仮面の騎士様が、ある貴族令息を決闘で打ちのめした理由。(4/6)
「アリス嬢――昨日のメイドか。幼馴染みだと言っていたな」
「そうだ。もうすぐ、出会ってからちょうど十年が経つ。プレゼントを贈りたくて、だから、バレないように金を稼ぐ手段が必要で……」
「そして、全部失ってしまったわけか。阿呆だな、ヴィクトル殿は」
ヴィクトルはもう、限界まで小さくなっていた。
事情はわかった。愚かで、馬鹿で、救いようがない。だが。
「こうなると、意地でも仮面の騎士を探さなきゃならんな。男子の制服を着ていたんだろう? 貴族の令息が、他家の令息から――合法、同意の上とはいえ――決闘で金銭をもぎ取ったとなれば、互いに体面が悪すぎる。家同士の問題にでもなったら、厄介だぞ。……いや、だからこそ仮面で顔を隠していたのか」
オディロンは何度目か分からない溜息を吐いた。
「ともあれ、事態が悪化する前に、仮面の騎士を見つけて声をかけたい。これ以上、賭け決闘には参加するな、とね。ミネット、何か手はあるかい?」
ミネットは頷いた。
「すでに、学園付きのメイド様方に頼み、右手に怪我を負っている男子生徒を探していただいております。時間の問題かと」
「わかった。見つけたら、仮面の騎士には私が話をする。……ヴィクトル殿、仮面の騎士との間のいざこざは、私が――この私が――つまり第三王子たるオディロン・シエールが――わざわざ、時間を割いて、取り持ってやる。だから、仕送りの使い込みについては自分でご実家にきっちり説明したまえ。いいね?」
ヴィクトルはぶんぶん首を振って頷いた。
そうして、この騒動は終わる……はず、だったのだが。
●
「手を怪我している男子生徒が、一人もいないのでございますか」
そのまた翌日の放課後。
ミネットとオディロンは、生徒会室でメイド長の報告を受けとっていた。
「はい。メイド達に命じて、業務を行いながら、こっそりと男子生徒の皆様のご様子を確認いたしました。昨日、本日と登校していらっしゃらないご子息様方もいらっしゃいまして、そちらは確認できておりません。ですが、お休みの皆様は旅行や帰省で二週間以上学園都市を空けていらっしゃいます」
「模擬決闘の日程との整合性が取れませんね。ありがとうございます。お手数をおかけいたしました」
メイド長が笑顔で「いえいえ」と一礼した。
「メイド一同、まるで冒険小説のようだと楽しんで取り組みました。またご用命くださいませ、ミネット様」
「頼らせていただきます。……しかし、妙でございますね」
オディロンが腕を組み、首を傾げた。
「もう怪我が治ってしまった、ということか? それなりに時間が経っているわけだしな。違う方向から特定するしかないか。とはいえ、『貴族学園の男子の制服を着ている』だけではな……」
言葉が止まり、誰もが思考に身を沈める。
ややあってから、ミネットが呟いた。
「……最初から、少し不思議だったのでございますが。学生が素性を隠したいならば、仮面で顔を隠すのではなく、まずは制服を着替えるはずでございます。仮面の騎士様が、そう深く考えていなかっただけだろうとも思っておりましたが……」
オディロンが顔をしかめた。
「そもそも生徒じゃない可能性がある、と? もしそうなら、探しようが……いや、貴族学園関係者以外が制服を手に入れるのは難しいはずだ。そうだよな、メイド長」
「その通りでございます。入学時に型を取り、二着を縫製して貸与し、卒業時に返却していただく規則でございますので。民間に中古が流れることもあるそうですが、そう簡単に手に入るものでは」
「小生も二着、貸与していただいておりますね。これが購入必須であったら、小生は制服が買えなくて退学していたことでございましょう」
「なら、仮面の騎士は『男子生徒の制服を手に入れられる者』ってことだよな」
ミネットが顎に指を当て、考える。
「オディロン様。不可解なのは『なぜ制服だったのか』だけではございません。『なぜヴィクトル様だけと対戦したのか』も、今思うと不思議でございます。まるで狙い澄ましたかのように――」
ふと、ミネットが窓の外を眺めた。夕焼けに照らされた庭園が見える。
学園の庭園にもガス灯が設置されている。点灯夫が庭を回り、せっせと長い棒でガス灯に火を灯し始めている。
「――いいお灸」
呟く。
続いて、ぱっとメイド長を見た。極力、肌を見せないデザインのメイド服。
隣のバー・カートにはティーポットがひとつと、ティーカップが二つ。それとお菓子が数種類並んでいる。
「――ティーカップ。なるほど。で、あれば……筋は通りますか」
「ミネット? どうしたんだい? 何か、わかったのかい?」
ミネットはオディロンに振り返り、「はい」と頷いた。
「おそらくですが、仮面の騎士様の正体がわかりました」
●
その、さらに数日後。
生徒会室のソファに、珍しい人間が座っていた。
メイド服を着た少女――ヴィクトルの侍従、アリスである。
おどおどと周囲を見て、膝の上に乗せた手も、そわそわと動いている。
「あの……ヴィクトル坊ちゃまに呼ばれてきたのですが、坊ちゃまは……?」
対面に座るのは、オディロンとミネット。それで、今日の生徒会室の人間は全てだ。ヴィクトルはもちろん、メイド長すらいない。
「アリス様」
と、ミネットが唐突に口を開いた。
「姓は無く、身分は平民。ヴァシュラン領の村で生まれ育ち、幼少期からヴィクトル様と仲良く過ごされてきた幼馴染み。侍従として学園都市に随行されている――間違いございませんね?」
「え? あ、は、はい。そうですけど、その、坊ちゃまは――」
オディロンが微笑した。
「彼には、別のところで生徒会の手伝いをして貰っているよ。悪いね、君を呼んだのは別件だ。どうしても君に聞きたいことがあったから」
「き、聞きたいこと……ですか? その、私はただの平民で、生徒ですらなくて、だから、お二人にお答えできることなんて、何も――」
「アリス様」
またしても、ミネットが唐突に名前を呼んだ。
そして――問いかけた。
「アリス様は、ヴィクトル様のお目付役として、彼にお灸を据えるために、仮面の騎士様になったのでございますね?」
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