【14.セレステとブローデ・前編】
さて、ウォーレスの告白を受けたリーアンナは、これは親友に黙っていられるようなことではないと、セレステのところを訪問していた。
「セレステ、私、ウォーレスと婚約した……っぽい」
リーアンナは歯切れが悪く言う。
「は? え? いつの間に? エルンスト様は……ってああ、エルンスト様は婚約者がいるんだっけ。ってゆか、ウォーレス、何やってんの、もう、どういうこと? ってゆか、最近てことよね、いつ?」
セレステは明らかに驚いていた。どちらかというと自分が知らなかったということが気になるらしい。
リーアンナも当事者なのにまだ頭の整理がついておらず、こう矢継ぎ早に聞かれても答えられない。
「婚約って言葉が出たのは先週の話で」
「は? じゃあまだ口約束ってこと? |リーアンナのお父様お母様《グルーバー公爵夫妻》は何て言ってるの」
「まだ二人には言ってない……。ってゆか、それはウォーレスのキアナン公爵家から打診が来ると思うから……」
リーアンナはもじもじしている。
セレステは呆れた。
「は? それって婚約したことにならないわよ。ってゆか、どうして婚約しようって話になったの」
「それはエルンスト様の件をいろいろ聞いてたら、エルンストを好きな私が首を突っ込むとイェレナ様的に厄介なことになるから、ウォーレスと婚約するなりして偽装しないとダメだって言われて……」
「はあ。なにそれ、じゃあ、偽装婚約?」
セレステの物言いははっきりしている。
「――のつもりだったんだけど、昨日、ウォーレスに、婚約はやめないよって言われて……」
「え? 騙された?」
セレステは、ウォーレスの汚い手口に怒れてきた。リーアンナが恥ずかしくて、ウォーレスの本当の気持ちをセレステに伝えきれていないのもあるが。
「あ、でも、本人もそれは自覚しているようで……反省は……」
リーアンナはセレステが気色ばむので慌ててウォーレスを庇う。
「うーん、ウォーレスも帰国中に結婚相手探さないとって言ってたもんなあ~。誰でもいいからってこんな身近なところで、しかも騙すような形で?」
セレステは「ありなのか?」と考え込んだ。
「それが。ずっと私のことを好きだったというの」
リーアンナは言いにくかったが、意を決して言った。
「え?」
「あ、セレステも気づいてなかった?」
「気づくも何も、リーアンナがエルンスト推しだったから、私も無駄とは思いつつあなたとエルンスト様のことばっかり。ウォーレスはあなたのことが好きだったのか、ずっと……?」
セレステもだいぶ鈍感だったようだ。リーアンナから聞いて驚いた。
さすがバートレットの気持ちに気づかないだけある。
「私も唐突な告白に驚いてるの。どう思う?」
「それはリーアンナの気持ち次第なんじゃないかしら。だってずっとエルンスト様ばっかり目で追ってたでしょう? いきなりうウォーレスと婚約って、気持ちは追いつくの? ウォーレスは友達だし、悪い奴じゃないことは知ってるから、見込みのないエルンスト様よりはよっぽど条件的にはいいと思うのは本音だけど。しかもそんな騙すような真似して」
「それはバートレットの入れ知恵なんだって」
「バートレットの!?」
途端にセレステの目が吊り上がった。
「あいつがそんな姑息な手を友達に勧めるなんて思わなかったわ!」
セレステはバートレットのことになると、いつも少しムキになる。胸の奥では意識しているのだろう、ちょっと辛口になるだ。
リーアンナはウォーレスからバートレットがセレステのことを想っているという話を聞いていたので、微妙な顔で、「そこまで言うほどじゃないかな」とやんわり擁護した。
「でもいいの? エルンスト様のことは」
とセレステが確認するように聞くので、リーアンナは首を竦めた。
「もともと婚約者のイェレナ様がいるし、私には入りこむ余地はないもの。エルンスト様のことはいいの。ただウォーレスのことに驚いてしまって……」
「そうね、私も驚いたわ」
「うん、まさか私のことを好きだなんて思わなかったから。だってずっと私は王太子様の婚約者をやってたわけでしょ? で、婚約がだめになって、そんなときにエルンスト様が心配してくれてるって知って慕う気持ちを持ったけど、それはウォーレスには隠してなかったわけだし……」
リーアンナは自分でも思う。どうしてウォーレスは自分なんか?
「そうねえ」
「さらに私はルシルダ様にいらない言いがかりまでつけられて、王宮中から腫物のような扱いを受けてるわけよ。そんな女でいいのかな、ウォーレスは?」
リーアンナは自分に自信がなく、セレステに忌憚のない意見をもらおうとしている。
「ウォーレスはいいんでしょ。バートレットと悪だくみするくらいなんだから。問題はウォーレスのお父様のキアナン公爵じゃない? キアナン公爵はどこまで知ってるのかしら。そこが了承するかどうかよね」
「そうか。キアナン公爵が承諾しなければさすがにこの結婚はなくなるわけね」
「あ、リーアンナ。今、残念そうな顔した?」
「あ、セレステ、いや、別に……」
リーアンナは赤くなった。
正直なことを言うと、ウォーレスに告白されてから、リーアンナはずっとウォーレスのことを考えてしまっている。
「誤魔化さなくてもいいのよ。ウォーレスのことはありなんでしょう?」
「ありと言われたら全然ありよ。なんなら初恋だし。でも長年やってた王太子様との婚約がなくなって、慕ってたエルンスト様は婚約者がいるし、ルシルダ様には変な言いがかりつけられるしで、もう一生私は結婚なんかできないものと思ってた」
リーアンナは照れ臭そうに言った。
「うんうん、それでエルンスト様に余計にのめりこんじゃったのよねえ」
セレステは訳知り顔でうんうん頷いた。
「ちょっとセレステ! そんな言い方」
「でもウォーレスがもらってくれるって言ってくれて、別の未来も感じたんでしょう? エルンスト様への縋りたくなるような気持ちとは全く別の、導いてくれるような安心感を」
セレステは急に優しく寄り添うような言い方をした。
そう、セレステのこういうところがリーアンナは好きだ。
セレステは口が悪いが、大事なところで包み込んでくれる。
そのとき、いきなり背後で怪訝そうな声がした。
「エルンスト殿への縋りたくなるような気持ち?」
そこにいたのはセレステの婚約者のブローデだった。
「ブローデ様! なんでここに」
セレステは飛び上がって驚いた。
「あ、いや、先日は先に帰っちゃって悪いことしたなと。だからこうして謝りに」
ブローデは申し訳なさそうに頭を掻いてみせた。
「あ、そ、そう。で、聞いてた? エルンスト様……とか」
どこまで聞かれたかしらと焦りながら、セレステは聞いた。
「うん。リーアンナ嬢がエルンスト殿のことを?」
そう言いながらブローデは、一瞬気づかれないように口の端をにやりと歪ませた。しかし、すぐに取り繕ってみせた。
そして、さも理解を示すように、
「エルンスト殿はルシルダ様が聖女というのに難色を示しておられますからね。そして王太子様の婚約者にはリーアンナ様の方が相応しかったと広言して憚らない。なるほど、そんな方なら、リーアンナ様もエルンスト殿には信頼を寄せるでしょうね」
と言った。
「ええと」
セレステはどぎまぎしながら、どう答えるべきかと頭をフル回転させる。
ブローデはそこで困ったような顔を作った。
「しかしエルンスト殿とリーアンナ様が思ったより親密と言うのは知りませんでしたな。もしかして、聖女ルシルダ様の件とは関係なしにご関係がおありなのかな? イェレナ様はエルンスト殿に不信感を抱いていらっしゃったとか。もしかして、リーアンナ様への嫉妬とかなのでしょうかね?」
そこまでブローデが言い出したとき、リーアンナはまずいと思った。ここでルシルダに敵対しエルンストに味方する自分がエルンストのことを好きとかいうことになると、確かにイェレナに口実を与えてしまう! これでは、聖女ルシルダを失脚させる前に、刺されたエルンストが悪者だということになってしまうかもしれない。ウォーレスやバートレットの言ったとおりだ。
リーアンナは覚悟を決め、きっと目を上げた。
「何か誤解されてます? ブローデ様。私が今セレステと話していたのは、エルンスト様へのざまあみろって気持ちのことですわ。エルンスト様ったら、私のことを行き遅れみたいな言い方をずっとしてきて、私ずっと悔しい思いをしてたんです。でも、このたび私、ウォーレスと婚約することになりまして、もう行き遅れとは言わせないわって話してたんです」
「は。はあ?」
思いがけない方向に話が行ったので、ブローデは頭がついていかなくて生返事になった。
セレステの方は、いきなりリーアンナが作り話を始めるので目を丸くしている。
「私の夫になるウォーレスはエルンスト様と懇意にしているようですからね、余計に鼻を明かせるような気分で小気味いいですわ。散々私をばかにして」
リーアンナは調子よく続けた。
「え? だってウォーレス殿は私に婚約者を選んでくれないかって」
ブローデは、話が食い違っていると抗議の声を上げたが、リーアンナはぴしゃりと言い返した。
「あのときウォーレスが誰でもいいような言い方をしていたから、私がすかさず立候補しました。あー、ほんとエルンスト様のこと腹立たしかったんだもの」
「あ、そ、そう。そうですか。リーアンナ嬢とエルンスト殿は敵対? あ、でもウォーレス殿はエルンスト殿の味方でしたっけね」
ブローデが混乱した頭を整理しようと呟く。
すかさずリーアンナは首を横に振った。
「いいえ。私がエルンスト殿を嫌っていますので、ウォーレスはもうエルンスト殿には心底協力することはないでしょう」
面白くなさそうな顔をしていたブローデだったが、ウォーレスとエルンストが決裂しそうという話を聞くと興味深そうに身を乗り出した。
「ほう! エルンスト殿は味方がいなくなるわけですか?」
「そんなに人聞きの悪い言い方はしないでくれます? ウォーレスは手助けするつもり。私はそれを苦々しく思っているってだけよ。内緒よ、セレステの婚約者だから話すんですからね。絶対誰にも言っちゃダメよ」
リーアンナはそうやって嘯きながら、ブローデはきっと誰かに言うだろうと思った。でなければこんなにイェレナの肩を持つような言い方はするまい。
ブローデはいいことを聞いたとばかりに薄く笑った。リーアンナの言ったことを信じたようだった。
もともとリーアンナなど取るに足らない令嬢と思っていたから、リーアンナが聖女ルシルダやイェレナの企みに何か勘付いているなど、想像もしていなかった。
ブローデはにやりとした。
「なら、私がエルンスト殿の不利になるようなお話をしましょうか? ウォーレス殿も幻滅するような」
「あら話してくださる? そういった話は大好物だわ。エルンスト様の悪口なんて大歓迎。楽しいお茶会になりそう、ねえ、セレステ」
リーアンナは、イェレナに逃げる口実を与えないための演技を続けながら、何か違う局面を引っ張り出したことに気づいた。
ブローデ様は何か知っている?





