はじめてのおつかい
「それで、」
無事に同級生たちと合流した後、搬送された医務室で一晩を過ごした俺は、そのまま取り調べを受けていた。取調官は紫苑、隣には華田がちょこんと座っている。
「何があって、あんなぼろぼろになってたの?」
「いやぁ、山吹がちょっと魔力の制御ミスったみたいでさ。あいつの魔力は尽きるわ、音に釣られて魔物は集まるわで大変だったよ。紫苑、助けに来てくれてありがとな。紫苑がいなかったら、俺まじで死んでた」
「どういたしまして」
お礼を言うと、紫苑ははにかむように笑いながら、俺の目を覗き込んでくる。
「だけど、嘘つくのはやめて」
「――嘘? 何が?」
「彩斗って、ほんと嘘つくの下手。どうせバレるんだから初めから正直に言えば良いのに。私たちがどれだけ肝冷やしたか分かってる?」
「そうだよ。あのときの紫苑ちゃんの焦りようったら――」
「千草」
「えー、ダメ?」
紫苑に言葉を遮られた華田が口を尖らせる。
「ダメ」
「いーじゃん」
「良くない」
「むぅー」
「――で、」
拗ねた表情のままの華田を放置して、紫苑は再び俺の方に向き直る。
「何があったか、話せない理由ある?」
「いや、別に、そんな大した理由があるってわけでもないんだけど……」
山吹の立場がまずくなるというのは、この際まあ良い。彼女の身から出た錆だ。俺が嫌なのは、何があったかを話すことで2人に余計な心配をかけてしまうことだ。
逡巡していると、華田が口を開く。
「あたしたちに言えないことって……あ、もしかして、えっちなこと? 薄暗い森の中で、2人きりで……」
「いや、ちげぇよ。何もしてねぇよ」
「彩斗最低」
「だから違うって……そういうのセクハラだからな? 女子から男子でもセクハラにはなるんだぞ?」
必死に言い訳するが、2人のゴミを見るような視線がグサリと音を立てて突き刺さる。
「……分かった、話すよ。でも、誰にも言うなよ?」
「うんうん、分かってるって。あ、でもR18の描写はいらないからね? R15までね」
「いや、絶対分かってないだろ……」
結局、山吹に麻痺させられたところから、順番に話した。俺の話が進むにつれて、2人の顔が次第に強ばっていく。
「東雲くん、そんなこと……」
「ん? いや、別にそんな――って、紫苑、どこ行くんだ?」
華田の柄でもなく深刻な声に顔を上げると、紫苑がいつの間にか医務室のドアに手をかけている。
「ちょっと、用ができた」
「おい、紫苑?」
俺を黙殺してドアを開け放った紫苑は、そこでピタリと動きを止めた。
「何しに来たの」
普段よりも一段低い、紫苑の声。首筋から背中にかけてぞくりと鳥肌が立った。
「あなたには関係ないんじゃない? あたし、東雲に用あんだけど」
仁王立ちする紫苑の向こう側から聞こえた山吹の声も、幾分か殺気立っている。
「会わせるわけないじゃん。あなたみたいな――人殺し」
紫苑の表情は見えなくとも、小刻みな肩の震えが彼女の感情を端的に表現していた。
「……んなこと、あいつに言われるなら仕方ないけど、あんたに言われるの意味分かんない。あんた、あいつの何なの? 保護者かなんか?」
「友だち。あなたは、私の大切な友だちを奪おうとした――それじゃ、不足?」
問いかけへの返事はない。
「ほんとはあんたのこと殺しに行こうかと思ったけど、特別に赦してあげる。今すぐ消えて。二度と私たちの視界に――」
「紫苑」
紫苑の口から次々と飛び出す物騒な言葉に、待ったをかける。
「……何?」
「山吹と、話がしたい」
紫苑は仁王立ちしたまま、微動だにしない。そのまま、誰も一言も発しないまま、時間だけが過ぎる。
「――2メートル」
重苦しい沈黙を破ったのは、華田の声だった。
「それ以上近づいたら、問答無用で排除する。それでどう?」
「あたしはそれでいいわ」
「……そ」
紫苑はふん、と鼻をならして、山吹を室内に入れる。
「東雲」
俺に向けられた顔は疲れ切っているようで、快活なクラスのまとめ役の面影はなかった。
「昨日のこと、本当にごめんなさい。赦してとは言わないけど……殴るでもなんでも、少しでも東雲の気が晴れるなら、なんでも受けるから……」
そう言って山吹は深々と頭を下げる。
「別に、終わったことだし。最後の最後は自分の思いとどまってくれたんだ。気にすんな、ノーカンでいいよ」
「……そう。そっか」
「えっと……もしかして殴られたいの?」
「えっ……? う、ううん! 別に、そういうわけじゃ……」
「ふうん、どうだかなぁー」
「違うってば!」
冗談のつもりで叩いた軽口に、真っ赤な顔で反論する山吹。必死すぎて少し怖いんだけど、大丈夫だよね、こいつ。
「えっと、その……今後なるべく視界に入らないようにするけど、もし何かあたしが役に立てることがあれば、声かけて」
「おう……でもほんとに、そんなに気にすることじゃ――」
「東雲は良くても、そっちの2人が赦してくれないでしょ」
そう言って山吹は、華田と紫苑の方に向き直り、もう一度頭を下げた。
「2人とも、ごめんなさい」
「――もう良いでしょ、帰りなよ」
頭を下げた山吹に厳しい言葉を浴びせたのは、意外にも華田だった。紫苑はその隣で腕を組んで壁に寄りかかり、口を真一文字に引き結んで眼を伏せている。
「……嫌な思いさせたね、ごめん」
その言葉だけを残して出て行く山吹の後ろ姿は、来たときよりさらに小さく見える。静かな医務室に、ドアの閉まる音が響いた。
「山吹だって反省してるんだしさ、何もあんな言い方――」
「無理だよ、そんなの。赦せるわけない」
抑揚のない華田の声。あまりの冷たさに、心臓を掴まれたような錯覚に囚われる。
「俺が気にしてないのに、なんで華田と紫苑が怒ってんだよ?」
「なんでって、想像してみなよ。やられそうになったのがあたしとか紫苑ちゃんだったらって。それでもそうやって言える? 一度でも銃口を向けた人を、『終わったことだから』とか、『引き金は引かなかったから』とか。そんな理由で、笑って水に流せる?」
もし華田が、誰かに殺されそうになったら? もし紫苑が、誰かの悪意のせいで魔物に殺されかけたとしたら? それでも俺は赦せるか?
「――冗談じゃない」
想像するだけで、腸が煮えくり返る。
「だったら」
紫苑が、噤んでいた口をようやく開く。
「私たちにも赦せなんて言わないで。殺されそうになったのにノーカンとか……意味分かんないよ。私、そんなに優しくなれない」
「そっか……ごめん、そうだよな……」
潤む双眸を見て罪悪感が芽生える。紫苑にこんな顔をさせてしまう自分が情けない。
「ごめん、嫌な話聞かせたな」
「え?」
「話さなきゃ良かった、こんなこと。ごめん」
心からの謝罪を絞り出した瞬間、紫苑の眼に溜まっていた涙がこぼれ落ちた。
「違う、そういうことじゃない……そうじゃないの……やっぱ、彩斗は分かってない!」
叫びながら座り込んだ紫苑の肩を、そっと華田が抱きしめた。華田の瞳もどこか悲しそうで、濡れているように見える。
「あのね東雲くん、あたし確かに金糸雀ちゃんには怒ってるし、すごくモヤモヤした気持ちになってる。でもだからって、無理矢理にでも聞きだしたのが間違いだったって、思ってない。だってそうでもしなきゃ、東雲くん、ずっとお腹の底にしまっておくつもりだったでしょ」
「いや、でも俺は別にそんなの……」
「気にしてないって顔してない。気づいてないかも知れないけど、東雲くん昨日からずっと辛そうな顔してるもん。なのになんでそんな……ごめん、ちょっと冷静じゃないや、あたしも。落ち着いて、落ち着いて」
華田は、言葉が帯び始めていた熱を冷まそうとするように、青魔術で作り出した冷気を自分の頭に当て始める。
「あのさ、また明日、お話できない? ちょっと整理する時間が必要なんだと思う、あたしにも紫苑ちゃんにも――それくらい、衝撃的すぎて」
「……そっか、そうだよな。じゃあ、また明日、ちゃんと話そう」
「うん、また明日」
華田は紫苑を立ち上がらせると、口の形で「じゃあ」とだけ伝え、医務室を出て行った。それを見守った俺は、ベッドに身体を投げ出して溜息を吐く。今日は休日、することもないので一日寝ていようか。
見上げた白い天井に、別れ際の2人の顔が浮かびあがる。何をしているのだろう、俺は。一番笑っていてほしい人たちに、あんな顔をさせるなんて。今すぐ追いかけて土下座でもなんでもしたいところだが、何を謝ればいいのかよく分かっていない。
途方に暮れて天井を眺めていると、突然天啓が舞い降りた。
「プレゼントだ!」
そうだ、女の子の機嫌をとるには贈り物。な○う小説にそう書いてあった気がする。前回の週末に稼いだ分もあり、懐はそれなりに温かい。
ベッドから勢いよく跳び降りて、手をグーパーと動かしてみる。手足が思ったように動くのを確認して、俺は医務室を出た。
* * *
「――さて」
勢い込んで市場に出てきたは良いものの、何を買うか、何も考えていなかった。とりあえず、表通りで目に付いた店に入ってみることにする。何の店だろう、ここ。
「いらっしゃいま……アヤト?」
「グルナ、こんなとこで何してんの?」
俺を出迎えてくれたのは「みんなのトラウマ」ことグルナ・スカーレット。実戦形式の授業の度に、か弱そうな細腕で男子を叩きのめしたり、赤魔法で燃やし尽くしたりと、クラス中にトラウマを植え付けたことで有名なクラスメイトだ。
「友人がここで魔道具を作っていてな、休日には手伝いをしているのだ」
「そう……そうなんだ」
「なんだ、その歯切れの悪い物言いは。言いたいことがあるなら言えば良い」
「いや、えっと……可愛い服も似合うんだな……って思って」
「お……おう、そうか……」
小豆色を基調としたワンピースだが、腰に巻かれたリボンベルトが印象的だ。
「何々、グルナ、どうしたのー? お客さん?」
店の奥から出てきたのは、栗色の髪の少年。
「おう、私の……その、ゆ、友人が来ていてな――」
「えぇっ? グルナって僕以外にも友だちいたの?」
「いるに決まってるだろう……なぁ?」
縋るように俺と目を合わせてくるグルナ相手に、しらばっくれるほど鬼ではないつもりだ。
「はい、グルナとはいつも仲良くしてもらってます」
「嘘っ……あのグルナに友だちができるなんて……自分にも他人にもストイックなことで有名で、こないだなんて街中でナンパされて――」
「あーわーーわーー! 何を言っているのか分からないなー!」
必死で声を張りながら少年の口を押さえ込むグルナ。一体何をやらかしたのだろう。
「俺はかっこいいと思いますよ、ストイックなとことか、正義感が強いとことか」
「お、おう……」
「ねえねえ、君、もしかして友人っていうか彼氏さんだったり――痛っ」
一瞬の隙を突いて抜け出した少年の頭に、グルナのげんこつが炸裂する。
「あはは、ただの友人ですよ」
「そうなのかー、残念残念。でも、グルナのお友達なら特別に――うーんそうだなぁ、1割引きにしてあげよう! グルナの彼氏になってくれたら、もう1割引くけど、どうだい?」
「おいコッタ、いい加減にしろ」
「あーはいはぁい。じゃ、グルナ、店の案内とかよろー!」
そう言って少年は、とことこと帰ってしまった。
「うるさいやつで済まないな。あいつはここの店主のテラコッタ。あんなやつだが、魔道具の性能とデザインのセンスは一流だぞ」
「仲いいんだな」
「まあな。物心つく前からの付き合いだ……と、そんなことはどうでも良い。今日の用件は?」
「あー、ちょっと華田と紫苑にプレゼントでもと思ってな」
「プレゼント……何か祝い事か?」
「いや、そうじゃなくて。ちょっと喧嘩……ってわけでもないんだけど、なんと言うか」
「ふむ……要するに女の気持ちを物で釣ろうと、そういうことか?」
「……ちょっと悪意ない? その言い方」
「つまりそうなんだな」
グルナははぁー、と長めのため息を吐く。
「悪いことは言わない。小細工を弄するより先に、2人と向き合え。友人と仲直りするのに、贈り物など要るものか」
「え……でも、女の子の機嫌を取るには贈り物って」
「そんな投げやりに贈られた物が嬉しいわけがなかろう。大切なのは気持ちだ気持ち。馬鹿者め」
「そこまで言わなくても……」
名案だと思っていたのだが、ばっさりと切り捨てられてしまった。
「そんなシュンとした顔をしなくとも良かろう。贈り物をすること自体は否定しないが、何を伝えたくて贈るのかはっきりさせてからものを決めろという話だ」
「いや、それが分からないというか……そもそも自分の何が悪かったのか、分かってなくて」
「ならアヤトは悪くなかったのだろう。別に謝罪でなくとも良い。伝えておくべきこと、伝えられていないことは他にないのか?」
「伝えられてないこと……?」
何かあっただろうか。先ほどのやり取りをもう一度反芻してみても、何を伝えれば良いのか見えてこない。
「大方胸の裡に溜め込んでいるのだろう。すべて吐き出してしまえ、何のための友人だと思っている」
「なんで、そう思うの?」
「アヤトの表情を見れば、誰だって分かる。お前の気持ちの正体までは分かってやれんがな。自分の心に聞け」
「自分の心に……」
「素直になれ。強がるときに強がれるのは強さだが、強がりしかできないならそれは弱さだ」
「別に俺は強がってなんか――」
「それを強がっているというのだ。殻に籠もって脱ぎ捨てることもできないような、そんな弱い人間なのか、お前は」
本当は俺は何を思っていたのだろう。何と言いたかったのだろう。
誰にも言えなくて、強がりの殻の中で1人叫んだ言葉。憤る紫苑の背中を見たときの、偽らない心境。華田の言葉を聞いて、胸の奥に湧いた感情。自分の心に、もう一度目を向けてみる。
「……たくさんあるよ、言いたかったこと」
「そうか。なら、それを全部ぶつければ良い。妙な気遣いをするから、ギクシャクするのだ」
「伝えて、良いのかな。余計困らせちゃったりとか……」
「何を馬鹿なことを言っている。困らせたなら、そのときになって考えれば良いだけの話だろう――あいつらと一緒にな」
「……そっか」
随分と無責任極まるアドバイスだ。なのになぜだろう、背中を押されたような心強さを感じる。
「さあ、では私の店を案内してやろうではないか」
「いや、グルナの店じゃないだろ、ここ……」
「細かいことを気にするやつは女子に嫌われるぞ。こっちへ来い」
グルナと一緒に店内を回り、2人に渡す物を決めたときには既に日がかなり傾いていた。
「はいはーい、毎度ありー!」
「すみません、安くして頂いてしまって……」
「いやいや、グルナの友達だもの、これくらい安いものさ! 2割引きの件も、よかったら考えといてね!」
「コッタ?」
「ひゃー、冗談だって冗談! ではでは、またのお越しをー!」
「テラコッタさん、ありがとうございました。グルナも本当にいろいろと、ありがとう」
2人に手を振って店を出ると、オレンジ色の夕日が眼に入って眩しい。俺は一度大きく伸びをすると、夕食の時間に遅れないよう、寮への帰路を走りだした。
* * *
翌日、がらんとした教室で俺たち3人は向かい合っていた。
「彩斗、昨日はごめん、私の気持ちを押し付けて……」
「東雲くん、あたしも……」
一晩経って、紫苑もだいぶ落ち着いたようだ。
「気にすんなって」
これから言おうとしていることが照れくさくて、一呼吸おいてから口を開く。
「あのさ、2人とも……ありがとな」
「え?」
「ん? 何が?」
「その……助けてくれたこともそうだし、いろいろと心配してくれたこととか、怒ってくれたこととか」
恥ずかしくて、俯いた顔を上げられない。それでも、思っていることを一つ一つ言葉に変えて。
「俺さ、たぶん怒るのとかあんま得意じゃなくて……山吹が悪いのは分かるんだけど、向こうの気持ちも分かるから怒ることもできなくて……だけどやっぱりさ、嫌な気持ちだったんだ、俺も。ただ、それをどうすれば良いのか分からなくて、だからそのモヤモヤを胸の奥にしまい込んで、自分でも忘れてたんだ」
2人がどんな表情をしているのか、確認するのも怖くてそのまま言葉を続ける。
「だからさ、2人が話を聞いてくれて、はっきりと言葉にして怒ってくれて――救われた気分だった。閉じ込めておくしかないって思ってたものを、拾ってくれる人がいるんだって……2人と友だちで良かったなって、そう思った」
「馬鹿。彩斗、ほんっと馬鹿。馬鹿馬鹿」
紫苑が浴びせてくる罵倒は、鼻声混じりになっていた。それにしても、今日はよく罵倒される日だ。
「当たり前じゃん、そんなの! 彩斗が辛い思いしてるのに私だけ笑ってるなんて、絶対嫌」
「そうだよ、東雲くん。怒るのが苦手なら、代わりに怒ってあげる。泣くのが苦手なら泣いてあげる。それで少しでも東雲くんの苦しみが和らぐなら、あたしたちだって嬉しい。友だちって、そういうもんじゃない?」
「華田……紫苑……あり……が……」
胸の奥に押し込めていた感情が、透明な液体になって眼から溢れ出す。人前で泣いたのなんて、いつ以来だろうか。幼い頃から話を聞いてくれる人なんて周りにいなかったから、感情は全部1人で飲み込むものだと思っていた。その強さと引き換えに、何かを打ち明けることも感情を曝け出すことも、こんなに下手になっていたのか。
必死に洟をすすり上げ、涙を止めて、手提げ袋から用意したものを取り出す。
「紫苑、これ」
「何これ」
「その……普段からの感謝の気持ちっていうか……その、言葉だと上手く伝えられなくて」
「え……これ、もらって良いってこと……? そんな、いいのに」
せっかく俺が涙を止めたというのに、今度は紫苑が泣き出してしまう。
「ほんと馬鹿……でも、ありがと」
可愛らしい包装を解くと、細い金属の鎖のようなアンクレットが出てくる。
「黒い石がついてるだろ? 魔力込めたら、蹴りの威力が上がる、魔道具だよ」
俺の説明を黙って聞きながら、アンクレットを左脚に巻き付けた紫苑は、立ち上がって俺に尋ねる。
「似合う?」
「もちろん」
「そ……ありがと」
紫苑から感謝の言葉を受け取って、華田の方に向き直る。
「華田には、これ……」
華田に渡したのは、白い花を集めたようなシュシュ。それぞれの花の中央に、小さな水色の宝石が輝いている。
「東雲くんが選んでくれたの?」
「うん、まあ」
グルナからアドバイスをもらいながらだが。
「そっかー。ってことは、東雲くん、こういう感じの好きなんだ?」
「え、いや、別に、そういうわけじゃなくて……」
「ふふっ、そんな恥ずかしがらなくても良いのに」
耳より上の部分の髪を掬うようにして後頭部でまとめると、シュシュで束ねて顔を綻ばせた。
「可愛い?」
「……うん」
「そっ。ありがとね、大事にするから……ってあれっ?」
華田が何かに気づいたように首を傾げる。
「今日ってあたしと紫苑ちゃんが謝る会じゃなかった? なんであたしたちがプレゼントもらってるんだろう? むしろ逆じゃ……?」
「いいんだよ、2人には十分、もらい過ぎなくらいいろいろともらったから。そのお礼」
「そう? まあ、よく分かんないけど、とりあえずもらっておくねっ! ありがと!」
そう言って華田は、紫苑と顔を見合わせてにっこりと笑う。それは、俺が一番見たかった表情だった。
「これからもさ、なんかあったら変な気使うんじゃなくて、私たちに話してよ。友だちと一緒に悩んであげることもできないほど、小さい女ではないつもりだからさ!」
「彩斗はほんと、私たちがいないとダメ」
笑顔で胸を張る2人の少女。こうして並ぶと胸のサイズの差が――
「彩斗?」
「ごめんなさいなんでもありません」
「――そっ」
俄に緊迫した雰囲気に耐えきれなくなったのか、華田が吹き出す。俺も紫苑も釣られて笑い始めた。
「なんか、真面目な話もっとしようと思ってた気がするんだけど、なんだっけ?」
「さあ――でもきっと、そんな大切な話じゃないさ」
「ふふっ、そっか……そうかもね」
だって、こうして3人で並んで笑っている。それ以上に大切なことなんて、ないのだから
みなさんも、ソーシャル・ディスタンス(2m)は確保しましょうね




