【22.セレステの疑い】
さて、リーアンナとウォーレス、バートレットの3人は、馬乗りで表面的には楽しい時間を過ごせた。
バートレットはセレステに告白する決心を固めたし、ウォーレスは始終リーアンナの傍にくっついて「婚約者だから」と堂々と手を握ったり肩に手を回したりした。
しかし、ウォーレスはリーアンナの自己肯定感の低さと、エルンストへの気持ちがまだ強いんじゃないかという思いが胸の奥でくすぶっていた。
バートレットもそれに気付いてウォーレスを心配していた。
それでもウォーレスは紳士然として最後までリーアンナを気遣い、馬乗りからウォーレスの邸に帰った後は、そのままバートレットを自分の邸に留めたまま、用意した馬車に自分もリーアンナと一緒に乗り込み、リーアンナの邸まで送り届けたのだった。
リーアンナの方は、ウォーレスに馬車で送ってもらいながらも、いつにも増して自分を丁重に扱うウォーレスに少し戸惑っていた。
夫になるから? エルンストを忘れさせると言っていた……。
リーアンナはその言葉を聞くと途端に胸が熱くなり、きゅっと胸が高鳴るのを感じた。
自分の中でウォーレスの存在が大きくなっていく。
ウォーレスの笑顔を見ると、エルンストへの気持ちのようにあたたかいものがリーアンナの胸を包み込むのにも気づいていた。
それに、ウォーレスが辞退しない以上、自分はこのままウォーレスと結婚することになるのだ。
夫になる、この人が……
ウォーレスと自分が同じベッドで眠る?
そう思うと、リーアンナはウォーレスが見たこともない男の人のようにいきなり感じられ、そして甘酸っぱいような不思議な感情に包まれるのだった。
しかし、リーアンナ的にはそんな新しく芽生えた感情に浸り続けている場合でもなかった。
馬乗りでウォーレスの存在を感じながらも、同時に頭の片隅に、ずっと一つの言葉がこびりついていたからだ。
それはウォーレスの言葉だった。
エルンストを刺した犯人、イェレナの恋人という男。その男の居場所についてウォーレスは、
「ルシルダの筆頭後援神官のいる神殿だ」
と言ったのだ。
そう、リーアンナはイェレナの恋人ダスティンのもとへ、『夜の散歩』に出かける気でいた。
ウォーレスからの求愛とはまた別なのだ。
エルンストを刺した人物。
ルシルダと繋がっている人物。
この人物を野放しにしておいてはいけない気がした。
ウォーレスがダスティンの居場所を知っているということは、おそらくはウォーレスもこっそり人を遣り、ダスティンの動向を探らせているはずだった。
まだダスティンが捕まっていないということは、泳がせて情報を探っている最中なのだろう。
エルンストを刺した証拠から順に、芋づる式に、ルシルダまで辿り着こうと思っているとウォーレスは言っていた。
しかし、ダスティンだってバカじゃないだろう。
追手が放たれていることくらい承知済みのはずだ。
しかも、このたびリーアンナがブローデに鎌をかけたことで、ダスティンの存在がリーアンナやエルンスト側にバレていることだって把握しているはずだ。
ダスティンの警戒心もより一層強くなったに違いなく、いろいろ探るのは骨が折れる事態になっているだろう。
リーアンナのせいじゃないとウォーレスは言ってくれているとはいえ、リーアンナは自分にも責任を感じ、できることはしようと思った。
私なら、誰にもバレずに尾行できる。話を聞ける。ダスティンの行動を探れる。『夜の散歩』なら。
リーアンナはそう思っていた。
だから、リーアンナは自分の邸まで送ってもらうと、すぐに、メシャを呼ぶように他の侍女に言いつけたのだった。
『夜の散歩』をするなら、メシャに無防備な自分の体を見といてもらわなければならない。
しかし、本来ならブーブー文句を言いながら入って来るはずのメシャが来ず、代わりに入って来たのは、なんと、セレステだった。
セレステは固い表情をしている。
「セレステ?」
リーアンナは思ってもいなかった人物の登場に大いに焦った。
「ど、どういうこと? 来るなんて聞いてなかったわ。時間帯も……もう晩の食事の時間じゃないの」
しかし、セレステは真面目な顔でため息をつきながら口の端で笑った。
「そういうあなたは? リーアンナ。夕食用のドレスにも着替えずに、なぜ寛ぎ用の部屋着に替えたの?」
リーアンナはハッとし、慌ててちらりと自分の服を見た。
『夜の散歩』を計画していたので、食事はいらないと食事用のドレスに着替えなかったのだ。
しかし、なんとか誤魔化さねば。
「あ、これは……。ええと、今日はもう疲れたので、私は夕食はやめることにしたの」
「疲れた、ねえ?」
セレステは疑わしそうにリーアンナの顔をまじまじと見ながら呟いた。
「本当よ、ウォーレスとバートレットに聞いたらいいわ。馬乗りに出かけたの」
リーアンナが慌ててもっともらしく説明すると、
「ふうん?」
とセレステは信じたのか信じないのか分からないような曖昧な返事をした。
「そ、それよりセレステは? なぜここにいるの?」
リーアンナはだいぶ落ち着いてきていた。『夜の散歩』をちょうど企んでいたときにセレステに訪問されたので『夜の散歩』がバレたのではないかと焦ったが、よくよく考えてみれば、セレステが気づく要素はなかった。
――大丈夫なのだ。
しかし、リーアンナは同時に別の心配事が湧き上がっていた。
『夜の散歩』ではないとしたら、いったい何? いくらセレステでも、この時間にアポイントメントもなしに、応接室じゃなくリーアンナの居室の方へ訪れるってよっぽどだわ。
いや、よっぽどでもないのかもしれない。
先日のブローデ様との婚約破棄の件は自分のせいだ。
それに、セレステにたくさんの事実を隠していたことがあの場で分かってしまった。
説明は刺せてもらったが、セレステが納得して自分を本気で許してくれたかまでは自身がない。
その件だとしたら、確かに訪問を受ける理由になる……。
リーアンナが心配そうな目をしているので、セレステはふっと笑った。
「わざと急に訪問させてもらったの」
「わざと? どういうこと?」
「リーアンナ、あなた隠し事が多すぎるわ……」
セレステは寂しそうに呟いた。
「え、隠し事?」
どきっとしてリーアンナがセレステの次の言葉を待つと、セレステは目を伏せてゆっくりと言った。
「ブローデ様と話していた内容よ。ウォーレスもバートレットも知ってる内容なんだと思ったから二人に確認とろうと思ったら、馬乗りでいないんですもの。仕方がなくエルンスト様に問い合わせたわ。あんまり親しくないから緊張したけど、こっちは婚約破棄までしてますからね、待てなかったわ、突撃しちゃった。そしたら、確かにあなたの言った事はその通りだった。だからまあ、そのことは納得したわ。でも気になることを一つ言ってた。リーアンナ、あなたはなぜか知ってたって。こんな短期間にどんな情報網を使ったのかって、エルンスト様もかなり首を傾げていらしたわ」
リーアンナはぎくっとした。
「あ、そりゃ、お金と人を使えば」
リーアンナはいつぞやのウォーレスの言葉をそっくり真似て答えた。
「嘘よ。さっきこの部屋に案内してもらう前にあなたのお母さまに聞いたもの。お母さまは『何も知らない』って仰ってたわよ。あなたが人やお金を使えばグルーバー公爵家としては分かるはずよね? それを知らないってことは、どういうこと? どんな伝手を使ってあなたは情報を集めているの?」
「そ、それって大事なこと? セレステ。別に、情報の真偽が確かなら出所はどこでもいいんじゃないかしら」
リーアンナが苦しそうに言い訳すると、セレステは急に怖い顔になった。
「良くないわよ! 聖女ルシルダ経由だったら!」
リーアンナはぎょっとした。
「! セレステ、疑ってるの? 私がルシルダ様に味方していると」
「疑うわよ! グルーバー公爵家が動いてなくて、エルンスト様やウォーレスやバートレットと別行動なんだったら、いったい誰があなたの味方なの? ルシルダ様? イェレナ様?」
セレステは突き刺すような目でリーアンナを見つめている。
「二人とも違うわ!」
リーアンナは泣きそうになって叫んだ。
「じゃあその証拠を見せて。せめて、あなたが本当は誰から情報をもらったのか教えてちょうだい!」
セレステはリーアンナの前に立ちはだかった。
「言えない……」
今度こそ本当に涙目でリーアンナは首を横に振った。
「じゃあ、ルシルダ様ってことでいいのかしら!」
セレステが脅すように言うと、リーアンナは項垂れた。
「違うわ……。そう、セレステ……。あなたは私の様子を調べに来たのね。こうやって不意打ちしたら、私がルシルダ様と繋がってる証拠が得られるんじゃないかって思った?」
セレステはまだ怖い顔をしている。
「まあね。あんまり気持ちのいい方法じゃないけど。他に思いつかなかったんだもの。私にできて、一番核心に触れられそうな方法」
「でもあいにくだったわね。私はルシルダ様とは繋がってないから……」
そうリーアンナが泣きそうな顔で言ったとき、なんと悪いタイミングか、
「呼ばれましたよー、めんどくさ」
と言いながらメシャが部屋に入ってきた。





