表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新婚初夜に『トロフィーワイフ』と暴言吐かれて放置されました  作者: 鴉野 兄貴
終章 勝杯の乙女

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/66

妹背肩寄せ合い

 静謐せいひつと言って良いそのひとはしらの神像はわたくしの頬を撫でんとしたまま永遠に固まっておりました。


「ミカっ?!」

 わたくしはコカトリスの夫婦羽根でできたかんざしを引き抜きます。


 彼女がまとめてくれた、彼女がふりかけてくれたコロンの香りと共にわたくしの亜麻色がほどけ、腰にまで流れました。


『コカトリスが口にする毒草である芸香うんこうが月夜の晩に開花したもの。もしくは彼ら自らが捧げてくれた夫婦羽根や娘羽根があれば石化の呪いは解ける』


 わたくしは彼女にかんざしをさします。

 にも関わらず彼女は静謐な笑みを浮かべたまま動こうとも致しません。


 リュゼ様もまた夫婦羽根でできた短剣にて彼女に触れます。

 彼は首を横に振りました。



「自らの意思で石化しているように見受ける」


 そんな。

「ミカ。みか。ふざけないでくださいまし」


 差し伸べられた手のひらに縋りつき、わたくしは恥も外聞もなく泣き崩れます。


「命令です。今すぐ元に戻りなさい。

 わたくしの言うことが聞けませんか。


 ごめんミカちゃん。わたしがわるかったから……笑って」


 彼女はやさしい笑みを浮かべたまま、異なる時の人となったのです。



 そののちの道中は砂礫と化した罠のあとと、魔物だったと思しきすでに崩れゆく石像を避けてのものとなりました。


「彼女は魔導士ではなかったはずだが」

「わたくしの乳母ノリリは魔導士ゆえ、彼女の兄弟姉妹にもその素養がございます。しかしミカは『使える魔導』を持ちません」


 そう、今の世における魔導士とは技術者であり、冒険者である魔導士も魔道具を用いるもの。

 例として『火球爆裂』のような魔導は使えないものとされます。


 ミカは破壊の魔導のみ、それも自身にかけてしまうのです。

 一度は『光の矢』をとなえて大やけどを負いました。

 わたくしが安易に見せてほしいと請うたゆえ。



 ミカをおもいだし、時折あさましく取り乱したるわたくしめに肩を貸し、彼はもう片手であかりを握り。

 これでは身を守るすべなくされどわたくしどもを阻むものは全てなくなっておりました。


「皇帝も石になってくれているなら助かるのだが」

「!」


 皇帝はもちらんあの人喰いどもの首魁しゅかいでございましょう。

 しかしミカかかの女神かわからぬものは言いました。


 人の争いは人同士で決着をつけよと。



「あれは人なのでしょうか」


「なんのことか飛躍しすぎてわからん。マリカ」



 人に近いいきもの。

 伝説にある妖精たちは人でしょうか。

 ドワーフ。歳を取らぬ子供たち。


 類人猿。

 珍獣ボノボ。

 ゴリラなる怪物。

 森の人と呼ばれる猿。

 テナガザルという猿の類。

 三色見分けるオナガザル達。

 ヨザルを除くほぼ全ての猿ども。


 飛んで母が乳を与え胎生の生き物。


 さらに飛んで四肢ある生き物。

 脊椎を持つ……。


「一応わたくし生物を生涯の研究と覚ゆておりまする。しかしウニやヒトデなどの類まで遡ってもあのような生き物はおりませぬ」


「ああ、何度目をつきかけて騒ぎを起こしてくれたかわからん」


 骨なく生殖能力を待たず、その身体中が脳にも筋肉にも刃にも瞬間的に特性を変え五感を司る器官のような複雑なもののみならず鳥の翼など明らかに人間の身体に生やしたところで飛べないものすら生成し飛行を是とする。


 まして人間の身体を乗っ取りあるいは食料にし人に技術をもたらしまたは社会の頂点に立つ存在など。



 あえて述べるならカマキリを操るハリガネムシや虫の脳を乗っ取るキノコの仲間が似てはいるでしょうか。生物学的には相当離れていて別種にございますが。


「リュゼ様。リュウェイン卿」


「なんだ改まって。村神鞠華」

「わたくしは人でございましょうか。

 あなたの隣に立っていてよろしいのでしょうか」


 彼は戸惑い答えます。

「……よく、わからんが」


 わかっていらっしゃるはずです。

 わたくしは彼らを母としおじとして生まれたのですから。

 ガクガや他のものと違いもののけのむすめなのですから。


「確かに奴等を人と思ったことはないな。例外もあるが」

「それは」


 彼はつぶやきます。


「私は生物学には詳しくない。しかし我が旧友である『あぎと』は未だ悪友であり。そして君の母御は義母として敬愛の情を持っている。彼らが如何なる存在としてもな」

 詭弁でございます。こたえになっておりませぬ。


「それに私の父は、爺たちの言動などから知るにどう考えてもミリオンと同族だ。私もある日急に頭が二つに割れあぎと現れるかもしれぬぞ……このように言って欲しいのか」


 わたくしはかつて彼から刃なきミスリルの短剣を賜りました。それは父御の形見だと。

 わたくしが思いまするにそれは。


「フェイロンも、ミリオンと同族にございます」

「だろうな。匂いのようなものが違う」

 存じていたのですか。


「ミスリル王家の血筋には生き物の心がわかり伝える力もつものがいたという。私も時々わかる気がする。まぁ……」

「それ以上はおっしゃらないでくださいまし」

 睦言の類にてここで戯ける時ではございませぬ。


「少なくとも剣や拳を交わせばだいたいわかる」

「武人なら当然では」


 わずかな怯えの震え。汗の臭い。吐息遣い。体調。覚悟と信念は剣に現れます。


「それ以上にな。まぁ枕を投げてくるお転婆娘は別だ」

「ここでふざけないでくださいまし」


 彼は戦士として帝国と戦い、人として帝国貴族と接してきた経験から言葉を紡ぎます。


「端的に言えば、彼らは生物としての人間の特徴を持たないが、人間との社会を形成することになんの疑問も持っていない。

 にも関わらず支配欲のようなものが薄く派閥争いも聞いたことがない。ああ、『あぎと』と母御は例外だ」

「それは時々王宮にいらっしゃる帝国貴族の方々からも察することができますね」


 彼らは完全な礼法を使いこなし、美貌他になく、常に感情を見せず、支配地域の人々の幸福を喜びとし利殖を食むにしても例えば『ジッパーがあるのに人間の側使たちに縫い付けさせる』などの洒落を好みます。


「帝国貴族の家中のものは一目でわかるほど訓練され清潔で均一に動き、同じ召物をまとい時として同じ顔のもので揃えることすらある。バーナードはさておき、君がカナエと呼ぶものの兄弟姉妹は藩王国山中にあったK工場で会った」

「バーナードの兄弟ともお会いしましたか」


 彼は少し表情を変えます。

「帝国貴族の食料品として、カナエと君が呼ぶ存在たちなら。一人は保護した。

 ……バーナードと同型の多くは廃棄されたか移動したのだろう」


 デンベエはあなた様と間接的に関わり、あの子を連れて帰ったのでしょうね。



「彼らは人を奴隷や家畜と呼ぶ人喰いであるが、時として魔導や機械にて人や魔物を生み出すことを除けば強力な福祉国家として税を取らず人の幸福を是とする」

「ええ。『家中のものが美しいこと、これぞ何にも勝る装い』。王国に属する我々も模倣すること」



 生物学的にみて人と完全に異なる人喰いでありつつ、人と社会を築く。


 その人や家畜の生きている間の幸福と安寧を望む。我々が家畜の精神的負担に配慮する習慣は彼らからです。


 かような珍奇ないきものがいるでせうか。



 にも関わらず彼らは芸術に関心を持ちません。

 彼らは皆写実画法等ならば驚くほどの素養を見せますが乞われることなくば筆をとりません。


 知識としては芸術に限らず誰よりも的確に分析できますが、パトロンになることはあってもそれは『人間が幸福になるから』という客観的基準により相手を選んだ結果に過ぎません。


 わたくしとミマリが庇い続けたベンジャミンことフランスのような例は別ですが。



 もちろん共生関係にある生き物同士、寄生生物。

 あるいは人が他の生き物を家畜や農作物としてある意味保護することはございます。


 例えばリリ村なる辺境村には今となっては『役に立たない』芋の原種を守り伝えている一族がおり、飢饉の時などは大いにその力を奮っております。


 帝国貴族は結局最後には人を喰らいあるいは犬猫のように扱いまするがかのいきものは不思議な存在です。


 彼らの生成する刃は体内の軽金属を集めて生み出すものです。一部の昆虫ならばgearや金属構造を持っておりますがこれもまた生物としての種が違いすぎます。

 さらに食事を基本必要としないのは植物や体内に植物を飼う生き物に限られております。


 科学ショウで昨今貴婦人がたを卒倒せしめている水中に住まう目に見えないくらい小さな生き物の中には植物と動物の境のようなものがいるかもしれませんが未だ名前すらついておらぬものが多く。



 人の上にたつ人ならざるもの。

 人々の幸せを是とするもの。

 されど人喰いのパラサイト。


 時として人を愛し、人の悪意を知らぬもの。

 自らを完全なるものとよぶ、あらゆる生き物の力を駆使するもの。


「帝国皇帝。かは何ぞ」


「マリカ。我々は領主だ。

 不敬にも皇帝陛下に直訴する辺境伯として、王国騎士としてこの戦いに終止符をうつのが先決だ。わかるね」


 はい。

 わたくしの疑問は棚上げになりました。


 何より多くの犠牲を払い、託された想いを繋ぐためのみにわたくしどもはここにいるのです。



 他に道はございません。

 おそらくこの先に皇帝陛下はおわします。



「マリカ。変え難き吾妹子わぎもこよ」

「吾がいとしの背よ」


 どちらともなくお互いにいくことをしめしあわせます。

 これがクニ産みの神話ならばわたくしが先に口を出してはならぬのでしょうが。



「どこまでもお供致します」

「実は、震えているんだ」


 それでも進むなら、あなたはわたくしの。

 二柱の女神たちを手にした勇者にございます。


 ナルニアの王たちにも竜退治のドワーフたちと忍びのものにも聖剣の王にも赤毛の勇者にも自由騎士にも魔王にも劣りません。

 きっと『夢を追うもの』『謎を解き明かすもの』『星を追うもの』たちにすら。


 わたくしは彼をだきとめ、くちづけます。

「我が腕の中で震えるには及びませぬ」


 万の加護と億の勇気をこの身このこころにて全て差し上げまする。



 しかし見れば見るほど。

「あなた様は不細工ですよね。小柄ですし。筋肉とはいえお腹も出ていますし。おまけに禿げています」

「剃っているだけだが」


「いぢわるで、初夜の日にむごいことをおっしゃりこれほど美しいむすめを放置して、時々たわけたかぶりものを召して護衛騎士などと名乗り呆けた真似をおかし」


 汗臭いのです。そのうち腋臭にでもかかるのではございませんか。


「ガクガのようないたいけなる少女だったむすめの純情を弄び詭弁を弄して領をうばいとり、海賊共をしたがえあやしげなおくすりを手にして」

「もともとは天災クソ野郎……王からの海賊退治の命による無茶の延長だ。望んだわけではない」


 ええもちろん。


「わたくしのような小娘の夫婦ごっこに付き合いいただきまことにありがとうございます。

 あなた様には永遠の愛する方がすでにいらっしゃること、前から存じておりました」

「知っていたか。

 ……肖像画も何も残っておらん。顔も思い出せない。だが機嫌を損ねたときの態度は君に似ていたな」



 名も知らぬ美しい方よ。

 わたくしは彼を手に入れました。


 でも顧みれば。

「誠実さと思ってもガクガのことを思うとそうでもございませんね。わたくしの目は腐っていたのでせうか」

 顔も見た目も中身も実のところいまいちです。

 知恵と武勇は並ぶものございませんが探せば他にもいるやもしれません。


「きっと近くしとねにガクガを」

「しないぞ。喰われる。文字通りな。

 あの子は愛らしい子供だった。

 当地に詳しくない私に色々教えてくれたよ」


 ガクガなら、ひょっとするとわたくし認めて差し上げることあり得るかもございません。


 大いに妬きますが。



「王を支える、実質王として振る舞うことしか存じませんでした。

 心の奥底では不満もございました。


 辺境ではなく中央にて短い人生で得た全てを、そして人生を捧げるつもりでしたので」

「知っていたさ」


 されどミカと訪れた悪人どもしかおらぬ当地はわたくし共を暖かく迎えてくださいました。

 傷つき震えるむすめ二人に再び立ち上がる心を授けてくれました。

 何より人々のたくましさとしたたかさに悩まされつつ楽しい時を過ごしました。


 この地から王国や帝国を変えること叶うかもという野心を抱ける程度には。

 そしてわたくしの野心を察したわるものどもまたつどい。


「いつも思うのです。どうしてこのような方に心惹かれているのでしょうと」

「散々ないいようだな。おっと……足元に気をつけろ」


 彼は肩を抱いてくださいます。



「あなたはわたくしをどう思っていらっしゃるのか、伺ってよろしいでしょうか」

「私も君と同意見だよ。どうしてこんなお転婆に付き合わされたのかわからん。だが、とても快い」


 そのようなものでしょうね。



「わたくしの全てをもってあなたに勇気を」

「我が剣もって君の未来を切り開かん」


 わたくしはくすりゆびを伸ばします。


「もう一度、指輪をつけてくださいませ」

 彼は膝を捧げるようにして、矢で自らの膝をつくそぶりを見せて。


 わたくしに指輪をはめ直し、その手に接吻してくださいます。



「君は知っていると思うが、装飾品はどうにも苦手なのだ。だが常に懐に持っておる。初めの日からな」


 まだ持っていらっしゃったのですか。

 それは屋台でこっそり買い求めた童どものおもちゃにございます。


 いえ、人間が、人に限らず童全て喜ぶものなら、とてもいいものですね。身分も種も関係なく。


 あまねくいのちすべてにこのよろこびを。


 わたくしは彼の手をとり、指輪をはめます。

 思えばサイズなど全く考えていなかったのですね。



 わたくしどもは手を握り合い、ゆっくりと進みます。

 ここには頭上から降り注ぐシャンパンの香りも花びらも祝福の言葉も身を纏う宝石もございません。


 でも、この手のひらの温もりと、その互いに握るしっとり濡れた香りのみは。


 生涯忘れることないでしょう。きっと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ