はニヤリと笑った。
「うっ」
アデラが黙る。
ウラノスは俺の身長よりも体高がある。それに引き換えアデラは俺より頭一つ以上小さな体だ、どう見ても届かない。俺はウラノスを裸馬で乗っているので、鐙のような足を置くようなところはない。
「うー、上れない」
アデラがピョンピョンと飛ぶが届かない。
俺が乗るときは、ウラノスが中側の二本の足を軽く曲げ、階段のようにしてくれる。俺はそれを足場に背に乗る。
「ちょっと待ってな」
そう言ったあと、ウラノスの前に行き、
「ウラノス」
と頼む。
するとウラノスが中側の二本の足を軽く曲げ階段を作った。
俺はひょいとアデラを抱え上げると、それを足場に俺はアデラと背に乗り、小脇に抱えたアデラを俺の前に乗せた。
「これでいいか」
「高いな。私が乗った馬の中でも一番体高がある。
ああ、私が大きくなったようだ」
アデラは周りをきょろきょろしながら、ウラノスの上から見る風景を楽しんでいるようだった。
「私は馬に乗り始めた時以来、男の前に座って馬に乗ったことは無い。
ただアリヨシだと安心するな」
アデラは振り返り、微笑みながら言った。
「俺じゃなくてもいいだろうに」
「いや、アリヨシじゃないとダメなんだ」
俺に体を預けるアデラ。
即答ですか……。
おっと、聞こうと思っていたこと。
「アデラ、グレートモスの糸で織った布ってのはいいモノなのか?」
「そうだな、帝国内では高値で取引される。
消滅した獣人の村が産地でな、もう生産されることは無いだろう」
「服を仕立てる分ぐらいの布があったらどれぐらいになる?」
「金貨十枚ぐらいにはなるんじゃないのか?
私はああいう服は苦手でな、仕方なく着ることはあるが、それ以外は鎧か楽な格好だな」
「そうか、でもアデラってドレスみたいなのに合いそうだが?」
「見てみたいか?」
「機会があればね」
「それでは亡命の際にはドレスを一着持って行こう」
「俺んち来るの?」
「ああ、押しかけ女房だ」
その言葉こっちにもあるのね。
「でも女房いっぱい居るぞ?」
「末席で十分。
傍に居られればいい」
俺は頭を掻く。
「めんどくさいなぁ」
すると、アデラは
「私は面倒くさい女なんだよ」
そう言ってケラケラと笑った。
どっかで聞いた言葉だな。
突然後ろから声がかかった。
「アデル様、そのスレイプニルはどうしたのですか?」
「おお、お前はエリーザお姉さま付きの騎士、アークじゃないか。
何しに来た?」
「それよりもその馬は?」
「ああ、アリヨシの馬だな」
「ん?」
俺が声の方を振り向くと、
「お前はあの時の!」
アークは俺を指差し震えていた。
「どの時だ?」
「山でスレイプニルを……」
「うーん、覚えてないなぁ」
まあ、覚えているけども。
ニヤニヤしながら、俺は言った。
「馬から降りろ、切り捨ててやる」
顔を真っ赤にするアーク。
「私の客人に剣を向けるか?」
アデルが言った。
「そっ、そういうわけではありませんが、この者は王国の者です。
私がスレイプニルをエリーザ様の命で得ようと山に登った時、もう少しで捕まえられるという時に邪魔をされ、このスレイプニルを取り逃がしたのです。
「そうなのか?」
アデラが俺の方を向いて聞いてきた。
「俺の記憶が正しければ、罠を仕掛けてスレイプニルを得ようとしたバカな奴が居たのは覚えているよ。
三頭居たんだが、それはウラヌス親子だった。
そのうちの子馬が罠にかかり、傷は大きく骨まで見えていた。
あのままでは子馬は死んでいただろうな。
その子が死んで、スレイプニルはそのバカに懐くのかね。
さらには罠を外し治療していたら『一頭よこせ』と、そのバカは高圧的に言ってきた」
「ぐっ」
本当のことを言われて何も言えないアーク。
「アデル様、この者は帝国に喧嘩を売ったのです。
『喧嘩を売るなら俺が買うぞ?
俺は壁向こうの村を統べる者だ。
住民は数十人、相手にしたかったら来ればいい』と言っていました」
自分より強い者に縋るようだ。
「アリヨシ、そんなことを?」
「ああ、言った。帝国だからどうとか、うるさくてな。
そいつは『我々は数万人を有する軍でいく。勝てると思うなよ!』って捨て台詞を言ってたやつがいたぞ?
売り言葉に買い言葉だろうが『一介の騎士がどうやるんだろう』とは思ったよ」
「そうだな、お前にそんな権力があるとは思えんが……」
「そっ、それは」
固まるアーク。
「それはいい、お前が剣を向けるアリヨシに勝てるのか?
私はこの男に勝てなかったぞ」
「えっ……『龍血』が?」
「私は動く間もなく無力化されたのだが……」
「そっ、それは」
「私はお前がアリヨシとやる気ならば止めはしない。
しかし断言しよう、確実にお前は死ぬ」
手の関節を鳴らし、軽く威圧する。
アークの額に脂汗が浮く。
すると、
「私は用事を思い出しました。
失礼します」
アークはその場から走り去っていった。
「私への用事は何だったのかね」
「さあな」
ただ、揉め事の匂いはした。
「ちなみに、アデラより強いのは居る?」
「おるぞ、父上に兄上だな。
紹介してやろうか?」
「いや、今はいい」
「強い者は喜ばれるのだがな」
どんだけ脳筋なんだ……。
「さて。納品も終わったし……そろそろ帰るかなあ」
ふとアデラを見ると、睨まれていた。
「ん? どうした?」
俺が聞くと、
「お前は商人ではなかったのか?」
ちょっと怒っているかな
「商人だよ?
だから砂糖を持ってくる」
「村を持っていると言っていたのだが」
「村というよりは集落だな。
開拓の許可を貰って周囲を開拓している。
まあ、さっき聞いたグレートモスの件はそこの産物にならないかと思って聞いた訳だ」
「帝国軍数万を相手にできるとも言っていたようだが?」
「ああ、それはできる。
現有戦力で多分帝国を亡ぼすこともできる……と思う」
俺はそのために作られた訳だからな。
「帝国を?」
「ああ、正直言うと獣人の村を消滅させたのも俺だ。
これ内緒の奴な」
「まさか、私が兵を押さえる必要は……」
「正直ないな」
ちょっと申し訳ない。
ばつが悪いので俺は鼻の頭を掻いていた。
「では、私がここにいる理由は?」
「ただ、アデラがここに居てくれれば、獣人の子を助けることができる」
「それだけ?
だったら、私がその集落に行っても問題ないではないか」
あっ、今度は拗ねた?
「それだけと言われてもな……。
たまに家の外に出かける理由にもなる。
周りに誰もおらず二人きりなのはお前ぐらいだぞ?」
「私だけ二人きり……」
何を想像しているのか上を向くアデラ。
何もしないぞ?
全員ではないが他のには手を出してるけど……。
「もう、私が知らないことは無いな」
「んー、あるけどここでやったら大変なことになるからやらない」
「どこなら出来る?」
「離れた誰も居ない場所ならいい。
この向こうに森があっただろ、あの中だな」
「えっ、私を襲う?」
顔を赤らめ、モジモジしながらアデラが言う。
そのモジモジは要らないから。
「襲わねーよ。あと、このことを誰にも話さないこと。
あっ、もしかしたら俺が怖くなるかもなぁ」
「怖くはならない……はず」
それじゃあ、森に行くか。
俺はウラノスの腹を軽く蹴ると、空にあがり森へと馬を走らせるのだった。
イーサの町を離れるとすぐ大きな森が見えてくる。
その奥まった場所に俺は降りた。
「空を飛ぶというのは気持ちいい。
飛べればアリヨシのところまですぐに遊びに行けそうだな」
「ペガサスも居るって聞いたが」
「私はペガサスは線が細くて好かん」
「ワイバーンか……」
俺が指差した先にワイバーンが飛んでいた。
「ワイバーンでもいいな」
アデラは呟いた。
「じゃあ、何とかしてみるか。ついでに隠していたことも見せてやるよ」
俺はスプーンへ魔力の供給をやめ、巨人に戻る。
そして、その辺にあった十メートルほどの木を抜くと、ワイバーンに投げつけた。
木が枝ごと、ワイバーンの体に当たり、絡まって墜落する。
俺は走って墜落地点に行きワイバーンの状況を確認すると、気絶はしているが死んではいないようだった。
木をどかし、ワイバーンの怪我をハイヒールで治す。
気絶は後でいいか。
俺はワイバーンを抱え、アデラの元へ戻った。
俺は人サイズに戻ると、
「ほい、ワイバーン」
アデラに声をかけた。
「アリヨシは巨人?」
「そう、巨人」
「初めて見た」
「引いたか?」
「引くはずないだろう?
巨人だぞ?
カッコいいじゃないか。
悪魔かなにかだったらどうしようかと思ったが、巨人だしな」
目を輝かせてアデラが言った。
巨人の姿の俺をカッコいいと言った女性は初めてだな。
ウラノスが俺の肩をハムハムと噛む。
振り向くとワイバーンが気が付きそうだ。
「アデラ、魔物を従わせるなら、自分が強いと思わせればいいぞ。
確かアデラも威圧が使えたな。
やってみればいい」
アデラはワイバーンの前に行くと雰囲気が変わった。
威圧を使いだしたようだ。
ワイバーンは少し構えるが問題ないらしい。
アデラはチラリと振り返り俺を見た。
自信がないのかちょっと不安げだ。
俺はワイバーンだけに威圧を使う。
ワイバーンはビクリとすると震えだす。
「私には無理だったようだ」
俺が手を出したのに気付いたアデラが残念そうに言った。
「お前、俺の言葉がわかるか?」
スレイプニルであるウラノスでさえ分かった言葉、ドラゴンではないにしろ少々はわかるだろう。
首を横に振り否定するワイバーン。
「首振るんだからわかるよな」
一抱えもありそうな木を殴って折ると、ワイバーンは首を縦に振った。
「よし、この女はお前の主人になる……わかるな」
ワイバーンはコクリと頷いた。
「もし、お前の意志でこの女を攻撃したり、わざと落とした時には……これもわかるな」
コクコクと震えながら言った。
「餌は貰える。
お前の頭ぐらいある肉だったら問題ないか?」
ワイバーンは「えっ」と驚くと、「本当に」と言う感じでこちらを見る。
「アデラ、肉は調達できるか?」
と聞くと、
「ああ、問題ない。
生きたままでいいのだろう?」
アデラがワイバーンに聞くと、コクリと頷いた。
おっと、懐いてきたかな?
「適当な魔物か家畜を手に入れるようにしよう」
「ということだ。
これで、この女を主人として認めてもらえないかな?
俺の妻になる女かもしれないんだ。
俺の顔を潰されると……ちょっとな」
威圧をさらに上げると、ブンブンと頷くワイバーン。
ウラノスは首を振ってヤレヤレと言う感じだった。
俺は威圧をやめる。
「それじゃ、この女はアデラという。
お前の主人はアデラだ。
だからアデラの言うことを聞くこと」
洗脳のように『アデラ』連呼すると、ワイバーンはコクリと頷く。
「私はアリヨシのように裸馬に乗ったりはできん。
それに鱗の上に座るのも難しい、だから鞍と手綱をつけさせてもらっていいか?」
アデラがの言った言葉にワイバーンはコクリと頷いた。
「鞍と手綱は特注になるだろう、革職人を呼んで作らねばならんな。
そうすれば、ウフフフ……」
イタズラを思いついたような目。
こいつなら夜間強襲してきそうだ。
「とりあえず、お前は俺とアデラについて来い、アデラの家に行くからな」
俺たちは再びウラノスに乗ると、イーサの町の駐屯地に戻る。
駐屯地に戻ると「ワイバーンが襲ってきた」と大騒ぎになっていた、騎士たちは隊形を組み、槍を突き上げワイバーンの攻撃に備える。
「お前ら、待て!」
アデラは上空から声をかけると、司令官であるアデラの方を向く。
そして、俺とアデラは地上に降りた。
「お前、私たちの後ろに降りろ、襲われることは無い」
ワイバーン目掛けアデラが声をかけると、ワイバーンは地上直前でフワリと減速し、地上に降りるのだった。
「アデラ様、そのワイバーンは?」
「安心しろこのワイバーンは私の従魔にした。
お前たちが攻撃をしない限りこの魔物がお前たちを攻撃することは無い」
「アリヨシが乗っているのはスレイプニルですか?」
「そうなるな、アリヨシに空を走る感じを体験させてもらっている間に、縁あってこのワイバーンを仲間にしたのだ」
アデラが言うと、
「すごいな」
「さすが、アデラ様だ」
「ワイバーンなんてなかなか手懐けることはできない」
などと、騎士たちは喜んだ。
隊長が強いということは、自分らが生き残る確率が高いということだろうしな。
今回はほとんど俺がやったってことは言わないようにするか。
「本当にいいのか?」
アデラは聞いてきた。
「ん? 気にするな。ある意味口止め料だな」
「失礼な、そんなことされなくても言わぬ」
おっと、拗ねた。
「要らないなら逃がすが?」
「要らないとは言っていないではないか。意地悪だな」
あら怒った。
「そうだ、俺は意地悪な男だ。
嫌ならいいぞ、別の奴が来るようにするが?」
俺はニヤニヤと笑う。
「嫌とは言ってないだろうに」
おっ、困った顔。
コロコロと表情が変わる。
ちょっと楽しいな。
でもやり過ぎないようにしないと……。
「さて、俺はそろそろ帰るよ。時間が無いから今回はお菓子抜きだ、
作る時間がない」
「ふむ、仕方ないな。ワイバーンで我慢しよう」
「お菓子とワイバーン、どっちがいいんだ?」
「うーん」
アデラは腕を組んで考える。
即決できないぐらいなのね。
「それじゃな。一か月後」
「ああ、また」
ニヤリと笑うアデラ。
多分、そうなんだろうなぁ……。
こりゃ、もう一つ近日中に揉めごとがありそうだ。
小説を読んでいただきありがとうございました




