ある日の貴族学園生徒会役員達の、朝起きてから夜眠るまで(4)
ミネットは、生徒会室にやってきたオディロンをちらりと見て、会釈した。
「おはようございます、オディロン生徒会長様。調子ですか。もうひとりだけでも手があれば、少しばかりこの書類の山も減るのでございましょうけれども、といったところでございます」
挨拶と皮肉が飛んでくる。いつも通り、立ち上がりもせずに。
「それは大変だ。カロル嬢を呼ぶかい?」
ミネットは何も言わず、オディロンの机の上に決裁が必要な書類の山を置いた。
広大な貴族学園と巨大な学園都市の運営には、日々、多数の契約と決裁が必要なのである。
厚みからして――、今日はもう遊んでいる暇はなさそうだ。
オディロンは嘆息して椅子に座り、書類を読んでは判子を押す作業を開始した。
……そして、二十分ほどで作業を切り上げる。授業の時間だ。
「それでは、オディロン様。本日中に決裁せねばならないものがまだございますので、また放課後、必ず生徒会室に顔を出してくださいませ」
「おいおい、必ずだなんて……。ミネット、そんなに俺に会いたい?」
「は」
「鼻で笑うなよ……」
ともあれ、授業に向かう。
授業内容は様々だ。
貴族のマナー、歴史、政治、哲学、軍事学、語学、数理、科学、馬術、剣術、文学や美術――とにかく幅広い種類の授業があり、基礎的なもの以外は、生徒が自分で選択する形式である。
オディロンは、科目を問わず、バランスよくほどほどに履修している。
あえて言うなら、馬術、文学、美術をしっかり取っているのが特徴だろうか。
王侯貴族の場合、勉学のためだけに貴族学園に来ているわけではなく、人脈作りも大きな目的である。この三つの授業は生徒同士での会話が発生しやすい。噂話の収集にも、もってこいである。
また、茶会、夜会に誘われることも多いため、空き時間は多めに作っている。
ミネットは座学をみっちりと詰め込んでいる。
平民特待生として勉学にいそしむため、限界まで授業を入れている。人脈については、あまり気にしていない。……なお、馬術や剣術をまったく取っていないのは、向いていないと自覚しているからだ。美術も同様。
そして、それゆえに、二人の授業はほとんど重なっていない。
一時間目の馬術の授業が始まった。
オディロンは馬の顔を撫でつつ、気づく。
副生徒会長が来ていないな、と。
●
カロル・ド・ラ・カッサータの朝は遅い。
豪奢なベッドの上で、のっそりと体を起こす。
広い部屋が目に入る。壁際に、澄まし顔で待機しているメイドがいる。調度類は全て最高級品。ぼんやりと周囲を眺めて、ここが自分の寝室だと思い出す。
そのまま、大きな床置きの振り子時計を見た。
時刻は九時過ぎ。
カロルは地の底から響いてくるような声で唸り、顔を手で覆った。
「……なんで起こしてくれなかったの」
「起こしました。三度も。しかし、お嬢様はそのたびに『ぬぐぅ』とか『うぐぅ』とか言って、シーツにくるまってしまわれまして」
そういえば、夢うつつの中で、起きろとか言われたような気もしてきた。
「……そうですわ! 今日は祭日で、授業はなかったのよね?」
「ごく普通の通学日でございます。現実を見てくださいませ」
カロルはひとまず「むぐぅ」と唸った。
朝に弱いというのもあるが、今日は格別だった。
ここまで眠気に勝てなかったのは、久々である。
メイドは「ふふ」と笑った。
「昨日は学園都市商工会と折衝したあと、近郊の貴族達との夜会がございましたから、お疲れなのは当然です。まだ副会長の仕事にも慣れておられないはず。学園には、昼から向かうと言付けてあります」
「……そうね。何事も、最初から完璧にはいかないものよね」
夜会では、もちろん酒類も出た。
一杯だけ付き合ったのだが、どうやら主催の貴族が大層な酒好きらしく、近頃流行りの新しい蒸留酒とやらを飲むことになってしまい、それがずいぶんと効いたのである。
「憶えておくわ。蒸留酒は危険ね」
「朝餉は用意してございますが、食欲はどうですか?」
「食べるわ。朝食べないと、力が出ないもの」
ベッドを降りて、身支度を始める。
切り替えは早いほうだ。寝坊してしまったのは、仕方がない。遅刻を嘆くより、予定をどう組み直すか考えるほうが、はるかに建設的である。
……ひとつだけ憂鬱なことがある。
「あのひねくれ者が、絶対にからかってきますわね……」
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