いろいろ溜まっているようです。
農地見学を終え、俺は肩に五人を乗せドリスの村へ向かう。
そして疑問……聞いていいかどうか迷っていたのだが。
「今更なんだが……ホント今更なんだが……ドリスの村の名前って何?」
「そういえば言ってなかったですね。オセレという村になります」
再び疑問……。
「あのーベアトリス様? 『アントン』という名に心当たりは?」
まあ、伯爵家ってこの辺じゃベアトリス様の家でしょうから。
「それは私の腹違いの弟です。お父様の威光を盾に悪いことをしているとか……。最近、騎士を連れてどこかの村の女騎士に結婚を迫ったとか……。しかし何があったのか、騎士と共に逃げ帰ってきたと聞きます」
おー、ベアトリス様。情報収集能力高いね。
「ドリスは村を預かる女騎士」
ボソリと俺が言う。
ドリスはモジモジモード。
「えっ、アントンが結婚を迫ったのがドリス殿?」
「そういう事」
「腹違いとはいえ、弟が申し訳ありません」
ベアトリス様が頭を下げる。
「でも、嫌なことばかりじゃないんですよベアトリス様。アントン様のお陰で、アリヨシ様に会う事ができたんです。だから気にしていません」
「私もアリヨシ様に助けられたんです。同じですね」
そういや、助けたねぇ。
「ですから、私とは仲良くしてください」
「こちらこそよろしくお願いします。ベアトリス様」
「で、アントンにどのような事をしたのですか?」
ベアトリス様は俺に話を振る。
「知りたいんですか? ベアトリス様」
「はい、参考までに」
「俺の拳の寸止めで転がってもらって、ノワルのキン〇マ潰しですね。まあ、ギリギリで潰してはいませんが」
「いい薬です」
ベアトリス様はニコリと笑った。
村に着くと俺は五人を降ろし待機の姿勢を取る。そして五人は館に向かった。
おっと、護衛の騎士たちが走ってくる。
あー、黙って出たの? そりゃ怒るわ……。
パスを通し話を聞く。
「ベアトリス様、困ります。勝手に出歩かれては!」
「大丈夫よ、最強の護衛が居るんですから。あなた達、ドラゴンとフェンリル、そしてあの巨人に勝つ自信はある?」
「しかし、あの者たちは魔物です。ベアトリス様に牙を剥くかもしれません」
「大丈夫、ドラゴンとフェンリルはどうかわかりませんが、あの巨人の根っこには人の心があります。でないと私を賊から守ったりはしません。巨人が計算したり、農場経営しようと思いますか? 力があるのですから、奪えばいいだけでしょう?」
黙り込む騎士たち。
「あなた達に言っておきます。そしてお父様にも言うつもりです。絶対にあの巨人に手を出してはいけません。あの巨人はこちらから手を出さない限りこちらに手を出してくることは有りませんから」
よくお分かりで……。まあ、俺が転生者ってのも知ってるしな。
マーカーは
「査定ができました、金貨百枚でどうでしょう? このワイバーンは大きい。それに素材も痛みが無く一級品だ。通常のワイバーンの素材だと膜や皮が破れて使い物にならないものが多いのですが、これはそれが無い。金貨九十五枚と見ましたが、次回も魔物の素材をこちらに回してもらいたいので色を付けました」
「ドリス、コレで契約成立させてくれるか?」
「この金額でお願いします」
ドリスが言った。
マーカーは契約書を取り出し書き込む。自分のサインと金額を書いているようだ。
「それではこの書類にサインをお願いします」
ドリスは書類にサインした。
「これで契約成立ですね。素材は私たちが引き取り、冒険者ギルドの方へ入金しておきます。ここで入金するのですぐに確認できるでしょう」
そう言いながら冒険者ギルドのカウンターへ書類を渡すと、受付嬢が処理を始めた。
「ドリス、金貨百枚ってどのくらいの価値?」
「大きなお屋敷が買えますね」
「お屋敷って言われてもな……」
「んー普通に生活するなら、ひと月に銀貨十枚あれば家族が生活できます。だから、千か月、八十三年暮らせます」
「余計にわからん。でもまあ、大金って事はわかったよ」
取引が終わり俺とグレア、ノワル、ウルは家に帰った。
温泉に浸かりゆっくりしていると、
「ベアトリスれしゅがよろしいれしょうか?」
パスが繋がる。ん? 酔ってる?
「どうかしましたか?」
「それが嫌れす!」
「ん? それが嫌?」
「他の方は呼び捨てでざっくばらんらのに、私は様付けで敬語れす」
「すみません、アリヨシ様」
ドリスが割り込む。
「おう、ドリスか?」
「それが羨ましいのですぅー」
あー、うるさい。
「ベアトリス様なんかあったの?」
「今、食事中なのですが、ワインを勧めたらこういう事に……。最初はアリヨシ様について話をしていたんです。でもワインが進むにつれ、私がアリヨシ様に呼び捨てされたり、気軽に話しかけられているのが羨ましいとか言い出して……。で、挙句の果てには『パスを繋いで文句を言ってやるぅー』と言い出して現在に至ります」
「私も呼び捨てにして欲しいのですぅ。皆と一緒じゃないおれすぅ」
「大分酔ってるな。絡み酒……」
「絡み酒? それは何なので?」
「ドリス、そのままだ。飲んで絡んでくるやつ」
「あぁ、そういう事で……」
「そこ! 何コソコソ話してる! だーかーらぁ、敬語はやめれ! 私は巨人でもアリヨシ様が好きなのれす。おしっこ漏らしたのも見られたのれす。結婚するならアリヨシ様なんれす。優しいんれす。敬語は嫌なのれすぅーーー!」
ベアトリス様の叫びが聞こえたあと、
「あっ、寝ました」
ドリスが言った。
寝たらしい。
「何か、聞いちゃいかん事を言っていなかったか?」
「アリヨシ様が好きなのは私も一緒ですが……」
あっ、墓穴。
「呼び捨てで敬語無しにしてあげればいいのでは? やはり敬語は壁があるように感じますから」
「そんなもん?」
「はい、そんなもんです」
「じゃあ、呼び捨て敬語無しで……」
「そうしてあげてください。私はベアトリス様を寝かせます」
パスが切れた。
ベアトリス様、明日になったら何言ったか忘れてそうだよなぁ。
あっ、ベアトリスだった。
ベアトリスが今日帰るらしいので、皆でドリスの村へ見送りに行く。
今日はベアトリスが帰る方の門で待機状態だ。見送りだからね。
ドリスが先導しベアトリスの馬車が門の外に出てくる。周りには騎士の護衛。その後ろにはマーカーが居た。
「顔を上げなさい、アリヨシ。ベアトリス様に挨拶をなさい」
人が居るから上から言い方をするドリス。
俺は顔を上げ
「ベアトリス様お気をつけて」
と言って頭を下げた。
ベアトリスは馬車の窓から俺のほうを見ていた。
俺はベアトリスとパスを繋ぐ。
「おはようさん、二日酔いは大丈夫か?」
「えっ、ああ、二日酔いはありませんよ? すっきりしています。でも、昨日ワインを飲み始めてしばらくしてから何も覚えてないのです。私は何を?」
驚いてる驚いてる。
「パスを繋いで俺に相当文句言ってたよ」
「文句ですか?」
「俺が、呼び捨てじゃないし話すときも敬語だってね。『みんなと違うのは嫌だ』って言ってたぞ?」
結婚するならとかは言わないほうが良さそうだ。自分から墓穴を掘る必要はない。
俺はニヤリと笑う。
「だから、今後は呼び捨て敬語無しな。了解?」
「はい、了解です!」
ベアトリスが嬉しそうに返事すると、すぐに
「出発!」
と騎士が声をあげ、馬車が進みだした。
「気を付けてな。まあパスもあるから好きな時に連絡しろ」
「わかりました」
俺はパスを切る。ベアトリスは笑っていた。
そして馬車は去っていくのだった。
「敬語無しで話したんですか?」
パスでドリスが聞いてきた。
「ああ、ちょっとだけな」
「寂しいですか?」
「いや、特には……。パスで話せるだろ?」
「でも、本人が居るほうが嬉しいものです。私もベアトリス様も、そしてあの三人も」
「ベアトリスと何か話した?」
「はい話しました。」
「何を?」
「内緒です」
「そう」
気になるが、まあいっか。
俺たちはベアトリスの馬車が見えなくなるまで見送った。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。




