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【連載版】ある侯爵令嬢様が、ダンスパーティーで婚約を破棄された理由。【貴族学園の不文律】  作者: ヤマモトユウ


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6/11

仮面の騎士様が、ある貴族令息を決闘で打ちのめした理由。(1/6)


「ミネットもどうだい、お茶」


 その日も、西方王国の第三王子オディロン・シエールは、生徒会室で優雅にお茶をたしなんでいた。

 ソファの傍らには、ポットやカップ、ケーキを置いたバー・カート。白手袋をした学園付き(・・・・)のメイド長が、丁寧な手つきで紅茶を入れている。


「天気が良くて暇な日は、日はゆっくりお茶を飲むのが一番だ。メイド長、今日の茶葉はどこから?」

「テシャジアの山岳地帯でございます」

「ほら、ミネット。東国から来た高級品だぞ」


 呼ばれたミネットが、書類の山の陰から顔を出して、その冷めた印象を受ける半目をオディロンに向けた。


「……暇とおっしゃいましたか、オディロン様。ならば、お仕事を。貴族学園のみならず、学園都市関連の決済も山積しております。ご確認くださいませ、今すぐ」


 オディロンは半笑いでカップに口をつける。


「ティータイムの後でね。たまにはリラックスしないと、効率的に働けないぞ。仕事は逃げたりしないから、無理に追いかける必要もないのさ」

「四六時中、リラックスされているようにお見受けいたしますが」

「紳士はいつ何時でも余裕を忘れないものだからね、そう見えるだけさ」


 ああ言えばこう言う。

 諦めて、また書類の山に戻ろうとするミネットに、メイド長が声をかけた。


「ミネット様も如何ですか。少しは休憩なさりませんと」

「いえ、小生は」

「せっかく入れたお茶が、冷めてしまいます。是非」


 ポットを掲げて笑いかけられると、断りづらい。

 ……実際、少し疲れて、集中力が落ちてきていたように思う。ミネットは嘆息して立ち上がる。


「……分かりました。いただきます」

「おいおい。俺の言うことは聞かないのに、メイド長の言うことは素直に聞くんだな、ミネット」

「オディロン様のお言葉には誠実さがございませんので」

「第三王子にそんなこと言うの、兄様とお前くらいだぞ」


 オディロンは苦笑しつつ、しかし、嬉しそうにクッションをどかして、ソファの横を空けた。ミネットは当たり前のように、横では無く対面に座った。オディロンはちょっとくじけかけた。

 ……まあ、いい。ミネットとのティータイムを楽しめるだけでも十分だ、と思い直す。


 メイド長がカップを手渡し、ミネットが礼を言う。

 穏やかな空気が漂う。オディロンが、どんな世間話(ゴシップ)をしようかと思案していた、まさにその瞬間。

 生徒会室の扉がノックされ、オディロンが「どうぞ」を言う間もなく、勢いよく開かれたのである。

 重たい木製の扉を力一杯元気よく開けて入ってきたのは、一人の大柄な男子生徒であった。


「頼もう! 書記殿はいるか!? 相談事があるのだが!」


 ミネットはカップに口を付けて一口飲み、呟く。


「仕事の方から来ましたが」

「……そういうこともあるさ」


 ティータイムが潰えた。だから仕事は嫌いなんだ、とオディロンは内心で思いつつ、笑顔を浮かべた。


「やあ、ヴィクトル・ド・ヴァシュラン殿。我が生徒会へようこそ。元気かな? 聞くまでもなく元気そうではあるがね」


 ●


 ヴィクトル・ド・ヴァシュラン。

 貴族学園の生徒であり、ヴァシュラン領の子息である。

 鍛え上げた筋肉で、優雅な制服をはち切れさせそうな彼は、差し出されたカップから茶を飲んだ。一息で。優雅さの欠片もない。


「いや、さすがは学園付き(・・・・)のメイド長だ。茶を淹れるのが実にうまい!」


 学園付きのメイドとは、貴族学園が雇い、学園の清掃や貴族の子供達の対応を行うメイド(侍女)である。そのメイド長とはつまり、学園内の全てのメイドを纏め上げ、差配する存在なのである。当然、紅茶の腕前も一流だ。


「俺も実家から連れてきたメイドがいるんだが、これが不器用で。今週なんてカップを二つも割ったんだ。幼馴染で、気心が知れているのは良いんだが、料理も不得意でな」

「生徒が学園に随伴させられる侍従は一人まで、という校則があるからな。そうだよな、ミネット」


 対して、貴族学園の生徒である貴族の令嬢令息達が、実家から学園に連れて来る侍従のことを俗に随伴(・・)と呼ぶ。


 オディロンは少し機嫌を直していた。

 対面にヴィクトルが座ったことで、ミネットが隣に移動してきたからである。


「はい。【侍従はひとりにつきひとり】と定められております」


 ヴィクトルが膝を打ち、「それよ」と言った。


「以前から聞きたかったのだが、なぜ一人なのだ? たくさんいた方が便利ではないか」

「昔は制限がなかったが、それゆえに、いつしか『優れた侍従を何人侍らせるか』を誇る勝負が行われるようになったと。考えてみるといい、美しい執事とメイドを何十人も連れてくる子息子女達を――」


 ヴィクトルが顔を斜め上に向けた。素直に想像してみているらしい。


「――そして、青く未熟な子供たちの学び舎に、美男美女が山ほどいれば、当然、いろんな問題が起こる。具体的には、お手付きとか駆け落ちとかね。もう何十年も前の話らしいけど」

「よって、貴族学園に随伴できる侍従の数は、必ず一人である、としたのでございます。学園のことは、学園付きのメイドに任せてしまうように、と。これは不文律ではなく、成文化された校則でございますね」


 ミネットの補足が入った。


「また、侍従の皆様方には、服装についても細かい規定がございます。スカート丈は長く、夏も長袖で、極力肌は見せないように、と。これは学園付きのメイドであれ、貴族の子女のメイドであれ、同じ規定を課されております」


 ヴィクトルがメイド長を見る。

 バー・カートの脇に控えるメイド長は、確かに顔以外の素肌がほとんど見えない。地味な色で肌の見えないロングドレスに白のエプロンに、白手袋までしている徹底ぶりだ。


「素肌が見えない方が好き、という人もいるけどね。知っているか? とある子爵は、わざわざ愛人にメイドの服を着せて――」


 ミネットが半目でコホンと咳を打った。


「――おっと。話を逸らしてしまうところだったな。それで、ヴィクトル殿。頼み事とは何だね?」

「そうだった! 子爵の話はまたいずれお聞かせ願いたい。……いや、実はな? 書記殿に探してほしい人がいるのだ」

「人捜しでございますが。どなたを探せばよいので?」

「名前はわからん!」


 ヴィクトルが笑顔で言った。


「では人相は?」

「顔もわからん!」


 ミネットはまったく笑わず、いつもの冷めた目でヴィクトルを見た。


「……書記殿は、アレだな。眼が怖いな」

「どうして、顔も名前も知らぬお方をお捜しになっているのです?」


 ヴィクトルは、少し気まずそうに頬を掻いた。


「それはだな……」



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