【15.セレステとブローデ・後編】
セレステは、リーアンナが何か始めたことを勘付いていたが、ブローデを嵌めようとする雰囲気は歓迎できず、少しぶすっとしていた。
セレステはブローデと婚約してからかなり覚悟を決めており、夫を立てる気満々、夫の家に骨をうずめる気満々だったのだ。
とはいえ、リーアンナもウォーレスもバートレットも、セレステにとってみればとても仲の良い幼馴染で、ここで3人を裏切る気持ちには少しもなれない。
だから、セレステはなんだか中立のような一歩引いた態度で、リーアンナとブローデを見守ることになった。
「で? ブローデ様、エルンスト様の悪行とは?」
リーアンナが演技を続行し、興味深そうに身を乗り出して聞くと、ブローデはにっこりした。
「そうですね。まず基本的な話をしましょう。エルンスト殿はルシルダ様と敵対しています。ルシルダ様は正当な聖女であるにもかかわらず、聖女の力に疑問がある、王太子殿下との婚約を認めないと不遜な態度を取り続けています」
リーアンナだって今はルシルダの力量に疑問を持っているし、ルシルダが王太子妃として相応しいとは思っていなかったが、ここはブローデから情報を聞き出すために賛同したフリをした。
「まあ、エルンスト様ったら失礼な方ね」
そして、「王太子様との婚約を破棄させられた私ですら、聖女ルシルダ様には敬意を払っておりますのに」と付け加える完璧な演技っぷりだった。
ブローデはうんうんと大きく肯いた。
「そうですね、本来一番ルシルダ様に敵対心を抱くはずのあなたが認めているのですから、いかにエルンスト殿が石頭かといった話ですよ。でも、まあ、あなたも初めはルシルダ様を認められずに、ルシルダ様の存在を隠蔽しようとしたりしたそうですが……」
ここぞばかりに探るような目でブローデが聞いてきたので、リーアンナは「全部ルシルダ様の言いがかりで、そんな事実ないのに」と思いながらも、ここで否定すると相手の心証を悪くすると思い、にこっと笑って見せた。
「そうね、私も未熟だったわ。つい感情的になって。でも反省しているの」
とブローデを逆撫でしないような言い方をした。
セレステはリーアンナがありもしない事実を受け入れようとしたことが気に入らなかったようで、思わず何か言い返そうとしたが、リーアンナはブローデに見えないように足でセレステの足首をこんこんとつつき、黙るように合図した。
ブローデは何も気づかず満足そうにまた大きく頷いた。
もうこの流れでブローデが完全にルシルダ側だと言うことが分かる。リーアンナは慎重に言葉を選ぶ必要を感じた。
「じゃあ、エルンスト様が怪我をなさったようですけど、天罰みたいなものですわよね? 自分で刺したとウォーレスが言っていたけど、あとで聞き直したら犯人が別にいるそうよ」
ブローデはぎょっとした顔をした。
「犯人が別にいると、誰が言ったのですか? ウォーレス殿?」
「ウォーレスに聞いたわけじゃないわ。でも、犯人をブローデ様はご存じないの? 犯人はイェレナ様の恋人だそうよ」
リーアンナは情報を小出しにしながらじっくりとブローデの反応を観察した。
ブローデはぎょっとした。なぜそれを知っているのかと言った顔だ。
「あなたはどこでそれを……。そ、それはウォーレス殿や、ええと、エルンスト殿はご存じなのかね?」
やっぱりブローデは知っていた、とリーアンナは思った。
何も知らないなら、まずイェレナに恋人がいることから驚くだろうし、その恋人がエルンスト刺しただなんてスキャンダルに目を丸くするはずだ。
ブローデが知っているなら、とリーアンナは思った。もう少し踏み込んでみよう……。
「私はルシルダ様に聞いたの」
嘘じゃないわよ、とリーアンナは思った。『夜の散歩』だけど。
そしてこの言葉で、ブローデが自分とルシルダの関係を特別なものだと誤解してくれることを願った。
そしてリーアンナはもう少し続け、
「あなたこそ誰から? まさかルシルダ様じゃあないでしょう? イェレナ様の方から聞いた?」
と鎌をかけてみる。
ブローデはリーアンナがルシルダから聞いたという言葉で、自分の知らないルシルダとリーアンナの結びつきがあるのだとすっかり誤解し、むしろその情報を知りえたことを誇りに思う様子で、リーアンナを信用した様子を見せた。
そして、ブローデは大きくかぶりを振ると、
「私じゃとてもルシルダ様と直接話すことはできません。正直なことを言うとイェレナ様とも親しくはないのです、家柄の差もありますし。うちは古くからの名家ってわけじゃありませんから。私はダスティンとは親交があるので、そちらから。まあ彼も話したくなさそうでしたが、さすがに私も話せと詰め寄りましたね。そしたら手を下した当の本人だということでびっくりしました」
びっくりしましたと言いながら、なんだか核心を知っているぞと言う自慢のような空気感だ。
だからリーアンナも、ダスティンという名前を聞いたことがなく「誰よ」と心の中で毒づきながらも、そんな様子はおくびにも出さず、「すごいですね」といった態度でブローデを見上げて見せた。
まあ、何となくブローデの話しぶりからダスティンが誰かは想像がついた。「当の本人」というのだから、エルンストを刺した本人、つまりイェレナの恋人だ。
リーアンナはごくりと唾を呑み込んだ。
この流れで、ウォーレスやエルンスト様が言ってた聖女ルシルダとイェレナの恋人との関係まで迫れるだろうか?
「ルシルダ様もべらべら話す内容でもなかったし、私はそこまで詳細には聞かされていないのよ。ダスティンから聞けるなんてすごいわね。もちろんルシルダ様の許可の範囲でってことよね?」
リーアンナは聞いてみた。
「そりゃもちろん! ルシルダ様がいなきゃダスティンだってイェレナ様とは付き合えてないし、エルンスト殿を害することもない。ルシルダ様に会えていなければ、ダスティンはまあ至って調子のよい明るい男で一生を終えたでしょうね。イェレナ様への恋心も隠したまま」
ブローデは自身も調子よくしゃべっている。
「まあ、健気な方なのね。ルシルダ様が保証してくださってるなら心配ないわね」
とリーアンナが思ってもないのにそういうと、
「まあ、俺としてはあんまり便利遣いされているから心配しているところもありますがね。イェレナ様への恋心でエルンスト殿を刺すだなんてやり過ぎじゃないかと」
とブローデは少し心配したような言い方をした。
「ウォーレスをあなたに紹介した日、エルンスト殿が刺された話であなたはすぐに席を立ったわ。やっぱりすぐに気づいたのね、誰がやったか」
とリーアンナがそっと確認すると、
「ダスティンとはよく話す仲でしたから、何となく彼がやってもおかしくないなと思いました。実際その通りだったわけで。でも、やっぱり少し心配ですね」
とブローデは頷きながら答えた。
「大丈夫と思うわ。私はウォーレスについて行ってエルンスト殿に会って来たの。エルンスト殿もダスティンの可能性は感じていたけど、責めないと言ってたわ。イェレナ様のメンツもあるでしょうからね。でも次はないと言ってましたわ」
リーアンナの完全な嘘である。
しかし、リーアンナ的にはエルンストがイェレナの恋人を許すような発言を聞かされたら、ブローデがどう答えるかに興味があった。
「そうですか、よかった! 次はやらせませんよ! 私が責任をもって! ダスティンだって反省しています。いくらルシルダ様の命令とはいえ、これでエルンストが命を落としていたら殺人犯だ。そうならないように刺したとは言っていましたけど、やっぱりね、世間がもっと大騒ぎになってもおかしくないようなことをしたのだから」
ブローデは友人を庇うように言う。
そのブローデの発言の中の言葉を、リーアンナは聞き逃さなかった。
「ルシルダ様の命令? ダスティンに何かの許可証出してるって言ってた気がします」
リーアンナはたくさんの可能性の中から、できるだけソフトな言い方を選んで柔らかい口調で聞いた。ブローデに警戒されないように。
「ああ、何か言ってましたね。ルシルダ様からもらった通行許可証にわざとエルンスト殿の名前を書いてあって、何の手違いかとエルンスト殿に問い合わせるフリをして接触したとか言っていたような気が?」
ブローデは一生懸命思い出そうとしながら呟いた。
そのとき、ガタンっと椅子が倒れる音がした。
はっとしてリーアンナが顔を上げると、真っ青な顔に、ぎゅっと口をへ文字に曲げたセレステが、肩を怒りで震わせ立ち上がったところだった。
しまった、とリーアンナは思った。
ブローデから聞き出すためにルシルダ側を理解するかのような物言いをしてきたが、この場には自分の味方で、ルシルダを嫌っているセレステがいたのだった。
セレステは肩をわなわな震わせて拳を握りしめ、完全にリーアンナの態度が許せないようだった。
いつのまにルシルダ側に寝返っているのか? 自分のリーアンナを心配してきた時間はなんだったのか?
それにブローデはいったい誰の味方?
さっきから自分の常識では考えられないような話ばっかり次から次へ出てくる。
もうセレステの脳内はとっ散らかっており、収拾不能になっていた。





