仮面の騎士様が、ある貴族令息を決闘で打ちのめした理由。(2/6)
ヴィクトルは回想する。
●
いや、我がヴァシュラン家は騎士の家系でな?
生涯をかけて剣技を磨くべしと言われて育つんだ。
今は銃と大砲の世、時代錯誤と思うかもしれんが……。
とはいえ、俺は楽しんでやっている。毎日の鍛錬は欠かしていないし、週末には学園都市の衛兵、傭兵達や、騎士階級の生徒達の集まりに参加して、木剣を用いた模擬決闘をおこない、さらなる研鑽を積んでいるのだ。
「ヴァシュランといえば、誉れ高く勇猛果敢な剛剣の騎士が多いことで有名だな」
うむ、そうだ。
自分で言うのもなんだが、模擬決闘の集まりの中でも、かなり上位の腕前……というか、負けなしなのだ。……負けなしだった、だな。
「では、敗北されたのでございますか」
ああ、負けた。
三週間前に、ふらりと現れた男にな。
制服を着ていたから、この学園の生徒だとは思うのだが、演劇で使うような仮面で顔を隠していて、素性は知れん。
寡黙で、華奢な男だった。大きめの制服を買ったのだろうな、袖が余っていたよ。
「なんと。そんなに小さな男に負けたのか、あのヴァシュランが」
悔しいが、完全に実力で負けたとも。あの剣技の冴えはまさに神業。
俺の剣はすべていなされ、一撃も届かなかった。
その男子生徒――仮面の騎士は、翌週にも現れた。つまり、今からすると二週間前だな。
「リベンジできたのかい?」
……あと一歩届かず、負けた。
だが、次は勝つ。そう意気込んで、なお一層の鍛練を積んでいたのだが……。
「……先週は来なかったのでございますね?」
そうだ。奴は模擬決闘の集まりに来なかったのだ。
次こそはと意気込んでいただけに、悔しいどころの話ではない。
このままだと、俺は負けっぱなしになってしまうのだ。
ゆえに――書記殿を頼ることにした。
俺の依頼は、それだ。
探して欲しいのだ。あの、仮面の騎士を。再戦するために。
●
ふうん、と、オディロンが楽しそうに頬を緩めた。
「仮面の学生騎士、か。面白そうじゃないか。ミネット、どう探す?」
「……さて」
ミネットはちびちびと、大事そうに紅茶を飲む。
「そも。仮面を被っていたのであれば、それは身元を隠したいからでございましょう。小生、探されたくないと望む者を、わざわざ探し出すような真似をしたくはございません」
ヴィクトルが「いや、いやいや」と手を振った。
「それも道理だ。わかる。わかるが……頼む、どうしても再戦しなければならんのだ! ほうぼう聞いて回ったが、誰も奴の正体を知らん。頼む……!」
詰め寄らんばかりの勢いだった。
「へえ。騎士の誇りをかけて、というやつかい?」
「……あ、ああ! そうだ。それだ」
ヴィクトルが頷く。
怪訝そうに首を傾げるミネットに、オディロンが囁く。
「なあ、ミネット。探してやろうじゃないか。これは学園のためでもある。顔を隠しているなんて、いかにも怪しいだろう。仮面の学園騎士が顔を晒さないのは、もしかすると後ろめたい事情や悪巧みがあるからかもしれないぞ。我々生徒会が不審な人物の正体を把握しておくのは、生徒達に安心で安全な学生生活を送って貰うために必要なことだと思わないかい?」
「オディロン様は面白がっているだけでございましょう」
オディロンの長々とした説得を、ミネットはあっさり撃ち落とした。
「……ですが、少々気になることは事実。後ろめたい事情がある可能性も、確かにございます。承知いたしました、探すといたしましょう」
ヴィクトルを見て、そう言う。
彼は嬉しそうに頭を下げた。
「恩に着る……!」
「では、ヴィクトル様。もう少し、詳細な特徴をお聞きしたいのでございますが……背格好は、どのくらいで? 特徴的な仕草などはありましたか?」
「俺より、少なくとも頭一つ分は低かった。大抵の男は俺より背が低いが」
ミネットと比べれば、頭二つか三つ分くらいは差がある。
ヴィクトルはなかなかの偉丈夫であった。
「顔は仮面で見えなかったが、仕草がいかにも演劇的で、たった二週間、二度の試合ではあったが、それはもうたくさんの女性ファンが付いていたよ。仮面がミステリアスでいいんだと」
「他には? ない? ……そうでございますか。では、剣技の流派などはお分かりになられますでしょうか。流派が分かれば、教師筋などから辿れるかもしれません」
ヴィクトルが首をひねった。
「うーむ。騎士剣術らしい空気は感じたが、流派まではわからん。攻撃を受け流し、すり抜けるように戦う動きはテシャジアあたりの珍妙な武術の雰囲気もあったな」
「受け流し、すり抜ける……で、ございますか」
「何か引っかかるか、ミネット。きみ、もしかして武術にも詳しいのかい?」
「……いえ。小生、武術はまったく」
困った。
こうなると、完全にノーヒントになってしまう。
誰もが口を紡ぎ、次の言葉が出てこなくなったその時、生徒会室のドアノッカーが控えめに叩かれた。
「どうぞ」
と、オディロンが声をかけると、扉をそっと開けて、ひとりのメイドが顔を覗かせた。
「あの……失礼いたします。坊ちゃまが、こちらにいらっしゃると聞いて。お迎えに参りました」
坊ちゃま。ミネットではない。オディロンでも、メイド長でもない。
つまり、
「アリス。わざわざ学園まで来なくていいと、いつも言っているだろ」
ヴィクトルの侍従らしかった。
「でも、ご当主様から『あいつがやらかさないよう、しっかり見張るように』と仰せつかっておりますので……」
ヴィクトルが言い返そうとするが、ちょうど、ごおん、と鐘が鳴った。ごおん、ごおん、と響きながら終業を知らせてくる。
「……もう下校時間でございますね」
「そうだな、ミネット。ヴィクトル殿、人捜しはまた明日で構わないかな?」
「む。そうだな……」
ちらりと、侍従――アリスの方を見て、ヴィクトルは頷いた。
「迎えも来たし、今日は帰るとしよう。アリス、行こうか」
「はい。坊ちゃま。……では、失礼いたします」
ヴィクトルが堂々と、アリスが丁寧に一礼して退室していった。
オディロンは微笑んで、「さて」と呟く。
「ミネット、俺達も帰ろうか。下宿先まで送るぞ? それとも、いっそ我が家に泊まっていくかい? 一緒に夕餉を楽しもうじゃないか」
「どちらも結構でございます」
さらりと断って、ミネットは帰っていった。
オディロンは、天使のような微笑みを湛えたまま、「だよなー……」と寂しそうな声を出した。
一部始終を全て見ていたメイド長は、内心で「前途多難ですわね」と思いつつ、一流のメイドの矜持を総動員して、笑わずに耐えきった。
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