仮面の騎士様が、ある貴族令息を決闘で打ちのめした理由。(6/6)
貴族学園の廊下には、夕日が差し込んでいた。
窓ガラス越しのオレンジの光が、廊下を歩くミネットとアリスの横顔を照らしている。
「それで」
と、ミネットがふいに声を発した。
「アリス様は、いかほどの利益を得たのでございますか? ファイトマネー以外に」
「うぐ」
アリスがビクッと反応して立ち止まった。
「ナ、ナンノコトデスカネー……」
「ヴィクトル様同様、ご自分に賭けていたのでございしょう? お灸をすえられるくらいの実力差があると分かっているのであれば、ご自分に賭けて儲けようと思うのは、自然な発想でございます」
「ご、ごめんなさい……ルール違反ですよね……」
うなだれるアリスだが、ミネットは首を横に振った。
「不文律は学生のものでございます。学生ではないアリス様が賭けをされる分には、問題ございません。……ただ、そのお金をどうするのかは、少々気になりますが。倍率は相当高かったはずです。ヴィクトル様の補填に充てるには、大きい額になるのでは?」
「……笑いませんか?」
「小生は笑うのが苦手でございます」
アリスは手を合わせてもじもじしながら赤面した。
「そのぉ……お、お茶とお料理の教室に通う費用に……しようかなと思ってぇ……」
「メイドなのに、今さら通うのでございますか」
「だから私、護衛なんですってばぁ! でも、もうすぐヴィクトル坊ちゃまとであって十年目の記念日で……ちょっと良い手料理とかで、お祝いできたらな、って思って……」
上目遣いでミネットを見た。
「ミネットさんなら、わかるよね? 女の子だもん」
「はあ」
「わー、わかってなさそ……」
「個人差のある分野でございますゆえ。理屈はわかりますよ。共感は出来ませんが。要するに、恋する相手に手料理をご馳走し、喜んで貰いたいという、ありがちなお話でございましょう」
「ありがちって……」
アリスが苦笑した。考えてみれば、あの王子様が隣にいるのに、微動だにしない人物なのだ。言っても仕方がない。
「……坊ちゃまには、秘密にしておいてくださいね?」
「ええ、もちろん黙っておきます。……ところで、でございますが」
ミネットの視線が、すっと鋭くなった。
「アリス様が剣技を教わった相手というのは――隻腕で、ひげを生やし、自分のことを『小生』と称する老人ではございませんでしたか」
「え? そうですけど……」
「やはり。いま、その男がどこにいるか、ご存知ではございませんか?」
アリスはふるふると首を振った。
「知らないです。先生は風来坊でしたもの。たまに村に来て、なにか調べ物をして、二、三日泊まっていくだけで……。合間に剣技を習っていたんです。『並外れた武術の才がある』と言ってくれて、一人で修行する方法なども教えてくださいました」
アリスは、もしかして、と思い至る。
「ミネット様、もしかして先生とお知り合いなのですか?」
「ええ、まあ……。縁のある方でございまして、消息が知れればよいと思ったのでございます」
「そうだったんですね! お力になれず……すいません」
「いえ。……お料理、頑張ってくださいませ」
歩きながら、いつの間にか、二人は校舎の玄関を通り過ぎ、前庭のまっすぐな道を抜けて、校門まで辿り着いていた。
ミネットはアリスを見送って、そのまま街を見た。
ガス灯が少しずつ灯され、きらきらと輝いている。学園都市は明るく、美しい街だ。――ミネットのいた場所と、まるで違う。
だが、視線を上げて、沈みゆく太陽を見上げれば、そこだけはどこの街も同じだな、と思う。
「さてはて……どこに行ったのでございましょうね、あの愚かな義父は」
そう呟いて、ミネットは踵を返した。
第二エピソード終了です。
第三エピソードの更新までは、少し時間が空くと思います。
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