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引きこもり令嬢(三十歳)の再起  作者: 池中織奈


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プロローグ

「ねぇ、これ、生きているの?」

「ちょっと、これなんて言っちゃ駄目よ」



 声が聞こえる……。その声を聞きながら、私は微睡の中に居る。



「だってこの方、ずっと引きこもっているのでしょう? 次期公爵様に迷惑ばかりかけているって話じゃない。それに昔は美しかったという話だけれども、今はこんなにも醜いのよ」

「それはそうだけど……」

「公爵夫妻たちが甘やかしたからってこうなったって話じゃない? もうそろそろ公爵家から見放されるっていうのにぐうすか寝ていて、良い身分だわ」



 酷い言い草だなと、ぼーっとする頭で思った。



 頭ががんがん響いている。私は確か、残業をしていたはずだ。新卒で入った会社で、接客業をずっとしていた。翌日の準備のために遅くまで残って、それからどうしたんだっけ。




 私の名前って、何……?

 混乱しながら、私は思考し続ける。その間にも、女性の声が聞こえてくる。



「だからって、公爵令嬢にそんな言い方はしない方がいいわよ。それに階段から落ちたのでしょう。打ち所が悪かったらどうするつもりなのよ」

「その時はその時でしょう? ずっと屋敷に引きこもって好き勝手ばかりしているのだから、まだ動けないようになった方がましだわ」

「ちょっと、本当に口がすぎるわよ!!」



 公爵令嬢。次期公爵。公爵夫妻。引きこもり。階段から落ちた。動けない方がまし。

 ……何を言っているんだろう。そう思いながらもずきずきと頭が痛む。また、頭の中に様々な光景が浮かぶ。

 私はただ社会人として生きていただけのはずなのに。




 ……今、浮かび上がるのは貴族として過ごしている日々だ。小さい頃の話。両親やお兄様と一緒に避暑地にお出かけした。凄く楽しかった。お父様もお母様もお兄様も好き。だから、公爵令嬢として立派になりたいって決意して……って何を思っているんだろう。




 私は誰。私は……。

 混乱する中で、他の場面も思い浮かぶ。



 初めて参加したお茶会で、仲が良いお友達が出来た。一番身分が高いのが私だというのもあって、沢山の子達が話しかけてくれた。その子達とは、十代のころまで仲が良かった。……今は、誰ともやり取りをしていない。

 悲しい気持ちがあふれ出してくる。



 ずっと部屋の中に居る。どんどん、自分が醜く、不出来になっていく。自業自得なのに周りの目が恐ろしいと思ってしまった。お父様やお母様の表情は変わらない。優しい。ただ私の背中を押したりはしないで、受け入れるだけ。




 お兄様は……どんどん冷たくなった。それを見て見ぬふりをしていた。昔は、私のことを自慢の妹だって言ってくれた。いつも優しく私のことを見守っていてくれていた。そんなお兄様が、私を疎ましく思うなんて知りたくなかった。そんな風に実感したくもなかった。だから……私は目をふさいでいた。本当は、お兄様がこんなに至らない私に呆れているのを知っていたのに。

 この感情は、誰の感情……? 他人? いえ、私自身のものだと分かる。



 社会人として生きていた日本人の私。公爵令嬢として生きて外に出ることが叶わなくなった私。

 ……どちらも私だ。うん、しっくりくる。



 二つの大きな記憶が、混ざりあっていった。

 私は目を覚ます。

 ぱちりっと開いた瞳。頭は、相変わらず痛い。二つの記憶が、混ざりあい、私として形成されていく……。その感覚で、不思議な気持ち。




「あ、お嬢様、目を覚まされたんですね」

「お医者様を呼んできます」



 侍女達の声が響く。

 ……私が眠っている間、酷い言いようをしていた侍女。自分のことを思い出す。




 私の名前は、マルグレッタ・ミレハーユ。

 ミレハーユ公爵家の娘。……三十歳。引きこもり。




 私は階段から落ちて、頭をぶつけた。その拍子に前世の記憶を思い出した。だからこそ、今の自分を見て思った。

 ……このままでは駄目だと。




 侍女達の会話からも推測できるけれど、私は見放される一歩手前だ。

 十代の頃に、引きこもって、外に出れなくなった。それから両親に甘やかされて、籠の中の鳥のように生きていた。



 ……お兄様は、そんな私のことを徐々に疎み始めた。だからこのままお兄様が公爵家を継げば、私は見放されるだろうことが理解出来る。

 今まで知らないふりをしていた。分かっていたはずの未来に目を背けていた。このまま楽をしようと、今世の私は思っていた。


 だけど、前世の記憶を思い出したからこそ、このままだと駄目だと気づいた。




 ――これは、前世の記憶を思い出してから始まる私の再起の物語。

 三十歳という、貴族令嬢としては取り返しのつかない年齢から踏み出すことになったのである。


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