0-9 神獣
気が付くと白い空間にいた。ここは最初に来た神々の空間であると直感した。確か寺子屋で魔力の練り方を習っていて、練っていたら額から光があふれ出たところまでは覚えている。魔力を練れば練るほど段々その光が強くなってきて、面白くなってどんどん魔力を練っていたところまでは。
で、この空間である。
あれか? 魔力を練りすぎて死んだとかそういう話か? 練りすぎの反動とか、聞いてないよ。
「お久しぶりなのれす。そなたのことはみてたれすが、元気にしてたれすか?」
この声も久しぶりだ。セト神。俺をこの世界に引きずり込んだ神様。いや、コピーした、だから少し違うか。
「元気も何も、魔力を練っていて練りすぎて気が付いたらこの空間、ってことは、ぱちん、血だまり、お終い。そういう話だろう?」
「違うれすよ?」
怪訝そうな顔をしてセト神が言った。
「単にきぜつしただけれす。ねった魔力を元にげんじゅーを送り込もうとしたら、ちょっとしっぱいしただけれす」
……何だ、その失敗というのは。嫌な予感しかしないぞ。
「安心して良いぞ。失敗とは言っても、結果的には成功かも知れぬしな」
野太い声がした。この声はトール神である。セト神よりも頼りになる。
「失敗というのはだな、お前の幻獣のことだ」
というと?
「お前の魔力とセトの神力、これを混ぜて幻獣を作るという予定であった。しかし、お主の魔力がいささか強すぎてな」
「セトの力をごっそりもってかれちゃったなのれす」
「ということだ。今は見た目も言動も5歳児相当位だが、昨日までは12歳かその位までは回復していたのだ。……あぁ、話が飛躍しすぎているな。少し説明しよう」
説明を簡単にまとめるとこうだ。
神は信仰の力を糧にして成長する。つまり、最初に会った時も今も、かなり力を使いはたしている状況、ということらしい。回復すると大体は20才~40歳位の見た目になる。まれに老人の姿まで成長する神もいるが、その最盛期の年齢の姿で止まり、力を相当使いつくさなければ若返ったりはしないらしい。因みにセト神は20才過ぎの出るところが出ているグラマラスな女性の姿が「真の姿」だそうだ。
失敗というのは、信仰の力でこの1年ほどで12歳程度の姿にまで回復していたのに、俺の幻獣を作る時に持っていかれたせいで振り出しに戻った、とこういうことらしい。
「はっきり言うが、今回のお主の幻獣は、幻獣どころの騒ぎではない。神獣と言うべき代物だ。簡単にいえば、この3年近くの世界全体の信仰心の5%に匹敵する神力とほぼ同等の魔力を練り上げて作られたものだ。本来ならこんなに早い段階で渡すべきものでもないしその予定でもなかったのだが、少し事情があってな」
「事情というと?」
「老師だ。あれがお前を直接指導している。幻獣も早めに渡した方が、色々と話が早いし、奴も幻獣を指導に織り込むだろうからな」
「老師って何者なんです?」トール神に聞いてみた。何か知っているはずだ。もしかしたら行方不明の神かもしれない。
「よく分かららぬ。神ではない。ただの人だ。ただし、恐ろしく長命な、な。セト以外の7柱のうち誰かが事情を知っているかも知れぬが、我もセトも知らぬのだ。……と、そろそろ時間か。目覚めるのだな」
「しんじゅーによろしくれす。半分はセトれすから、かあいがるれすよ」
そうして俺は目が覚めた。
まずいまや寺子屋となった会議室の天井が見え、周りに集まる人々、ことに母さやかとイオ、それにレイゼイが心配そうにこちらを見ていた。マツも見ていたが、彼女は単に魔力切れで気絶だと分かっていると見え、それほど心配していないようであった。
頭を一つ振り、大丈夫だからと一声かけるとレイゼイが怒ったような声で言った。
「大丈夫だから、ではありません。何ですかあれは。魔力の練り方をどこで習い、いつ練習していたのですか」
レイゼイは、大方老師かマツがこっそりと教えたと思っていた。
「さっき老師に習ったのが初めてだよ。本当だよ」
老師は、自分が疑われているのをよそに、卵を調べていた。
「魔力は、……ジュザ王子のものじゃな。それにセト神か。……なにやらたくらんでおるのか、厄介な。しかもこの状況では後は生まれるだけか。壊しても、既に孵化直前か。野生で孵り不確定要素になるよりは手元で孵して育てた方がよさそうじゃな」
俺が目を覚ましたのを見て老師が言った。
「ジュザ王子、目を覚ましたらこちらへ来て下され。魔力切れでふらつくでしょうが、ま、深呼吸して少し魔力を練れば治ります」
珍しく畏まった口調だと思いながら、俺は少し魔力を練った。確かにすうっと楽になった。そして導かれるままに老師の前に、巨大な卵の前に座った。
「手をかざして、そう、そしてこの子に形を与えてあげなされ。王子の魔力を注げば、すぐにでも孵化するでしょう」
手をかざすと、頭の中にイメージすればその形の神獣が出来る、というのが理解できた。が、今一つイメージが固まらない。竜も何か違う。確かにドラゴンライダーはロマンだが。ペガサスも格好いいが、あれはどうやって乗るんだ? 普通の馬に乗るように乗ったら確実に羽根がぶつかる。フェニックス。うん、鳥系は確かに偉そうだが、問題は乗れないことだ。
大体、大きすぎても迷宮に入る時に持ち込めないだろうし、なにより飼う場所が困る。かといって小さすぎても弱かったりしたら難しい。
考えていると時間切れになったらしい。卵が割れた。
どろりとした液体が出てきて、出てきて、……本体は? 空ってことははずれ? イメージできなかったからか?
どろりとした液体と卵の殻、その液体にまみれた少年。
何の図だよこれは。
卵の中を覗き込んだが、中には液体以外何もなし。というか、液体も残らず漏れ出てしまったのか、卵の殻の中は空である。神獣を選び過ぎて、結局何も手に入りませんでしたとさ。めでたしめでたし。
じゃねぇよ。欲張りは何も得られない、ってどこの日本昔話だよ、それ。
えー、おほん。取り乱した。
老師も唖然としているのか、何も言わない。自信満々に「形を与えて孵化させろ」と言っておいて、中身が空なら、面目丸潰れも良いところだ。ここはひとつ、こちらから声をかけて助け船を出す方がよかろう。
「あの、老師……」
「素晴らしい」老師が、こちらが言い終わる前に声を出した。
「不定形の幻獣、いや神獣は初めて見ましたわい。形あるものは皆滅びる。さりとて形なきものは役には立たず。形なき形あるもの。いや、素晴らしいものですな」
どういうことだ?
「ジュザ王子、試しに人型をイメージしてみなされ」
言われたとおりに人型をイメージする。とりあえず、視界に入ったイオをイメージした。するとどろりとしたものが姿を変え、イオになった。服も同じものを着ている。今見えているイオそのものをイメージしたからだ。
皆、唖然とする中、老師の「今度は剣を」と言うので普段の竹刀をイメージする。するとイオだったものは姿を変えて竹刀になった。持ってみるといつもの竹刀と全く区別がつかない。「今度は箸を」というので普段使っている箸をイメージする。普段通りの箸と同じものになった。塗りがはげているところまで再現されていて少し恥ずかしい。
老師が説明を始めた。
「ジュザ王子の神獣は、いかなる姿にも変じます。無論、限界はあるでしょうけれども、大きさも、形も、重さも、硬さも、おそらく数も。何もかもイメージした通りのものに変じます。幻獣・神獣の類ですから、王子が生きている限りは死にませんし餌なども王子の魔力以外一切不要です。それも神獣の類ですので、回復しきった後の余剰で充分でしょう」
老師の口調が改まっている。なんだか老師ではないみたいだ。
「……と。まぁ、なんじゃな。長生きはしてみるものじゃの。これだけのものを見ることができるとは。それもこの時期に。神獣使いは何人か見たが、ここまでの神獣は初めてじゃ。それも、大抵は全部自前の魔力で作る紛い物だったが、どうじゃこれは。半分以上この世界の神が関わった、正真正銘の神獣、それも誰かから貸し与えられたのではなく新しく生まれた神獣じゃ」
しかしこの時期にか、と心の中で言いながら、老師は皆に声をかけた。
「今日はおしまいじゃ。魔力の練り方は練習すればするほど上達する。練り方の次の段階についての講義は10日の後に行うので、それまでは自主的に練っておくように。一応午後は毎日、食堂にいるので、練り方について聞きたいことがあればいつでも来るように。ああ、今日これなかった者は明日にでも食堂に顔を出すように伝えておくようにの。では今日はここまで」
皆が出て行った後、獣人族のおじさん(名前はなんだっけ)に真剣な顔で「王子、イオ様の服を着ていない姿を一つイメージしていただけませんか」と言われたが、俺が断る以前にマツがいつ抜いたのか匕首を逆手に持ち背後から首筋に当てながら、にこやかに「そういうことはいけませんよね」と言っていた。
勿論断った。
背筋が凍る程怖いとはこのことだと、実感した。
とりあえず、神獣である。普段は腕輪をイメージして腕輪にして持ち歩くことにした。重さもほとんどゼロに出来るため、重さも感じないし邪魔にもならない。見た目は少し細めのブレスレッドである。
最初は指輪にしようかと思ったが、指輪は王子がつけるにはあまり宜しくない、ということなので、この形にした。




