仮面の騎士様が、ある貴族令息を決闘で打ちのめした理由。(5/6)
アリスは、目を見開いて、それから、
「ナ、ナンノコトデスカネー……」
気まずそうに視線を逸らした。
あ、このメイドが本当に仮面の騎士様なんだな、とオディロンは思った。そう確信できるくらいの棒読みだった。
「手袋を外していただけますか、アリス様」
ミネットは、じっとアリスを見つめて言った。
アリスは、しかし、躊躇うだけで、手袋を外そうとはしなかった。
オディロンが魔性の微笑みを浮かべた。
「お望みなら、私が脱がせてあげようか? 君の手を取って、じっくりと」
その時、カタ、と書記の机が揺れた。詰まれた書類の山が危うげに震える。
「じ、自分で外します!」
アリスは慌てて自分で手袋を外し始めた。
ミネットは、澄まし顔のオディロンをを半目で見つめる。自身の美貌を自覚して利用するのは、それなりにたちが悪いと思う。
ともあれ。
白手袋を脱いだアリスの右手の甲には、うっすらと青黒い腫れが残っている。
「やはり」
と、ミネットが呟く。
「アリス様は、こそこそと不埒な賭け決闘に熱を上げるヴィクトル様をお諫めしたかった。そうでございますね? 顔を隠したのは、公衆の面前でヴィクトル様に『女に負けた』と恥をかかせたくなかったから、でございましょうか。制服はヴィクトル様の予備を。サイズの違いは着こなしで、髪は帽子に収めてしまえば誤魔化せます」
アリスは観念した様子でうなだれた。
「はい……そうです……」
オディロンが、ほう、と息を吐く。
目の前に座る少女は、ちんちくりんの書記よりは大きいが、それでも細身の女性だ。対して、ヴィクトルは筋骨たくましい快男児である。
「ミネットの推理を聞いてはいたけれど、それでも……信じられないな。君が、あのヴィクトル殿に勝てるほど強いとは」
「剣技だけなら。昔から、たまに村に泊まる流れの剣士に稽古をして貰っていたんです。剣技の才能があるから伸ばした方がいい、と言われて」
「ヴィクトル様は、その強さをご存じないようでございますね。なぜ隠しておられるのですか?」
「……そのぉ、強すぎる女って、可愛くないじゃないですか。坊ちゃまには可愛く見られたいし……だから秘密にしていて……」
アリスはもじもじと人差し指をつつきあわせる。
ミネットは「はあ」と相槌を打った。
「だから、村の人たちにも秘密にしていたんですけど、ご当主様には何故かバレていて……坊ちゃまが学園に上がる際、護衛兼お目付役として随従するよう申しつけられまして……」
護衛として。
なるほど、とオディロンが内心で納得する。だからメイドなのに不器用で家事が不得意なのか。
オディロンは意地悪く笑って、すっと立ち上がった。そのまま対面のソファ、アリスの横に腰掛けた。
「強すぎる女性が可愛くないとは、私は思わないけれどね。むしろ魅力的だ。そうだ、良かったら我がシエール王家に仕えないか? 私の専属の護衛になってもらうのもいいかもしれない。どうだろうか」
そっと手を取る。
アリスが赤面した。
「え? え? あ、あの、王子様……?」
また、書記の机がガタっと揺れた。
それを視界の端で捉えて、オディロンはくくっと笑う。
「オディロン様、平民をからかうのはおやめくださいませ」
ミネットが半目で諫めたので、オディロンは「悪い悪い」と笑って、またミネットの隣に戻った。
「ともあれ――賭け試合で大損すれば、ヴィクトル様が反省すると考えての行動だったのでございますね? 護衛ならば、彼我の実力差についてもよくご存知で、ヴィクトル様が賭けをやめるまで、問題なく連勝出来る――はずでございました」
アリスの右手には、痣がある。
「しかし、ヴィクトル様はアリス様の想像を上回っておられました。右手に一撃を受け、怪我をしてしまった。幸い、すでに二勝していたアリス様は、模擬決闘への参加をやめたのでございましょう。コーヒーカップを二つ割ったのは、怪我のせいでございますね?」
「……その通りです。いえ、まあその、元々……たまに割るんですけど……」
「元々がそれだったから、二つ割っても不思議に思われなかったのかもね」
オディロンは苦笑する。
「ちなみに、アリス様もファイトマネーを受け取ったと思うのですが、そちらはどうなさったのでございますか?」
「とってあります。貯めたお給金もあるので、あわせれば、ヴィクトル坊ちゃまの損失は補填できるかと……」
オディロンが「おお」と感嘆の息を吐いた。
「忠臣だな、君は。ますます私の部下に欲し――ミネット、そんな眼で見るな。……アリス嬢。ヴィクトル殿の賭け決闘については、私から注意しておく。第三王子の言うことならば、少しは聞いてくれるだろう。貴族同士の諍いにならないなら、生徒会としても問題はない」
「あ、あの……私がその……」
「ああ、仮面の騎士であることは黙っておく。その正体は未来永劫、謎のままだ。いいかな? ……では、気を付けて帰るように」
「小生が送って参ります。オディロン様は、以後、よしなに」
ミネットがアリスを伴って生徒会室を出て行った。
扉がしっかりと閉まるのを確認してから、
「さて」
と、オディロンがソファから立ち上がり、書記卓の裏を覗き込んだ。
そこには、大きな体を小さく丸めて隠れ潜む、ヴィクトルがいた。
「――ヴィクトル殿。君は、強すぎる女性について、どう思う? 私は大変魅力的だと思うが」
「ひ、人の幼馴染みを勝手に口説かないでくれ……! アリスは俺の……大切なひとなんだ……!」
視線を上げて苦情を言ってくる。
「だったら、どうする?」
「……もう賭け試合はしない! 父祖に誓って、だ。実家にも謝る。記念日には……精一杯の感謝を伝えることにするよ。花束くらいなら、買えるはずだ」
「そうしたまえ。金に困ったら、私に――」
オディロンは笑った。
「――俺に言え。貴族学園生徒会が、学園都市の運営にも携わっていることは知っているな? うちの管轄で、肉体労働を欲している現場がいくつかある。斡旋してやれるはずだ」
「お、恩に着る……!」
そこで、ヴィクトルが首を傾げた。
「しかし、オディロン殿。なぜ、こんな俺に、そこまで親身にしてくださる? 全部、俺の自業自得だったのに……」
「遊ぶ金目的じゃなかったんだろう? だったら、まあ、俺にもわかる。気になる女子に、良いところを見せたいって気持ちはな」
ヴィクトルは目を丸くした。
「そんなに顔の良い王子様でも、か?」
「困ったことに、顔にも家柄にも興味がないタイプらしい」
オディロンとヴィクトルは顔を見合わせ、互いに苦笑した。
・ブクマ
・下の☆☆☆☆☆で評価
・レビュー
等々をいただけると励みになります!




