仮面の騎士様が、ある貴族令息を決闘で打ちのめした理由。(1/6)
「ミネットもどうだい、お茶」
その日も、西方王国の第三王子オディロン・シエールは、生徒会室で優雅にお茶をたしなんでいた。
ソファの傍らには、ポットやカップ、ケーキを置いたバー・カート。白手袋をした学園付きのメイド長が、丁寧な手つきで紅茶を入れている。
「天気が良くて暇な日は、日はゆっくりお茶を飲むのが一番だ。メイド長、今日の茶葉はどこから?」
「テシャジアの山岳地帯でございます」
「ほら、ミネット。東国から来た高級品だぞ」
呼ばれたミネットが、書類の山の陰から顔を出して、その冷めた印象を受ける半目をオディロンに向けた。
「……暇とおっしゃいましたか、オディロン様。ならば、お仕事を。貴族学園のみならず、学園都市関連の決済も山積しております。ご確認くださいませ、今すぐ」
オディロンは半笑いでカップに口をつける。
「ティータイムの後でね。たまにはリラックスしないと、効率的に働けないぞ。仕事は逃げたりしないから、無理に追いかける必要もないのさ」
「四六時中、リラックスされているようにお見受けいたしますが」
「紳士はいつ何時でも余裕を忘れないものだからね、そう見えるだけさ」
ああ言えばこう言う。
諦めて、また書類の山に戻ろうとするミネットに、メイド長が声をかけた。
「ミネット様も如何ですか。少しは休憩なさりませんと」
「いえ、小生は」
「せっかく入れたお茶が、冷めてしまいます。是非」
ポットを掲げて笑いかけられると、断りづらい。
……実際、少し疲れて、集中力が落ちてきていたように思う。ミネットは嘆息して立ち上がる。
「……分かりました。いただきます」
「おいおい。俺の言うことは聞かないのに、メイド長の言うことは素直に聞くんだな、ミネット」
「オディロン様のお言葉には誠実さがございませんので」
「第三王子にそんなこと言うの、兄様とお前くらいだぞ」
オディロンは苦笑しつつ、しかし、嬉しそうにクッションをどかして、ソファの横を空けた。ミネットは当たり前のように、横では無く対面に座った。オディロンはちょっとくじけかけた。
……まあ、いい。ミネットとのティータイムを楽しめるだけでも十分だ、と思い直す。
メイド長がカップを手渡し、ミネットが礼を言う。
穏やかな空気が漂う。オディロンが、どんな世間話をしようかと思案していた、まさにその瞬間。
生徒会室の扉がノックされ、オディロンが「どうぞ」を言う間もなく、勢いよく開かれたのである。
重たい木製の扉を力一杯元気よく開けて入ってきたのは、一人の大柄な男子生徒であった。
「頼もう! 書記殿はいるか!? 相談事があるのだが!」
ミネットはカップに口を付けて一口飲み、呟く。
「仕事の方から来ましたが」
「……そういうこともあるさ」
ティータイムが潰えた。だから仕事は嫌いなんだ、とオディロンは内心で思いつつ、笑顔を浮かべた。
「やあ、ヴィクトル・ド・ヴァシュラン殿。我が生徒会へようこそ。元気かな? 聞くまでもなく元気そうではあるがね」
●
ヴィクトル・ド・ヴァシュラン。
貴族学園の生徒であり、ヴァシュラン領の子息である。
鍛え上げた筋肉で、優雅な制服をはち切れさせそうな彼は、差し出されたカップから茶を飲んだ。一息で。優雅さの欠片もない。
「いや、さすがは学園付きのメイド長だ。茶を淹れるのが実にうまい!」
学園付きのメイドとは、貴族学園が雇い、学園の清掃や貴族の子供達の対応を行うメイドである。そのメイド長とはつまり、学園内の全てのメイドを纏め上げ、差配する存在なのである。当然、紅茶の腕前も一流だ。
「俺も実家から連れてきたメイドがいるんだが、これが不器用で。今週なんてカップを二つも割ったんだ。幼馴染で、気心が知れているのは良いんだが、料理も不得意でな」
「生徒が学園に随伴させられる侍従は一人まで、という校則があるからな。そうだよな、ミネット」
対して、貴族学園の生徒である貴族の令嬢令息達が、実家から学園に連れて来る侍従のことを俗に随伴と呼ぶ。
オディロンは少し機嫌を直していた。
対面にヴィクトルが座ったことで、ミネットが隣に移動してきたからである。
「はい。【侍従はひとりにつきひとり】と定められております」
ヴィクトルが膝を打ち、「それよ」と言った。
「以前から聞きたかったのだが、なぜ一人なのだ? たくさんいた方が便利ではないか」
「昔は制限がなかったが、それゆえに、いつしか『優れた侍従を何人侍らせるか』を誇る勝負が行われるようになったと。考えてみるといい、美しい執事とメイドを何十人も連れてくる子息子女達を――」
ヴィクトルが顔を斜め上に向けた。素直に想像してみているらしい。
「――そして、青く未熟な子供たちの学び舎に、美男美女が山ほどいれば、当然、いろんな問題が起こる。具体的には、お手付きとか駆け落ちとかね。もう何十年も前の話らしいけど」
「よって、貴族学園に随伴できる侍従の数は、必ず一人である、としたのでございます。学園のことは、学園付きのメイドに任せてしまうように、と。これは不文律ではなく、成文化された校則でございますね」
ミネットの補足が入った。
「また、侍従の皆様方には、服装についても細かい規定がございます。スカート丈は長く、夏も長袖で、極力肌は見せないように、と。これは学園付きのメイドであれ、貴族の子女のメイドであれ、同じ規定を課されております」
ヴィクトルがメイド長を見る。
バー・カートの脇に控えるメイド長は、確かに顔以外の素肌がほとんど見えない。地味な色で肌の見えないロングドレスに白のエプロンに、白手袋までしている徹底ぶりだ。
「素肌が見えない方が好き、という人もいるけどね。知っているか? とある子爵は、わざわざ愛人にメイドの服を着せて――」
ミネットが半目でコホンと咳を打った。
「――おっと。話を逸らしてしまうところだったな。それで、ヴィクトル殿。頼み事とは何だね?」
「そうだった! 子爵の話はまたいずれお聞かせ願いたい。……いや、実はな? 書記殿に探してほしい人がいるのだ」
「人捜しでございますが。どなたを探せばよいので?」
「名前はわからん!」
ヴィクトルが笑顔で言った。
「では人相は?」
「顔もわからん!」
ミネットはまったく笑わず、いつもの冷めた目でヴィクトルを見た。
「……書記殿は、アレだな。眼が怖いな」
「どうして、顔も名前も知らぬお方をお捜しになっているのです?」
ヴィクトルは、少し気まずそうに頬を掻いた。
「それはだな……」
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