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引きこもり令嬢(三十歳)の再起  作者: 池中織奈


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2/2

1.まずは第一歩を踏み出してみよう

「問題ないですね。階段から落ちたとは思えないほどに健康です。……ただ、そのお嬢様」



 今、私の目の前にいるのは、昔からお世話になっている医者の方がいる。お父様ぐらいの年であるそのお医者様は言いづらそうにしながらも口を開いた。


「もう少し痩せた方がよろしいかと……。今回はたまたまそのおかげで怪我もなかったようですが、そのままだと取り返しのつかないことになります」




 真っすぐな目でそう言われて、私は何処かほっとした。なんというか、転生した私の状況は色んな意味で終わっているけれども、私のことを心から心配してくれている人は確かにいるのだと気づけたから。

 前世の記憶を思い出す前の私は、こういった言葉を煩わしいと思っていた。聞かないふりをしていた。

 甘やかされて育っていたから、お父様やお母様が辛いなら外に出なくていいなんて言ってくれるから――そんなことを言い訳にして、私はずっと流されるままだった。



 痩せた方がいいという言葉も聞かなかった。

 どうせ自分はダメな人間だって、このまま何も出来ないのだって。人生に失敗したのだって、そう自分で決めつけた。




「ありがとう」

「え?」


 私がお礼を言うと、驚いた顔をされた。



 それも当たり前だとは思う。今までの私は、この医者を蔑ろにしてきたから。でも今の私は……医者の言葉をきちんと聞けるだけの冷静さを持ち合わせていた。




「今まで、その……ちゃんと助言を聞かなくて悪かったわね。確かにこんなに太っているのは美しくないわ。これから痩せたいと思うから、手伝ってくれるかしら」




 前世の記憶を思い出したとはいえ、私がこれまで公爵令嬢として生きてきたことには変わりがない。問題なく、これまで通りに喋ることが出来て少しほっとする。

 前世に影響されたからといってこれまで出来たことが出来なくなったり、別人に変わってしまうなんて少し気持ち悪いなと個人的には感じてしまう。

 私はただ前世の記憶を思い出しただけで、マルグレッタ・ミレハーユであることには変わりがない。





「ああっ、お嬢様っ」

「えっ、って、な、なんで泣いているのよ」


 いきなり泣かれて、私は驚いて、動揺してしまう。泣くようなことがあったのだろうか。




「も、申し訳ありません。しかし幾ら私が言葉を尽くしてもこれまでお嬢様は耳を傾けてくださいませんでした。ですから、お嬢様がこうして私の言葉を受け入れてくださっただけでも嬉しいのですよ」

「も、もう大げさね。眠っている間に色んなことを考えたの。それでふと冷静になって、このままでは駄目だと思っただけよ。何もせずに引きこもっているのは良くないわ」




 なんというか……私って本当に甘やかされて、良い環境で育っていたんだな。だってここまで言葉を尽くして、思ってくれる人がいるって幸せなことなのだから。

 それに責められたり、怒られたりしても仕方がないのだ。なんでもっと早く気づかなかったんだとか、今更決意するなんてってそんな風に思われてもおかしくない。それなのに……私をこんなにも心配してくれている。




 これまでの私は、そう言う気持ちを全て無視してきた。その結果、今に至った。




 お兄様だって最初は引きこもっていた私のことを凄く心配してくれていた。私の将来のことを考えて、色んな言葉を掛けてくれた。

 こうしたらどうだろうか、ああしたらどうだろうかって、道を示してくれていた。




 外に出ることを恐れて、何もしないことを選択し続けた。色んな助言に目や耳をふさいで、私は楽な方へと歩み続けた。

 だからお兄様は、私のことを諦めてしまった。私には何を言っても仕方がないって。




 本当にお兄様には、申し訳ないことをしてしまった。あんなに、私のことを考えてくれていたのに。


 お父様やお母様だって、こんな生活をすることを許してくれていた。確かに甘やかしすぎだったし、それは私を駄目にしたとは思う。だけど……私のことを娘として慈しんでいるからだった。親としては駄目だったかもしれないけれど、私は両親のことは大切だ。





「それと……お兄様とお話ししたいから、取次を頼んでもいいかしら」



 私がそう言うと、余計に医者や侍女達には驚かれた。



 ……これまで私は、お兄様と会話を交わすことからずっと逃げていた。お兄様は小言ばかりを言うから。お兄様が言う言葉は、厳しい言葉が多かった。……今は、それが私を思っての言葉だったって分かる。

 なのにあの頃の私は、全て聞きたくないってシャットダウンしてしまっていた。




 お父様やお母様は私の機嫌を伺って、優しい言葉ばかりかけるようになった。お兄様は……私にちゃんと向き合ってくれようとして、私の将来のことを考えてくれようとした。

 今、私がお兄様にこれから頑張りたいって言っても信じてはもらえないかもしれない。

 それでもお兄様が私に沢山の言葉を掛けてくれたように……私は諦めないことにしよう。だって明らかに私が悪かったのだから。



 お兄様の、妹である私を思いやる言葉を全て無視してしまったのは他でもない私だ。

 侍女は呆れた目を一瞬浮かべていた。おそらくこれまで自堕落に生きていた私が痩せられるなんて思ってないのかもしれない。それも仕方がないことだ。

 これまでの私は、やると決めたことも諦めてしまっていたから。



 その視線が怖いなと思わないわけじゃない。嫌で仕方がなくて逃げたくもない。でも……私は私の人生をこのまま終わらせたくないので頑張ろうと思った。


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