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【連載版】ある侯爵令嬢様が、ダンスパーティーで婚約を破棄された理由。【貴族学園の不文律】  作者: ヤマモトユウ


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8/11

仮面の騎士様が、ある貴族令息を決闘で打ちのめした理由。(3/6)


 ミネットの下宿は、学園から少し歩いたところにあるパン屋だ。二階に住まわせて貰っている。

 この学園都市は、貴族学園を中心として成立している。当然、学園に近いほど土地代が高い――平民特待生のミネットにとって、学園に近い寮やアパルトメントなんて、夢のまた夢だ。


 よく整備された道の中央には、一定間隔で街灯が立ち並び、オレンジ色のガスの光を灯している。

 このガス灯もまた、世界で最初に学園都市が試用を開始し、実用化したと言われている。……細かい話をすると、アイデアを出したのは学園都市の外の技術者だったらしいが、ともあれ実用化したのは学園都市だ。


 そんな文明の道を歩いて帰るのが、ミネットの毎日であった。

 ……ふと、街灯の間を歩いて回る男が見えた。手に長い棒を持っている。

 その男が通ったあとの街灯にはガスの灯が点り、これから男が向かう先には夕闇に呑まれそうな町並みが広がっていた。


 点灯夫(ランプライター)だ。


 専用の長い棒を用いて、街灯の先端に据え付けられたランプの小さなガラス窓を開き、先端のライターでランプに火を灯して回る、地道だが重要な仕事である。

 当然、しっかりと作業を行いながら、学園の内側から外側へと向かっていくため、ただ歩くだけのミネットはすぐに追いついてしまう。

 ミネットは、いくつめかも分からない街灯に向かって棒を伸ばす男を一歩追い越して、そこで立ち止まった。


「コルボ。聞きたいことがございます」


 コルボと呼ばれた点灯夫は、ハンチング帽の下のすすけた顔で、にやりと笑った。ミネットよりも、五歳から十歳ほど年上に見える。青年と言っていい年頃だ。


「おやおや、誰かと思えば姫さん(・・・)じゃあないか。相変わらずちびっこいな」


 ミネットは、これから火が灯されて行くであろう市街を見て。コルボはガスランプを見上げて。

 目を合わすことなく、会話を続ける。


「いいのかい、俺みたいな怪しい情報屋と会話しちゃって。この学園都市の運営にすら関わる貴族学園生徒会、その書記ともあろうお方が」

「仮面の騎士について、何か知っていますか」

「相変わらず世間話がお嫌いなようだ。……模擬決闘の新星だろう? あれの情報はないよ。誰も正体を掴めていないのさ」

「そうですか。では、もう一つ。――ヴィクトル・ド・ヴァシュラン様について、知っていることはございますか?」

「うん? 剛健の騎士様かい。あれは可哀想だねぇ、ずっと好調だったのに、二週間連続で大敗だ。仮面の騎士はヴィクトル坊やとしか模擬決闘をしなかったから、実質一人負け状態だ。相当損したらしいぜ。ま、お貴族様には道楽の範疇だろうし、良いお灸になったんじゃないかね?」


 ミネットが、は、と小さく嘆息する。


「やはり、ですか……」

「仮面の騎士をお捜しなら、手に傷のある学生を探すといいよ。前の模擬決闘でヴィクトル坊やが一矢報いて、右手の甲を強く打ったからな。結局負けはしたが、しばらくは痣なりミミズ腫れなりが残るだろう」


 コルボはそこでランプの火を灯し、長い棒の先端で小さなガラス窓を閉じた。

 まだガス灯の点いていない市街の方を見て、嘆息する。まだまだ先は長い。


「他に聞きたいことは? 日が暮れるまでに、この道のランプを全部灯さなきゃいけないもんでね」

()から連絡は?」


 コルボは、すぐに返事をしなかった。ハンチング帽を深くかぶりなおす。


「ないよ。あったら真っ先にアンタに言うさ、ミネット姫さんよ」


 ●


 翌日、放課後の生徒会室には、真顔のミネットとオディロン、そして顔中に汗を浮かべたヴィクトルがいた。

 口火を切ったのはミネットだった。


「『賭け決闘は控えるべし』――という不文律をご存知でございますか、ヴィクトル様」

「存じません、とは言わせないがな。家名を背負って学園都市にやってきた子息が、遊興に溺れるなんて恥ずべきことだ――と、誰もが月に一度は耳にする。法で禁止されているわけではないし、校則的にも問題はない。だが、軽蔑はする」


 冷ややかな顔で、オディロンが追撃した。


「まさか、賭け決闘(・・・・)とはな。調子に乗って大金を賭けたら仮面の騎士に負け、取り返すために再戦したらなおも負け、次こそはと勢い込んで待っていたら、当の仮面の騎士がどこかへ行ってしまったと……」


 間抜けもいいところだ、と、オディロンは言外に語る。


「よく気づいたな、ミネット」

「再戦したい、ではなく、再戦しなくてはならない、と仰っていたので、何か裏があるとは思っておりました。街の情報通に聞きましたが、相当な額を失ったそうでございますね」

「再々戦して、金を取り返すために、我が生徒会を都合良く使おうって魂胆には、さすがの私も呆れ果てるよ。まったく、いい度胸だ」


 ヴィクトルが、その大きな体を何とか小さく見せようと縮こまらせながら、昨日とは打って変わった元気のない声を出した。


「す、すまない……。その、正直に言っても、助けてくれないと思って……」

「当たり前だろう」

「当たり前でございます」


 ギャンブルで負けたから助けて欲しい、なんて言われていたら、トラブル好きのオディロンであっても、生徒会室から摘まみ出していただろう。


「……ほんの出来心だったのだ。ヴァシュラン領は、あまり裕福ではない。仕送りだけでは、あまり贅沢は出来なくてだな……」

「言い訳だな。確かに、ヴァシュランの領地は山一つ、村二つほどだったと記憶しているが、とはいえ、学園都市で生活できないほどではないだろう」

「……まったくもってその通りだ。俺の心が弱いだけだ……」


 ヴィクトルはがっくりと肩を落とした。


「最初は模擬決闘だけだったのだが、賭けの胴元に誘われてな……。ファイトマネーを支払うから試合をやってくれ、と。ちょっとした内職(アルバイト)感覚だったのだ。だが、その、賭けの対象である選手が、他人はともかく、自分で自分の勝ちに賭けるのは問題ないらしくて、だな……」

「それは……だいぶ問題がありそうだが……」

「もちろん、最初はファイトマネーでやりくりしていたのだ! しかし、今回は……二週間連続で大敗して、しかもちょっと入り用で、そのー、し、仕送りにまで手を付けてしまっていて、だな……」


 オディロンが険しい顔で首を傾げた。


「なんだって、そんなに金が必要なんだ? 何か、事情があるのか」


 ヴィクトルが縮こまったまま、顔を少し逸らした。


「……アリスに、金のアクセサリーの一つでも買ってやりたくて……」



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