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新婚初夜に『トロフィーワイフ』と暴言吐かれて放置されました  作者: 鴉野 兄貴
終章 勝杯の乙女

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玉桂ぐしゆきて

 飛行機とか空というのは自由でわくわくしたところだとロベルタは以前わたくしに語ってくださいました。


 その彼女の意に反してわたくしはあさましき戦いの翼をつくらせてしまいましたね。

 呼吸器をつける前にかように声をかけようとして。


「奥様、私にはやり残したことがありまして」

「なんすかロベルタさん」


 ミカ、あなたは黙ってらっしゃいまし。

 そのように誅するにはロベルタの返答は如何にも楽しげです。そしてミカはロベルタの前では側使の本分を忘れてしまうようです。


「音の世界を超えてみたいのです。そして星界、あの月の果てまで行ってみたいのです」

 ロベルタはいまだ空の先を見ています。


「あっ」

 ミカが指差します。

 誘導用の団扇を持ちわたくしどもを導く少女の傍からあのメイめが現れます。


 彼女は少女につつつと忍び寄り、腰に後ろから抱きついて何事か数秒やり合ったのち、それぞれ別々に一枚づつ団扇を持って背を伸ばしたまま腰をかがめて道の左右に別れ。


「いたずらっ子さんなんだから……もう」

 ミカ、あなた鼻声ですよ。


 二人の娘は一斉に団扇を振り。

「いくよ」

 後方のプロペラ周りが気圧変化でさらに歪みだし、女の子たちの顔もおぼろになってきました。

 花を投げるもの紙吹雪を飛ばすもの。

 思えば街を訪れしときやささやかな婚礼の席の時も。



 ……?!!

「うぐっ」

 ミカのみならずわたくしも危うく声を漏らしかけました。

 ミカの重さが何倍にもなり、肋がきしみます。


 風を切って機体は進み、気づけば蒼の中。

 振り向けば早くも機体の高速通過によって発生しつつある飛行機雲がかすかに見えます。


「ミカ、ミカ、少し動きなさいまし」

 彼女は相変わらずわたくしをクッションか何かと思い違えております。不遜ですわ。

「い、いえ、お嬢様。あばら大丈夫ですか」

 先ほどから胸に触りすぎです。離れてくださいまし。


「こなるあさましき装い強化服ゆえ」

 ただ単純に綺麗なドレスを作るつもりだったのですが、はて。


 戯れる我等をロベルタは聞かないふり。



「ほら、そとを見なよ」

「わぁ」

 ミカが声を漏らすのは理解できます。

 青い空に白い雲、ぐ静けき海。


「ハッチ開けていいよ。低空低速巡航には向いていない機体だけどね」


 かなり不安定ながらロベルタは力技で海面ギリギリをゆっくり飛んでくださいました。


 操縦桿やフットペダルなどにテコの原理や以前港で目にしたスライムさんクレーンの技術を流用することで軽い力で操作ができます。


「わっ」

 ミカは手を伸ばして海面を触らんとするよう。


 スライムさんならばある程度配慮してくださいますが油圧で破壊されない操作機構を作るのは大変難渋いたしました。



 いるかは海面を飛び、海鳥が鳴き、海は薫り風はふき耳朶をプロペラ音がうつことすら心地よく。



 もっともわたくしどもがこの機体を設計した段階ではテストなしで実戦など想定しておりませんでした。そもそも戦闘機としての武装化は二の次です。


 やまとの人々は月には桂の木があり、餅つきうさぎたちが住むと信じております。

 転じて月を玉桂たまかつらと呼ぶのです。


 わたくしも音の世界を超え、月に行って見たいと思うたゆえ。



「この子、私が得意な巴戦には向いてないみたいだね。

 急上昇や急降下して高速で一気にぶち抜くならいけるかな。……グラッタンの奴のほうが向いている機体かも。あいつ堕ちるだけなら私より上手いから! ははは」


 何処までも続く青の端にはあのおぞましきもののけどもが動かず数を増してゆくにも関わらず、ロベルタやミカの不安はそこにはないようです。


「……ロベルタ。あのぅ。わたくしお嬢様と違って飛行機にはとんと門外漢ですが……この子、ほかにも問題点はございますよね」


 簡単なことです。既存機体は前の翼が大きい方が前側に揚力が発生しやすくなり、墜落しても体制を整えることたやすくなります。


 つまりこの機体では体勢を崩せば最後、そのまま墜落死のリスクが上がります。

 その代わり従来の機体より早く飛ぶこと叶います。


 ひょいっとハッチの外から人影が。

「遺跡はこっち。そっちはフェイロンに任せなよ」

「ひぃ?!」

 ミカが驚くのも無理はございませんね。


 大きなタワーシールドとロングソードをその小さな手のひらに納めた童が機体の外からにっこり。


「ミリオン?! 危ないです落ちます」


 かのものには常識とか物理法則とか機体の外にいては吹き飛ばされるなどは語るだけ無駄のようですね。


「あ、きたきたミリオン。今日は包丁じゃないんだ」

「まぁ正直包丁を持っていたかったよ。全く」


 彼は全く意に介さないように機体の上を『てくてくっ!』と歩き、ロベルタのもとへ。

 おそらく膝の上に乗ったのでしょうが、先ほどの剣と盾はいずこや。



「ほらみてみて。なんか浮いてるし。ウケる」


 ミリオンの指さすものは浮遊するもののけども。

 今は点のようですがまさに雲霞のごとし。


「たぶんデカいのだけで領内に300はいるかな」

 7対300。農夫たちが隠し持つ武装を持たぬ旧式機など総動員しても十倍になるでしょう。


「奥様、喋らないように。舌を噛みます」


 ロベルタは急上昇。

 ゆえに我々主従再びもつれあい。


 青い光の刃が海を蒸発させるようすが、『頭上にて』見えました。


「射ったな。……交戦規定に従い反撃を開始する」「あいよっ」


 ミリオンは再び身を乗り出すと錐揉み回転する機首にしゃがみ込むように座り。


「FIRE!」


 ロベルタが叫ぶと共に下に向けてあるいは左右に向けて弧を描く弾の流れ。

 その流れの上をつるぎもち駆け抜けるものあり。


 交差側に爆発。

 そして熱したバターナイフで切られたバターのように真っ二つになったもののけどもが『左斜め上に』墜ちていくのを後方に見ました。


 爆破音は小さなものですが、その音と共に長い杭のようなものがいくつもミリオンに伸びます。


 彼はそれを空をとぶかのようにかわしあるいは横回転縦回転と鉄棒のように使いこなし。


「気球みたいにガスでうくゆえデカくて鈍足で、波動砲とパイルバンカーしか持たないって……ロマンの塊だね」


 外から何故かミリオンの声が届く怪しき。

「めっちゃ好き」


 交差際にロベルタが敵数体を叩き落とし、湧いて出てきた小型バイドゥどもは唐突に現れたミリオンが全て切り伏せこちらに近づかせず。


「あれかい。わたしたちを倒すために作ったやつかな。もう40年も前の旧式で挑んでくるとは帝国はのんびりさんだね」


 missileは英雄時代後期にも携行式のものがありましたが、現代のそれはさらに進んだものです。

 次々と誘爆する敵を切り伏せつつミリオンが尻を叩いて戻ってきます。


「作れなかったけどね。

 まあてめぇらいくらでもかかってこーい! 星ソーセージにしてやらぁ!」

 ミリオン、わかっているでしょうが食卓に載せてはなりませんよ。


 とはいえど当時のロベルタの機体ならば討ち取れたかもしれません。

 何よりいつまでも浮いていられる特性は滞空時間のない飛行機にとって脅威です。


 されど。


「援軍きたよ」

 ロベルタと入れ替えに6機のつばさが飛んで行きます。

 彼女たちは見事な編隊行動で次々と。



「むぎゅう」

 ミカがもう参ってしまいました。


「奥様。ミカ。正直言って邪魔です。

 これ以上遠慮して戦っていては皆死にますので」


 ロベルタの握る操縦桿の上、設計図になかったはずのあやしきボタンを彼女が押すとさらなる急加速。


「ひ、ひ、ひぬぅ」

 唐突にミカがさらに重くなります。


 そういえば『ミリオンの旧知だよ』とマリア様のところにいたラシェーバなる小姓が訪ねてきたことがあります。彼は爆薬と燃料の専門家にございましたので『いかづちふるえるとき』に使う3種の燃料を手がけていただきました。

 ロベルタがつかったものはおそらく内燃機関に特殊燃料を噴霧することでさらなる出力を出す機構にございましょう。

 ……1分以上使えば空中分解しかねませんけど。

 あの子は配合をちょくちょく勝手に変えるのです。


「『青い流星』って名付けた機構なんだけど、気に入ったかしら」


 宙返りは飛行機ショウの観覧のみ楽しいもの。されどわたくしことばに致す愚行はおこないません。


 機体は錐揉み回転とともに敵の追撃をかわし、外ではミリオンが『百万の幻』と呼ばれし剣をふるっています。


 弾道を駆け抜けあるいは分身するほど早く動けるならば大剣と古風な大楯にて体当たりをすればより強い。

 そしてミリオンのもつ『食料として魅力的な加護』ほどdecoyとして優秀な加護ギフトはございません。

 六つの機体と敵を足場に駆けるその武勇、まさにクロウホーガン(義経)のハッソウトビ。



 ……魔導光の導きが『左斜め上に』見えます。


 6竜の『冒険者の店』が建造した飛行場からは次々と看板娘たち兼パイロットたちが飛び立ちあるいは舞い降り補給と修理を受け飛び立って行きます。

 その回復の早さ、敵には我々の飛行機が何十にもあるいは何百にも見えているやもしれません。


「着陸するからつかまって」

 ミカ、いずれも良きことではありませぬ。

 機体のどこかにつかまってくださいまし。

 胸が痛うございます。



「……せっーの!」

 娘たちがブロック交換を行います。


 既存より三倍近い直径を持つ通常弾。

 消えない炎にて敵を燃やし尽くす曳光弾。


 液体金属により金属装甲を溶かし去る弾。

 都市消火を行う消火爆弾。

 火薬により飛ぶ爆弾(missile)。


 わずか10分。

 それらと燃料物資がスライムさんクレーンにより交換され、機体のダメージを回復して。


「ロベルタさん水大丈夫ですか。トイレ行きます?」

 酒場娘の一人が声をかけます。

「一応その辺もしっかりした機体だよ。飛行服がちょっと恥ずかしいデザインだけど」

 大戦時はパラシュートを使用不能にする愚か者が続出致しましたからね。


 これが『フェアリーブルー』の付属品として開発した召物一式ならばここまでの苦労は致しませんでしたがあれは一品ものです。


 浄化浄水乾燥などなどの加護があるゆえ多少の粗相も問題ない品でしたが、マリア様が学生時代に持ち逃げなさいまして未だ返してくださりません。


「コクピットとはいえ1分でも眠れば違います」

 吟遊詩人が呪曲を歌います。


「あっ、あなた」

「その節は」


 かのものはメイとその母から絞っていたもの。

 改心したようですが早速揉め事になり得る技を身につけましたね。



「……奥様、ご武運を」

「バイバイ奥様。今夜のメニューは少なくともクリマンジュウづくしにはしないよ」

「ミリオン、冗談がすぎますわ。ロベルタこそご武運を」


 ロベルタは自身の戦記をしるしておりません。

 ゆえに彼女の戦いぶりは伝聞に限られます。


 彼女達は幾度も飛び立ってゆきます。

 わたくしどもも動かねば。



「……ペガサスがいると伺いましたが」

「お城から信号を見ました。準備しています」


 農夫ロンがわたくしの愛馬を連れて来てくださいました。

 彼は何故か剣杖作り職人の装いをしております。

 話を聞くとライムの父母の剣杖作りの師匠でもあったとのこと。



 力強いいななきとともに愛馬がわたくしに頬を寄せてくれます。

 久しぶりの再会ですが彼はわたくしを覚えてくださいました。


「あなたには何度も助けられました。

 慣れない馬車に繋ぐようなかわいそうな真似も船に乗せるようなことも致しました。お願いします。私たちを彼の元へ」

「奥様。護衛はお任せください」


 有志たちが名乗りをあげます。

 いえ、すでに手配ずみです。


「配置をみだす必要はございません」

「私でもですかお嬢様」


 フランスことベンジャミンが微笑んでいます。

 あなた街を出たのではないのでしょうか。


「得ダネですよ? 取材しなくてはね」

 全く致し方ないですね。護衛は吟遊詩人のアランに頼んだつもりでしたのに。

「早速歌にしますよ。ああ! 配置をわたくし自ら乱すとは! これも奥様をお守りするのなら仕方ない仕方ない。旦那様もお許しなさるでしょう」

 恥ずかしい歌にするのは本当に控えてくださいませ。


 彼らは防衛上忙しい身の上ゆえ、私どもを送るのは入り口までです。



「では参りましょう」

「ペガサス。お願いしますね」


 ペガサスは白馬ですが天翔けたり宙返りなどはいたしません。

 太陽王国の画題となりし星を追うものがひとり『シーラ 』の愛馬ならば別ですが。



 彼はいななくと私どもを乗せて力強く駆け出しました。



 我が背よ。

 月に連れて行ってください。

 わたくしにたまかつらをとらせてください。


 さもなくばわたくし自ら赴きます。


 あなたの吾妹子わぎもこ(※妻の女性側)はやまとびとのむすめですが、三人の殿方に求婚され悩んだ挙句入水するような人間ではございません。


 涙の泉など枯らしてみせましょう。



 必ずお救いします。

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