ある侯爵令嬢様が、ダンスパーティーで婚約を破棄された理由。(3/5)
「なあ、カロル嬢。ぶしつけな質問だが、フェリクス殿になにか、恥をかかせるような言動をした覚えはあるか?」
「……いえ。ないと、思うのですけれど……でも、時折、窘められることは、ありました」
「窘められる?」
「ええ、はい。『きみはたまに、言い方がきついことがあるよ』と……」
カロルはうつむいた。
「ひょっとして、わたくし、嫌われる言動をしていたのでしょうか。愛し合っていたと思っていたのは、わたくしだけだったのかも。だとすると、フェリクス様はずっと、わたくしに不満を溜め込んでいて、だとすれば……」
フェリクスは、積もり積もったカロルへの不満に耐えかねて、婚約を破棄したのかもしれない。カロルはそう思った。
つまり、自分はフラれた理由に気づけなかったのではなく、気づきたくなかったのだ。自分の良くないところを直視したくなくて、他の理由を求めてさまよい……生徒会室の扉を叩いた。
「……ふふ。わたくし、馬鹿な女ですわね」
カロルは自嘲気味に呟いた。しかし、これで感情の行き場は理解できた。
馬鹿な自分を受け入れて、ただ、一人で泣けばいい。それだけの話だったのだ。
ふたを開けてみれば、よくある性格の不一致から来る婚約破棄だったと、オディロンも肩をすくめる。
――しかし。
「いいえ。フェリクス様はカロル様に、ご不満などなかったと思いますよ」
ミネットが、さらりと否定した。
「あくまで、小生の推測では、でございますが」
そのあと、念のための注釈を付け加える。無責任な断定はしない主義だ。
カロルが眉をひそめた。
「では、ミネット書記。フェリクス様がわたくしを嫌っていないならば、どうして婚約を破棄したのです? ほかに、どんな理由を推測したと言いますの?」
ミネットは一息吸い込んで、ゆっくりと吐いた。そして、言う。
「言えません」
カロルは頬をひくっと動かした。
「い――言えない、ですって?」
「小生の推測が正しければ、カロル様はその答えを知るべきではございません」
ミネットは「ですが」と言葉を繋いだ。
「すぐに、わかるときが来るはずです。どうやら、これは小生が詳らかにしてはならないことのようでございます」
カロルはしばらくあっけに取られていたが、ややあってから、顔をしかめた。
「わたくしが馬鹿であったと、そう思って呑み込めそうでしたのに、水を差したあげく『言えない』ですって? 賢き者だなんて、過大な評価だったようですわね。ミネット書記――あなた、本当はなにもわかっていないのではなくて?」
「そう思われても仕方がございませんね」
「賢き者とは、はぐらかすのが上手い人、という意味ですのね」
次はオディロンが顔をしかめる番だった。
「カロル嬢、ミネットを書記として信任したのは私だ。その言葉、私に対する侮辱でもあるが――」
「オディロン様、小生は気にしておりませんので」
ソファから立ち上がりかけたオディロンだったが、しぶしぶ座り直す。
「……わかった。そういうわけだ、カロル嬢。当生徒会からは、これ以上の推測を伝えることはない。申し訳ないが」
カロルが、ふん、と鼻を鳴らした。
「では、これにて失礼いたしますわ」
彼女が不機嫌そうに生徒会室から出て行ったあと、ミネットは書記卓に戻らず、じっと扉を見つめていた。そして、ややあってから、口を開く。
「オディロン様。お聞きしたいことがございます」
「なんだ?」
「カロル様がお越しになる直前に、反逆を目論む貴族に対して一斉検挙がある、というお話をされておられましたが、それは具体的にどの家に対するものか、聞いておられますか?」
唐突な質問に、オディロンがやや面食らい、そして「まさか」と息を呑む。
「――いや。そこは教えてくれなかった。しかし……つまり、そうなのか? だとすると、いや、だが……」
オディロンはソファに深く上体を預けて「俺は、どうすればいい……」と呟く。
ミネットはいつも通り淡々と言葉を紡いだ。
「オディロン様。我々生徒会は、生徒の悩みを解消し、笑顔で学園生活を送ってもらうために存在するはずでございます」
「……それ、俺がミネットを書記に誘ったときに言ったセリフだな。だが、いくら俺でも父上の決めることに口は挟めないぞ」
「では、ひとつ献策がございます。そのために――カロル様がお越しになる直前に、お話しされていたことについて、詳しくお聞きしたいのでございますが」
●
カロルが生徒会室を訪れてから、わずか三日後。
事態が急変した。
フェリクス・ド・ル・フレジエ侯爵令息が、流刑に処されたのである。
フレジエ侯爵が国家反逆を目論んでいたことが発覚したためであった。
謀反の罪は、重い。
侯爵ほどの地位を持つ者であっても、逃れられぬほどに。出入りの業者、雇われのメイドや執事、さらにその家族にまで追及の手が伸ばされる事態となり、少しでも怪しまれたもの、謀反の可能性をちらりとでも耳にしたことのあるものは、連座で罰されることとなった。
最終的には、関係者のうち貴族、平民あわせて総勢三十六名が離島への幽閉、あるいは国外追放処分となり。
その五倍ほどの数の関係者が、鞭打ちなどの身体刑に処されたという。
しかし、憲兵隊による執拗な追及を受けず、罰されることもなかった関係者が、ひとり――たったひとりだけ、いた。
公衆の面前、煌びやかなパーティーの会場で手ひどい言葉とともに婚約破棄を受け、頭からシャンパンをかけられるという屈辱的な破局を味わった女子生徒――。
――フェリクス・ド・ル・フレジエの元・婚約者。
カロル・ド・ラ・カッサータである。
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