初めての実戦訓練
スマルトさん覚えてます? 2話以来の登場です!
実は無駄に美男子な設定ですが、作品中で生きることはないものと思われます。
「全員集まったな」
腕組みをして集まった俺たちを見渡すスマルト。今日は彼とテールベルトの引率で、初めて街の外へ出ることになっていた。
「何度も言うけど、城壁の外は突然何が起きるか分からないから、常に周りに気を配ること。良い?」
いつになく真剣な表情のテールベルトの言葉に、ごくりと息を呑む音が聞こえる。
「まず、今日一緒に行動する2人組を作ってもらえる?」
どきりとした。慌てて華田と紫苑と視線を交わす。華田は魔法特化タイプ、俺と紫苑は近接戦闘特化。となれば、俺と紫苑のどちらかが華田と組むのが妥当だろう。
その場合、もう一方は自力でペアを組む相手を探すことになる。俺としては華田と組みたいのはやまやまだが、俺に負けず劣らず人見知りする紫苑を1人で放り出すのは後ろめたい。
「ねえ、東雲」
背後から唐突に声をかけられる。振り返ると背後に立っていたのは、身長がやや高めの女子。
「……誰?」
「えっ? あたし! 山吹! クラスメイトの顔覚えてないわけ?」
「あ、あーね」
山吹金糸雀。クラスの女子の中心人物だが、以前ほどのカリスマ性や煌びやかさを感じない。メイク道具が手に入らないというのも一因だろうが、ふっくらしていた頬の輪郭も多少鋭くなっているように感じる。拘っていたヘアスタイルも、今はシンプルなポニーテールにしているようだ。
余談だが、パーマは青魔術に分類され、青適性のあった女子が真っ先に習得した魔術の一つである。
「ま、いいや、あんたあたしと組まない?」
「え……俺と?」
「うん。あたし魔法はそれなりに使えるようになったんだけど、近接戦闘苦手でさぁ。あんた殴り合いとか得意なんでしょ?」
「ま、まあ、得意といえば得意だけど」
「じゃあ、決まりね!」
何も言わないうちに話が決まってしまい、戸惑いを禁じ得ない。しかし、
「頼りにしてるね?」
そう片目をつぶって言われてしまえば、もはやそれを覆す手段は俺にはないのだった。
* * *
「そういえば山吹さん、授業出てこられるようになったんだね」
皆で城壁へと進む道すがら、山吹に話しかける。この世界に召喚されてからしばらくの間、ショックで部屋に籠もりがちな時期が続いていたのだ。
「んー、まあね。何、心配してくれてた?」
「別に心配って程じゃないけど、大丈夫かなって」
覗き込まれるように訊ねられて、思わず顔が仰け反った。
「まあ、一時期ほんとやばかったね。全部どうでも良くなって、もう死んじゃおうなってずっと思ってた。ただ、自殺の道具なかったんだよね、手の届くとこに。工夫したらなんとかできたかもしんないけど、痛いのも嫌だったし」
少女は軽快に歩を進めながら、世間話でもするように飄々と告白を続ける。
「だから、あいつらから魔術教わって、それで死んでやったら当てつけになるかなって思ったら、ちょっとやる気出てきたんだよね」
「え、それって……」
彼女の言葉は重すぎて、軽々しく同情の言葉を返すのは躊躇われた。そんな思いが顔に出ていたのか、山吹がおかしそうに吹き出す。
「深刻な顔すんなって。今はそんなこと思ってないし、意外と楽しいこともあるってわかったし。あいつらを許したわけじゃないけど、いつまでもグチグチ言ってても仕方ないって気づいたよ」
「……そっか」
朗らかな笑顔に釣られて、気づけば俺も笑っていたが、内心ではなんとも言えない苦々しさを持て余していた。
「今は、別にやりたいこともあるし」
「やりたいこと?」
「そ、東雲には、そのうち教えるよ」
「おう」
会話を続けるうちに、俺たち一行は城壁の門までたどり着く。門の材質は鉄のような黒い金属。高さは3メートルほどだろうか。いかにも重厚な造りで、蟻の子一匹通さぬような厳めしい威圧感を放っていた。門の上に設置された物見櫓では、強面の門番が俺たちを睥睨している。
俺たちを先導していたスマルトが、一度立ち止まって俺たちのほうに向き直った。
「普段城壁からでる場合は、学校の事務室に書類を提出して、はんこをもらってからここの門衛さんに見せるように。あの門衛さん、顔は怖いが話すとめちゃくちゃ親切な人だから怖がらなくていい」
スマルトの声が届いているのだろう、門衛が複雑そうな顔をしている。その表情を見る限りでは、確かに意外と愛嬌のあるタイプなのかも知れない。
「ここから先は、魔物の領域。もちろん結界の染み出しがあるから城壁の近くには強い魔物はいないが、だからといって決して油断しないこと。いいか?」
「はい」
俺たちの返事を聞いたスマルトは、表情を変えずに踵を返して門に触れる。するとその重量感からは想像もつかない滑らかさで、2枚の黒い板が横にスライドし、道が開かれる。
「引き戸かよっ」
思わず飛び出したツッコミが、隣の山吹と重なった。よく見れば確かに蝶番がない。
「ハモったね」
山吹がケタケタと笑って、少しだけ緊張がほぐれる。門を通り抜けて踏み出した先に広がっていたのは、雑草の絨毯が敷き詰められた、ただっ広い野原だった。
「うわぁ、広い! 草の匂いがする! ねえ見て見て紫苑ちゃん、地平線が見えるよ!」
「千草、ちょっと落ち着いて」
瞳を輝かせる華田と、頭を抱えながらそれを宥める紫苑。じゃれ合う2人をなんとなく眺めていると、ついと肩をつつかれる。振り返ると、山吹が意地悪そうな笑みを浮かべていた。
「ねえあんた、どっち狙いなの?」
「えっ? いや、別に狙うとかそういうんじゃ……」
「良いじゃん、言っちゃいなよ。秘密は守るから」
「だから違うって言ってんじゃん」
紫苑といい山吹といい、なんでもかんでも恋愛に結びつけようとしてくるのが理解出来ない。そもそも、「秘密は守るよ」なんて言うやつはたいていその日のうちに、「ここだけの話」という枕詞をつけて誰かに漏らすじゃないか。
少し腹がたったので、不満そうな表情の山吹を置き去りにして、スマルトの後をずんずん進むことにした。
「この辺りは魔物も少ないが、もう少し離れたら出てくるはずだ」
スマルトの剣呑な声音に、緩んでいた気が引き締まる。
「――来たっ」
突然、紫苑の鋭い声が響いた。紫苑の視線を追うと、空から黒い霧のような物が飛来している。
「嫌、いやぁー」
霧の正体を悟った女子から叫び声が上がる。俺たちのもとへ初めて襲来した魔物は、イナゴ大の茶色い昆虫の群れ。
「慌てるな、あの程度なら体当たりされても大したダメージにはならない。攻撃はちょっと待て」
「そ、そんなぁ」
弱々しげな声を上げた山吹が、俺を盾にするように陰に隠れる。
「まず、相手の魔力を冷静に観察すること。アケガラス、あいつらの属性は何色だ」
スマルトに当てられた紫苑が、目を細めて魔物から漏れ出す魔力を観察する。その間も、昆虫の群れは俺たちとの距離を着実に詰めている。
「緑色」
「よし。そうやって相手の属性を把握することで、対策を立てやすくなる」
そこで、スマルトの講義は中断された。とうとう魔物が襲いかかってきたためだ。先日対峙した小鳥を想起させる、高速の体当たり。とはいえ幸いにも、突進の衝撃は鳥とは比ぶべくもない。ただ厄介なのは、視界を覆うほどの夥しい虫の数。そして一番の問題は、ぶつかってきた虫が自らの勢いに耐えきれず、そのまま潰れてしまうということだ。
「嫌、来んな」
「あーもう、あっちいけって」
「ムリムリ、ほんっとムリ」
振り回した手に虫が上がっては、自壊した虫の中身がぶちまけられる。叫び声を上げた口に運悪く虫が入ってしまい、泣き出してしまう女子もいた。クラス全体が恐慌状態に陥いる中、スマルトは顔色一つ変えず淡々と説明を続ける。
「体当たりしてくるとき、周りの風を操って加速しているだろう。だからたとえば、もっと高い魔力で風の制御を奪ってしまえば、脅威はなくなる」
そう言ってスマルトはテールベルトに目配せを送る。
「よーく見ててねー! wind」
彼女が囁いた途端、周辺にそよ風が吹き始め、突進してくる虫の勢いが収まった。
「じゃあ、さくっと倒しちゃおうか! gathering」
上昇気流がまとわりついていた虫を上空に集める。
「ミズガキくん、燃やしちゃって!」
「あ……はい。flame」
瑞垣の赤魔法で起こされた炎が舐めるように魔物を燃やしてゆく。焼け落ちていく虫の塊を眺めながらため息をつくのは、ベタベタの服を着て気持ち悪そうな顔をした少年少女たち。唯一紫苑の服だけが綺麗なままなのは、突撃してくる何十という虫を全て躱し切ったためらしい。
「clean」
華田が唱えると、俺たちの服についた汚れが綺麗に拭い去られた。それから氷で作ったコップに水を満たし、口に虫を入れてしまった女子に手渡している。
「千草、ありがとう!」
「神! 千草様、マジ女神!」
たちまち華田の周りにできた人だかりが、彼女をあがめ奉り始める。それ程身体についた虫が不快だったのだろう。
「これくらい、本格的な戦闘の間は気にしてる余裕もないんだから、慣れておいた方が良いわよ」
テールベルトの助言に、一様に顔をしかめる俺たちだった。
* * *
腹の底に響くような唸り声。目の前に迫るのはゴリラのように大きな毛むくじゃらの獣。とっさに逃げ出したくなるのを思いとどまり、足を踏ん張って200kgはあろうかという巨体を両腕で受け止め、力一杯蹴飛ばした。
「discharge」
背後の山吹が放った閃光が、一撃で魔獣を気絶させる。肘打ちで首を折りながら、俺は周りを見渡した。
「ちょっと奥に来すぎたかな」
「誰もいないねー」
班別行動になった後、襲い来る魔物を簡単に倒せることに気をよくした俺と山吹は、調子に乗って森の深いところまで入ってしまったらしい。他の班の影が見当たらない。
周りをきょろきょろと見回した山吹は、悪戯を思いついた小学生のように笑みを浮かべる。
「ねえ、東雲」
「なんだよ」
「ここなら何しても、誰にもバレないね」
「何してもってなんだよ」
「だからぁ」
その声は、思いの外近くから聞こえた。振り向いた俺の鼻腔に、ふわりと甘い香りが流れ込む。
「おっきな声が出ちゃうことだよ、分かってるくせにー」
身を屈めるような姿勢をとるので、胸の膨らみについ視線が引き寄せられ、慌てて引き剥がす。
「東雲、顔赤いよ? どーしたの? 何想像しちゃったのかなぁ?」
「べっ……別に何も」
落ち着くんだ、俺。からかわれているだけだ。彼女の言葉を脳内から閉め出して、深呼吸。
そんな俺の様子を意にも介さず、山吹は機嫌良さそうに俺の背中をつつき始めた。
「さっきからお前、何したいんだよ」
「ふふっ」
弾むように耳をくすぐる、楽しげな笑い声。背中をなぞる、彼女の指。首筋に感じる吐息の温かさ。五感の全てが、理性など手放してしまえと叫んでいる。そんな内心を見通したかのように、微笑みを湛えた少女は甘く囁いた。
「――paralyse」
刹那、全身を激痛が駆けめぐる。身体は俺の意思に関係なく跳ねるように反り返り、オオカミの遠吠えのような言葉にならない声が耳の奥に響く。それが自分の喉から迸った叫びだと気づいたときには、俺は仰向けで山吹に踏み付けられていた。




