幕間 マツ=イチジョウの就職
マツ=イチジョウ
右のもの、魔力練達のものであり、宮廷魔道士としての力は充分であると考える。
願わくば、宮廷魔道士として末席を占めさせるように願う。 老師
短い推薦状を携えて一人の女性が城の一角、魔道士の塔と呼ばれる塔の受け付けに現れたのは、ジュザが西の離宮について数日のことであった。受付も推薦状の署名が老師であると知って上層部へ、上層部も同様で結局は最上級の宮廷魔道士会議である、宮廷魔道士筆頭と4人の評議員による、宮廷魔道士の最上級会議で諮られることになった。
「で、そのマツ=イチジョウはどの程度の人物なのだ?」
「とりあえずブックを出させました。ダブルブックのようなことはなく、通常のブックに、使える魔法が浮かんでいました。使えるのは生活魔法の他、魔法の矢<マジックアロー>と力場魔法<フォース>、体術を向上させる<パワー>、防御壁<シールド>の4つだけです。ただし、どの魔法もレベルは恐ろしく高い。魔力の測定も行わせておりますが、測定上限の50をを越えています」
さすが老師の愛弟子、というところである。もとより老師直々の推薦状を持参したということであれば宮廷魔道士にしない訳にはいかない。だが、初級魔法だけで魔力をこれほどまでにあげるというのは、並ではない。魔道書を一通り見せれば、上級の魔法であってもすぐに実用レベルまで上がるだろう。そうなれば、我々の立つ瀬がない。
「流石は老師の愛弟子、というところだが、どこかに適当なポストは空いているかな?」
「それ以前に、結婚を控えていると聞いているが、結婚後も軍務につくのか? たしかレイゼイ子爵と婚約中のハズだ」
とりあえず無役として控へ回す、ということでポストの問題は可能な限り後回しにした。無役のまま結婚、退職というのが一番良い。
「で、確認だが、生活魔法以外には4つだけなのだな?」
「ブックで確認したところ、そうなるようです」
魔法は、実に多岐にわたる。どのような魔法があとどの程度の威力を持ちあと何回位使えるのかを示す生活魔法がブックと呼ばれる魔法である。他にも、簡単な履歴や叙勲等を書き込んだり消したりできるメモリ、印鑑に当たるシールと合わせて、この世界ではブックがそのまま履歴書であり、特に魔道士としての力量についてはブックと魔力を見れば大体は一目瞭然である。因みに非常に似た生活魔法にメモがある。こちらは小さなメモ帳を召喚して使うものではあるが、時間が経つと消える上、公的な証明にも使われないという違いがある。
ブックを改竄する、というよりももう一つ別の人格を偽る魔法であるダブルブックも存在しているが、扱いが難しい上、ブックにダブルブックを表示させないようにするには並大抵の技量では済まず、ブックを確認した時点でダブルブックがあればプライベートを隠しているとみなされる。一部の芸能人以外、ダブルブックを使うものは珍しい。
「特殊任務などでつかった特殊魔法を撃ち尽くさせてブックから消している、という可能性はないか?」
「であれば特殊任務についていたということだ。宮廷魔道士にはふさわしくない。だが、例えば火の矢<ファイヤーアロー>辺りまでを撃ち尽くしたというのか? だとしてもそれは考えにくいな。簡単な魔道書を何冊か読ませればすぐにばれるからな」
「特殊魔法についてはひとまず置く押して、魔力が説明できないな」
ぽつり、と思い出したように年かさの評議員が言った。
「……そういえば老師の実験体、だったか。」
その場にいた全員の視線が集まった。
「まだ魔道大学に儂が居った頃だから、もう10年以上前になるかな。老師が生活魔法以外ではその四つだけで魔道の奥義にたどり着ける、という説を唱えておってな。儂等他の教授陣は皆、阻害魔法や混成魔法をはじめとした様々な魔法をある程度使えなければ、魔道の奥義など程遠いと言っておったのだが」
評議員はため息をつき、続けた。
「いやはや、本当に育てるとはな。老師のことだ。レポートもあるまいよ」
といって、重用してどこかのポストにつけるというのも難しいし、魔道書を読ませて鍛えると自分達の地位が危うい。現にシールドを担当している評議員の一人は、既にシールドの技量でも負けている。集団で儀式魔法として使っても、彼女単体と強度はそれほど変わらないだろう。
だからといってすぐに職を追われるわけでもないだろうが、地位を脅かされるのは考えるのも嫌なほどだ。
「それでは縁がなかったことに、という訳にもいけないな。老師の紹介状を以てこれだけの力を示しているのだから、他の国に行かれてはそれこそ困ったことになる。最悪の場合、レイゼイ子爵領ごと皇国に引き抜かれる。我々への処分もあり得るだろう」
「魔道大学に引き取らせるのは?」という意見は「引き取らないから紹介状を持って本人が来たのだろう」と一蹴される。
かくして、鳩首相談の結果、当面は無役とし、訓練も免除とする、出仕するに及ばず、ということになった。要するに触らぬ神に祟りなし、誰もかれも、国全体の力の底上げよりも自分自身の権力の方が大事なのだ。
結果が出るまで三日、マツは既に自宅にはおらず、近隣の森に狩りに出かけていた。就職がどうあれ、とりあえずの食いぶちは自分で稼ぐ、という名目であるが、本当は屋敷に閉じこもるのが嫌なだけだった。別に父も兄も嫌いではないが、家でじっとしていられない、という性分なのだ。
もっとも、結果が出た年の秋には結婚についての話が上奏され裁可されたので、ジュザ王子付の傳役という役職に抜擢されたのだが、それはまた別の話である。といって、ジュザ王子付傳役というのは元々つける必要のある役職ではあるが、閑職であり、傳役だけは名目職として名代にやらせるわけにもいかないため、だれも付きたがらなかった、というのが本当のところだから、体の良い王都からの追放と考える宮廷魔道士も多くいた。




