俺だけ冒険者になれませんでした。
次の日、悲鳴で目が覚めた。
エスキモーなエルフがグレアのフェンリル姿に驚いたようだ。
「おう、おはようさん」
俺はウルを見下ろす。
びくびくしながら、
「おはよう……」
ウルは俺を見上げて言った。
「眠れたか?」
「毛皮が温かくて気持ちよかった。
でも、なんでフェンリルが居るのですか?]
「それは、私がご主人様に助けられたから居候になったのです」
そう言いながら、グレアは人化する。
「あっ、グレアさん」
ウルの声に気付いたノワルが、
「おっ、起きたのじゃな」
と言って起きてきた。
「ひぃ、ドラゴン……」
真っ黒なノワルの姿を見て驚くエルフ。
「そう言えばこの姿は見せておらんかったの」
そう言って、ノワルも人化する。
「あっ、ノワルさんだ」
人の姿にウルが安心したようだ。
「そういう事じゃ。
そして我もここの居候じゃ」
と言ってノワルが笑う。
「俺の自己紹介がまだだったな。
俺はアリヨシ、見ての通りの巨人。
エルフに作られた存在らしい。
だからなのか、君の悲鳴が聞こえてきた。
それで、君を助けたって訳だ。
で、名前は『ウル』だったっけ?
呼び捨てでいいか?」
「はい、呼び捨てで結構です」
「私はあなたをどうお呼びすれば?」
とウルが聞く。
「まあ、『さん』でも『様』でもなんでもいいから。何なら呼び捨てでもいいぞ?」
「でしたら、アリヨシ様とお呼びます」
こうしてウルも俺んちの居候になる。
「それじゃ、今日の予定……。ドリスの村に行って冒険者登録します。
ついでにウルの服の確保」
「はい!」
グレアが手を上げた。
「はい、グレアさん」
俺はグレアを指差す。
「何で冒険者になるのですか?」
「それは、お金を稼ぐためだ。
この世ではお金が必要だ。
だから、冒険者になってお金を稼ぐ。
この前のように魔物の討伐を行ったり、物を探したり見つけたりして報酬を得る」
「無ければ奪えばよいじゃろう?」
当たり前のようにノワルが言う。
「はいはい、その考えはダメ」
俺は胸の前でバッテンを作る。
「周りと共存共栄。
お金があれば必要な物は買えます。
気をつけないとノワル討伐依頼とか出ちゃいます。
俺が受けたら困るだろ?」
「アリヨシの敵になるのは嫌じゃな」
ノワルは納得したようだ。
「俺もノワルを攻撃するのは嫌だ。だから奪わない」
「わかったのじゃ」
ノワルが頷いた。
ウルと三人を俺の肩に乗せ、歩いてドリスの村に向かう。
しばらく歩くと、
「くぅ……」
お腹が鳴り真っ赤になるウル。
「そういや、朝飯食ってないな。
ドリスのところで何か食べさせてもらうかね」
「すみません」
申し訳なさそうなウル。
「謝ることは無いぞ?
俺はお腹が空かないから、そういう事に気付けなかったんだ。
謝るのはこっちの方」
俺は頭を下げた。
「何で、アリヨシ様のような上位者が、私なんかに頭を下げるんですか?」
「『なんかに』かどうかは知らないけど礼儀だね。
間違ったりダメなことをしたら謝るのは当然だろ?」
俺が言うと、びっくりしたような目で俺を見るウルが居た。
えっ、違うの?
「ところでウルは料理できる?」
俺は聞いてみた。
「はい、少々であればできると思います」
「だったら、自分の食事は自分で作ってくれる?
この体では普通の包丁は扱えないんだ。
魔物の解体とかならできるんだけどね」
「わかりました」
「ってことは、ドリスに料理道具も頼まないとな。
そのためにも金が要る。
ドリスなら、お金は要らないと言いそうだが、小さな村であまり余裕もないだろう」
俺が言うと、
「人間は色々面倒じゃのう」
ノワルがやれやれという感じで言う。
「そう、いろいろ面倒なんだ」
頼りすぎても迷惑になるのもな……。
ドリスの村が見えてきた。
入り口に居るのは……ドリス。
俺が手を挙げると、
「アリヨシさまぁー」
と声をあげながら近寄ってきた。
「俺、一応討伐された巨人の設定なんだが……。
もうちょっと高圧的に言えばいいのに」
愚痴を言いながら片ひざをつき頭を下げる。
「呼び出しにより巨人と共に参上しました」
グレアが言う。
あれ、ドリスの機嫌が悪い。
もっとなんか期待していたのかな?
俺はグレア、ノワル、そしてウルを肩から降ろす。
「巨人と我々の冒険者登録をお願いします」
「わかりました。
巫女たちはこちらへ。
巨人はこのままここで待っていなさい」
俺は無言で頷く。
巫女設定の三人。
ゴスロリ二人にアイスクライマー風のウル、統一感が全然無い。
それでもドリスは三人を連れ冒険者ギルドへ向かった。
「暇だなぁ……」
空を見上げると雲がゆっくりと流れている。
耕された畑が一面に広がっていた。
「田舎だねえ……でも住人の笑顔は多い。
良い経営をしているのかもな」
ありゃ、レーダーに赤い点。
どんどん近づく。その方向をよく見ればワイバーン。
「ワイバーンが出たぞー!」
「早く逃げろ!」
「キャー」
住人たちはワイバーンを見ると、我先にと逃げ始めた。
俺は近くにあった石くれを掴むとワイバーンに向かって投げる。
トルネード?
ちょっと古いか……。
投擲の能力は高いらしく石が翼の根元に当たり、ワイバーンは墜落した。
おっと撃墜できたねぇ。
骨でも折れたのか地面でバタバタしているワイバーンに近づき首を踏み折る。
「ぐえ」
変な声を出しワイバーンは動かなくなった。
倒せたかな?
ワイバーンを担ぐと、元居た場所まで引き摺り。
そして、片膝をついて待機の姿勢。
暫くすると、村人たちが集まってきた。
「あれ、ドリス様の従魔の巨人だろ?」
そうそう、そういう設定。
「ワイバーンが一撃だったぞ!」
「そう言えば、どこぞの貴族の息子もあの巨人とその巫女が追い払ったんだよな」
「あの巨人が居ればこの村も安泰だ」
なんか喜んでる。
ドリス達四人がワイワイ言いながら戻ってきた。
ウルは布の袋を持っている。
ああ、服ももらえたかな?
良かったなウル。
そして、俺の前にあるワイバーンの亡骸を見てドリスとウルは固まった。
「アリヨシ……さま。これは……」
「村にワイバーンが現れたので退治した」
ノワルがワイバーンを見て興奮する。
「さすがじゃの、アリヨシ。
おー、ワイバーンか。
この肉は美味しいのじゃ。
焼いて食おうぞ」
「ノワルは食い気が多いな」
俺が言うと、
「美味いものは美味いのじゃ」
プンと少し機嫌が悪くなるノワル。
「私は食べたことがないので……。
でもノワル様がそんなに言うなら、さぞ美味しいのでしょうね」
グレアが涎を垂らす。
美人台無し……。
「アリヨシ様、ワイバーンの素材は高く売れます。
解体して肉だけにすればいいのでは?」
ドリスが提案してきた。
「そうだな、解体するか」
石畳がある広場へとワイバーンを移動させると、俺はナイフを取り出しワイバーンの解体にかかかる。
傷つけないように皮を剥いだ。
村の住人達も俺の解体をじっと見ていた。
なんか、マグロの解体ショーをしている気分。
「アリヨシ様は器用なのですね」
ドリスが感心していた。
「俺にはわからないんだが、体が覚えている。
皮の剥ぎ方、関節の処理の仕方、使える部分……。
ただ、皮の鞣しはできない」
知識の通りに解体が終わる。
「ドリス、ノワルはあんなこと言ってたが、ワイバーンの肉は美味いのか?」
「はい、王侯貴族が祝いの時に食べるものです。
ワイバーンなど人では簡単に狩れませんからね」
と言って頷くドリス。
「じゃあ、肉はどうするか。村人たちにも食べてもらってくれ」
俺はワイバーンの足を持ち上げる。
「えっ、いいのですか?」
「いいぞ?
服の代金の代わりって部分もある。
それに、そのほうが俺の村人受けもいいだろう?」
「それは間違いないでしょうね、ワイバーンの肉など一生に一度食べられるか食べられないかですから」
ドリスが近くに居た村のものに声をかける。
「肉の腐敗の防止はどうすればいい?」
俺が聞くと、
「アリヨシ様、ワイバーンのような魔力が多い魔物は腐敗が遅いのです。肉は長持ちします。二週間程度なら問題ないでしょう。ドラゴンになると腐敗することは無いと言われています。それでも腐敗防止するなら塩で漬けるという方法もあります」
そうドリスが説明をしてくれた。
そこら辺は前の世界と変わらないな。
「だったら問題ないな、これはドリスの村で食べてくれ」
ドンとワイバーンの足を広場の中央に置いた。
「ありがとうございます」
ドリスが頭を下げた。
「後の肉は持って帰って食うぞ」
「やた!」
「やったのじゃ」
「肉は初めてです」
三人は喜んだ
「ドリスも来るなら四人で食べようかと思うが……」
「私も行ってもいいのですか?」
ドリスが俺を見上げる。
「食べるときは呼んでやるから」
「はい!」
本当に嬉しそうにするな。
「ご主人様、これを見てください」
グレアが冒険者カードを見せる。
うわっ、ちっちゃ。
何々?
名前は「グレア」、種族「獣人」、職業「フェンリル」……。
つか、職業「フェンリル」って何? そのままじゃん。
「我はこんな感じじゃの」
名前は「ノワル」、種族「龍人」、職業「ブラックドラゴン」……。
グレアがあれだからノワルはまあ、そうなるよな。
「アリヨシ様、私はこれです」
名前は「ウル」、種族「エルフ」、職業「精霊魔法使い」……。
「精霊魔法使いかぁ、カッコいいな」
「カッコいいですか? やった!」
「でも精霊魔法か……。火、水、地、風の四つの精霊が居るんだったっけ? その精霊たちに事象の変更を依頼するんだよな?
で、その対価が魔力って事で良かったよな?」
刷り込まれた記憶の中から精霊魔法を思い出す。
「アリヨシ様よく知ってますね」
ドリスが驚いていた。
「で、ドリス。俺の冒険者登録はどうなった?」
「あっあのう、さすがに巨人は冒険者にはなれないようで……」
「なら、俺はどういう立ち位置だ?」
「グレアさんとノワルさん、ウルさん……あとは……」
「ん? あとは?」
「私の四人パーティーの従魔という事にしました。
ちなみにリーダーはノワルさんです」
「ん?
ドリスもパーティーメンバー」
「行ける時は私も一緒に行きたいので……ダメですか?」
ドリスが見上げてくる。
「はあ、別にいいけど」
「それで、従魔になる事で制約は?」
俺が聞くと、
「特にありません」
とのことだった。
「わかった。金は皆に分配される?」
「いいえ、お金はパーティー用のカードがありまして、そこに入金されるようになっています。
ですから、お金の管理は三人を経由すればアリヨシ様でも可能です。 カードはグレアさんが持っています」
「直接使えないのは面倒だがまあ何とかなるだろう。
俺としては人に対して問題を起こさなければいいわけだな」
「はい、そういう事になります」
頷くドリス。
「わかった、ありがとう」
「ワイバーンの素材はどうなる?」
ドリスに聞くと、
「冒険者ギルドから街のギルドへ連絡が行って、その後素材の買取に来ると思います。早くて一週間はかかるんじゃないでしょうか?それまでは我が館の倉庫に入れておきます。これほど綺麗な素材はなかなか手に入りませんから、高値で取引されると思います。その時は皆様に来ていただいて立会してもらえますか?」
と言っていた。
「わかった。その時は呼んでくれ」
俺は了承する。
「ドリス、質問なんだが、簡単な料理道具は手に入るかな?
ウルは普通サイズだから、自分の食べ物は自分で調理させようかと思うんだ」
「包丁とまな板、あと鍋とフライパン程度ならすぐに準備できます。
館では下男が居ますが、食事については領民に料理を作って持ってきてもらっていますので、料理道具は余っているんです」
「それは助かる。あと、俺用の服とかを作ろうと思ったら、結構お金がかかるよな?」
「そうですね、かかると思います。
その前に仕立てられる店があればいいのですが……」
そこからか……。
「そこはまた考えるかな」
「その……熊の服ではいけないのですか?」
「ああ、これ一枚じゃなぁ。
着替えられないと匂うだろ?
夏は下着だけというのもいろいろ問題があってな」
「アリヨシ様の匂い……」
「目を瞑って想像するな!」
グレア化しているドリス。
「はっ」
おっと復旧。
「それで問題とは?」
「見せたくないものが見える」
「見せたくないもの?」
「それはドリスが考えろ。下から覗けるんだぞ? 男が見られると困るものだ。見たくないだろ?」
「!」
気付いたかな?
「でもちょっと見たいかも……」
「えっ?」
「あっ……」
真っ赤になるドリスだった。
「ちょ、ちょっと料理道具を準備してきますね」
ドリスが館へと走っていく。
「あっ、逃げた」
「逃げましたね」
「逃げたのじゃ」
「逃げるんですね」
グレア、ノワル、ウルがドリスを見て言った。
お前ら……揃ってきたな……。
暫くすると、何事も無かったかのように下男と共にドリスがやってくる。
手にしている袋は料理道具だった。
ノワルが袋を受け取ると、手に三人を乗せ立ち上がった。
ドリスが俺をじっと見る。
本当は一緒に行きたいんだろうな……。
「ドリス、ギルドで何か良い依頼があったら呼んでくれ。
すぐに来るからな。いい理由になるだろ?」
「えっ」
「俺はお前の従魔だからな。
ああ、ワイバーンの肉を食うときは呼ぶから。
そうだな……ノワルに迎えに行ってもらおう」
「我か? いいぞ? ドリスは我の友達じゃからの」
「だったら、私もです」
グレアが、言う。
「私も友達でいいですか?」
ウルが声をかける。
「ああ、みんな友達よ。
よろしく」
ドリスは笑って答える。
「ちなみに、アリヨシ様にとって私は?」
ドリスはわざわざ他の三人には聞こえないようにパスで聞いてくる。
「さあ? 友達じゃいかんか?」
「今はそれで納得しておきます」
パスが切れた。
「それじゃ、帰るぞ」
俺は三人とウルの服、料理道具を持って家へ帰った。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。




