【13.ウォーレスの告白】
ウォーレスはリンブリック公爵邸に待たせていた馬車にリーアンナを押し込むと、自分の邸に帰るよう御者に命じた。
馬車は動き出したのに、ウォーレスはずっと黙っていた。
「……」
微動だにしないので、リーアンナの方が気を遣ってしまい、リーアンナは何か言ってくれないとと汗をだらだら流しながら困り顔で下を向いている。
「あ、あの?」
あまりにも沈黙が続くのでリーアンナはウォーレスにそっと話しかけてみた。返事は期待せず。返事してくれたらラッキーくらいの感じで。
すると意外なことにウォーレスは目を上げてリーアンナを見た。
リーアンナはほっとする。
「あの、危険は許さないってことかな? それならね、危険じゃないってこと約束するから」
ごにょごにょ言って何か適当に納得させて、リーアンナはこの気まずい空間から逃げようとしている。
「リーアンナ、危険かどうかはどうでもいい。何があっても君一人で何かさせる気はないから」
ウォーレスははっきりと言った。
「そう?」
と言いながら、リーアンナはハッと気づいた。
『夜の散歩』なんてメシャ以外にバレていないのだから、ここでは適当に「何もしません」と約束して、一人で勝手に『夜の散歩』に行けばいいことに。
しかし、リーアンナのズルい考えに何も気づかないウォーレスは一人悩ましそうに言った。
「僕は婚約条件にリーアンナがこの件に首を突っ込むことを認めたんだけど。でも本当のところは首を突っ込んでもらいたくないんだ……。実際エルンストは刺されてて……つまりあいつらはそこまでやるようなヤツってことだから。……ごめん」
急に謝られてリーアンナは自分の浅はかさにずきっとした。
ウォーレスは申し訳なさそうに項垂れている。
「リーアンナに婚約を承諾してもらったけど、あの後、やっぱりずっと悩んでて。あんな形で婚約なんて言い出すもんじゃなかったな、なんて。だけど……危険だからリーアンナにはやっぱりこの件から手を引いてもらいたいけど、じゃあ婚約はやっぱり無しでってなるのも嫌で……。はあ、僕はいったい何をうじうじ悩んでるんだろうって思うけどさ!」
「え、婚約のこと反省してるの?」
「してるよ! 汚い手を使ってさ」
「汚い手? むしろすごくウォーレスらしいと思ったけど……」
「は?」
ウォーレスは目を剥いた。
「リーアンナは僕のことどう思ってるの?」
リーアンナはしまったと思いながら、
「え、だって、誰でもいいから婚約したかったんでしょ? 帰国中に婚約者を見つけるのは確かに面倒そうだもの。エルンスト様の事件に巻き込まれちゃって、まともに婚約者探す時間なさそうだしね。ああやって交換条件言い出すのは、すごくウォーレスらしいと思った……」
「本当は誰でもよくないよ!」
ウォーレスは強い口調で、うんざりしたように即答した。
「え! 婚約したい人がいたの? あ、じゃあ、ごめん! 私なんかと、仮にも……」
リーアンナは慌てた。完全に自分がウォーレスの婚約者探しの足を引っ張ったと思ったので。
鈍感リーアンナが頓珍漢な誤解をするので、ウォーレスはキッと怒った。
「違うよ! なんでそうなるの、リーアンナがいいって言ってるんだよ。僕言ってなかったっけ?」
リーアンナは絶句してから、目をぱちぱちさせて何か言わなければと思った。
「……言ってないわ」
「そっか。じゃ、覚えといて。実は僕はリーアンナがいい。ずっとだ。ずっと前から。だからこんな形でリーアンナと婚約することになって心苦しい。でも、婚約をやめたくないんだ。エルンストの件にもう関わってもらいたくないって思ってるくせにね」
ウォーレスは洗いざらい話してしまおうと思っているようだった。
「……」
リーアンナはウォーレスの告白を聞いて戸惑っていた。
「驚いた?」
「だって、ウォーレスはそんな素振り、ちっとも……」
「めっちゃアピールしてたけど!? リーアンナが鈍感すぎるんだよ!」
ウォーレスは呆れて大声を出した。
リーアンナは真っ赤になった。
ウォーレスはすっとリーアンナの紙に手を伸ばした。そのままウォーレスの手がリーアンナの髪に触れた。
「柔らかい。ずっとこうしてリーアンナに触れたかったんだ」
そしてウォーレスの手がリーアンナの細い首越しに顎へと伸び、そっとウォーレスが唇を寄せようとしたとき、リーアンナは
「ま、待って」
と下を向いて言った。
「そ、そんなつもりじゃなかったから……」
リーアンナは弁解する。
そんなつもりじゃないなんて、どんな残酷な言葉だろう。
「じゃあどんなつもりだった? どんなつもりなら僕と婚約しようと思えた? エルンストのためで一生懸命でそこまで考えが及ばなかった? 僕のことだからエルンストの件が片付けば婚約も白紙にできると思った? 僕のこと舐めてない?」
ウォーレスは苦しそうに早口で詰った。
「な、舐めてなんか……いや、舐めてたかも」
リーアンナはウォーレスの気持ちに押しつぶされ、胸がいっぱいになって、申し訳なさそうに言った。
ウォーレスは寂しそうに言った。
「だよね。幼馴染の仲良しくらいにしか思ってなかったんでしょ。知ってる」
「知っててなんでこんな強引に……」
「待つのも疲れたし。時間もないしね」
「ウォーレスの気持ち、分かった。軽い気持ちで婚約なんて言っちゃいけなかったわね。今更こんなことを言っちゃいけないとは思うけど、私がこんな覚悟しかなくても、それでもまだ私と婚約を続けたいと思ってる?」
リーアンナはそっとウォーレスに確認した。
ウォーレスはしばらく無言で下を向いたが、それから真面目な顔をリーアンナに向けた。
「うん。僕も酷い手を使ってリーアンナに婚約を迫ったとは思ってる。それでも、僕はリーアンナが好きだよ。やっぱり婚約はやめる気はない。リーアンナに覚悟のことなら最初っから分かってる。なんならリーアンナがエルンストのことを好きだってことも知ってるよ」
「!」
リーアンナはこの場でエルンストの気持ちをバラされて泣きたくなった。
婚約の話が出てから、せめてそれだけはウォーレスには言わないようにしてたのに!
リーアンナの百面相にウォーレスはがらりと調子を変えて笑った。
「ははは。それでも僕はリーアンナがいいよ、振り向かす自信もあるしね。もういいや、僕も開き直ることにしよ! 最初っから強引にでも手に入れる気だったんだし。ってちょっと! 何で黙るの」
「なんか、用意周到に丸め込まれてるんじゃないかって気がしてきて」
「はは、恨むなら僕じゃなくてバートレットを恨んでよ。これ全部あいつの助言なんだから」
ウォーレスは何か吹っ切れたような笑顔を向けた。
「え?」
「エルンストの件に首を突っ込みたいリーアンナ。イェレナに言いがかりつけられないようにとか何とか言って、婚約でも持ち掛けちゃえってさ!」
ウォーレスはここぞとばかりにバートレットのせいにする。
リーアンナは目を見開いた。
「バートレットは、ウォーレスが私のことお嫁に欲しがってること知ってたの?」
「長い付き合いだからね。なんならバートレットが本当はセレステと結婚したかったことも知ってる」
ウォーレスはほんの少し寂しそうな目をした。
リーアンナはずきっとする。
「え!? でもセレステは……」
「うん。ブローデ・ストークリー伯爵令息と婚約したね。正直、僕は残念! あの二人を積極的に壊す気はないけど、ブローデ殿、怪しくない?」
ウォーレスは意味ありげにリーアンナを見た。
「え?」
「なんでエルンストが刺されたって話聞いてそそくさと帰るのさ。叩いて埃が出るなら歓迎だ。ぶっ潰して、今度こそバートレットとセレステをくっつけるんだ」
ウォーレスはなにやらやる気を出している。
「ちょっとちょっと! セレステの気持ちは!? セレステはブローデ様と」
リーアンナが慌てて窘めると、ウォーレスは真面目な顔で聞いてきた。
「もしブローデ殿があのニセモノ聖女側の人間だったとしたらさ、それでもリーアンナは手放しでセレステとの仲を応援する?」
「それはしないけど……何か理由があるかも。あ、いや、そもそもブローデ様がルシルダ様側だって証拠はないでしょう?」
「そうだね。そこは僕たちが見つけるよ」
ウォーレスは意気揚々と宣言する。
しかし、次の瞬間、ウォーレスはまた険しい表情を作った。
「だけど、リーアンナ」
リーアンナははっとする。
ウォーレスから、危険なことはするなという雰囲気を感じ取る。
「そ、そうね。しない。私は、手は出さないでおくわ」
「ルシルダとイェレナの恋人との関係のことも」
「うんうん、何もしない、分かったわ」
リーアンナはでまかせに口約束した。
本当は『夜の散歩』に出かけるのをあきらめてはいないけど。
「分かってくれてありがと!」
ウォーレスはにっこりした。そしておもむろにリーアンナに近寄ると、そっと腕を広げてリーアンナの肩と腰を引き寄せた。
いきなり抱きしめられてリーアンナは硬直する。
ウォーレスはくすっと笑って、リーアンナの柔らかい髪ごしに、
「分かってくれて嬉しいよ、未来の奥さん」
と耳元で囁いた。





