ある日の貴族学園生徒会役員達の、朝起きてから夜眠るまで(5)
午前の授業が終わった。
ミネットは教授にいくつか質問したあと、教室を出る。
貴族学園の昼休みは長い。ちょっとした茶会を開けるほどに、長い。
つまり、仕事ができる。足早に生徒会室に向かおうとしていると、
「あ、ミネットー」
間延びした声がかけられた。
声のしたほうを向くと、女子生徒がひとり、立っている。
「こんにちは、マガリ様。遅刻はなさらなかったようで、何よりでございます」
「こんにちは、ミネット。おばさんが起こしてくれたんだー。あと、何回も言ってるけど、様はいらないよー、同じ平民だもん」
柔らかな笑顔と、女子としては高い背丈が特徴。
平民特待生のマガリ・ミルフイユである。
ミネットと同じベーカリーに住まう、同宿の徒でもある。
「一緒にお昼ご飯食べない? 学食で、平民のみんなと一緒に食べるんだけど」
「申し訳ございません。生徒会室にて、いただこうかと」
「そっかー。忙しいもんね。みんなにはうまく言っておくよ」
マガリを端的に言い表すならば、おおらかな人格者である。
ただし、決しておおらかなだけの浅い人物でもない。
「でも、たまには平民の集いにも出たほうがいいよー? ただでさえ平民出身の生徒会役員は珍しいのに、ミネットは未だに“謎の女”だもん。適度に交流して、種まきと水やりをしておかないと、枯れちゃうんだからね?」
ある地方の豪農の娘であり、多くの農夫を扱う立場の人間だ。
人間関係の機微には聡い。
……つまり、平民の中で浮き始めているぞ、と忠告してくれているのだ。
「はい。喫緊の決裁が全て通りましたら、一度、顔を出させていただくつもりでございます」
「うん、楽しみにしてるねー」
マガリと別れ、今度こそ生徒会室へ向かう。
鍵を差さずに、一度、ドアノブを回してみる。開いた。
部屋に入ると、朝と違って、オディロンがいる。
「やあ、ミネット。食事は?」
「いただきます」
オディロンもまた、生徒会室で食事を摂ることにしている。
学食に行くと王族とのつながりを求める生徒たちが群がってきて、とてもややこしいし面倒くさいのだ。
だからいつも、メイド長に頼んで、学食から良さそうなものを持ってきてもらっている。
今日は生野菜のサラダ、茹でたソーセージの盛り合わせ、白パンにコンソメのスープと、やはり豪華だ。切ったフルーツ各種を盛った皿もある。
さて、ミネットと二人きりで食事――と思ったら、生徒会室の扉が開いた。
三人目の役員がやってきたのである。
「ごきげんよう、オディロン様、ミネット」
「ごきげんよう、カロル……さん。昨日は学園都市商工会との折衝、お疲れ様でございました」
「……ごきげんよう、カロル嬢。今日はずいぶん早起きだね」
オディロンが笑顔で皮肉を放つと、カロルは頬をひくっとさせた。
何か言われるとは思っていたものの、開口一番で皮肉とは。
……この男、二人きりの食事を邪魔されて、少し怒っておりますわね、とカロルは感づいた。
とはいえ、遅刻したのは事実。カロルは頬をひくつかせつつ、頭を下げた。
「ええ、昨日は折衝からの夜会と、気疲れいたしまして。誠に不甲斐ないのですけれど、午前は休んでおりましたの。まだまだ副会長として未熟ですわ」
「……ああ、なるほど。あそこの夜会は、強い酒ばかりが出るからな。俺が行ければよかったんだが……」
素直に――か、どうかはともあれ、頭を下げられると、オディロンも強くは出続けられない。隣にミネットもいるし。
しかも、慣れない副会長業務のせいなのは確実だ。
「昨日は王宮に出ていらっしゃったのでしょう? 仕方ありませんわ」
「すまんな。次は俺が行く。食事は済ませてきたか?」
「ご一緒いたします」
カロルがソファに腰掛ける。
今度こそ食事――と思ったら、ミネットが割った白パンに野菜とソーセージを挟んだものを手早く作り、なんと無作法なことに、ティーカップにコンソメスープを注いで、書記卓に戻ろうとしていた。
「……ミネット? それは?」
「サンドイッチとスープでございます」
「いや、それは見ればわかるんだが……」
「食べながら仕事をいたしますので。お二人はお気になさらず、ごゆるりと」
オディロンとカロルは顔を見合わせ、黙ってサンドイッチを作った。
仕事と食事をしながらも、会話は続く。
「折衝はどうだった?」
「わたくしの顔見せと挨拶を。あとはミネットの作った書類通りに。ただ、学園が持つ特許の利用料に関しては、相当渋っておられましたわね……。あれは暗に、無料で使わせろ、と言いたいのでしょうけれど」
「ずっと前から彼らはそうだ。……あまり大きな声では言えないが、学園都市外ならこっそり無許可で扱えるものも、お膝元で見逃せるわけもないからね」
「そういうことでしたの。……王宮は、どのような?」
「変わりないよ。政治に関して、大きな話はなかった。ただ、次兄が学園都市の技術……、ほら、馬ではなく蒸気機関で動く乗り物。あれで大きなことをやろうとしているらしい。ミネットが興味を持ちそうな話だけど、聞くかい?」
「……後日、是非お願いいたします」
そんな話をしながら、無心で各種の数字を照らし合わせ、瑕疵がないよう確認して仕事を進めていく。
生徒職員あわせておよそ一万人もいるのだ。どこもかしこも、権利と許可と金が絡み合って蜘蛛の巣のようになっている。
なんとか目処が付く頃には、昼休みは終わりかけていた。
カロルは嘆息する。
「とにもかくにも、まずは優秀な会計が必要ですわね……。庶務と総務も。委員会や学園職員との連携も強化しませんと」
「まったくでございます」
女子二人がオディロンを見ると、王子は目をそらして壁の時計を見上げ、
「おっと、そろそろ午後の授業が始まるな。では諸君、また放課後に」
笑顔で視線から逃げた。




