秩序の創世女神
あらわれし帝国最後のまもりびとは知人どもと瓜二つの総勢12名。
「松の種類みたいですね」
ミカが悪態を続けます。
「シェーって驚いてやりますけど」
いずれあやめかかきつばた。
妻とめとりし乙女が誰やらわからぬお話はタイヘイキにございますが、わたくしが存じる彼女や彼には怪しげなる固有魔法などございませぬ。
されど彼や彼女はそのようなものなどなくとも自らの道を切り開くみつるぎを心に秘めております。
カナエの姿を持つものども。
あるものは火焔を。
あるものは毒霧を。
あるものは爆雷を。
あるものは地震を。
あるものは放電を。
そしてあるものは溶解液を用いて襲いかかってきます。
わたくしの知る彼女がもしかような力をもとうならば地震を連発して味方の邪魔をしたりこのような場所にて毒霧を使いこなせずに自ら倒れるのですが隙などはございません。
彼女らは黄白緑青紫桃の六色のスカーフを腕に巻いて銃をたくみに用いて挑んできました。
バーナードの姿を持つものども。
皆一様に赤いマントにツノや刃つきし怪しげな兜を被り。
あるものは光線を。
あるものは汎用性。
あるものは念力刃。
槍を生み出すもの。
返し技を使うもの。
自爆して蘇る猛者。
彼らは能力を使う時を除き銃をほぼ待たず無手にて挑んできます。その徒手空拳の格闘技術が単純に高く、さらに空を自在に飛び人を焼き殺す怪光線の類すら放つことすらできるようです。
「確実に殺しに来ているわね」
カリナが呟くと「ミカ。この中でスキル持ちは私だけよ。あとは頼んだわ」と言い放ち幾重ものシャボン玉を作り出します。
ガクガが雄叫びをあげ戦場に飛び込むときわたくしは見ました。
ダイヤモンドで作られし短剣が彼女の槍の穂先にあることを。
マリア様は銃を手に私どもに命じます。
「行って。そしてみんなを救って。
皇帝を倒してもいいし翻心させるなら……わたしたちが持ち堪えている間にさっさといけ!」
ガクガもまた金剛石の輝きうけ玉の汗をきらめかせてつぶやきました。
「いけリュゼ。一言くらい『愛している』と言って欲しかった。恨むぞ」
ガクガの槍が煌めき、幾重もの光となります。
あれはものの本にあるミスリル王家の秘宝とされた金剛石の短剣では。
そういえば母はミリオンとも親しくしておりました。
「ガクガ、おまえの献身には感謝しても仕切れない。ゆえに私は君を……」
「それ以上言えば殺す! ゆけ我らの大酋長。
私を拒むならばたとえ死しても貴様は我ら『守護者』の列に加わりこの地を守るであろう!」
「行かせるものか」
バーナードの姿を持つものどもが腕を交差しあるいは額に両手の指あて一斉に光線を放ちます。
「させない」
カリナが腕を降ると幾重もの水泡が彼らを包み、レンズのようなかたちになって敵の怪光線を折り曲げうち返します。
いつのまに彼女はここまで魔法を使いこなすこころを得たのでしょうか。
愛と勇気を人々に齎すという魔女の本質に。
「ごめんなさいまし養妹の妹!」
「えっ。いもうとのいもうと? よくわかんないつまりつまり……あなたはお姉さま?」
ミカが立ち塞がるみどりのスカーフを腕に巻いた娘に飛びかかり、戸惑う様子の彼女を押しのけ。
「あなたなにやってるの!」「ごめんなさいましお姉さま!」
訂正いたします。カナエの姉妹は微妙にカナエに似ています。
ただし電撃や酸や毒霧などは余計にございます。
ミカは彼女らの繰り出すおそろしき攻撃の数々に背を向けたままバタバタ歩みつつ驚異的な反応でかわします。……わたくしを抱えたままで。
「行きませう!」
いわゆるお姫様抱っこでわたくしを抱えた彼女はリュゼ様に先行して前をかけます。
その喜劇的な動きにバーナードの兄弟達もスルーしてしまい、彼らが気づき慌てふためいた時にはリュゼ様は囲みを突破していらっしゃいました。
「えっ」「おい領主卑怯なり」「逃げるなこんにゃろー!」「貴様それでも勇者かー!」「女三人を置いて逃げるとは騎士にあるまじき!」
……私ども3人はこうして『皇帝』の待つ最深部へ向かったのです。
向かいましたとも申します。
「やっぱりこうなるのですね」
ミカがうんうんと頷きました。
「どなたのせいですか」
わたくしが思わず睨み。
「君は確かに側使だな」
リュゼ様は忍びの者の代わりを側使に任せた不明を恥じております。
只今私ども妹背主従三名は左右から迫り来る岩を互いに押し返そうと致しておりまするが。
……長くはもちません。
「ミカのばかぁ」
「いやぁ。申し訳ございませんお嬢様。なんか擦ったあとは見えたのですがここまで大仕掛けはまずないものでして」
「いいからミカも押し返してくれ」
「あっハイ……申し訳ございません」
私ども3人、手を離せばたちまち押しつぶされてしまいます。
「ミカのばかぁ」
「ばかっていうやつがばかなのですお嬢様」
彼女は澄ましたものです。
「ばかばかばかばかばかばかぱかあるぱかぁ!」
「バカカバカバガバガバカンカンヤァヤァ!」
「二人とも”ゲシュタルト崩壊”(※他適切な訳なし)を起こすな」
このようなところで果てるなど。
わたくしどものために命を散らしたものたちに。
「ばかばかばかばか! ミカのバカ!」
「……バカで構いませんよ」
え。
「だいたい、妹だの姉だのたくさんです。
クソ親父やきょうだいとほとんど離れて一生のほとんどをあなたの姉妹ごっこに付き合わされて迷惑でございます。
わたくしはあなたにとっていつまでたっても平民の、陪臣のむすめ。
ミマリ様やナレヰテ様とは明確に違うのです」
なにを呆けたことを。
「わたくしのまごころがわかりませんか! 不遜なり恥を知れ!」
思わず彼女を叱りつけてしまいます。
なのに彼女は悲しそうに笑います。
「……都合の良い時だけは妹とか言いながら、不遜だとか言わないですよね」
彼女は黒い瞳の奥に金の光を宿してわたくしを見つめます。
その黒髪は金属光沢を持って輝く烏の濡れ羽色。先ほどまでの戦いの乱れ一つなく。
「貴族だの平民だの金持ちだの貧乏人だの。
ずいぶんつまらない。
人だけがこの世で特別でしょうか。
戯れに殺しあるいは従え欲望のままに星すら覆いつくす。『帝国』と呼ぶいきものは『彼女』たちから見れば我々となんの違いがございましょう」
彼女はそっとわたくしを見つめ返します。
「ミカ、あなた正気ですか」
「おれはしょうきにもどった!」
嘘おっしゃいまし。
「ううう。俺の腕が疼く。鎮まれぇ」
たわけておらずに岩を押し返してくださいませ。
「『彼女』か。其奴は『破壊の女神』かね」
彼女は神秘的な笑みを浮かべ続けることで返答としました。
「またの名前を『秩序の創造女神』ですね」
わたくしはミカの、『彼女』の、黒い瞳の昏さと金の差し色の輝きに魂奪われ話すことかなわず。
その『彼女』はミカの口を借りて語ります。
「”望むならば、私はこの世を完全なる世界に置き換えて差し上げます。死も混乱も混沌もない世界に”」
「ほう。例えばその世界にはベンジャミンのクソみたいな演劇はあるかね」
魂を凍らせる言葉に揺るがず彼はかえします。
痢りものはひどいです。
そもそもはかつて起きた『鉄と血の帝国』の反乱を題材とした劇にて手脚を奪われたむすめの悲しい結幕に泣いたわたくしのため、かのものはあのような戯れ繰り返すようになったのです。
金の輝きを放つ黒い瞳の主は問いかけます。
「”つまらない演劇など必要なのでしょうか”」
「うむ。やはり君とは相容れないな」
少しだけかのみはしらは戸惑いをみせたようです。彼女の瞳の中にある金色の差し色が銀色をも帯びるといつものミカに。
「『爲介毋爲通。律身愼于始』(※介を為して通と為す毋れ。身を律する始を慎む』。
黙ってろばーか。貴女なんてカリナやカナエやメイだっていいます。『大馬鹿者』ですと」
それはミンのことば。『片意地に節操を守ってこれを以って物の理に通じたと思ってはならぬ。自身を戒め正して最初を注意せねばならぬ』という意味。
昔のミカは今より頑固でしたがカリナをみて柔軟になりました。
少々なりすぎてわたくしは迷惑しましたが。
私どもを見つめる何かがいます。
そのみはしらは氷より冷たく、全てに慈悲を持って死と破壊を齎す存在。
見えます。『彼女』のひとみで人々のことが。
『俺を飛行機に乗せろ! その使い古しのブロックの集まりで構わねぇさっさと組め! グラッタン様が目にもの見せてくれるわっ!』
車椅子から叫ぶ老人を抑える中年女はやがて諦め、『後方機銃手はいるかい』と呟き。
老人は『アンジェリーナ』と彼女を呼び、老いた二人はそっと口付けしあいそして飛び立って行きます。
海賊旗の元、派手な衣装の戦士が自ら舵をとり、傍らの剣でばけものどもを倒していきます。
船はすでにマストのほとんど折れ皆全て傷つき力果て。
「皆しっかりしろ!
……『黒龍号』の『寝坊助』ブラック・ドラゴン様もここまでか。
情けねえ……マイカ」
彼は綺麗に整えた髭に触れて驚いたような顔をします。
「ああ。奥様が言ったことがやっとわかりました」
わたくしは彼を覚えております。
リュゼ様にボクシングで倒された男。
多くのむすめを泣かし犯し盗み殺し尽くしながら証拠不充分で生き延びた海賊。
『”さては、もののあはれは知り給はじ。
情けなき御心にぞものし給ふらんと、いと恐ろし。
子ゆゑにこそ、よろづのあはれは思ひ知らるれ”』
それはツレヅレグサの一節。
わたくしにも子がおらぬ身だったのに、余計なことを申しました。
「そうか……そうか」
彼の瞳から涙がこぼれます。
そこに。
影がさっとさし、彼を包む機銃の炎。
『どわだぁ!?!』
彼らは足をあげて踊るが如し情けなき振る舞い。
薙ぎ倒されしもののけに唖然茫然する海賊どもに折り返してきた機上の娘が叫びます。
「ブラちゃん! 強行着陸するからマストどけて!」
「お、おう? ……マイカ?!
てめえらそれを沈めろ俺も手伝う!」
あれは白竜亭の看板娘だったはずです。
いつしか『ロゼちゃんのファッションチェック』に二人とも掲載されていたような。
轟音と共に船にぶつかるように着陸し、半壊した機上から飛び降りたむすめは彼に抱きつきくちづけをしました。
「いやぁどうしても我慢できなくてパラシュートダメにしちゃった」
「俺の船もダメになったけどな」
「あははごめんごめん! 後で奢るから。……パパ」
……彼女は飛行服の上に着た胴丸で守られた下腹をそっと撫でました。
次々と飛び立つ飛行機は手投げ弾しかもたぬものすら。
セルクが空の戦いを見てバーナードに『連中は塩に強くなった代わりに炎に弱くなった』と伝え、彼の報告を受けた空の冒険者たちの活躍により次々と肉の気球共は滅びていきます。
三部族と街の人々は盾を揃え湿地にひそみ奇天烈な跳躍とともに迫り来るもののけどもをよく防ぎ。
手足を失ってなおスライムさんにより戦線復帰した老兵たち奮起し。
海では筏や潜水鐘すら出してもののけどもを迎え撃ち。
されど。
空を覆い尽くすもののけ現れロベルタとミリオンが音を超えて立ち向かい。
国境の山を覆い尽くすかのごとき敵兵がいまだあゆみ。
堰を切り敵兵を流し尽くすはずが治水工事が裏目に出て、川を作ったことで水は流れず。
凪いだ海では海賊衆も思うように戦えず。
街の外れにて安らかに末期を迎えるために作りしホスピスに植えた花々は踏み躙られ怪我人うめき。
チェルシーたちドワーフが大斧を片手持ちして奮戦するも次々街に火の手が上がり。
アランとベッポは剣をとったまま倒れ伏し動かず。
ジローラモがもののけに悪態つきながら囚われ。
ピグリム様が立てこもる教会は炎に包まれ。
ベンことフランスも武器を使い尽くし。
アクセサリー屋の屋台は炎に包まれ。
バーナードは伝令の中やがて力尽き。
コカトリスたちは子供たちを逃し。
ショウは魔力を使い果たし。
「あ……んた」
主婦たちを率いて戦っていたサフラン様は倒れ伏しながらも這いずり、仰向けになったクムのゆびさきを握ります。
「お慕いして……おります」
声も出せない彼の指が彼女の指をしっかり握り。
……二人は動かなくなりました。
ンガッグックは敗れロザリア様は彼の槍の穂先を持って喉をつき。
ライムを倒されたポールは古びた槍一つで戦いを続け。
……ガクガとマリア様だけは何故か敵どもと我々の悪罵で盛り上がっております。
カリナは空気に徹して給仕をしておりますが。
そしてお城では次々と現れるもののけ押し寄せ、ジャンはすでに倒れ伏し。
モモの血のついた絵本を手にしたメイが子供たちを抱きしめて歌を歌っております。
「『やさしいむすめ かわいいむすめ……』
……みんな眠った? うん次はお姉ちゃんの大好きな人が教えてくれたうただよ」
舟と娘と大砲をかけ合わせたもののけども聖堂に入り込み、鳥の足のような鉤爪を蠢かせてメイに迫ります。
メイはそれを意に介さないようにもののけを見つめています。
「“香島嶺の机の島の小螺を
い拾ひ持ち来て 石以ち突き破り
早川に洗ひ濯ぎ 辛塩にこごと揉み
高杯に盛り 机に立てて
母に奉りつや 愛ず児の刀自
父に奉りつや 愛ず児の刀自”」
そっとメイとあぎとを広げるもののけのむすめの部分の目が合いました。
「ずいぶん退屈な幻燈だな」
「負けてなりますか」
わたくしどもは歯を食いしばります。
「お嬢様はいつも傲慢で独善的で、お友達も次々離れていくのです」
ミカはおっしゃっいます。
思えば彼女に敬語を使うのはなかったこと。
ええ。否定は致しません。
「ミカ、こんな状況で主従喧嘩をするな」
「旦那様にはわたくし、ここに来た時に大変失礼いたしました。
ええ。変なお嬢様でしょう。ずいぶん戸惑われたことでしょう」
「まぁな」
「そこは否定してくださいまし」
ミカは続けます。
「この方は存じておりました。
わたくしがメイの元に戻る気などないと」
……ええ。薄々気づいておりました。
「妹だのなんだの……傲慢で自分勝手でございます。
本当に上から目線で、主従以上にはなれないのです」
ミカ。わたくしは貴族のむすめ以外にはなれませんでした。王に替わり国を治める以外の教育も受けませんでした。
「お嬢様はお嬢様ゆえに、身分を忘れられず、人だけが大事なのです。それもご自身のみが」
そのうち変わります。いつか必ず。そしてもうすぐ。
「”無力な人として生きるなど愚かしき戯れ。
家族を知り友人に会い怒ったり笑ったり憎んだり泣いたりして何が宜しゅうございましょう。
……されど、楽しゅうございましたわ。姉神様”」
私どもは急に迫り来る岩に押し潰されそうになります。
ミカが、『彼女』が手を離したのです。
「結局私どもはこうなるさだめ。短い間でした。
あなたが好きです。
……わがままで傲慢で人の気持ちなんて知ったことない独善的でポンコツなあなた。
私のお嬢様。……お別れです」
彼女は、ミカはエプロンドレスのポケットから何かを取り出しました。
それは、拳二つ分の長さを持つ小さな杖。
かつて私どもがコカトリスのシロとコマとパイより贈られし風切り羽根のうちいわゆる娘羽根は魔導士の杖の素材として貴重なものです。
彼女は尖った杖を左の首に。
「ミカ、やめなさい」
「ミカ、何をする」
「旦那様、後をお任せします。
“人同士の戦いは人としておさめなさい勇者よ“です。
マリカ。”姉神様“。ご機嫌よう」
女神そのものの優しい笑み。
瞳から溢れるしらたまごしにわたくしどもを見ながら。
「『石化』」
彼女は白い首筋に杖を刺しました。
金色の輝きが大きな闇とともにふくらみ爆発するかのように巨大な力となり。
メイが手縫いしたミカのナプキンが吹き飛ぶほどに彼女のエプロンドレスが膨らみ。
音もなく発生した暴風の如き神威に腕を滑らせ手を離してしまった我ら妹背は見ました。
金と闇の風は波となりわたくしどもを通り抜け。
私どもの目の前で砂岩となりて崩れていく岩。
ミカを中心に放たれた金色の波はうねりとなり広がり音もなく轟き。
わたくしのミカはゆっくりと足元から石になっていきます。
あの微笑みをたたえたまま。
「ミカっ」
たしなみなど忘れて彼女によろめきつつ近づこうとします。
彼女はわたくしどもに微笑み。
「あゝ! かようなポーズで石像になるのは嫌でございます!
やり直しを要求します!」
……あなたは最後までふざけねばならないのですか。
彼女はしらたまを瞳にたたえ、既に灰色になった指先でわたくしに手を振りました。
彼女の膝がひび割れます。
最後にわたくしの頬に触れようとして。
その手前で止まりました。
彼女は微笑みたたえたまま、ひとはしらの女神像になっていたのです。




