22.第二章十話
ハズヴェイル公爵夫妻は他の参加者たちと挨拶があるからと別れ、オフィーリアたち四人はホールの中心から少し端による。
「それで、オフィーリアの推測だと、殿下とラウントリー伯爵令嬢が来るまではもう少し時間があるんだったかな」
「ええ。彼らの目的は多くの目撃者を作ることだもの。参加者が確実に集まった頃を狙って始めるに決まってるわ」
他家の夜会で騒ぎを起こすなんて無礼極まりない所業だというのに、オフィーリアの罪を暴くためなら仕方ないことだと考えてしまえるところが、あの二人が正気ではないことを証明しているようなものだ。
「オフィーリアに喧嘩を売るなんて、殿下もラウントリー伯爵令嬢も己の力量を弁えていないね」
「あの国王の息子だもの。自身の器を把握しきれていないのよ」
国王としての能力はあっても、その座に相応しい自制心を持ち合わせていない。親子そっくりである。
「その点、スティーヴンは賢いわね」
「あれは実の母親を反面教師にした結果だから」
「過激よねぇ、あのお母様」
「オフィーリアのおかげでそれなりに大人しくなってるし、そこはスティーヴンも感謝してるだろうね」
「だって煩わしくて邪魔だったんだもの」
「ふふ。オフィーリア様ったら」
そんな話をしていると、「それにしても」とクリフォードの視線がブラッドに向く。
「今日はブラッドの機嫌が随分いいね」
「……そうなのですか?」
マーガレットにはわからないようだけれど、クリフォードは気づいたらしい。クリフォードもブラッドとは友人関係なので、無表情からでもある程度は読み取れるようだ。
「俺だけじゃなくて、みんなそうだ」
「みんな? ……ああ、アシュクロフトの人たちか。ブラッド含めてオフィーリア信者の集まりだから、相当腹に据えかねてたんだろうね」
納得した様子でクリフォードは頷く。
オフィーリア信者。スティーヴンがアシュクロフトの使用人やオフィーリアの事業関係者をそう表現したことで、オフィーリアたちの間で定着しつつある言葉だ。
「帰ったらお祝いのパーティーでも開催しそうな勢いだったりして」
「明日だな」
「……さすがオフィーリア信者集団」
「来るか?」
「いや、悪いからいいよ」
冗談で言ったのに肯定されて、クリフォードは少し呆れ気味だった。
それからしばらくして、クリフォードとマーガレットがオフィーリアたちから離れて両親に合流した頃。オフィーリアが入ってきた時のように、ホール内が騒がしくなった。
出入り口を確認すると、フェイビアンとペネロピの姿があった。王太子の登場に参加者たちが驚いているようだ。
フェイビアンとペネロピは、まるでこれから戦地にでも赴くかのような気迫を纏っている。さながら物語で魔王を倒す勇者や聖女のような、主人公のような気分にでも浸っているのだろう。
二人の後ろには、二十代後半くらいの青年がいた。一緒に連れてきたらしくスーツを着ているけれど、立ち振る舞いからして上流階級の教育を受けていないことは一目瞭然で、どうも場違い感が強い。
三人はオフィーリアを見つけると、その顔つきをより一層厳しいものにした。特に、青年は憎悪を込めてこちらを睨みつけている。
そのままオフィーリアの元に突撃するのではなく、三人はひとまずハズヴェイル公爵一家に挨拶をしに向かった。事前に詫びでも入れるのか、はたまた「協力」に対する謝意でも伝えるのか。
「怖い顔ね」
「勝利を確信してるんだろ。滑稽だな」
オフィーリアは笑みを零しながら飲み物を口にした。
それほど時間も経たないうちに、フェイビアンたちはオフィーリアの前に立ち塞がった。オフィーリアは持っているグラスをブラッドに渡す。
「ご機嫌よう、殿下、ラウントリー嬢。お二人がご参加されるとは知りませんでしたので、お見かけして驚きましたわ。それに……そちらは無関係の方ではないかしら」
オフィーリアが青年を視界の中心に捉える。かなり敵意を持たれているようで、相変わらず青年はオフィーリアを睨んでいた。少しは取り繕えばいいものを。
「こちらは警視庁のマシュー・ダウエル巡査部長です」
「警官なのね。他家の夜会に警官を連れてくるなんて、あなたたちどういうつもりなの?」
「女公爵様。あなたの悪行を、この場で白日の下に晒すためです!」
そう宣言したペネロピに、オフィーリアは「――あら」と微笑を湛えて首を傾げる。
「あなた今、懲りずにまたこのわたくしを侮辱したの?」
悠然と構えるオフィーリアと異なり、夜会の参加者たちは困惑を見せた。
「まさかハズヴェイル公爵家主催の夜会でこのような非礼を……」
「またなのか。どうせ返り討ちに遭うだけだろう」
周囲の声は気にせず、オフィーリアは目を細めてペネロピを見据える。ペネロピはごくりと唾を飲み込んだ。盛大に意気込んだものの、緊張はしているようだ。
今度こそという自信はあっても、万が一が頭の中を過っているのだろう。
「いくら寛容なわたくしでもこれ以上は見逃してあげられないと、伯爵家に忠告したはずなのだけれど」
「見逃すも何も、私たちはただ真実を皆に告げるまでだ」
答えたのはフェイビアンだった。オフィーリアは「ふ」と笑う。
「弱い犬がよく吠えますわね」
「……その余裕も今この瞬間までだ」
今のはかなり気に障ったようだ。フェイビアンの眉間のしわが濃くなっている。王族なら表情の管理くらいは仕込まれているはずだというのに、思考が手に取るようにわかってありがたい。
良くも悪くも、両親から大切に育てられたのをひしひしと感じる。兄弟でありながら、やはりスティーヴンとは違う。
「ハズヴェイル公爵家の夜会でこのようなことをされるなんて、ハズヴェイルをも愚弄するようなものであると理解なさっておられるのかしら」
「ハズヴェイル公一家には申し訳ないと思っている。だが、あなたの罪を暴くためにはこれほどのことをしなければならないと、彼らも理解を示してくれた」
その言葉で、参加者たちに動揺が走る。
「ハズヴェイルが許容したのか……?」
「王太子殿下に頼まれて断れなかっただけでは」
「しかしハズヴェイルがこのような非礼に意見できないわけがない」
「ではやはり……」
参加者たちがちらりとハズヴェイル公爵一家を窺う。ホール内にいる彼らはこの現状をしっかり視認していて、それでも何も行動を起こしていない。参加者たちはこれが答えなのかと察して動揺していた。
「あら、おじ様たちが。さようですか」
オフィーリアのあっさりな反応に、フェイビアンは口角を上げる。
「その強がりがいつまでもつか見ものだな」
「どうぞご遠慮なく断罪劇を開始なさってください。――今回は徹底的に潰してあげるわ、王太子殿下、ラウントリー嬢」




