【26.追求と交渉】
リーアンナの心配をよそに、ウォーレスは堂々とダスティンの前に立ちはだかった。
ダスティンはあっといった顔をして、小声でウィスレッジ神官に「ここは二人にしてください」と頼んだ。
ウィスレッジ神官もウォーレスのことは知っていたので食い入るような目で見つめていたが、ダスティンがここは任せろといった態度をとったので、その方が都合がいいとばかりにそそくさと逃げるようにその場を離れていった。
ウィスレッジ神官が行ってしまうと、ダスティンはウォーレスに向き合った。
「おまえ知ってるよぅ。キアナン公爵家のウォーレス殿だよね。エルンストと最近つるんでる……」
それには答えず、ウォーレスは淡々と聞いた。
「おまえがダスティン・ギルヤードだな?」
「あれ、僕ってば有名人」
ダスティンは笑った。
「そうだね。これからもっと有名になれるよ。スキャンダルが明るみに出たらね」
「ははは、出ないよ。ぼくがエルンストを刺したこと言ってるんだろうけど、証拠なんてないしさぁ」
「なんで証拠がないんだよ。刺された当事者のエルンストが、おまえが刺したって言ってるんだよ。おまえを拘束することはすぐできる」
とウォーレスが、あんまり舐めてんじゃないよといった顔で言った。
しかし、ダスティンは少しも動じなかった。
「でも僕が犯人ってのを隠したい人もいるからさぁ、アリバイ偽証してくれる人もいたりすると思うんだよね。だからいくらエルンストが僕がやったと言っても、僕がやってないと言い張ればやったことにはならないと思うよぅ」
「へえ、大人な事情だね。でもさ、これ」
ウォーレスはため息をついたが、あまりに舐められているので、仕方なく、ポケットの中から厳重に布にくるまれたものを取り出した。
ダスティンの目の前に突き出し、くるんでいた布をどけると、どす黒くこびりついた渇いた血が一面に残る短剣。
「あっ! なんでそれを」
さすがにダスティンは顔色が変わった。
ウォーレスは淡々と説明した。
「あの日、刺されたエルンストがおまえの名前を口走ったからね、僕の友人がすぐさま従者を放っておまえを探させた。賢い従者でね。おまえを見つけたけど捕まえず、おまえが何をするか後をつけて見ていた。従者が見たのは、おまえがこの短剣を木のうろに隠したところだった。あんな手入れの行き届いた庭、茂みや水場にでも捨てりゃすぐに庭師に見つかるもんな。かといって、もう騒ぎになりかかってたから身体検査の恐れがあっただろう、だから短剣を持ってるわけにもいかない。木のうろを見つけたのはこれ幸い、短剣を放り投げた」
しかし、そうウォーレスが説明している間にもダスティンは落ち着きを取り戻し、鋭い目でウォーレスを見返した。
「へえ。見てたやつがいたんだ。でもその短剣が僕のだって証拠はないよね」
その言葉に、残念そうにウォーレスは頷いた。しかし少し意地悪そうな笑みを浮かべた。
「おまえのだという証拠はない。でも、おまえにとって嫌な証拠ならある。この短剣が誰のものかってことだ」
「もらいものの短剣だから関係ないかなぁ」
ダスティンがのんびり答えると、ウォーレスは首を傾げた。
「そうかな。マセレステン公爵家の特注品なんだけどな」
ダスティンがぎょっとする。
「え? マセレステン公爵家?」
「そうだよ。イェレナの実家だよね?」
「嫌だなあ。なんでマセレステン公爵家の特注品とかわかるんだよぅ。ただの短剣だろう?」
ダスティンは少し焦っていたが、それを取り繕って聞いた。
「この国の刃物職人は貴族に売るときはただの短剣でも見た目をそれなりにするんだよ。だからだいたいデザインで誰にいつ卸したものか分かるんだ。知らなかった?」
「まじ? でも、僕に渡したのはルシルダだよぅ? なんでマセレステン公爵家の短剣? そこらへんで売っている安物の大量生産品にしとけよって話じゃんか」
ダスティンは少しルシルダを非難するように言った。
「いざと言うときにスケープゴートにする気だったんだろ、おまえとイェレナを。ルシルダにとって事態がどうしても悪くなったら、全部おまえとイェレナのせいにして、私は知りませんってやるつもりだったんだろうよ、ルシルダは」
「はあ~? 何それ、ずる」
ダスティンは憤慨していた。
ウォーレスは同意するように頷いた。
「ずるいよな。おまえはただの捨て駒ってわけさ。でさ、ここでちょっと話まとめようぜ。僕の友人の従者がおまえの後をつけた。そしておまえが短剣を隠すのを見た。その短剣はこれだ。僕の友人の従者はけっこう正確にそのときのおまえの状況を説明できると思うし、その状況なら『そういう人なら私も見ました』って目撃者が他にいると思う。ルシルダはおまえを庇ってくれることになってるんだろうけど、そうすると逆に『じゃあ刺した人は誰?』『このマセレステン公爵家の短剣は何?』ってなる。イェレナは疑惑の目を向けられることになるよ」
「……」
ダスティンはぬめっと光る目をしたまま黙っていた。
しかしウォーレスもここで話を止める気はない。
「ルシルダに言われてやりましたって一言言ってくれればいい。そしたらこの短剣は出さない。イェレナは見逃す。悪い話じゃないだろ?」
ダスティンは「うーん」と唸った。
「どうしよっかなー!」
それからダスティンはウォーレスの方を見た。
「でもさ、ルシルダなら立場利用して、その短剣のこともうまく誤魔化せるかもしれないよね!」
すると、ついにウォーレスが冷酷な目をした。
「どこまで舐めてるの。それでも誤魔化そうというなら、こっちも本気出すよ。ルシルダの力が絶大って思ってる? むしろなんでエルンストが本気出さないって思ったの。エルンストはリンブリック公爵家の人間だね。僕はキアナン公爵家、リーアンナはグルーバー公爵家、セレステはトロニック公爵家。皆それなりの身分なんだ。やろうと思えば僕らだって黒を白にできるし、白を黒にできるんだよ」
その言葉にはダスティンも冷や汗がでた。
「……なかなかエグイこと言うね」
「えぐい? よく言うよ、ルシルダやおまえが言ってることと一緒だと思うけどね。ま、そういうのはルシルダの専売特許じゃないってこと。さ、どうする?」
「……」
ダスティンは黙った。
どうする? 罪を認めるのか? 何か他に言い逃れする方法はないのか?
ダスティンはいろいろ頭で考えを駆け巡らせた。
しかし、そこでウォーレスがため息をついて言った。
「じゃあさ、もう一つ。ブローデが真実を証言してくれるって言ってるんだよ、それでもまだ抵抗する?」
「ブローデが!?」
ダスティンはぎょっとして目を見開いた。
ウォーレスは小さく頷いた。
「君らのやり方が嫌になったんだってさ。で、どうする? 大人しくおまえとルシルダの共謀だって白状してくれたら、イェレナは見逃すけど」
「うーん……」
とダスティンは唸っていたが、やがて、ついに負けを認めるように下を向いた。
「じゃ、そういうことでいいね」
ウォーレスはふうっと大きく息を吐いた。





