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新婚初夜に『トロフィーワイフ』と暴言吐かれて放置されました  作者: 鴉野 兄貴
終章 勝杯の乙女

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皇帝への直訴行

「ここでしょうか」


 わたくしども妹背の前には見上げるほど大きな扉一つ。

 すでに他の道はなく、皇帝陛下はここにおわすはじです。


「おそらく」

 彼は扉を見上げます。

 ひとの力でおしあけること叶うのでしょうか。


 古びた埃の香りと青銅の鯖に包まれたノブは魔導帝国時代のもののはず。

 されどかつての栄華をその装飾に見ることができます。


 気づけば扉を見上げながら違いの手を痛いほど固く握り合っておりました。



「ごめん仕る」


 わたくしどもがおすと扉は簡単に開きました。


「麗しくも尊き皇帝陛下に無礼つかまつる。やつがれは王国騎士にして王国領『びざのくに』半島騎士領が主、リュウェイン・”小渓(こたに)”・”りゅうとさる”に候。本日はいやしき身の我に辺境伯の地位を賜りし陛下に無礼千万承知のうえ直訴仕りに上がりし次第」

「同じく王国侯爵の娘にしてかのものの妹子いもこ、帝国貴族『心臓』の娘、村神鞠華に候えば、我背とともに膝突きこの領のものども救うため失礼つかまつります」



 皇帝。

 かのものは童の姿でした。


 柔らかそうな茶色の髪。

 同じ色の宝石のような愛らしいと言ってよい瞳。

 すらりとした手足は繊細にて美しく、歳の頃はミリオンと変わりません。


 いえ、わたくしの存じる『二人』によく似ております。


 かれは私どもに視線すら合わさずただ動くものがあったがゆえに視線を向けたようでした。



「話せ。『ひざのくに』辺境伯はおもてをあげよ」

 そしてそのまま彼は告げます。

「民よ汝らは幸福か」


「よしなにて」

 リュゼ様がこたえます。

 微妙に無礼ではございますが皇帝は気にした様子なく。


「朕はゆえに幸福である」

 彼は玉座もなく、ただ立っているのみです。

 されどその気配威厳ともにすさまじく。


 わたくしは彼に続けます。

 これまでの人生で積み上げた礼法も嗜みも忘れて。

「陛下、御無礼仕ります。なにとぞ軍を引いてくださいませ」


「なにゆえに」

「我々の幸せのため」


 皇帝は少し恵心したようにします。


「朕の道具どもが砂礫となりあるいは不可思議な大爆発で消え去ったが、何か存じておらぬか」


 砂礫。

 もしや。

 いえ間違いございません。


 リュゼ様はあばずれな申し方を致すならば、皇帝の問いをすっとぼけました。

「畏れながら。当地、三部族いうところ『凶主』なる魔導帝国期の遺跡多く、いまだ魔物あふれる不可思議なるところ。何が起きても驚くに値しません」


 ミカ。ありがとう。


「では山を砕くことで、堰を切っても水が流れぬ川を破壊し大水にて道具どもを押し流した力に心当たりあるか。答えよ」


 大爆発、ですか。

 そのような技術などあるはずございません。


 英雄時代、かつて『飛翔』とおなじ魔導五階級に『瞬間移動』なる魔導が存在しており、事故を起こすと同じところに別のものが存在する矛盾により山をも吹き飛ばすと『はじまりは本編よりながく』なる夢を追うもの冒険譚にはございますが。


「さて、賢者もしくは魔導士。

 確かに部下におりまするが、調べてみましょう」

 彼はショウが魔力を使い果たし倒れ伏しおそらく今や儚くなったことには触れませんでした。


「貴様たちが軍と呼ぶ朕が道具はなくなった。他にあるか」


 ございません。

 皇帝は実にあっさりとわたくしどもの望みをかなえてくださいました。


「畏れながら。軍をひく条件はございますか」

「ない。道具は作り直す。その時奴隷は仕事を得て幸せになる。民の幸せは朕の幸福なり」



 では何ゆえこの地を攻め滅ぼしたのでしょう。

 農作物の病をまき併合を謀ったのでしょう。

 国境の要所だからではないのですか。



「『心臓』の実験体よ。無礼許す」

「……わたくし愚かしく、愚昧を口にするのも憚り奉りますが、不詳わたくしめのことでしょうか」



 かれはやっとわたくしどもに目を向けました。

 正確にはわたくしひとりを。



「何故ここにいる」

「憚りながら我背とともにいとたけき陛下におろかしくも直訴奉じきそたてまつりに」



 皇帝は続けます。


「聖女と王太子はどこだ。

 そこの群衆モブは知らぬ。

 何故貴様がここに立つ。

 まして『心臓』とならず実験素体のままで」


 コリス様は男爵家に引き取られ再教育を受けていらっしゃると存じます。

 王太子殿下、かつての婚約者のことは存じません。たしか身分相応の貴婦人を王やお父様が探すのに苦労しているとしか。



「畏れながら。わたくしは母の胎から産まれました。されど彼女はわたくしを愛してくれました。実験などではございません。そしていのちとひきかえにわたくしを守ってくださいました」


「いのちとは。『心臓』は無事ぞ。ここにある」

 皇帝は心臓の位置をさします。



「『腎臓』や『右肺』と違ってな」


 わたくしが見るに皇帝は健康そうな童の姿をしていらっしゃいます。腎臓や肺を患っている気配はございません。



 思わずかれを見上げてしまいました。

 彼は一枚のスカーフを握っております。

 そのスカーフにはわたくし見覚えがございます。



 我が侯爵家森番のアップルのもの。


 愛らしいわたくしとミマリとナレヰテの友達。

 忠実なしのびのもの。

 母が編み物を師事し、十の愛らしい小さな指で編み針も使わずに暖かい手袋もマフラーも編んでくれたもの。


 ミリオンめが30回目の離婚調停をしているもの。



「あらゆる毒を生成し毒を無効にする『腎臓』。

 暴風も真空も生み出し星界を翔ける『右肺』を朕は失った。


 確かに何か引き換えを要求しても良いのだろう。それが人のいう幸せなのだとすれば」


 皇帝はスカーフを投げ捨てました。


「アップルを……アップルは何処なりや」

「あの歳を取らぬ童はそのような名前か。

 朕の姿見て急に憤り襲いかかってきたのだ。『息子を冒涜するな』と。わけがわからぬ」



 わたくしの無礼を彼は補ってくださいます。


「陛下、遅ればせながら我々辺境伯の地位を賜り挨拶もできず誠に無礼仕りお詫びの言葉もなき身分ながら。

 その娘、恥ずかしくも私は詳しく存じませぬ。

 時々領内を探っておりはしたと存じてはおりますが、無害な童と愚考しておりまさかかような暴挙に及ぶなど想像もつきません」


 温厚でやさしいアップルが何に憤り凶行に及んだのか想像もできませぬが暗殺者や暴漢に対して皇帝のおっしゃることの方が理があります。


 祝砲がたまたま皇帝を傷つけたとしてもこの世全ての人々を巻き込む大戦となりかねない中、実に温情溢れる態度といえましょう。


 わたくしどもは領主とその妹子。

 森番ひとりと辺境とはいえ領の人々全てをかえることなどもちろんできません。


 わたくし貴族のむすめにて望まない婚姻ともどもさだめとして受け入れております。



 されど。されどアップルは!



 わたくしは諸手を地につけ、皇帝のおもてを伺うことかなわず。

 いつしか手のひらが震えていることに気づきました。


 かれはたしかに皇帝の器でしょう。


 かれは愛を知りません。

 憎しみを知りません。


 怒りも悲しみもないでしょう。

 わたくしのしるひととしてのこころすべてがかれにはございません。


『全てを幸せにすることが幸せ』


 その中にけものも植物も人も小石もかれの中では違いはないのです。



「朕は幸福である。

 貴様たちも幸福なり。

 なんじらののぞみは叶えた。

 二人とも下がってよい」



 どうしてあなたは宝箱にこもり、変な魔導求めるエルフの女魔導士を噛んでいないのでしょうか。


 なにゆえに皇帝となりここにおわすのでしょうか。

 母の友にしてわたくしどものかわいい森番のかたきよ。



「陛下、失礼ながら」

「とどまってもよい。そなたの幸福のためならば」


 リュゼ様はおっしゃいます。

 帝国皇帝がこのような辺境にいて良いのか。

 その意味がよくわからないと。


「質問の意図がつかめぬ。朕は皇帝。

 あまねく全てを是とする。


 なんじらが帝都と呼ぶものは人の住まいにすぎぬ。

 朕動かばそこがなんじらの呼ぶ帝都なり」

「では、なにゆえここまで壊し尽くすのでしょう。あなたがここにいればこの地帝都となります」



 焦げた香りはなつろうそくのあかりにて揺れる端正な顔の童はつぶやきます。


「破壊とな。凶主となんじら呼ぶものども現れる前よりこの地では沼地に葦をつみ人が住む。


 やがて土が石が運ばれ人住まう街となり、その街を足場にまた街となる。

 その間に多くのものが滅びあるいは人の家畜や農作物となり縛られ繋がれあるいは人に牙むける敵に抗する力となった。

 そのことか」

「あのバイドゥの群れは。家畜や農作物への伝染病は。死にゆくものどもの最後の安らぎの地として作りしところにいくさにて今なお多くの人々押しかけ、救いを求め傷にうめき死を恐れ叫ぶのはなにゆえか教えてください」


 童はリュゼ様に告げます。


「時々、危機がなくばタガは緩み、崩れ去る。


 例えば『あぎと』との会話を面白半分に盗み聞きしていたものどものように」

「おっしゃることはよくわかります。しかし家中のものどもや領民のことならば、そういった危機のようなもの、不詳わたくしめが作ることでご理解賜りたい」



 童は靴音を響かせ、意味なく広い部屋を歩いて見せます。

 時々短く切った髪がなびきます。


「なるほど。

 されど人間は悪人とやらを作り排除し虐げねば生きてゆけぬであろう。


 朕はなんじらの苦痛忍びぬ。

 なんじらにかわり平安を与えること朕はやぶさかでないのだが」

「……いえ、我々未熟でも不完全でも、法に乗っ取り裁きをする所存にございます。

 人は間違いをおかすゆえ」



「法は違える。されど朕は違えぬ。朕はいのちとなんじらがよぶ全てもほかのすべてのものも変わらず愛そう。

 それらいずれ全て朕の血肉となるゆえに。

 そして朕こそが新たな世界の卵となるであろう」


 人喰いのもののけがでしょうか。

 かわいいアップルの遺体を如何にしましたか。


「あなた様は神にでもなる気なのでしょうか。失礼……仕ります。口が滑りました」


 神など、いいものではございません。



「神だと? 物語の流れか。それとも世界の礎となるものどもか。少なくともクリマンジュウよりは朕のほうが世界の礎としては良いと思われる」


「くり……」

「クリマンジュウですか?」


 皇帝はうなづきました。


「この姿も朕にたちはだかりしものの似姿。

 忌まわしき神々に奪わし『左目』を異空間に封じられしのち我は二度よみがえった。


 一度はこの地より東の大陸東のはずれ。

 なんじら人がアノスとマリカと呼ぶ者ども、そして……この姿のものたち」

「二度目は」


 リュゼ様はおもてをあげて問いただします。

 今おもてをあげて良いとは受け賜っておりませぬが皇帝は気にしていないようです。


「同じ大陸西の端の村のさらに端。

 我々を奉じるものどもの手により。


 身体は放浪の騎士どもに討ち取られ魂を砕かれ、異空間にある『左目』もまた朕の力封じしつるぎ持つ童に討ち取られた!」

 皇帝はわたくしを見つめます。

「そういえば貴様……あの童の加護を受けているな。におうぞ」

 わたくしは何故かこの地に着くまで共にいた御者のおもてを思い浮かべ。


 まさか。あれこそただの童。

 身に覚えなどございません。



無知蒙昧(むちもうまい)である私の認識ではクリマンジュウとはただの菓子では」

 リュゼ様が割って入ります。


 そうです。

 季節違いのクリと豆のペーストを交えたパンにございます。


「神々は偉大なる『我』より生まれしものども。

 両の腕は秩序と混沌の神たちに。両の足は幸運といくさの神々に。胴体からは秩序と慈愛の創世女神が。頭からは知識神が生まれた。


 我は身体を全て取り戻し世界の卵に戻るはずだった。


 愚か者の女が世界を包むマナをお菓子などにかえ、勇者名乗るこの姿のものどもがかの菓子を星の彼方に放逐せねばな。


 今やクリマンジュウは無限に増え続けその質量により自ら重みをもち時空を曲げやがて新たな宇宙の卵となるだろう」


 笑って良いのでしょうか戦慄して良いのでしょうか。

 わたくしどもはもはやわかりかねます。


「……私は冗句は好みませんが、陛下がおっしゃるのならば」「壮大な戯れ歌とおぼしており申した」


 ミカはミリオンを馬鹿にしていましたが事実だったのですね。

 そしてなんとおろかしき喜劇コミックでしょうか。

 ベンジャミンことフランスであれどもこんな戯曲は書きません。


 クリマンジュウなど倉庫に正直いくらでもございますゆえ、帝国が責任を持って引き取ってくださいまし。



「巨人を名乗るあなた様の御姿が小さな子供である理由はわかりました」


 つまりこの愛らしい姿は『夢を追うもの』ファルコ・ミスリル。

 ミスリル王家の祖を模したものでしょう。


 絵画ではもっと長身の美男子でございますがアップルやミリオンの縁者、いえ息子でございますれば。

 あの優しい童の姿をしたアップルが憤るのは理解できます。



 人を部品として看做したり工場で作り出すものと認識していることもまた理解できました。


 帝国貴族はそれぞれが完全なる生物。

 ゆえに繁殖すら必要としない。

 そして全て別種でありながらそれぞれの部品ともなりうるうえ、他の生物と時として自らの一部と成す。

 機械教徒の生物部品説を自ら証明する存在ということです。


 ……されどそれはもっと原始的な生物であるはずです。

 かような知性を個々で持ち、あるいは自在に統合叶うなどあり得ません。



「もう一つお伺いしてもよろしいでしょうか」


「問え」


 リュゼ様は問います。

「あなたは世界の卵になるとおっしゃっいます。まこと壮大な話ゆえ混乱しておりますが……」


「朕は人である」


 皇帝はおっしゃっいます。

 しかしこのようなものが人を名乗るなど。


「わたくし、曲がりなりにも生物を学ぶものです」

「楽に話せ。二人ともだ。

 立って良い。その姿で朕と戦うのは無謀だ」


 彼に剣を外せともわたくしが持ち得るはずの対帝国貴族用の薬品や爆薬の類を皇帝は気にもしませんでした。



「猿の仲間には酒を作るものがいる」

「存じております」


「そのために樹木の穴を、果実を使う。他の命を。あるいはお前たちが認識できていない小さきものの力を借りて。

 時として石で砕きいのちうしないし棒で果実をもぎ作る」


「猿は己と己の種族を守るため地に溢れる。そして他の命や道具を使う。つまり猿とは個体ではなく、己とその種族を守り他の敵を殲滅あるいは退けるための仕組みだ」

「あなたは、陛下はゆえに自らを人間とおっしゃるのですか」


「肯定なり。人は他のいのちを弄び、ものを使い潰し惑星をおおいつくし全てを従え滅ぼしてゆく。その仕組みの上に朕がいる。ゆえに朕は今ひとである。


 さぁともに新たなる世界を築こうぞ」

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