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第三話:【速報】ピザ氏、ギャルゲーをたしなむ。【前編】

大変お待たせしました、第三話投稿いたしました。色々言ってますが、やってることはただのギャルゲーです。ホラーのつもりがどうしてこうなった。

 とある噂が、学校でまことしやかに囁かれていた。


 誰が言い始めたか、そして何故広まったか分からない噂────七不思議が。


『独り歩きするギャルゲー』……それがその七不思議に冠された名前だった。


 聞く限りではとても、恐怖を醸すような雰囲気があるようには見受けられないだろう。


 ……ここに、一人の少年の実体験を語る用意がある。

 彼は奇しくも、この七不思議を身をもって体験し、その内容を味わった数少ない生き証人である。

 その経験を、意図してかそうでないのか、彼は後に誰かに話すようなことは一切しなかった。


 果たして彼は何を見て、何を聞いたのか。


 それでは早速、ご覧いただこう。



■ ■ ■



「────『嬉し恥ずかし大忙し! 〜どきどきっ☆えんむす恋ぷろじぇくと〜』……?」


 ある朝のホームルーム前の時間、体格も声もゴツい拓二はそんな珍妙な名前を口で反芻した。

 学校の自分の席に着くと、その机の上に何故かポツンと置かれていたのだ。


 もちろん、拓二に心当たりは無い。そもそも自分の家にゲーム機と言えば、古き良きスーパーファ○コンしかない。最新のゲームで遊びたければ、もっぱら友達の大和の家で遊ばせてもらって済ませている。

 このプ○ステ2(これも十分古いが)対応ソフトでは、もらっても遊ぶことが出来ないのだ。


 結局、誰かが置き間違えたのだろうと思っていると、


「お、お前……そ、それはっ……!」


 ちょうどそこにいた大和が、何やら面倒臭い誤解を生んでいる感じで拓二を見ていた。


「ついに、二次元に走ったか……!」

「いや、俺のじゃないぞ」

「お前のじゃない!? かっ、借りたのかっ? そこまで思い悩んで……」

「聞けよ」


 案の定面倒臭かった。

 釈明しようとしても、こうなった大和は話を聞きもしない。


「言ってくれればいくらでも貸してやったのに、同志よ……俺にかかれば女装ものから【ピー】もの、果てには『流石お兄様』と妹キャラから褒めちぎられ周りからチヤホヤされたりされるやつまで何でも────」

「やめろ、なんかそれ以上言うのはやめろ」


 実に恐れ知らずな奴である。これ以上は消されそうなので、拓二から止めに入った。


「俺のじゃない、いつの間にか置いてあったんだ」

「ふーん、そうなのか」

「むしろお前のものじゃないのか? ゲームなら山ほど持ってるじゃないか」

「いや、これは俺持ってねえなあ。てか今時P〇2て……」


 どうやら大和も本当に知らないようで、イタズラといった可能性は無いらしかった。


 ではこれは一体なんなのだろうか。


「どうすんだ、それ?」

「うーん、先生に渡して預かってもらうか……」

「それを見せるのに躊躇いないお前って、なかなかの度胸だよな。恥ずかしくないんか」

「いや、別に……」


 と、その時、学校のチャイムが鳴り響き、校内放送から聞いたことのある声が耳に届いてきた。


『二年B組、大園拓二くん。二年B組、大園拓二くん』


「お、淡島先輩だっ」


 いち早くその声に反応した大和が、語調を弾ませる。

 一方呼ばれた拓二は、何故呼ばれたのか、その理由が特に思いつかないことに首を傾げていた。


 放送の向こう側で蓮子は、こう告げた。


『お伝えしたいことがあります。放課後、「嬉し恥ずかし大忙し! ~どきどきっ☆えんむす恋ぷろじぇくと~」という名前のゲームを持って、文学部部室に来てください』


「「もっとやべえ人がいたっ!?」」


 その一切の恥じらいのない放送が校舎中に響くと同時、二人は仲良くツッコんだ。



◼︎ ◼︎ ◼︎



「来てくれたね、拓二くん」

「そりゃ来ますよ。あんな呼び出し方されれば」

 

 放課後、言いつけ通り拓二が文学部の部室に顔を出すと、既に件の人物はそこにいた。蓮子は某ゲン〇ウさんのポーズで待っていた。その横にいるささらも拓二にぺこりと会釈する。

 二人は、いつにもまして真剣そうな、深刻な顔つきをしているように、拓二には見えた。


「ええと……これはどうしたんですか?」


 しかしそれ以上に、拓二が目を引いたのは、その部室の内装そのものである。

 見慣れないものが、机の上にどんと置かれていた。


「うん。今回無理言って、特別に置かせてもらったんだ」


 それは、テレビとゲーム機……P〇2の本体であった。


「おっほ、P〇2だ! なっつ! クソなっつ!」


 拓二の後ろから、(勝手に)ついてきた大和が声を上げる。部室内のテンションと比べ、かなり浮いていることに彼は気づきもしていないのだろう。


「ああ、宮路くんも来たんだね」

「お、おはようございます淡島先輩! きょ、今日もとてもお美し……」

「まあ今回はちょうどいいかな。さっそく説明するから、宮路くんも拓二くんもそこに座って」


 ばっさり言葉を断ち切る蓮子に、大和は静かに肩を落として椅子に腰かけた。ワックスで突っ立った髪が心なしかしょげている。拓二も、それに倣っていつもの席に座った。

 用意されているP〇2を見る。既に接続も済ませているようで、いつでも使える状態だ。

 

「……まさか、これでゲームをするんですか?」

「察しがいいね。その通り」

「このゲームも……先輩が?」


 拓二は、前回の舞原萌子と行った『チキチキ☆人間そーごーりょく勝負』のことを思い出していた。

 蓮子は色んな企画を持ち込んで、拓二やささらに持ち掛けることがしばしばある。自分達が面白くなるようなことなら、かなり無茶を利かせてどんな大がかりなことでもするのだ。

 彼女は周りの人間に比べて賢く、優秀であるゆえに、つまらなく過ぎていく毎日に娯楽を求めているのだろう。


 そんなわけで、今回も彼女のお遊びもとい悪ノリの一つだと考えていたのだが────そんな拓二の問いに、蓮子は首を横に振った。


「ううん、違うよ。今回は、私は何もしてない」 


 普段自分の面白半分に巻き込んでいる自覚はあるのか、そのように答えた。

 が、そのはっきりとした物言いや表情から、どうやら本当に彼女は何も企んでいないらしい。そのことが、彼女と親交のある拓二には窺えた。


「もしかしたら今の状況は、かなり大事かもしれないの。でも、まずは話しておくね……最近この学校にひそかに広まってる噂について。みんな、まずは聞いてくれる?」


 その真剣な瞳で、現状の深刻さを訴える。

 拓二は、自然とその巨体をピンと張った。


「『独り歩きするギャルゲー』……最近、生徒会にも議題に挙がっている七不思議の名前なんだけど。これが名前に騙されちゃいけない、かなり危険な七不思議なんだよ」



■ ■ ■



 蓮子が言うには、その珍妙な七不思議の顛末はこうである。


 ある日、何の前触れもなく、机の上にギャルゲーが置かれているのだ。

 そのゲームはもちろん机の持ち主のものではなく、クラスの誰に聞いても心当たりはない。


 彼は誰に言っても信じてもらえず、結局は返されてしまう。仕方なく、そのゲームを家に持ち帰ってしまうのだ。

 まずおかしなことに、そんな一見して気味の悪いゲームソフトをどうしてか捨てる気にはなれないらしいのだ。それどころか、しばらくして所有者はどうにかして、そのゲームをプレイしてみたいと思うようになるのだという。


 ゲーム機本体を持っていようがいまいが、気付けばゲームを開始していた自分がいた、が証言者の言い分であった。


 ゲームの内容そのものはただのギャルゲー……主人公で転校生の男子高校生が、何人かの個性ある女友達、ヒロインと親しくなり、うち一人の個別のストーリーをクリアすることで恋仲になってハッピーエンド、が主な目的である。

 物語には展開上分岐となる選択肢がいくつか用意されており、主人公への好感度の上がり下がりによって、物語は良いエンディングを迎えることもあれば、破局などの後味の悪い幕引きで締めくくられることもある。

 

 とまあ、ここまではまだ普通の話だ。まだ大きく取り上げる話でもない。

 しかし、ストーリーを進めていくうちに事態は変化を、否応なしに味わうこととなる。


 例えば選択肢を誤り、傷ついた女の子に甲斐性なしの主人公がビンタを食らったとしよう。

 すると、実際のプレイヤーにも、同じ場所にその痛みが走るのだという。


 例えば廊下の角で、うっかり主人公とヒロイン候補が頭と頭を打つとしよう。

 すると同じく、その打った額が痛みを帯び、赤く腫れてしまうのだという。 


 主人公が感じた痛みをプレイヤーが受け、主人公が感じたことをそのままプレイヤーも実感として共感してしまうというのだ。


 そしてBADエンドの一つには────終盤に主人公が事故を起こしてしまう、というものもある。

 もし間違えてこれを選んでしまえばどうなるか……想像には難くない。


 さらにもう一つ。あるBADエンドまで進み終えたそのゲームは、持ち主を傷つけた後に、忽然とその元からなくなるのだ。

 そして、また別の人間へ、別の人間へと、繰り返すようにその机の上に置かれる。

 あたかも、ゲームが独り歩きしているかのように。


 これが七不思議、『独り歩きするギャルゲー』の全容である。

 そう、つまり────



 正しい道を選ばなければ────最悪、拓二の命の危険まである、ということだ。



■ ■ ■



「……い、いやいや、そんなアホな」


 それを聞いていた大和が、一番最初に率直な感想を告げた。


「たかがギャルゲっしょ? そんなん、よく出来た嘘に決まってんじゃないすか、ありえないっすよ」


 それは、至極まっとうな言葉であった。

 たかがゲームで起こったことが現実になるなど、あり得ない。当たり前のことだ。

 本来、そんな突拍子もないことを大真面目に話している蓮子がどうかしているのだ。


「っていうか、もし仮にそれが本当だったとして、今ここで壊しちまえばいいじゃんかよ! ほら拓二、お前の脂でべっとべとにしてやれ!」

「無駄だよ」


 しかしそのことは重々承知なのか、大和の言葉に一つうなずき、こう答えた。


「もし壊しても、別のものが机の上に戻ってくるらしいの。誰かがいたずらで置いたとか、そんなんじゃなく……ね」

「いやいや、ないですって。うっそくせー」

「……私は一人、実際にプレイした子に直接会ってきたよ。その『嬉し恥ずかし大忙し! ~どきどきっ☆えんむす恋ぷろじぇくと~』をね」


 蓮子の目が、拓二の持ってきたそのソフトを見る。


「その子は高校一年生の男の子でね、右足を骨折して……今、病院にいる」

「!!」

「物語の主人公は、勘違いの末のすれ違いで衝突した女の子に高いところから突き飛ばされたらしいの。そしたら……」


 そこから先は言わず、蓮子はこう続けた。


「……私は今、七不思議の内容とその子の言い分を話しただけ。仮に七不思議がただの偶然だったり嘘であるのなら、それでいい。むしろそっちの方が、拓二くんにまで危害が及ぶことはないからね。でも今、この不穏な噂が確かに学校で広まってる。このままじゃ余計な尾びれまで付いて、学校中が混乱しちゃうかもしれない」


 七不思議そのものというよりは、その内容が及ぼす影響を危惧する言い方に、拓二を含め後輩三人は感心していた。


 確かに、これはあまり表沙汰になるのは避けたい内容かもしれない。

 一見、悪ふざけのような名前とその内容の馬鹿馬鹿しさも、裏を返せばそれだけ生徒にも印象的で、かつ恐怖を感じにくいという点から、這い忍び寄る脅威を実感するまで計り知れない。

 一度合わせてふざけてみたり、あるいはろくに取り合わなければ火傷では済まないのは明らかだ。そうして、警戒することもままならずにプレイしてしまい、痛手を負ってしまう。


 かと言って、もしこれが深刻に捉えられれば一転、かなりの大事になりかねない。まともに恐怖を示唆したところで、混乱は必至だろう。


 なんと理にかなった七不思議であることか。高校が舞台というのも、実に合理的で効果的だ。

 不幸の手紙、口裂け女といった都市伝説に共通して感じられる、仕組まれた悪意。

 これは、一種の罠なのだ。


「今回、拓二くんの元にこのゲームが来たと知った時……私は生徒会長として、このゲームの真偽をきちんと確かめておかないといけないと思ったの」


 このまま野放しには出来ない────事態を見抜けた蓮子だからこそ、紡ぎだせた結論であった。


「ささらちゃんにはさっき話して、そしたら協力してくれるって言ってくれた。ここでのことは、今ここにいる四人にしか知ることはないよ。だから無理に、とは言わない」

「…………」

「けど……」


 すっくと立ち上がり、蓮子は拓二達に向けて頭を下げた。


「────生徒会長として、お願いします。拓二くん、そして出来たら宮路くんも。どうか、この問題の解決に協力してくれませんか?」


 じい、と拓二はその姿を見ていた。

 蓮子の、いつにもなく真剣な様子を見て、断るという選択肢は無かった。


「……お菓子と、コーラを用意してくれますか。ああ、長丁場になったら、夜食も欲しいかな」


 その言葉に、ぱっと頭を持ち上げた蓮子。

 ささらも、そして大和も拓二を見る。


「お……おいおい!? お前本気かよ、こんな冗談まともに取り合って……」

「お前こそ何言ってんだ、大和。冗談も本気も何もない、ちょっとやったことないゲームを皆でしてみよう、ってだけだろ?」


 言うと、グググとどこぞの第三部の劇画風に顔つきを変え、


「それに……! 本当に不思議なんだが、俺にこのゲームは壊せないッ……プレイしなきゃーーーーいや!〝このゲームをプレイしないといけないという雰囲気、『スゴみ』ってヤツを、今俺は感じているッ〟」

「こ、こんな時に冗談はやめろって……! 面白くねーぞ……」

「いや……事実、触った途端に、このゲームに興味が出てきてる自分がいるんだ。話の通りなら、いつの間にか遊んでいたっていうのがこのことかって、なんとなく分かる」

「……で、でも」


 それまでずっと黙っていたささらが、おずおずと口を開いた。


「でも、もしかしたら、け、怪我しちゃうかも……しれないんだよ……? あ、淡島先輩の言うことが、ほ、本当だったら、だけど……」

「七不思議が本当でも嘘でも、どうせやらないといけないんでしょ? 無事に終わらせられたらいいわけだし、だったら、まあやります」


 取り出したディスクには、ピンクの色合いの中に『嬉し恥ずかし大忙し! ~どきどきっ☆えんむす恋ぷろじぇくと~』の題名が書かれていた。


 見た目的には、そんな恐ろしいいわくつきのゲームとは思えない、ただみんなでギャルゲーを遊ぼうとしてるだけのようだ。

 学校を救う、という名目が間抜けに聞こえるほど、ただのギャルゲーである。


「大和は先に帰っててくれ。元々お前は関係ないことだしな」

「……チッ」


 拓二が気を遣ってそう言うも、かえって苛立たしげに大和は舌打ちをこぼす。


「お前……ゲームっつって、こないだやってたのファ○コンのマリオだったじゃねーかアホ……」


 その憤りには、単なる怒りではなく、友人への心配を多分に含めていた。


「分かったよ、俺も見といてやる! ギャルゲならいくつかやってるし、ゲーム慣れしてる俺がいたらいいだろ? まっ、噂も七不思議も、そんなもん全然信じてないけどな!」

「ん。それなら……よろしく頼む」


 こういう時の大和は、心強い。そう言うのであれば、素直に力を借りることに決めた。


「ありがとう、二人とも。……頑張って」


 ささらが不安と緊張と心配を露わにした顔を上下に揺り動かし、こくこくと何度も頷いてみせている横で、蓮子が優しく励ます。


 そんな彼女らに、拓二は力強く応えてみせた。


「────大丈夫。ポテチ片手にクリアしてみせますから」



 ここに、一人のピザが、新たな七不思議ーーーー『独り歩きするギャルゲー』に立ち向かう。






不定期連載です。誤字脱字報告、または感想・批評等あればぜひお願いします。

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