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新婚初夜に『トロフィーワイフ』と暴言吐かれて放置されました  作者: 鴉野 兄貴
終章 勝杯の乙女

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海が消えた日に

 母を失うた悲しみも癒えず、いつのまにお城にいたのかわたくしもわかりかねます。

 その日はただ、海の際をみながらこころ揺蕩うてありました。


「お嬢様、お嬢様」

「……マリー様ですか」

「あー。また間違えてるぅ」


 マリーの妹であるミルキィが気取ったようにつぶやきます。

「お母さんにいってやろ。私たちをお姫様って言ったって」

「それはむごい。サフラン様には内密にお願い申し上げます」


 サフラン様の娘御二人の『お姫様ごっこ』に付き合いつつ、部屋の惨状から目を逸らしました。



 己の舌禍にてわたくしやミカまで儚くなりかけたゆえメイは職を辞すといいまた固辞までしましたが母の遺言です。

 メイの退職もしくは学業休暇の間、メイドを雇うことにしようとしたのですが。


「うちの娘二人じゃダメかね」

「サフラン様。それはむごうございます。時代が時代なら姫君たられた方々」


 しかし彼女曰く、『時が時なら私は庭師と魔女の娘として一生送っていたさ』とのことでこうなりました。



 現状、二人は己が職務をわたくしやミカたちとより多く遊べるとしか認識しておりません。


 カナエならもう少し。いえあの子のことを考えてはいけませんね。



 今のメイは優秀なのですね。


 いくら数が少ないとはいえ一人で城中の主要な者達の掃除洗濯及び雑用の数々をこなしていたのですから。



 いえ、出会いのころは疥癬によりフケだらけで油染みた蓬髪ほうはつに制服の着こなしも洗濯も整えておらず疥癬にて荒れた肌に引っ掻き傷だらけの腕。

 己の罪をいつ問われるか怯え切った片目とニキビが髪の隙間から時々見える姿でした。


 風呂を嫌がる彼女を無理矢理ミカに洗わせましたね。

 研究の実験と称してくすりを塗ってやりました。

 盗みをするくらいならと『世間広し』と菓子に書き付けを残しましたね。

 文字が読めず常に怯えていた娘がすっかり明るく皆に愛され庇われるようになりました。

 特に述べるべきは、先にサフラン様が約束した出産に立ち合うことで何か感じるものを得たようです。

 サフラン様は難産でしたが、無事小さく儚いながら愛らしい子をメイに抱かせました。


 メイにちなんで、かはホップと名付けられました。


 メイはクムの子供たちとともにかわるがわるあやしい手つきながら小さな子を抱き、自分もこのように産まれたのかなと幾度も皆に問い。


 古い人々は『今は皆が笑う中泣いている赤子は、皆が泣く中微笑んで旅立つようになる』と申しております。


 太陽王国では貴人の出産は公開出産だったといいますが、同じく立ち会い拙さを叱られつつ手伝いましたわたくしとチェルシーもまた感じるものがありました。


 このクムの娘御二人もいつかメイのように優れたメイドになるやもしれません。

 この二人は親御の愛に飢えてはいませんが。


 ……とりあえず湯気櫛で火傷仕掛けたのでくすりを塗って差し上げます。かつてのメイ以前の手際ですね。



 この城は子供好きゆえ、フェイロンに限らず沿岸で子供たちが呼ぶ時は応じて彼ら彼女らをたっぷり遊ばせて帰らせることもございます。

 共働きの親御共は喜んでおります。


 かように忙しいなか、結果的にわたくしは母について物憂ういとまなく。『偉大な仕事は物憂いの薬』とはよく申したものです。子供たちのことほど大切なことがありましょうか。



 そうですね。

 もう少し補記をいたしましょう。


 母が帰る少し前、体調がよくないと訴えること増えていた鍛治師のチェルシーまで休職を申し出ました。


 結論といたしまして彼女はバーナードとささやかな婚礼をあげました。


 ドワーフの血筋ゆえ歳を取らず子を成すのが遅れたとのことですがともすればメイより歳下に見える彼女の年齢たるや。

 ……リュゼ様よりずっと歳上と申しておきましょう。

 バーナードは『帝国奴隷には過ぎた幸せ』と漏らしましたが、彼は謙遜が過ぎます。


 こうしてお城は圧倒的人材不足に陥ってしまいました。


 わかってはいるのですが手癖の研究すら身に入らず、予行練習としてフェイロンや孤児院の子供たちやサフラン様の子供たちを世話するチェルシーの呆れ声も聞き流して。



「なんか私みたいなガサツな女が側使の真似ができるなんて」


「大切な身体ゆえに」

「まぁ蹄銀打っていて身体にいいとは言わないけど……奥様、なんか変な感じです。私がお母さんになるなんてねぇ……こらっ! そこっ! ええいモモも手伝って! 笑ってないで」


 わたくし、未だ物憂うておりました。

 それが逆にあやしきものに気づきやすくなっていたのでしょう。


「かは何ぞ」

「うん? どうした奥様」

 サフラン様が問います。

 ミカとカリナは席を外しております。



 そのミカが息せき駆けてくる足音が耳に。

 ……あれは在五中将の真珠でも露でもございません。


「お嬢様大変です! 海が消えます!」

 わたくし、瞳はよきつもりですが。


「おねーちゃんどうしたの」

「オクサマだよ」「おかーちゃん?」「おくさまなの」童たちがおもいおもいに口遊むのがまるてうたのよう。


 わたくしはその光景が夢見のように、いえ信じたくなく。


「マリカ。しっかりして」

「フェイロン、あれは船ではございませんね」


「ふぇいろん、あそべ」

「……あとでね。僕これから忙しい」


 フェイロンは積み木から手を放し、生意気盛りの少年が「なまいきだぞ」と怒るのを宥めつつ立ち去ってしまいます。



 水平線の端からいくつもみえるそれは。


 仰向けをした人間のむすめと大砲を混ぜて鳥の足のような面妖な鉤爪が不恰好に波を搔く。小舟のようなもののけども。



「バイドゥ……帝国の」

 動きがあればわかるはず。

 されどこれは完全なる奇襲でした。



 わたくしども人間はたわむれに透明な潜水鐘に乗って短期間穏やかな海中や湖沼の下を眺めることは叶うようになりました。


 魔導強化した水晶は鎧よりも大きなもの作れず、強いガラスの技術発展により叶った最新の品物です。


 されど『水中呼吸』や『水圧無効』は今や使い手がほぼいない水の精霊の加護。



『K工場に限らない』


 おじたちのことばを思い出しました。

 帝国の施設はさまざまなところに、ともすれば王国内にも少し残っております。


 多くは破壊に至らず外交交渉によりここ30年でかなりの工場が閉鎖され、国内外の他のそれは『謎の山賊たちの手により』破壊されたこともあると伺っております。



「海の……中にもあるのでしょうか」



 わたくしおろかしき妄想を。

 しかしながら海水に彼らが弱い事実を鑑みて他に考えようがなく。


 鳥達が群れているように見えたはるかかなた。

 あれは鳥の動きではありませぬ。


 三部族の子供達が獣の腸や胃を吐息で膨らませ、温めて飛ばす風船のような、禍々しき人と獣と鳥を模し宙を漂うおぞましくもあさましきものども。



 おそらく、国境線たる山脈からはあの風雪を乗り越え、主戦力が近寄っていることでしょう。



 想定300対1000。

 前例より計算されたその理論値をはるかに超える兵力。

 おそらく1万。いえ10万やもしれません。


 もはや戦いにすらならず、わたくしどもは滅ぼされることになりましょう。



「マリカ」

 彼が入ってきます。

 わたくしは自らの大きくくびれた細い腹を少し撫でてつぶやきます。


「リュゼ様」

 彼に遊ぶよう求める子供たちはサフラン様が下がらせました。



「この城はそうそう落ちない。私は行かねばならない。城は敵を蹴散らし、きっと君を、民の子供たちを連れて王国なり太陽王国なり藩王国に連れて行ってくれるだろう」


 彼は微笑み、わたくしにひざまづくとわたくしの手のひらに頬を寄せて額でわたくしのお腹に触れました。



「さらばだ。楽しかった」



 この城はわがままゆえ、契約者が安全と思えぬ事態が起こりし時は外交もままならない欠点があります。

 城は彼を出そうとはしないでしょう。

 それでも彼は行くとおっしゃっています。



「『あぎと』が呼んでいる。街より遠い、枯れた小さな遺跡だ。私は彼とこの領のいくすえを話さねばならない」

「ではわたくしも」

 おいていかないてくださいまし。



「だめだよ」

 彼はやさしくさとします。

 子供ではございませんとかつてならば拗ねていたのに。


「ここまでだ」

「我が背はいぢわるです」


 彼はわたくしの膝にこうべを乗せ。


「きみの父君は激怒するだろうな。あい済まぬだ」

 結局約束を反故にしたかたちになりますゆえ。


 でもわたくしども、全く反省していませんよ。


 わたくしども、この地につどうものすべてはつみびとにして悪ゆえに。


 つどいてたわむれ、ときとしておろかしく、そしていとしきひとたち。


 いつものことではないですか。

 たわむれもほどほどに願います。


「ええ。父の怒りはすさまじきもの。

 やまとのオオクニヌシなる神もスセリヒメを迎えるために『アシハラシコオ』と義父となる神スサノオノミコトに蔑まれつつ幾度もの試練を潜り抜けましたゆえ。


 必ずおかえりなさいまし」



 彼は怯懦きょうだしたかのように弱音を漏らします。ひとは王国一の勇者とたわけるも、彼の奥底をわたくしはもはや存じておるのです。


 親を失い彷徨う子ども。

 愛を求めて嘆き、ゆえにより弱きものの涙に耐えられない弱き者。



「『勝ってくる』『戻ってくる』という約束はいつもできないと思ってきたよ」

「なにゆえ」


 わたくしが微笑むと彼は少し立ち上がりわたくしの亜麻色を指ですくいます。


「敵にも愛する人がいて同じ誓いをする。

 いつもいつでも『敵が自分より愚かで弱い』なんて考えることができない。

 私は臆病で邪悪で子供のように寂しくてたまらない。

 だから私は生きてこれた」

「存じております。はじめから」



 彼はわたくしの髪をそっとくちづけました。

「だから今、このままここにいたいのだ」


 そして、あなた様は本来何も申さず進む方。

 存じております。幼きころの憧れゆえに。



 わたくしは精一杯のわがままをお願いします。

 かえりみれば宝石もドレスも宝物もお願いしませんでしたね。



「なら、死するとき、わたくしの涙を想いつつ死ぬと誓ってください」


「それは」

 彼は戸惑います。


 わたくしは涙なぞながしません。

 先ほどまでは波間のごとく揺蕩うておった心を奮い立たせております。



「ずいぶん穏やかじゃないが。できる」

「そして逆もまた真なり。あのもののけどもに親御きょうだいそして友柄がおるならですが」


 おそらくもうじき、あの軍勢はわたくしほど瞳優れておらぬほかのものどもにも見えることでしょう。



「剣に誓おう。死す時は君の顔を想いながら死ぬだろう」

「つまりは武人ながらしとねで儚くなると。ずいぶんとわがままですこと。ほほ」



 彼が活けた花。

 彼が王に献上した大蘭。


『りゅうをはぐくむたいりん』


 今年は育ちがよくなく、咲かなかったはずの花。

 その香りがするように思えます。


 思えばあなた様のもとに逃れることを決めたのはあの香りゆえかもしれません。



「私が我儘だったことがあったか」

「殿方というもの、特に妻となりしのちはその妻にたいして、そのあさましさわがまま悉くおぼえがなきものと母も申しておりました。さぁ我儘な私を黙らせてくださいまし」



 わたくしは軽く目を閉じます。


 彼の吐息を感じます。

 彼がわたくしのあぎとにすこし触れました。

 勿体ぶるようにわたくしの亜麻色の髪に触れ、その髪がわたくしの耳をくすぐり。


 彼の香りを抱きしめ、舌でわたくし自身の唇の味を確かめます。



「君を愛している。口にしたことがあったか」

「さぁ。いま一度聞くまではかぞえておりませんでした。わたくし蒙昧もうまいゆえ」


 思えばたわむれしことばかり。


 今わの時に口にするかもと、あなたは戯けむごいことをおっしゃっておりましたが、ここにきてまもなき時ゆえ。



「私は無骨ものだ。何度もいうのは好かぬ」

「わたくしもです。おしえさとすのは好みますが、こういうのは。いつもたわけて申し上げていましたゆえに」


 改めて申します。

「恋い慕い申し上げております。我が背よ」



 彼の足音か去り、子供たちが置き忘れたと思しきおもちゃたちがわたくしを眺めております。



 波間に現れし敵どもは続々と。

 おそらく目の良いものが望遠鏡を用いることで見えるでしょう。


 帝国の軍勢の前にリュゼ様はお一人で交渉に臨みます。

 それは交渉とも呼べないものでしょう。



「お嬢様」



「ひゃ?!」


 急に脇腹を突かれてあられもなく。


「ミカ! 何をたわけていますか!」

「ボケているのはお嬢様です!」


 彼女はわたくしのほほをつねりあげます。

 髪で隠していたしらたま()を見られてしまいました。



「アレでいいんですか。

 ここにきて間もないときに言いましたよね。

 バシッと言ってやりましょうと。


 ぶっ飛ばす舐めんなと。


 なんなら城中の連中皆殺しにしてでも思い知らせてやると」


 怒りを露わにする彼女も泣いておりました。



「いいですか、『あぎと』様が旦那様に何を要求するかは存じませんよ。

 ええ! 間違いなくろくでもないでしょう!


 でもっすね。でもっすね……お嬢様は何もかも失いすぎるんです」



 わたくし、婚約破棄騒動を経て夢を失いました。

 婚約者に見切られ腹心の友と呼んだ方々に嘲られました。

 家族と別れました。陪臣家の皆様とも別れました。


 妹ミマリののぞみを蹴り、弟ナレヰテの嘆きを無視しました。


 母を失い父を身限りました。


 聖職や高貴なる方々の欲望を見て信仰揺らぎ、異教徒の女神に頼り学問の徒としての自らを否定しました。

 つまらない嘘を重ね姉妹として育った側使の信頼を裏切りました。


 いのちもほこりも自信も。

 異教徒の女神の加護も。


 そして大切な背も。

 わたくしを迎えてくれた領の皆様もこれより。



「奪われてたまりますか!

 いいですかお嬢様!


 この数年、いえ旦那様がこの地を得て10年も経ちませんよ!

 それでもこの地はわたくしどもの地です!


 よそものも、つみびとも、よわきものも、お嬢様と旦那様を慕ってついてきてくださいました。


 本来この地を持つガクガたち三部族も一代侯爵に甘んじずお嬢様たちを立ててくれました。


 あの旗が見えますか!

 港を見てください!


 あれがもののけの軍勢に怯えて領主を差し出す卑怯者どもに見えますか!」



 潮の香りが鼻をつきます。


 海岸には片目を閉じたようにあるいは笑うかのような骸骨のしるし。海賊衆のシンボル。


 骨をかたどった紋章。

 あらゆる国の貴族や騎士家の盾。

 それが戦艦や海賊船だけではなく、漁船や小舟にまで。


 それらに鍋を手に蓋を被り、伸し棒握りしめて。

 童も老人も街の主婦たちも。



「遠く太陽王国の入植町からも援軍がきますよ。三部族も。ええきっときます!」

 かも、しれません。


「彼らは臆病で弱くて卑劣なことをたくさんしてきたつみびとかもしれません!

 うそつきで酒呑みで薬物に塗れ誇りを失った弱者かもしれません!」

 わたくし自身がそうです。


「生きている限り悪いことくらいします。過ちも犯します。人ですから。


 いつかたいまつを手に暴徒となったり、あるいは卑劣な裏切り者になって生き延びもしましょう」


 私の脳裏に友と呼んだ学友たちが浮かびます。彼女たちは如何なる苦悩のすえその選択を成したのでしょう。


「でも今日だけは、皆領主を差し出して生き残ろうとしておりません! 大人も童も老体も、皆が戦うつもりです! 最後の骨のかけらになっても!」



「それは」


 幼き時に聞いたことわざ。


 陪臣家に身を寄せる郎党。

 アマクサシロウの乱すら生き延びた砲兵。

 白き王子と呼ばれし男。


 欧羅巴なる地より遥か南の大陸よりきたれし黒い肌のもののふが部族のことわざ。



『地に伏した勇者のその骨はかたきがふむ日を待ち続ける』



「でも、わたしたちは勇者ではありません!


 生き延びるんです!

 鎧袖一触がいしゅういっしょくは物語ならカッコいいですよ!

 ……私たちがやられる側ですけど!」


 少なくとも、わたくしどもは正義の味方などと自らを偽りませんね。


「ええ、私たちはきっと物語ならば悪役でしょう。

 でも、ただではやられません!


 生き延びて高笑いして、悔し紛れに変なこと言って逃げてやってバカにされてやるんです!


 そしてまた懲りずに立ち向かうのです!」

 なにゆえに。


「誰一人殺してやるもんですか!

 旦那様も、お嬢様の夢も! みなさんの未来も!」

 

「ミカ。それは猛者といってよいのでは。

 紛れもなく正義を名乗って良いでしょう」

「弱いですよ。うちの母のことですから。

 いつも『ボコボコにされていました』とのことで。


 ……よくまぁ死なず貞操散らさずクソ親父に一目惚れしてテンパって『火球爆裂』かますまで生きていたものです。

 実家で家業のデザイナーやってりゃいいものを」


 それはご遠慮を。

 我が家は森番のアップルやデザイナーのアンを雇うことになりましたからね。


「うちの母ノリリは二人の従者連れてあちこちで悪さしてました。

 お嬢様だってご自身の乳母のこと、存じていますね。

 私の母ならこのようなとききっと立ち向かいます」

 そうですね。

 ノリリならきっと。


 彼女は騙したり盗んだりはしますが誰も殺しませんし殺させませんでした。


 そしてノリリと共に戦ったあの二人ならば、今得た平穏である蕎麦屋や石工を畳んででもこのようなときは必ず駆けつけるでしょう。



 確かにわたくし腑抜けておりました。


 わたくしめは彼女の主人。

 謝るよりそのなすことにてかたることございます。



「ミカ。用意しなさい」


 彼女は鼻水まみれで泣きながら満面の笑みを浮かべてくれました。

「はい! お供します!」



 我らはムラカミ。

 海賊にしてあまつちうたの民。


 祖母は国を揺るがし娼婦。

 祖父は国を盗みし海賊。


 父は悪魔。

 母は化け物。


 娘たる我は背教者。

 異教徒の女神の化身。

 学徒を名乗りし狂信者。


 我が身は男を惑わす悪の存在。

 されどその魂は血に泥に塗れても。


 地獄の果てで寒さに苛まれることあろうと。



「ドレスを。『紅蓮花(レッドロータス)』をもちなさい」

「すでにご用意しております」


 幾度血を紅蓮のごとく流しても。

 たとえ無間地獄に落ちて苦しむとしても。


 わたくしは生まれたままの姿に戻り、香油を入れた湯にて禊を行います。


 肌に触れるシルベール。

 髪に背より賜り言葉なき友より贈られししかんざしの刺さる音。

 香水をまとい口をゆすぎ宝石たちをまといます。


 ミスリルの虹。

 魔導強化された金や銀。


 ヒールでは動きにくいので爪先とかかとがついたサンダルにしましょう。編み込みが筋肉や腱を補強してくれる逸品でございます。


 ……これはしたり。

 忘れてはなりませんね。


 ミスリルで作った『リュゼ様LOVE』と表示されあるいは彼の益荒雄姿をうつす扇。



「ではご機嫌よう」


 ミカが後ろで小さく頭を下げます。


「急ぎましょうお嬢様」


 ええ。お気に召すまま。

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