ほのおの贈り物
日が昇り、街を照らしてゆきます。
わたくしどもの『ひざのまち』の被害は深刻です。
街に残った建物ひとつとしてなく、領主館であったサロンもまた焼け落ち、水と炎にまみれ。
近く病と飢えと寒さ、まこと猖獗極めることになるでしょう。
遠く海のむこうにお城が見えました。
大きく壊れておりますが未だ海を揺蕩い歌うております。
砂礫になってくずれているのは敵兵でしょうか。
もはや生存者など望むべくもなく。
「あれ? 奥様だ」
童の声がします。
たしか彼はホスピスにて終末医療を受けていた少年ですが顔色優れ。
ホスピスは死出の旅に向かう者のこころの安寧のために各国の富裕なるもののため作りしものであり、戦時に必要となる余剰な医療関係者を養育し雇用を続けるために作ったものです。
戦乱になればどのみち子供や弱者は死ぬのだという諦観もこめて。
「ほんとだ。ミカちゃんもいる」
道中で彼と仲良くなったと思しき粉屋の息子が手を振ります。
大人たちがゆっくりこちらに進んできます。
中には確かに倒れ伏したるはずのものどもも。
「あいたたた。まったく辛いね。奥様どうも。なんかちょっと気づいたらこんなんでさ」
夫に肩を抱かれて歩く豊満な女性にはみおぼえあり。
「おいおいしっかりしてくれ。おまえの方が傷は軽いだろうに。死ぬかと思ったのになんか治ってるし」
「クム?」
「サフランさま!」
ミカを振り向くと彼女はそっぽむいて下手くそな口笛を吹きました。
あとでぞんしたことです。
メイをあぎとにとらえんとしていたもののけどもは砂の像になり黄金の風と共に崩れ消え去り(※お片付け楽にして助かりました)、海賊共に襲いかかる魔物ども悉く岩となり海に沈み、山脈を進むもののけ共は砂の像に姿を変え、倒れ伏し儚くなりあるいはお隠れになりし人々は不思議そうな目をしたまま次々と立ち上がり。
『街はことごとく瓦礫となれど、人々立ち上がりいのちの唄を歌う』
ああ。『夢を追うもの』の冒険譚の一つはまことにございました。
されど。
されど。
わたくしは全ての資産を失ってしまいました。
もはや背の領の再興をわたくしの個人資産で賄うことは不可能でございましょう。
やがて冬がきて皆飢えと寒さで。
わたくしどもは生き延びただけで、結局死すべきさだめは変わらないのです。
「領主様だ」「奥様だ」
海賊衆に三部族、太陽王国移民会社の方々、流民や流刑者の皆様。
人々がむれつどい、ただわたくしどものことばを待っております。
人々は一様に領主館のあった高台に足をすすめ、わたくしどもに出会いました。
わたくしにはなにができるでしょう。
ふみもつペンすら燃やし尽くし、死してなおよみがえり、いのちのみ繋いだ人々に。
彼らはやがて押し黙り、わたくしどもの言葉を待っていらっしゃいます。
わたくしは息をそっと吸いました。
自然漏れいずることばに任せて。
「……わたくしたちは……。勝ちました」
何かが間違っていなければ。
そして全てが間違えていなければ。
わたくしどもはこの世に存在しておりませんわリュゼ様。
それで宜しいではございませんか。
……ね。皆さま。
「そうだ。胸をはれ。冒険者の魂持つものども、海の海賊。空の冒険者。全てを知る賢者たちよ」
領主妹背の言葉に彼らは戸惑いつつつぶやきます。いまだなお夢見心地の模様で無理もございません。
「勝った……」「勝ったのか」「たしか俺喰われたはずなんだが」
「テペロペロ」
ミカがわたくしの背後でつぶやきました。
ざわめきが確かなことばになっていきます。
わたくしのことばも明確に意思を伴い紡がれていきます。
「ここにつどいしもの。
族と呼ばれし追放者。
野蛮人と蔑まれるもの。
病にうちひしがれ毒にくるい、
棄民のごとく本国から送られたもの。
親を失い友に裏切られ、よすがもなきまま訪れしものもございましょう。
此度の戦乱によりさらにすべてを失い、みなのもの雨風から身を守る家すらなく飢えと寒さに震えること必定」
人々は涙なく泣きます。
私もしらたまをこらえて彼等を眺めます。
「ですが!
わたくしどもはいきておりまする!
太陽覆い尽くされ海は消え、
30万超える帝国の軍勢に攻め立てられなお、わたくしどもはみな生きてここに立っております!」
彼ら彼女らは私をみつめます。
わたくしも熱をこめて叫びます。
「幸せを求めて震えるもの、茨の道も凍てつく夜も、希望を捨てられず彷徨うものどもよ。
どうかわたくしどもも皆様の仲間に加えてくださいまし。そして共にすすませてください」
「お、おう……」「ええ…」「は、はい」
燻り続ける街の臭いの中、人々の目になにか暖かいものが宿りつつあります。
「自らの胸に宿る寒く冷えた心を温めてやることはわたしにもできかねる。いつかともる熱い夢をかなえてやることもだ。
だが。炎を分け合う旅人のように、私は君たちと共にある」
「領主さま」「大酋長」「大将」
「わたくしどもを救うために戦ってくれた皆様にはわかってほしいのです。
こころの荒野でさすらうわたくしをうけいれてくれた『ひざのくに』の民よ。冒険者の末裔たちよ。
わたくしどもの希望の流れ星たちよ。
見てくださいませ!
朝霧が晴れてゆきまする!」
……陽光とともに輝くなにかがあり。
それは一群の大船団。
商人たちの船また船。
あるいは父率いるムラカミ侯爵家子飼いの海賊の群れども。
支援物資と必要人員満載し、デンベエとングドゥたちがかき集めしものどもの船が。
「お嬢様ぁ! 支援物資をお持ちいたしました!」
「大酋長。遅参あいすまぬ! されどその分稼ぎまするゆえ!」
人々の声が徐々にふくらみ、歓声となり、やがて爆発しました。
「さぁ! いきましょう! 新たな旅路に!
不詳わたくしども領主妹背も、皆様の希望の船の仲間にお誘いあそばせ!」
叫ぶもの、倒れ儚くなったはずの仲間との再会を喜ぶもの、病やくすりから解き放たれ喜ぶもの、子を迎えあるいは新たな恋人との絆むすびしもの。皆の声轟くなか、次々と救援物資と人が破壊された港から入って来るのが見えました。
あれは父クウカイと妹ミマリの旗です。
そしてミカの実家陪臣家のものどもの旗も。
「あっ。お嬢様いたぁ!」
大混乱と盃かわすものどもかきわけ手を振るものがいます。メイです。
彼女は何故か頬を赤くもみじにしたショウを連れてこちらに走ってきます。
「爺!」「坊!」
リュゼ様とジャンは抱き合います。
「自信作焼いて待っているのに、ぜーんぜんミカちゃん帰ってこないもん。パイたちに頼んで送ってきてもらったの!」
コカトリスたちは一様に「ダヨー」「サイゴワー」「セリファー」と叫びわたくしどもに整列してみせます。初めて風切羽根を捧げてくれたあの日のように。
ミカは少し涙ぐみ、メイを抱き返しました。
「最高のおもてなしです。ありがとうございます」
それからの日々は厳しくも楽しきものでした。
現実的問題として領地復興を賄う資金を得るためわたくしたちは帝国銀行のもつ独立戦争王国債の一部を肩代わり返済する義務が生じたのです。その額あやしげなおくすりをのぞいた当地の収益20年分。
ガクガがニコニコ笑いながら替刃特許の証文をわたくしどもに見せまするがいまのところわたくし屈する予定はございません。
マリア様とベンジャミンことフランスのもと、12人もの居候押しかけ、二人の婚礼また遠のき。
……彼女には謎めいた魅力がありますゆえ。
その中一人、みどりのスカーフをまきし娘はミカのもとに訪れメイと睨み合い。
デンベエとングドゥは相変わらず仲がよからぬものですが先日共に呑みながら歩んでおりました。
歳なのですから自重していただきたく。
特に片方は変わらず少女の装いにて。
ひ孫を控えながら変質者にしか見えませぬ。
ロザリア様の美しいお声は治るか今のところ少しわかりかねますが、ンガッグックの元で三部族の研究資料をまとめるとお手紙いただきました。
マリア様は「居候が減ってせいぜいする」と言いつつ寂しそうです。
11人も世話するのですからその寂しさは紛れることと愚考致しまするが。
ガクガは相変わらず私どもの邪魔ばかり。
気づけば乳母をやるなど戯けたこと申しております。
吾子の情緒教育に深刻な影響がありそうです。
ポールとライムは、というよりポールは年貢を納めました。
無事ライト家に婿入りして兵士を引退し主夫として剣作り見習いとなるとのこと。
ミカはのちに杖を返しに行きましたが固辞され、ハンカチ干しとして活用しているようです。
アランも胸に宝珠おさめし謎めき乙女と婚礼あげました。
一言もくちにせぬ彼女はわたくしの祝福に「ぴぎゅ」とつぶやき頬を赤らめておりました。
チェルシーは夫バーナードの兄弟が6人もいると知って混乱しておりましたが、とりあえず『夫の兄弟に対抗する』と申して飛び蹴りを放つと燃え上がる危険な魔法靴と王冠のようなツノをつけた兜を開発しました。
通常の歩行速度を倍に高め、鍛えれば鍛えるほど着用者が強くなる効果もあるそうです。後者さておき前者は移動速度上昇のほうが明らかに夫の職業的に有益と思いますが。
なおバーナードの兄弟はあの超人的はたらきおよそ3分しかまともにできないと判明し、マリア様が「やたら正義感強くてこっちが非常時には大抵知らない誰かを助けにいなくなるし、印刷所の男手としてはまるで使えない」と嘆いていらっしゃいます。
彼ら近年珍しくなった大型魔獣襲来を退けてくれたのでよしとします。
かの印刷所引き続き居候どもの面倒を見ることになるでしょう。
……ベンジャミンことフランスが。
「また私に丸投げですか!」
セルクは王国騎士の称号も辞退し、時々ミカとやり合っておりますが一向に伸展する様子なく。
本人は剣の腕明らかに部下たちに劣るからと謙遜していますが此度の戦乱での武勲考慮して明らかに将の器。わたくしの実家(※ミマリです)含めてあちこちから引き抜きの話多くも全て固辞しており。
太陽王国のミカとメイとともに治安維持に災害復興にと尽力しております。
ミリオンですか。
また太りました。
時々ロベルタやその夫マークと遊んでおります。
クムの子供たちとも仲良しです。
クムたちの新しい子ポップの額にはあの優しい森番のスカーフが巻かれておりました。
カラシくんと『物狂い王妃』からは時折結構なお手紙をいただきます。
ピグリム先生は助手代わりのカリナにプロポーズして二度ほど断られておりましたがカリナは男は嫌いと申しつつ助手の真似事は続けているようです。
ちなみに彼がリュゼ様より少し歳下のふりをしていたのは威厳を保つためで、実際にはアランたちと年齢さほど変わらないため、はたちに満たないカリナにプロポーズしてもさほどおかしくないと存じたときはわたくしもミカもおどろきおびえました。
先日此度の戦乱の影響(※お忘れの方もいらっしゃると思いますが、彼はいくさにおける心療内科も得意です)にて連日まともに眠れぬ日々を過ごすピグリム先生の背にカリナがケープをかけている姿を見ました。
ポチとタマ、城の猫たちや新人のものたちも元気です。ポチとタマは空の戦いにて勲功上げましたので彼らがのぞんでも与えなかった鰹節を一年分差し上げました。塩分には気をつけて。
その城のものども彼ら彼女ら前日無断で賭け事を主催しておりましたので胴元料を召し上げました。
今のところ男の子優勢にございます。
名前は……フェイデルナンド……ローンダミス……未定です。
モモとジローラモは鬼教師です。
わたくし三部族の手真似苦手にございますれば。
老兵ベッポが時々フォローしてくれまするが。
ミカの家族は時折とんでもないことを犯します。
先日ミカの姉フミュカと兄ニノスケ、歳下の叔父シナナイが訪れ居着きました。『身の危険を感じた』とわたくしの妹ミマリに対しての世迷言を申してです。
フミュカはたちまち冒険者として頭角を表し常に楽しい物語りをわたくしに。
シナナイは男性としてさまざまな危機を潜り抜けたと言うことですが、やはり研究助手としての能力秀でており。
ニノスケは追い返したく思いますが無視を貫きわたくし憤り隠せず。しかも彼は妹であるミカに迫る変態であることと、ミカの兄弟たちでもっとも大柄なだけでなく、嫌味なことに今もっとも必要な内政に才能があるのです。意外とセルクとはうまく無視し合っております。得意分野がまるで被らないのが良いのでしょう。
ミカは楽しそうですが「ニノスケ兄さんはいらない」と申しており。当然でございます。
振り向けばたのしきことばかり。
ありがたいこと限りなし。
にも関わらず、このどこか足りないものは何でございましょう。
わたくしの、リュゼ様のそばにあるべきものが欠けている寂寥感はいずこから生まれ出るものでしょう。
まるでわたくしどもの隣にこれから産まれる吾子のような存在がいたかのような。
ある日のことです。
わたくしどもはふととある童に目をとめました。
戦災孤児らしく、親の姿はなく、頼りなき目でわたくしを、リュゼ様をみつめておるのです。
彼はわたくしどもと目があったとさとると、少し小首を下げてから足早に立ち去ろうとします。
わたくしは淑女の嗜みわすれ瓦礫をふみ走りより、彼の服の裾をはしたなくもつまみ、微笑むのです。
「どこに行くつもりだねまた君は」
「寝室の『世間広し』の籠、いまだあなたのいたづら待っておりまする。
……わたくしの、わたくしどものフェイロン」
【完】




