【1.久しぶりの幼馴染】
彼は素敵。
みごとなまでのさらさらの金髪を肩まで垂らし、切れ長の目、不必要には開かない唇、しゅっと整った頬の輪郭。
いつも凛と背筋を伸ばし、そのくせ緩やかに歩いた。物腰は柔らかくて、育ちの良さを感じさせる。育ちの良さと言ったって、彼は公爵家の長男だから、当たり前なんだけど。
こんなにも見入ってしまうのはなぜ。ついつい目で追ってしまうのはなぜ。いつも真っ先に彼の姿を探してしまうのはなぜ?
ぼーっと男を目で追っている親友に近づくと、セレステ・トロニック公爵令嬢は窘めるように名を呼んだ。
「リーアンナ」
しかし名を呼ばれたリーアンナ・グルーバー公爵令嬢の方はじっと男を見つめたままで、セレステの呼びかけに気づいていなかった。
「……」
「リーアンナ!」
セレステはさっきより少しだけ大きな声で呼びかけた。
「あっ! どうしたのセレステ?」
ようやく気付いたリーアンナが、急に現実に引き戻されて混乱した顔でセレステを見た。
セレステは呆れてため息をついた。
「どうしたのじゃないでしょ。ぼーっとして。ここがどこだか分かってるのかしら?」
「あ、えと……王妃主催の王宮の定例舞踏会……」
リーアンナは小さく周りを見回してから答えた。
煌びやかな大広間は目いっぱい着飾った人々でごったがえしている。
皆おしゃべりに夢中でリーアンナがぼーっとしてようが何してようが目もくれないが、確かに大広間の端っことはいえ一人で突っ立っているだけでば場違いな雰囲気だ。
リーアンナが我に返ったので、セレステは少しだけほっとした表情になった。しかし別の心配が持ち上がってきて、セレステは言いにくそうに聞いた。
「ずっとあの男のことを見ていたの?」
「あ……うん」
リーアンナは後ろめたそうに下を向いた。
「本当に彼を好きなのね」
「あ、うん、まあ……」
リーアンナは歯切れの悪い返事をする。
それもそのはず。セレステは困ったようにため息をついた。
「でも不毛じゃないかしら。彼には婚約者がいるわ」
リーアンナは言われたくないことを言われてびくっとした。そして慌てて弁解する。
「そんな事はわかってる。でも見てしまうの。見るだけならいいでしょう。彼に話かけたりもしない。誰にも迷惑をかけないわ」
セレステは、リーアンナが少しムキになっているのであまり刺激しないように柔らかな態度を取り続けながら、
「そうね。でも誰にも気づかれないようにしなさいよ。少なくともあの人の婚約者が知ったら良い気持ちにはならないと思うわ」
と釘を刺した。
リーアンナは素直に頷いた。
「そうね……。うん、絶対気づかれないようにする。ところで、セレステ、私に何か用が?」
リーアンナが調子を変えて聞いたので、セレステも本来の用事を思い出してにっこりした。
「ああ。驚かないでねリーアンナ。なんと、ウォーレスが帰ってきたというのよ」
「ウォーレスが!?」
「そうよ。一年ぶりくらいじゃないかしら」
セレステが嬉しそうに目を細める。リーアンナも飛び上がらんばかりに喜んだ。
そして興奮した声で聞いた。
「今いるの? この会場に?」
セレステは大きく頷いた。
「ええ。他の人と話しているところを見かけたの。あなたにまず話さなくちゃと思って――」
そうセレステが言おうとしたまさにそのとき、
「やあ、リーアンナ。それに、セレステ」
と明るい穏やかな声のウォーレスが近づいて声をかけたのだった。
リーアンナはパッと顔を輝かせた。
「ウォーレス! 帰ってきてたのね! いつの間に。元気にしてた? いつまでこっちに?」
リーアンナの矢継ぎ早の質問にウォーレスは苦笑した。
「しばらくいるよ。次の派遣命令が出るまでは」
「それは良かったわ。また前みたいに楽しくできるわね?」
そうリーアンナは満足そうに微笑むと、ウォーレスは頭を掻いてため息をついた。
「といいんだけどね。なにせ、今回の帰郷は妻選びも兼ねているからね。次の派遣には妻帯でいけるように。だから少し忙しくなりそうだよ」
リーアンナは少し目を見開いた。
「まあ、結婚? そうね、そういう歳だわね。帰郷してる間だけっていうなら、あまり時間がないわ。ウォーレスも頑張らないと」
ウォーレスは少しくたびれたように首を竦めて、それからわざと明るい声で聞いた。
「リーアンナはどう?」
「どうって?」
きょとんと聞き返すリーアンナに、ウォーレスはウィンクしながら言う。
「僕の奥さんになる気は?」
驚いて無言のまま目を見開いたリーアンナに代わって、横からすかさずセレステが口を挟んだ。
「ばかね、ウォーレス。この子はまだ、あの人に、こうよ」
セレステはさっきリーアンナがじっと見つめていた男性の方を指差したあと、その指でハートマークをつくる。
ウォーレスがぎょっとして思わず聞き返した。
「え、まだ? だって、あいつ、婚約者……」
少し声が大きいと思ったのか、セレステが「しーっ」と指を立てて見せながら、
「そうよ、婚約者いるわよ、あの人。でもだめなの。リーアンナ、彼のことまだ好きみたいだから。他当たるしかないわよ」
と小声で説明する。
リーアンナは恥ずかしそうに真っ赤になる。
「セレステ、そんな言い方……」
するとそのリーアンナの様子を横目にウォーレスは小さくため息をついたが、すぐに気を取り直したように笑顔を作って、
「そっか。分かった分かった、他当たる! にしても、あれだな。僕よりむしろリーアンナの方が問題じゃん。リーアンナの恋の方をなんとかしてやらなけりゃ」
とわざとらしく腕を組んで言った。
自分の方向に話が向かったので、リーアンナは慌ててかぶりを振る。
「いらないわよ! 分かってるもの。この恋が不毛なものだってことくらい!」
しかしセレステはすぐに否定した。
「いーや、わかってないわ。一年間このままでしょ。私はこの一年の間にちゃんと婚約者見つけたわよ」
そのセリフにウォーレスは弾かれたようにセレステの顔を見た。
「そうだった! お祝い言うの忘れてた! 婚約おめでとう。わざわざ手紙で知らせてくれてありがとうね!」
セレステは苦笑する。
「忘れてたんかい。まあね、あなたは昔からリーアンナばっかりだものね」
「よせよそんな言い方! 僕はセレステにも首ったけだっただろ」
とウォーレスが唇を尖らせて言うと、セレステは意地悪っぽい笑顔で言い返した。
「ばか。首ったけだったのはうちの犬にでしょ。そんなに犬好きなら自分で飼えばよかったのに」
しかしウォーレスは大真面目に首を横に振る。
「僕は犬ならなんでもいいんじゃなくて、セレステんちのココちゃんが可愛かったの! そうだ、ココちゃん元気? 明日ココちゃんに会いに行くから、リーアンナもセレステんち集合な!」
いきなりの提案にセレステは驚いた。
「明日? 何を急に決めてんのよ! 明日は私だってブローデ様と約束が……」
すると被せるようにウォーレスが笑顔で言った。
「もっとちょうどいい。ブローデ様を紹介してほしかったんだ。言っておきたいこともあるしね、僕たちのセレステ泣かせたら承知しないぞって。ね、リーアンナ」
「そうね。私も久しぶりに挨拶したいわ」
とリーアンナまで笑顔で言うので、セレステは慌てて両手を突き出して制止しようとした。
「挨拶なんていいわよ、わざわざー」
しかしウォーレンも譲らず、「そうもいかないよねー」と言いながらリーアンナと頷き合っている。
そして、
「こんな王宮の夜会に婚約者をエスコートしないで、何してんのさ、ブローデ殿は!」
と冷たい疑いの光をちらりと浮かばせた。
そのとき、いきなりリーアンナの周辺がしんと静まり返って、さわさわと人が道を開ける気配がした。
威圧的な空気。
嫌な女が近づいてきたことをリーアンナは悟った。
お読みくださってありがとうございます!
とっても嬉しいです!!!
作者大好き、幼馴染に愛される女の子のお話!笑 またかー(笑)
幼馴染がヒロインにぐいぐい行くのを楽しんで書いてます!
次話、嫌な女が出てきます。
もし少しでも面白いと思ってくださったら、
感想やブックマーク、ご評価★★★★★の方いただけますと、
作者の励みになります!(*´ω`*)
どうぞよろしくお願いいたします!





